katsuまるはだかぁ 芸術家への道

モザイクアート一直線のkatsuの日記

リピータ―さん教室

2019-10-02 07:29:46 | モザイク教室
今日は数年振りにいらしたリピータ―さん教室。この作品に限らずなんだけれど、途中でリタイアって作品は数あったりする。ただそれが鍋敷き程度の作品であれば、きっとその時のグレードもそこまで止まりであるのなら、左程惜しい気持ちにはお互いならないであろうが、しかしながら

ここまでの作品になると、もう残りは数回で自分の中での一番の大作、つまり代表作になるような作品が仕上がるとなると、とても重要な作品である事は間違いないのね・・・しかも数年もいらっしゃらないと、こちらとしても思い入れとしての指導も薄れてしまう・・・。

それが幸いな事に続きの下絵の線は入っており、色も指定して描き残してあった・・・つまりあの当時の記憶の手掛かりが残っていたのね。それならこっちの記憶も蘇って来るのね。あぁメキシコタイル風味だったな・・・ってね。これがもし書いて無かったら?どうなるか?・・・。

多分、今日久し振りに来て、どうしようかな?・・・となった時、あの時の記憶を覚えているのか?それとも無かった事にして今の気分で仕上げるのか?みたいな事になるのね。その時にあの時の仕上がりまでは凄く良かった訳で・・・つまりあの時のまま仕上がればこの作品は凄く良くなる。

それはあの時のままを引き継ぎあの時のままの仕上がりで完成するから。所がもしあの時のままの凄く良かったものに、あの時では無く、今の気分で作ろうとしたら・・・まずあれから数年離れているから、モザイクが上手くなっている事は無いのね。つまり技術は落ちたと思われる。

しかしながら、もしその間に色んなモノを見たりしていたとしたら?・・・眼が肥えているかも知れない・・。そもそも感じるって事は、腕には全く関係の無い事と言っている訳だから、もしこんな事があったら、デザインとかアイデアが当時より優れていたとしても、腕はあの時より落ちる

・・こんな事が起きる可能性はある。そんな事にならずに済んだのは、過去の記憶としてあの時の記録が下地に描いてあった事。これにより一切今の気分を取り入れずに済む事になり、考える事無く、切る事に徹する事が出来る事になったのね。そうなると技術って言うのは身に付いていて

、やれば思い出すものなのね。だから記憶のように、どうするんだっけ?・・・って思ったとしても、答えは出ず・・は無くて、あぁこうだった・・って馴染んで来たりするものなのね。ただそれが人それぞれの時間の開きはあるものの、それと器用、不器用なんてものも影響はする。

しかしね、それも器用の範囲でまかなえる作品ならね。つまり器用な人でも、大作としての作品は器用なだけでは乗り切れない。ただ器用って事が有利なのは、器用であるが故、いちいち道具の使い方を忘れたりしない。つまり休んだ事を感じさせない動きが出来るのね。

では不器用な場合は、えっと・・・えっと・・・って、行為1つ1つがたどたどしくなったりする。それは思い出そうとするから。全てが反復で覚えた事だからなのね。まずこんな差がある。この時点までの説明は器用って良いな・・・って感じだが、全て良い事と悪い事は背中合わせ。

つまり器用が不利になる事がある。器用って言うのは、得てして能率効率を重視したりするのね。本能的に。つまりあえて結果が見えないチャレンジよりも、安定感のあるいつも通りを選んだりするのね。だから常に結果が安定するし、似たようなものになったりするのね。

これが不器用な場合、あぁここ上手く行かなかった・・・じゃ次はこうならないように・・・あぁまたこっちが・・・次はそうならないように・・・ってこんな繰り返し。つまり器用な人は最初にベースとなる良いスタイルを素早く見付けられるから、そのまま進める。

逆に不器用な場合、失敗を繰り返す前提になるから、いかに同じ失敗をしないようにするか?になり、1つ目より2つ目、2つ目より3つ目・・・って具合に段々是正をして良くなって行く。だから器用な場合、その安定した事を崩さないと、中々自分越えは無く、いつも最初から上手い。

でも見慣れれば見る方もいつも上手いね・・・って表現になり、左程上手さを増すようには見えない。所が不器用な場合、コツコツと積み上げて行くから、どんどんと上手くなって行くのね。つまり失敗するほど上手くなるのね。ただ時間が掛かるから、気持ちが折れなければ・・・。

こんな違いがあって、例えば器用な人はこれが好き・・・って見つけられるような感じだとすると、不器用な人は、消去法な感じね。これじゃない、これでも無い・・・ん・・・これでも無いか?・・・あれこれが残った。じゃこれで・・・みたいな感じ。

つまりこれって選んだ場合、気分なのね・・・感覚的なものだから。でも常に一番良いと思うものを選ぶのね。そうなると、メインから始めれば、常に良いと思われる色をふんだんに使うだろうね。けれど、常に一番を選ぶのだから、使って行けば、あぁこれしか無いかっ・・になる。

だから後はバック・・・なんて表現になるのも当然なのね。これが不器用な消去法の場合だと、こちらも実は選んではいるのだけれど、選んでいる感覚にならないのね・・・何せ否定して消しているだけだから、残ったものみたいな感覚。ただ、常にこうだと、一番じゃなくても、まっ

良いか・・・これで。みたいなテンションを大きく崩す事は少ないのね。最近聞いた言葉で、自信の上にはおごりがあり、謙遜の下には卑屈がある・・・って。まぁストレートに言い当てた言葉なのね。こんな事に当てはめると、器用には自信の方側、不器用には謙虚の方側の話。

いずれにせよ、自分がどちら寄りか?で自ずと直すべき事が明確になると思うのね。おっと話を戻して、そもそももう数年も離れてしまっては、一体どんな趣味趣向だったか?そしてあの時のままなのか?もう違うのか?今日の1回は教える側としてはかなり不利な状況であったけれど・・・

記録のままであるのなら、切り方、張り方のみで良い訳で、質を落とさずに、恐らく後3回で完成すると思われる・・・って終わりすら見えて来たのね。それにしても中々の出来栄えで、これを超えるのは中々難しいだろうから、とても良い作品になるだろうし、自分の代表作になるはず

なのね。そんなこんな後はクリスマス用下地の仕上げ塗りと組み立て。


これで後は江東区のイベント用のハロウィン下地を作らないとならないんだけれど・・・何せワークショップ用。しっかり作り込むような下地じゃなくて、サラッと・・・簡単にリーズナブルみたいにならないと、何せ子供のお祭り的なものだから・・・。ん・・・何とも難しい。

結局、色々描いては見たものの、これってものが無く・・・持ち越しとなったが、時間も限られているのね・・・。

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