katsuまるはだかぁ 芸術家への道

モザイクアート一直線のkatsuの日記

ローラ教室とプルメリアのモザイク

2021-07-17 08:01:47 | モザイク作家

今日は午後からローラ教室。自宅で進めているんだけれど、1cmタイルの水色の縁取りをやって来たのね。これだけ安定した幅で揃えられるようになったのかぁ・・・が素直な感想で、かなり上達して来た感じがある。

そもそも余り上手くない状況の場合、先生が横にいるアトリエの場合、すぐに聞けるし、常に見られている事で、ちゃんとしなきゃ・・・と意識が働くのね。そうすると、大抵は誰でも自分の感覚よりも上回ったちゃんと感で進めるのね。

でもそれを持って自宅で進める時に、俺の眼は無い事で、あぁ楽になった・・・とアトリエよりも楽な気持ちになった場合は、当然そこに俺は出て来ないのね。つまり指導的な事は薄まる。この薄まり方が作品に左右される事になるのね。

全く出て来ないって事は、全く前回の指導は出て来ないって事だから、当然質は上がらないし、楽に進んでいる分、ペースも上がるだろうが、量で満足出来ても質が下がるのだから、何か・・・って気持ちになる可能性は大きいのね。

これがいちいち俺が出て来ちゃう・・・こんな場合は、やれニッパーの持ち方だったり、バイクに乗ってる・・・これは指導の時に言われる事の1つで、脇が空いている事だったり、小指は柄のギリギリなんてのもある。

こんな切る前の動作だったり、タイルの持ち方だったり、成功パーツを基準にする為にそばに置いて、見ながら切るとか、単純で当たり前の事だけど、何しろ最後はそれって美しい?って自分に問い掛ける・・・そんな事の繰返し。

ただね、確かにそれってうっとうしいのね。言っている方も言われる方も。だって楽しく無いじゃん。そう言う点では体験教室ってこんな事言わなくて良いし、出来たら嬉しいし、続ける前提って訳でも無いから、くどい指導はいらない。

だからお互いに距離感があって、踏み込まないし、踏み入らない・・・これが個人レッスンとなると、こうしたい、あぁしたいとやりたい事は難易度がアップして、それが上級者ならともかく、始めたばかりで要望が多くなったりする。

まぁ当然なのね。金額も時間も全てが増えるのだから。それと同時にやる気だって違うのね。そもそもアトリエまで来る労力なんて、やる気以外の何物でも無いし、知らない所に行く勇気なんて、ハードルが上がるだろうし・・・。

そんな事を踏まえれば、何とか理想に近づけてあげたい・・・と思うのは、先生なら当然の事。ただ、上級者ならある程度の経験値で、自分のやりたい事の大変さを知っているから、簡単には出来ない覚悟があっての事なんだけれど、

初心者ってそんな事も知らずに、頑張ります・・・だけで、乗り切ろうとするのね。こんな場合、労作展のような強制力的なものが働けば別だけれど、一般的には、まさかこんなに大変だとは思わなかった・・・って事になったりする。

その時に頑張りますを同じように言えればまだしも、何もやっていない時の頑張りますって言うのは、逆に言えば、やり始めてたら、大変なんで頑張れません・・・って繋がって行くのね。良く言う事なんだけれど、頑張っているか?どうか?

なんてもんは、自分が使う言葉じゃ無くて、人が頑張っているね・・・って使う言葉であって、一生懸命なんてのも同じで、そんなもんも一生懸命やってたよ・・・みたいに他人さんの評価だったりすると思うのね。

つまりおてんとうさまが見ている・・・ってあれね。要するに見られていようがいまいが、同じ事なら良いのね。つまりアトリエの時と一緒ならね。その時に無理して頑張っている人は、無理からの解放になるから、自宅で楽をする。

けれど、アトリエでもこんなの無理って言う人は、自宅でもそんなの無理だから、安定して無理でしょ?ほら変わらない。それなら結果は一緒でしょ?そしたらずっとそのままで進んで行ける。それで終われば無理しなかった作品になる。

ただそれが1作目なら出来て嬉しいでしょ?でもね、何作もやるとそうも行かないのが、人の欲。上手くなりたくなるのね・・・増して何年も習っている事になれば、当然その努力が報われる事って、上手くなったって自覚・・・。

そうね、一見お門違いな話に聞こえるけれど、大きくは離れていないこんな話ね。例えば、仮に全くの素人がタイルを売っているのを見た。興味なしって人は、話に乗らないんだからスルーして、眼を引いたものは何?って想像して見て。

例えば色だったりすると、全50色。おぉ綺麗ってな事にならない?これはモノ作り好きな人にはたまらない魅力があるでしょ?じゃ例えば形。ハート、クローバー、丸、葉っぱにランタン・・・こうして形が眼を引く事になるでしょ?

じゃみんなひっくるめて、同じ値段だとする。何が欲しい?・・・それをそんなの人の好みだから・・・って反応が鈍い人は置いといて、自分だったら?って事になると、何かそれに決めた基準があるのね。自分が気が付かずにね。

例えば、四角いタイルを中心に買う?それとも色んな形を買う?大抵は素人なら色んな形の方を選ぶだろうね。だって可愛いし・・・四角は普通だしってね。増して同じ値段なら特にってね。この文章に当てはまる場合、まず最後の同じ値段なら・・・。ここ。

お得な方って言っている感じしないかな?四角いタイルよりも変わった形の方が高い感じがする・・・そんな匂いのする文章。つまり何も知らない場合は、即使えて可愛いとなると、形の変わったものが使いやすいのね。

だって1枚張っただけでも可愛いから、ピヤス、画びょう、ピン止め・・・1枚でも簡単で使いやすい。けど四角いタイルは?となると、1枚張っても可愛くない・・・つまり更なる工夫をしないとならないから、考えないとならない。

では四角はダメか?となったら、沢山張れば可愛くもなる。それが箸置き、フォトスタンド、机なんかの縁取り・・・ほら1枚の時とは変わったでしょ?つまり使い方で変わって来るのね。ただ問題はこの後なのね。

例えば3000枚1cmタイルを買ったとする。えー凄い量と思うだろうが、3m分とするなら、普通の食卓のテーブル1周分も無いのね。一体張るのにどれ位の時間が掛かると思う?まさか何年も・・・とは言わないでしょ?

つまり初心者でも、ただ数の多さに、料金にビックリはするだろうけれど、いざ張って見ると、左程時間も掛からず終わってしまうのね。もしこんなペースで、張るだけのモザイクをやって行ったとしたら・・・1年も掛からず家の中はタイルだらけになる。

しかも1年も掛からずに・・・って事は、上手くない状況で終わってしまうのね。これが失敗の原因なのね。ちゃんとじょうずに進めれば、上手くなるのだからじっくり行かないと・・・そうすれば素敵な物だけ手に入るのだから。

それを焦って早く作りたい、ノリで今すぐってやればやるほど、飽きるのも早い。中々、そんな事を教えてくれる人はいないし、俺すらも習っていないのね。ただ手狭なアトリエで活動していれば、自然とそうなっただけなんだけれど。

話は戻って、要するに張るだけって言うのは、大抵は好きな色を選んでいる時が楽しいだけで、楽しく張っておしまいのスタイルだから、楽なのね。つまり楽を楽しんだのね。勿論、それを楽しみ続けられるのならそれも否定はしないのね。

ただ、そこに習い続ける魅力を感じるか?とか、お金を払えるか?となると、話は別になると思うのね。つまりどうしても切るって技術が欲しくなる・・・。まっ、包丁使う料理と使わない料理って言う話ね。

そこに更に味付けなんて話も加わるから、人が奥深いなんて表現をする訳で。そう考えると、ローラはやっと切るって事に慣れて来たと思うのね。俺が見ていなくてもこれだけの安定感。この幅を一人で揃えられるようになったのは大きい。

それは技術もそうだけれど、気持ちの問題なのね。それって美しい?・・・それが出来るようになったって事なのね。こうなると、ようやく本気で技術指導が出来るのね。この包丁の使いっぷり・・・これなら味付けの話も出来るのね。

それと同時にストライクを目指すんじゃ無くて、ボールを投げる・・・こんな指導もあるのね。不慣れな時は基本に忠実に・・・となるから、うどん、きしめん、そば・・・じゃ無くて、どれかに絞って、均一にになる。

キャベツの千切りじゃ無いから不揃いでも・・・なんてのは美しくないのね。それを不慣れな時に、味なんて言う人もいるが、それは味じゃ無くて不慣れだから下手なのね。味ってのは上手くなった人の技術の事だから・・・。

話を戻して、そうやって慣れて来ると、ローラのように均一になって来る。しかも、俺が見ていようがいまいが。それは完全に身に付いた技術なのね。例えばお母さんが横にいて料理が出来た・・・じゃ無くて、1人暮らしで作った料理。

しかも同じように・・・いても居なくても。ほら上手くなったって感じでしょ?そうしたら、見に付いちゃったのね・・・何が?ちゃんとが・・・。ちゃんとが、ちゃんと見に付いちゃったのね。そうなるとどうなるか?ちゃんとしちゃうのね。

何もかも・・・。何が悪いの?消して悪くは無いのね。ただ融通が利かなくなるのね。きちんとちゃんとが普通になっちゃったから。下手の時はルーズが普通だったって事なのね。つまり相当きちんとしないと、普通で良いよなんて言ったら、

とんでもなくルーズになるのね。それがこれだけきちんと出来るようになると、基準値が相当上がったのね。つまりこれが普通になったのね。そりゃ美しく見えて当然なのね。所が、その弊害もある。それが基準値の高さ。

例えばオールスター。何でも良いのね。思い浮かべて。例えば180以上ある人達の集まり。179だと小さい?数字を見ればね。でも実際は判らない。じゃ185では?恐らく余り変わらない。ほらこんな大きいと200以上無いと群を抜けない。

これではメリハリは付かないのね。つまりきちんと、ちゃんとが身に付くと、相当意識しないと、150なんて入れられなくなるし、どうしても200が欲しくなる・・・もうきりが無いし、果てしない。そうじゃ無くて、この位まで来たら、ボールを意識する。

150を切る。美人の中に子供を入れたり、お婆さんとか、狙って入れる。こんな意識を持つ。そんな意識を持ってからの、バックはコロにしたのね。理由は簡単。クラッシュで入れるから、コロは数mm大きいから、持ちやすいし可愛い。

しかも大きい分、クラッシュにしても切り落としみたいには見えない。そんな中、今の考え方を意識すれば、クラッシュが切りやすくなるはずなのね。きちんと狙ってきちんと切るのでは無く、きちんと狙ってルーズに見せる。

偶然では無くて、必然でね。そのさじ加減に今度は慣れる事。クラッシュのコツは、同じ形や四角くしない。いびつ角形。慣れたらなるべく大きい形にする。コロは角が無いから、切りっ放しにせず、軽く面を落す・・・

後はあみだくじみたいに。こんなのが思い浮かべば上手く行くはず。次回はどんなになって来るか?楽しみなのね。そんな後はプルメリア。

結構掛かっているね。


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