生涯を完結させるまでに歌いたい歌、最近始めたヴァイオリンとフルートはどこまで演奏できるようになるか、と時々ワンコ

死は人生の終末ではない。 生涯の完成である。(ルターの言葉)
声楽とヴァイオリン、クラシック音楽、時々ワンコの話。

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ららら♪クラシック ショスタコーヴィチ 「弦楽四重奏曲第8番」

2016-10-08 23:21:45 | TV番組など

 土曜の夜はNHK E-TVの”ららら♪クラシック”ですね。今夜はショスタコーヴィチの「弦楽四重奏曲第8番」でした。MCは何時もの加羽沢美濃女史と石田衣良氏、ゲストはロバート・キャンベル氏。

 ショスタコーヴィチの「弦楽四重奏曲第8番」はショスタコーヴィチのイニシャルに基づいたD、Es(エス)、C、Hすなわちレ、ミ♭、ド、シという4音を主題として展開しているということで、お約束のゲストのロバート・キャンベル氏と石田氏のイニシャルを音名に読み替えて、加羽沢女史が数小節を疲労されておりました。ロバート・キャンベル氏のイニシャルを主題にした旋律は”ロ”を和名に読んでH、Bをシ♭、Cをド、キャンベルのキャの”a”をラに読み替えました。旋律のみでは怪しい雰囲気ではありましたが、加羽沢女史が披露した伴奏付きではロマン派かくありなむと言うべき、ゴージャスな雰囲気があり、ロバート・キャンベル氏も満足されていたように思います。

 石田氏については、Ira Ishida として、衣良のイと石田の位をラに、衣良でラに読み替えたイに続くラをそのままイタリア読みに読み替えると、なんと番組タイトルの”ららら♪クラシック”の”ラララ”に一致するというオチですね。それではメロディーにならないと言いながら、軽やかにモーツァルト風にやってくれという石田氏のリクエストに応えてその場で即興的に?ピアノで演奏されていました。これまでもさすがは作曲者と度々リスペクトして来ましたが、今回もその思いを強くした次第です。

 さて、今回の番組で強く印象に残ったのは、第四楽章の演奏が放送された後の数分のエンディングの中で、MCの両名が語っていた言葉です。石田氏曰く、”弦楽四重奏曲の魅力をあらためて確認した思い。絵を描く人が、鉛筆のモノクロ画のデッサンがその画家の画力が最も良く判ると言いますが、弦4部あればそれだけで十分なのだなと思いました。”加羽沢女史曰く、”書きながらモヤモヤが晴れていくということがある。いま、私自身が弦楽四重奏曲を作曲したくなっている。

 私自身としては、おそらくショスタコーヴィッチの「弦楽四重奏曲第8番」は初めて聞いたのではないかと思います。無論今日の”ららら♪クラシック”では部分的な紹介なので、全曲を通して聞いたことは無いのではないかと思います。少なくともこの様な作品が存在しているという認識は、今日の”ららら♪クラシック”を聞くまでありませんでした。以前であれば”ふ~ん、そうなんだ。”程度で右の耳から左の耳に抜けていた可能性も大です。それが現在は曲がりなりにも自分自身のヴァイオリンを所有しているので、以前よりは遥かにアンテナの感度が上がっていると思います。それでも、関係の無い他人に分けの分からない苦悩を押し付けているような疎外感・拒絶感が感じられて、少なくとも感動を覚えるわけでもなく、むしろ違和感が強い印象が残ります。声楽作品では自分自身の胃の腑に落ちる作品ではないな、と思うことは多々ありますが、ここまで違和感を覚えることはありません。これが歌詞の有無による具体性と抽象性の差の成せる技なのだろうと、しみじみと思った次第です。

 

 

 カルテットの魅力、絵を描く人が鉛筆のモノクロ画のデッサンがががその人の画力が最もよく判る。

 書きながらモヤモヤが晴れていく。解決してゆく、今弦楽四重奏を作曲したくなっている。

 

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