katsuまるはだかぁ 芸術家への道

モザイクアート一直線のkatsuの日記

中学生の追加分下地と埼玉コープ分の下地

2021-07-31 07:50:50 | モザイク教室

今日はほぼ丸々一日、中学生の追加下地。まぁ結果は何とか切り抜けた・・・って感じ。いくつもの幅の木を買わないとならず、えっと・・・えっと・・・の繰り返し。しかもタイルを張るって前提なんで、端数が出ないように・・・になると、

ただ出来ただけで無く、見栄えの美しさなんてこだわると、さらにハードルが上がるのね。ただ自分の技術も考えると、果たして出来るの?って思ったりするし、そもそもこんな事一度もやった事が無い訳で。でも出来たら一つ技術や知恵がプラスになる。

だから、こんな時は何とか・・・ってチャレンジする事で経験を増やすと考えてやってるのね。ただまったく勝算無しでは怖くて手は出せないけど、そこを何とかならないか?とか、こうすれば・・・とか、何かきっかけになる事さえあると、スタートが切れる。

今回の場合、既にタイルはこれで・・・って事がすぐに浮かんで、更にこの木を見つけた時に、いつもなら1cm厚の木しか見当たらないのに、これはもうちょっと薄く、おぉこれならバランスが良い・・・みたいに、想像出来たのね。

その時に、学校を出たような人は、図面を引くんだろうね。けど、俺のような現場の人は、その物を横に置かないとリアルに浮かばないのね・・・寸法だけじゃね。これは例えば、作詞からスタートなのか?作曲からスタートなのか?

みたいな話と同じで、図面ありきなのか?物を見てなのか?・・・って。この経験値がオリジナルを教える時に生かされたりもするのね。要するにここに来る人は、大抵絵が苦手だったりするのね。そうするとついつい、絵をはしょって、

すぐにモザイクに入りたくなる。でもそこではしょった分、後々困るのだけれど、タイルを切る事が上手い分、リカバリーは上手くなる。ただもっと・・・ってグレードアップの時には、なるべく多くの事を最初に悩んで置くと、後々、

いつものようなしわ寄せは少なくなる。ただ気持ちとして、余り最初に向き合い過ぎると、悩む時間の多さで挫けてしまう・・・それは全部こうして自分の経験値だから、良くも悪くもお知らせ出来るのね。

例えば上手く行った事の場合なら、その経験値を自信を持って教えられるし、もし失敗した事なら、こうすると痛い目に合うんだよ・・・と失敗の経験値で、回避出来たりもするのね。そもそも先生とはこうした経験値の切り売りなのね。

だから、生徒さんが上手くなるって言うのは、その分の自分の成長が無いと、その先生の魅力が半減して行くって思っているのね。要するに教えた事が身に付くって言うのは、そんなの判ってるし・・・って子供に言われる親の感覚。

そう思うと、そんなの無理・・・って簡単に思うんじゃなくて、本当に?本当かな?と疑う事だったりするのね。今の俺がそう思うだけで、明日の俺は出来るって思ったりしないのかな?って感じでね。だから大抵保留したりするのね。

そしてこうして出来た時は、してやったり・・・って気分にもなるし、ホッとしたりもする。ただこんな事を思うのは、多少の不安を抱えてスタートを切るからであって、安全安心だけを取るのなら、いつも安心を選べば良いのね。

だから、折角の試されたチャンス・・・って思えば、何とかなるまいか?って思ったりするが、出来る事と出来ない事を見分けないと、ただ時間ばかりが過ぎて行く・・・これが悩んでいるだけの時間。それが考えたって場合、良い悪いはともかく、

何らかの物が提出出来るまでの段階に来た事になる。ここが本来のスタート地点。ここをそのまま使うなら保険を入るって判断なのね。つまり安心安全の為に・・・って。つまり本当のチャレンジはこの先のまだ見えてないアイデア・・・

だからこの一つ目の考えを潰しに行く感じね。要するに自分否定をする感じで・・・その時に折角やっと出たものを、否定するって事は、相反するものになったりするのね。つまりその相反するアイデアが出た時に、同じ人物が両極端のアイデアをぶつける事になる。

つまり独りプレゼン的な。それを裁く自分がいたりする。でも仮にどちらが勝っても、今回はそっちにしただけで、負けたアイデアも次に生かされたりもするのね。まぁオリジナル作りってこんな事の繰り返しだったりするのね。

ただこれはあくまで本気の労作展のような場合ね。これがお楽しみって感じの体験だったりすると・・・

こうしてここにタイルを切って入れるだけでも、タツノオトシゴになるし、アイデア一つで、この中に花なんか切ると、人とは違った雰囲気になったりもする。そうね、俺の教室がタイルを切るって前提の教室だからね・・・。

例えば切らないで並べて絵を作るドットアートの場合は、絵にする為のプログラミングが技術なのね。つまりその図面さえあれば誰でも出来る。だからそのやり方さえ判れば、子供でも無限に色んな事が出来たりする。

ただこの場合、モザイクって言うよりも、プログラミング教室な感じがして、パズルじゃ無いけど、大物に手を出さないと、先生として教える事は無くなって行くし、ある意味一度教えれば、材料の問題かと・・・。

だから、技術って感じのたたき上げの元職人が教える・・・となると、プログラミングじゃ無いなって事になる。でもそうなると、いきなり初心者にタイルを切らせるの?って事になるが、これが幸いに、ぺきぺきってタイルは切りやすい。

未就学児でも切れたりする。ただ切れたと言うか、割ったって感覚だから、絵にしようにも、丸が切れないと目にならなかったりする。つまり切るって技術が無いのに、切る面白さは体験出来ても、見栄えとしてはドットに見劣りする。

そこで考えたのが、モチーフの形をした枠の下地。これがあれば、クラッシュだけでも絵になったりする。ただ、意外と問題は山積みで、ドットの場合、キャラクターっぽいものを作れたりもする。だから外しが少なかったりする。

けれど、この下地の場合、俺のデザイン・・・そうなると、自由って何か?なんて事になったりする。ドットの場合、自由にキャラクターを作れて、逆に俺の下地の場合、その下地のデザインで不自由に・・・なる。って違いね。

だから、そう簡単にはキャラ超えは出来ないが、いかにオリジナル下地にこだわるか・・・なんだけれど、そもそも進撃の巨人の話で、100年続いた壁がいつも安心で、明日もまた大丈夫・・・なんてのはあり得ないと。

つまり昔、これで良かっただけで、もっと進化しないと、見慣れたら飽きる事になる。これは事実であって、新曲を出し続けるアーチストみたいなもんで、演歌歌手だってヒット曲一つでは生きられないのだから。

ただ労作展や大作のリピーターさんのように、切る事が上手くなった人達や、時間をしっかり掛けて作る初心者って場合は、きちんと結果が付いて来るが、体験教室やイベントの数時間で見栄えとなると、今までだって考えていたのに、

そう簡単には答えは出ないだろうが、まぁこうして気に掛けていれば、忘れた頃に何か発見なんて事も起きたりする。ただそれでは近々の事に対応出来ないから、焦ってしまうが・・・そんなこんなで、今の下地は何とかメドが付いたのね。


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