現代の町屋を提案する(有)インターハウス捷 伊藤捷治 住まいに係る話や・その時々の思いを綴っていきます

住まいに係る、色々な思いや、その時々に思った事を、取り留めもなく、綴ってみたい

関門橋の下の船

2015年05月25日 22時06分27秒 | 日記

関門海峡の船
関門橋の下を砂採取船が航行中
腹いっぱい、沈みそうな程の「砂」
砂を吸い上げる凄いのが付いている
砂採取船は必ず、押し船がセット(後ろの白い艦橋の船が押し船です)


今日の関門海峡

2015年05月21日 22時50分49秒 | 日記

今日の関門海峡
下関にクルーズ客船が停泊中です
引き船にひかれて、台船が航行中で、台船の積荷は大きな鋼管です、瀬戸内海の方に去っていきました。東流れ8ノットの潮流に乗っての航行でした。
最後の写真は鷺が食卓を見ながら食べ物を狙っている!岩の上に生えているのは「わかめ」です、旧暦の一月一日の深夜の「和布刈り神事」で刈る「わかめ」です。


5月21日は「小満」です

2015年05月20日 15時48分13秒 | 日記

5月21日は「小満(しょうまん)」です

 

明日5月21日は二十四節季の一つ「小満」です、「小満」は旧暦四月、巳の月の中気で、立夏から数えて15日目に当たり、新暦の5月21日頃で、天文学的には、太陽が黄経60度の点を通過する時をいいます。だから、「二十四節季」は太陽の運行を元にした「太陽暦」です。

万物がしだいに成長して天地に満ち始めると言う意味から「小満」と言われるようです。

麦の穂が成長し、田に苗を植える準備などを始める頃などと言われますが、5月初めには田植えが終わる等、近頃はかなり早くなっているようです。

こんな事を言うと、温暖化だからと、温暖化が悪いように言われますが、年間の平均気温が2度下がると飢饉が起こるそうです、江戸時代は地球が寒冷化だった時で、何度も飢饉が起きています、温暖化と寒冷化とどちらが悪いのですかね! 因みに、1000年前の平安時代も今と同じ位暖かかったらしく、桃山時代の木割では内法(敷居天端から鴨居下端まで)は六尺(1820)だったようです。

蛇足 温暖化のCO2原因説を発表した英国の学者たちが、1000年まえの温暖だったデーターを消す方法を打ち合わせていた、メールをハッカーにすっぱ抜かれて、メールを公開されて、説明をもとめられた学者たちが「データーを改竄して、温暖化CO2原因説を捏造した」と発表したのに、(毎日新聞も国際欄の隅の方に申し訳程度に書かれていた)経済の活性化のためか、世界中知らん顔をしている、


旧暦四月一日

2015年05月16日 22時29分21秒 | 日記

5月18日は旧暦四月一日

明日5月18日は旧暦四月一日です。( 昨年の潤月の影響で、ずいぶん遅い夏の始まりなりましたが )

旧暦四月の和風月名は「卯月(うづき)」由来は、「う」の花が咲くころなので「卯の花月」の略と言うのが定説です。「卯の花とは空木(うつぎ)(ユキノシタ科の落葉低木)の花の事で、五月、六月頃に白色の小さな花をびっしり咲かせます」

しかし、十二ヵ月のうちでただ一つの花の名、旧暦四月の月名になるほどの花なのか、いささか疑問だとする説もあります。このことから、旧暦四月〔卯月(ぼうげつ)〕頃咲くので卯の花であって、卯の花が咲くから卯月ではない、と言う説もあります。反卯の花説として、新井白石は、十二支の四番目の卯(う)を用い、ウヅキとしたと言う説をとっていますし、又、ウヅキとは種月(うえづき)だと言う主張や、これを補足するような、田に稲の苗を植える月、田植苗月(たうえなづき)である、と言う説もあります。

旧暦では四月から六月が夏で、四月は夏の始まりです、また、四月一日は衣替え(衣更とも書く)で、冬の「綿入れ」から「袷(あわせ)」に替える日になっていた様です(今年はもう単衣(ひとえ)にしても良いような気候ですが)。だから、四月一日は「綿入」れから「袷」に替えて、身も心も軽くなった様です、また、昔は綿入れから綿を抜いて仕立て直して使っていました、「四月一日」と書いて「わたぬき」と言う珍しい「苗字」もあります、これも、「四月一日」が「衣更え」と言う習慣に由来した名前でしょう。

ついでに、旧暦五月五日には、「袷」から「一重帷子(麻布)」に衣替えしていました。


新潟県「ふるさと古民家再生事業」

2015年05月12日 16時00分59秒 | 日記

新潟県が「古民家再生に補助金を出す」と言う情報が流れてきました。

事業名は「ふるさと古民家再生事業」で、

地域の歴史的文化や伝統的木造建築技術の維持、継承を図ると共に、再生現場における技術研修を通じて建築技術者の育成を推進するためとし、古民家再生にかかる費用の一部を施主(古民家の所有者)補助すると言うものです。

ただ、この補助対象は・設計費・工事監理費計の一部で、費用の1/2で上限100万円/戸です。

補助対象建築物は、伝統的木造建築技術により建設され、築後概ね50年経過した住宅とあります、この、伝統的木造建築技術とは、と言うア~オの五つが良いですね、このア~オすべてを満たすものが対象です。

ア 軸組構法で造られた建築物

イ 接合金物に頼らない伝統的な継手・仕口を用いた建築物

ウ 筋違などの斜材を多用せず「貫」を用いた建築物

エ 主要な壁は土塗り壁等の湿式工法を用いた建築物

オ 茅等の草葺きである建築物(現状は草葺きではないが、当初は草葺きであった物を含む)

補助要件として ①古民家を解体・再築、もしくは原位置において全面改修する事 ②耐震性能を満たすこと ③古民家再生工事の現場における技術研修に協力する事、この三つです。

これで、確認申請を出して、通るのか? 耐震性は限界耐力計算をして適合判定に回すのか、ひょっとして、そのための「100万円」なのかな?

詳しくは、http://www.pref.niigata.lg.jp/jutaku/1356811022602.html をどうぞ。

新潟県のパンフレットも添付しておきます。

興味のある方は調べてみてはいかがですか。ほかの県や自治体には無いのですかね?


隠蓑  安徳天皇陵

2015年05月10日 14時05分16秒 | 日記

明後日5月12日は旧暦の三月二十四日です、寿永四年(1185年)のこの日は平家が壇ノ浦においての合戦で源氏に大敗して滅亡した日でもあります、その時、八歳の安徳天皇は祖母の二位尼(平清盛の妻)に抱かれて「入水」されたと伝えられています。

しかし、北九州市小倉南区隠蓑の伝説では、「入水」したと見せかけて、九州に逃れ、一生を終えたと言われています。伝説によると、源氏の追っ手に追われた安徳天皇を村人が、藁を上から被せ急製の蓑の様にして匿い通し、その後、天皇は村の娘と一緒になり一生を平穏に送ったと伝えています。安徳天皇陵もちゃんと有ります。

だから、今の地名を「隠蓑」言い、今でも12月中旬頃に「しびきせ祭り」と言いって、幼い子供に藁を掛けて、子供の災難を除き無事成長を祈る、そんな祭りがあります。(写真のなかに、しびきせ祭り の説明を入れています)

高速道路の下に車をとめて、造園屋さんの横を(入り口に案内板有り)進んで行くと正面に安徳天皇御陵が見える、御陵の前まで上ると、左にお寺、右に神社があるが、寺院名、神社名とも確認できなかった。

御陵の中には、小さな石塔が二つ寄り添う様に安置されている、右側に小さな泉があり、左側には安徳帝お手植えと伝えられる御神木の株が保存されている。

左のお寺は、伝承に出て来る「庵寺」が今まで続いているのか?

右の神社は、拝殿のみ?で、神殿が無く?、「大山祇大神」「貴布祢大神」「須佐大神」の三柱の神が御祭神として祀られているところから、後ろの山を「ご神体」とし、古いかたちの、「水」とそれを守る「山」を祈りの対象にした神社かな?

今は高速道路で隔離された様になっているが、もともとは、集落の田畑を登っていった、一番上の、小さな谷の突当りのようなところです。

こんな言い伝えもあると言う事も、ちょっと知っておいてください、歴史は歴史の本に書かれているもの、だけではないのですから。

写真1枚目―関門橋越しに見た壇ノ浦

  2枚目―隠蓑遠景

  3枚目―御陵とお寺

  4枚目―御陵と神社

  5枚目―御陵を正面から

  6枚目―御陵を近くから見る

  7枚目―御神木の切り株

  8枚目―お寺と石仏(左側)

  9枚目―神社

  10枚目―しびきせ祭りの説明

 


5月6日は「立夏」

2015年05月04日 22時11分51秒 | 日記

5月6日は二十四節季の一つ「立夏」

明後日5月6日は二十四節季の一つ「立夏」です。旧暦三月、辰の月の正節で、新暦5月5日か6日ごろです。天文学的には、太陽が黄経45度の点を通過する時をいいます。

ゴールデンウイークの終わりの頃で、山や野原に新しい緑が目立ち始め、山が新緑で華やかに笑っているように見える季節です、いよいよ夏の気配が感じられる様になるころですが、気候的には、まだまだ、「春」と言った感じが強い頃でもあります、しかし、今年は暑い日が続きますね、でも明日は平年並みの気温になりそうです。(でも、これは九州北部の事ですが)

よくテレビなどで、「暦のうえでは、今日から夏です」とか言っていますが、暦のうえの夏は旧暦の四月~六月で、今年の旧暦四月一日は昨年に潤九月が入ったために、今月の18日にずれこんでいますが、「立夏」は夏のきざしが感じられるようになる、と言う頃です。

一昨日5月2日は八十八夜です、八十八夜は「立春」はら数えて八十八日目に当たり、遅霜の時期でもあります。この八十八夜が旧暦の春(三月)に入るか、夏(四月)に入るかで、新茶の摘みごろが変わることもあるそうです。


竹中大工道具館と削ろう会の案内です

2015年05月03日 10時40分34秒 | 日記

竹中大工道具館と全国削ろう会の紹介です。

竹中大工道具館は、新幹線の新神戸駅のすぐそばなので、訪問するのは楽です。

莫大な建築に関わる道具の博物館です、いろいろな道具の使い方、それを使っての作業や、その職人さんの技能や、その他、建築に関わる動画がたくさんあるので、ゆっくり見ているとまる一日かかりそうです。大工道具館の詳細はhttp://www.dougukan.jp/をご覧ください

今(4月29日~5月24日)千代鶴是秀(用を極めて美に至る)の特別展が開催中です。

詳細はhttp://www.dougukan.jp/special_exhibition/chiyozuru_korehideをご覧ください

それと、5月5日・5月6日は、第31回「全国削ろう会 神戸大会」が過去最大規模で、「神戸コンベンションセンター・神戸国際展示場3号館」で行われます。

私がいろいろ書くより、詳細はhttp://kezuroukai.jp/sp/index.html をご覧ください。

削ろう会の期間中、会場と竹中大工道具館の間に“無料のシャトルバス”が運行されるようです。日本の伝統的な技術・道具に関わる職人さん達の祭典です、鉋による薄削り(その厚さわずか数ミクロン(1000分の1㎜))を争う世界です。

写真は竹中大工道具館の外観と削ろう会のポスター