朝のワイドショー的なニュースを見て、大袈裟なタイトルで書き始めました。
私は、議員になる前には、様々な事業をおこなっていました。主な事業としては、
表題の米集荷業(数十年前は、JAが約9割を集荷、民間は1割以下)、鉱山、ガス、
油類販売等・・・を父親の事業を整理する形で、行っていました。様々な要因で
ほぼ全ての事業を廃業、財産も放棄という形で整理しましたが、唯一、米の集荷業
だけは私の仕事として継続しています。したがって米の集荷業は、実質35年以上
続けています。
かつては、米、タバコ、塩、お酒のような国の許可によって販売を行える事業は、
その流通販売の仕組みが厚く守られ、超安定商業でした。したがって、昭和の時代の
地方議会には、酒屋さんとか米屋さんのご主人が必ずいたような記憶もあります。
ところが、米業界は斜陽産業のトップを走るような業界で、規制緩和の大波によって、
街の中に米屋さんが消えてしまいました。そのよう中で、これまでに、今回と同様の
「米騒動」的な大きな変化というか事件があったのかと、記憶を辿って見ると、
①次男が生まれた年なので、よく覚えていますが、平成5年の冷害による大凶作があり
ました。大東町の小さなお米屋さんの店の前に、朝早くからお米を買いに来る人が列を
作る異常事態でした。この年は、集荷業者は米を検査することはできませんでしたが、
集荷契約している生産農家さんに輸入米を配達しました。
②もう一つの大きな変化が「自主流通米」の扱いの大きな変化でした。1995年の
新食療法の施行、そして、2004年の食糧法改正で、計画流通制度が廃止され、ほぼ
町中の米屋さんが消える事となりました。この改正の前には、「闇米(やみごめ)」
が、戦後の食糧難の時代でもないのに、この米が市場を席巻しました。
35年以上、この業界で生産者である農家の皆さんのお米を預かり、検査業務を行って
きましたが、大きな変化はこの程度でした。2004年以降は、減反、減反、で生産者
さんの意欲が失われ、価格も下落の一途でした。若干の上げ下げはありましたが、
ほぼ小規模農家さんは、赤字申告せざるを得ない状態だったと思います。それでも、
先祖代々の農地を守ってきた皆さんは大変だったと思います。
年が明けましたので、一昨年の米価がほぼ6,500円程度(30k玄米)だったと記憶しますが、
去年のJAの買取価格が、8,000円でスタートして、1万円程度で最終清算となるのでは
ないかと私は、想像しますが、市場価格は全くその価格を反映していません。本当に
不思議です。ほぼ、私どものような正規の集荷業者は、生産者さんのお米を預かり、検査して
直ちに清算を終えます。これは、30数年同じようなことを繰り返してきました。
数年前には、5,000円に近い価格(30k玄米)で検査されたお米が、大きな不作もないのに。この
事態になっていることは、本当に疑問です。正直、去年の秋の米騒ぎの時は、新米が
出れば落ち着くと言っていましたから、数十年もこの業界にいて、不思議でなりません。
ただし、私がこの仕事を始めた頃(35年ほど前)の価格が、今の価格に近く、この
間、物価とは全く関係なく米価は下がり続けてきた事は、その通りです。
米価があがり、生産者の意欲が上がると思いがちですが、全くそのような事は、私の
周りではありません。農地を守り、生産者のみなさんが意欲を持って、米づくりできる
環境、かつての地方の農村のような、山と農地に大きな価値がある国に戻ることが
望まれます。






