あまでうす日記

あなたのために毎日お届けする映画、本、音楽、短歌、俳句、狂歌、美術、ふぁっちょん、詩とエッセイの花束です。

ムクロジの木の下で

2018-04-07 13:11:58 | Weblog


――岩切正一郎詩集「翼果のかたちをした希望について」(らんか社刊)所収「ムクロジの木の下の会話」を読みてうたえる歌

これでも詩かよ 第238回



空高く聳え立つムクロジの木の下で、私と妻は息子の藝大合格を喜んだ。
もしかすると彼は、ゴッホかピカソのような、偉大な画家になるのではないかと
まるで、獏の一家が夢見るような夢を見ていた。

やがて入学式が始まった。
ちょっとくたびれた感じの初老の学長は、檀上に上ると、新入生を祝福しつつ、
やや不穏なスピーチを垂れた給うた。

「私は諸君に、「おめでとう」は申しません。なぜなら、今日の佳き日、この場にいる皆さんのうち、本当の本物のプロになれるのは、ほんの一握り、いやもしかすると、たった一人かもしれないことを、私は熟知しているからです」

しかし講堂を埋め尽くした新入生と父兄の誰一人として、
彼のいささか不吉な予言に耳を傾けている者は、いなかった。
着飾った親たちの全員が、息子や娘たちの、輝かしい未来を夢見ていた。

その日私たちは、晴れの入学式の記念に、
岡倉天心像の隣に欝蒼と聳え立つムクロジの実を拾って持ち帰り、
おばあちゃんの家の庭の片隅に、だめもとで植えた。

すると驚くなかれ、しばらくすると、ムクロジの実から愛らしい芽が出て、
それを鉢植えに移すと、小さな枝葉は、ぐんぐん、ぐんぐん大きくなって
やがて気が付くと、見上げるような大樹となった。

空高く聳え立つムクロジの木の下で、私と妻は、不惑を過ぎた息子を思う。
今のところ息子は、ゴッホやピカソのような偉大な画家ではなさそうだが、
相も変わらず、毎日毎日、絵を描いているようだ。

歯が痛い歯が歯が痛い歯が痛いなのに歯医者に行けないゆえになおなお歯が歯が痛いのである 蝶人


  次々にあっちこっちが壊れてゆく年をとるとはこういうことか 蝶人

コメント
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