katsuまるはだかぁ 芸術家への道

モザイクアート一直線のkatsuくんの日記

車検とみどりとお姉ちゃんの親子教室とニクオンにデイ・サービスの下地

2018-05-15 02:45:36 | モザイク教室
今日は朝一番は車検から・・・まぁ、これが自動車の税金やら駐車場の更新、その上に車検と、ここんとこ畳み掛けて来て・・・何とか逃げ切ったんだけれど、そこで代車に乗ってアトリエに向かうも、説明なく借りた車が新車で・・・信号待ちした瞬間、あれ?エンジンが止まった・・・・。

凄いわ、初めて乗ったのね・・・・これがエコカーなのかな?アイドリングストップ・・・でもどうやったら走るんだろう?って・・・アクセル踏んだら走ったわっ。って、もはや先進国の人じゃないな・・・。そんなこんなでみどりとお姉ちゃんの親子教室。

とは言っても、先日の東京レプタイルズの展示作品を搬出してくれていて、それを持って来てくれるのも含まれていて・・・昨日、お姉ちゃん夫婦も手伝ってくれたらしく・・・まぁ、すっかりお世話になっちゃったのね。そんなこんなのお教室。


月に1回となると、残り後3回・・・1回は目地とか塗装とかとなると、後2回・・・・そんな中、自宅でもやるって事になり・・・ただ、初めて本格的にモザイクをやった・・・って作品としては、ここまで作れば見事だし、素敵なウエルカムボードになりつつあるのね。

何だか夢がいっぱい詰まっていて・・・・お幸せに・・・って感じなのね。2人の色合いを見ても、出て行く者の幸せ色に、出て行かれる者の切ない色。
ただ幸せなら幸せを表現すれば良いのね。でもね、出て行かれる者って不幸せなのかな?って言うと、2つに1つのどちらか?では無いのね。

そもそも一方を幸せと表現すると、一方を不幸せと言う表現になりそうだけど、それは出て行く者と出て行かれる者って関係からなんだけれど、さっきから相反する表現を、幸せと切ない・・・なんて表現をしているのは、見送る嬉しさのみでは無いだろうから・・・なのね。

では、人それぞれだとは思うけれど、一体お母さんとして嬉しいの?悲しいの?どっち?って聞かれたとしたら・・・・果たしてみどりはどっちよりの人なのか?・・・なのね。ここで一番作品作りとして最低な表現が、悲しいけど嬉しい・・・とか、嬉しいけど悲しい・・・なんて、どっちもって表現。

そもそも、今の表現だって同じようだけれど2つある。その2つの違いを説明してみ?って言われても答えられない状況では、口で説明出来ないのに、モザイクで表現出来るとでも?・・・って話なのね。こんなものは、後にある言葉が強いって事だから、悲しいけど・・・嬉しいの場合、嬉しいが強めになり

、嬉しいけど・・・悲しいでは、悲しいが強めになる。全く意味の違う文章になる。しかも、他の視点から見ても、けど・・・って言葉の使い方。そもそもが、けど・・・の前の文章なんてどうでも良いのね。そもそも本音は、けど・・・の後にあるのだから。ちょっと乱暴だけれどね。

そもそも、何とかなんだけれど、何とか・・・って言葉を使って文章を作れば簡単で、例えば、友達にこれとこれ、どっちが素敵かな?って質問をされた時に、こっちの方が優しい色で可愛いんだけれど、こっちの方が大人っぽい・・・とか、こっちの方が美味しいと思うけど、こっちの方が好きとか

・・・そんな風に使ったりするんだけれど、まっ、大抵は、けど・・・の前を相手に同意して置いて、本音は、けど・・・の後に使ったりするもので、要するにその人の意見は、けど・・・の後ろにあるのね。例えば、さっきの悲しいけれど嬉しい・・・みたいな表現を、子供の言葉遊びにすると

・・・アワビのようなプリンとプリンのようなアワビの違い・・・みたいにすれば判りやすく、アワビのようなプリンは、プリンであって、プリンのようなアワビは、アワビなのね。って事で説明はおしまいにして、みどりの作品を紐解くと、この世のおしまい・・・って暗さになる。

つまり悲しさ95%って数字で表現して見ようかね・・・きっとこれを作り始めた頃は、娘の結婚を嬉しさよりも悲しさの方が大きかったんだろうね。でもそんな中、残り5%は良かったね・・・おめでとうって気持ちがあったとする。この時に100対0の気持ちだったら?取り返せなかっただろうね。

しかし、5%はいついかなる状況であっても喜んであげられた・・・じゃ今は?ここなのね。大作ってのは時間が掛かるから、心変わりはある。しかし、その心変わりが巨人から阪神へ・・・とか、自民から共産へ・・・みたいな急激な変化では無理だけれど、そもそも5%は変わらず持っていた心。

だから何も変わらないのね。そこを持っていたら、今ここまで来た時に5%は真の喜びを表現出来る余白を残してある事になる。つまりその5%で喜びを表現するには・・・となる。それには、最初に悲しいのはどれ位?をきちんと表現するべき。けれど・・・出たぁぁ、けれど・・・。

けれど、お母さんなのに娘の門出を祝えない小さな奴になるの嫌なのね・・・って心境になる。となると、そんな重くはありません・・・なんて、意地を張ったとする・・・けれど・・・また出たぁ・・・寂しくて仕方無い気分を大きく残しハッピー部分を作ったとする?どうなるかな?

そりゃ、偽りの心を作るのだから、上手く行くはずが無いし、心とやっている事が違い過ぎるから、やればやるほど自分とは離れて行く。そこは正直に向き合うべきなのね・・・寂しい、悲しい・・・とね。ただ、きちんと5%を残せないと、ただ悲しい作品になる。そんなもの欲しいか?って話。

所が、それを向き合って悲しみや寂しさを持ったまま作れば、もっともっと寂しくなる・・・きっと辛いだろうね。しかし、それがその時の自分の心境なのね。ただどんな時でも5%は自分の心境とは違う自分を持っていた訳で・・・・。では今はどんな心境か?そして人はとんな風に見るか?

恐らく作り手本人も今はあの時よりも落ち着いていて、もしかすると、今は5%所では無くもっと多くなっているかも知れないのね。6かも7かもってね。ただそれならそれで良いのね。それが出来るのも、ずっと悲しみや寂しさと向き合っていたから。そこがきちんとキープ出来ていたら、趣旨は

ぶれないから、ラーメンにコショウを食べる前に1回振るって決めていたのが、食べて2回にして見た・・・って話とほぼ一緒であって、食べてすぐに入れるのか?半分無くして入れるのか?後半に入れるか?で、同じ1回追加でも大きく味は変わって来る。

サッカーの控えも同じで、どの時点で投入するか?・・・早目なのか?遅目なのか?ってね。その時に3回繰り返している模様は安定感がある。つまりここは得意な場所になる。そこの1つを最後まで持っている事は、気持ちが整わなかった時の保険。そう考えると、考える事は1つで、もうそろそろ、

やり尽した時のバックはどうする?・・・そしてそれはこの作品が終わるって事でもある。今の気持ちはどう変わったか?どう見送りたいか?そしてどうなって欲しいか?・・・最後の葛藤の部分でもある。まぁ後3回の親子教室・・・かるびの親子教室とは違った重みがある。

そんな後は、ニクオンのチャーム用の下地の2度目のペンキ塗りと、デイ・サービス用の下地。こっちはまだ連絡が無いんだけれど、1か月前のサンプルだったから、思い出す為の練習の1枚。
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