照る日曇る日 第2091回
若き日の著者が河出書房の文芸誌「文藝」の学生小説コンクールに入賞したとき、「自分のことを書け」と激励してくれた亡き石原慎太郎の助言に応え、半世紀以上かけて練り上げた自らと家族の回想録である。
著者の郷里と思しき若狭の封建的な旧家を舞台に、世間でよくあるような平板な暮らしが描かれるのではないか、という予想は、ものの見事に裏切られ、不倫に走って自殺を図った美貌の母、妻の不倫に衝撃を受けて生きる意欲を喪失してしまった父の姿が、精緻な自然描写と共に生々しく立ち上がってくるに及んで、読者は進行する物語から瞬時も目を離せなくなる。
それがよし尋常な噺であるにせよ、多少異常な噺にせよ、あくまでも市井の常民の身の上噺が、著者の筆に乗せてありのままに述べられているとはいえるのだが、私たち読者の側では、それがまるであの「遠野物語」のような、ある種の普遍性を備えた神話的な物語、のようにも思われてくるのだからちょっと玄妙不可思議である。
世界一美しい夢がここにある日本国憲法第9条 蝶人