katsuまるはだかぁ 芸術家への道

モザイクアート一直線のkatsuの日記

遠方からのリピ-タ-ご夫婦教室

2013-09-25 01:17:16 | モザイク教室
今日も午後からお教室、何しろ避暑地のような場所からいらっしゃる・・・・。
それまでの間は作品作り・・・でもちょっとだけ。

そんなこんなでいらっしゃると、こんなにいっぱい作って来て・・・・。でも・・・・
これだけじゃなくて・・・・


それで終わらずに、こうなると・・・流石にお小言となる。


良く見て欲しいのは、右と左の違い。どっちが丸い?ちなみにやり直したのが右。
やって来ちゃったのは左・・・・おかしくないかな・・・?

そもそもさっきの小物の作品ではスル-していた訳で。じゃ一体何故この作品で?
理由ははっきりしているから、聞けば納得するとは思うんだけれど・・・。

では確認から。小物の作品は6点もある。ただ良く見ると、デザインは大まかに4つ。
そして更に掘り下げると、表札も左下のコ-スタ-はアトリエでやってた作品。

って事は、特に問題は無い。きちんと見ていたし、途中であったけれど相談もしたので、
自宅で完成したとしても、大きく外す様な事は無い。

そうなると残りの作品は・・・?となると、すべてがぺきぺきである事からも、
すでに何度も観ているから、見なくてもこの位の小物の作品で外す事は無い。

しかも小物をこんなに練習すれば、小物慣れしているって事。
更に見ていないデザインは2個。逆に言えば、見ていなかったのにここまで作れるのか?

って思う事が出来る作品となっている。しかもグレ-ドとしても、きちんと同じ事を
繰り返してあり、随分と丁寧に仕上がっている。こんな事からも、ぺきぺきを使い、

コ-スタ-程度の大きさでは、特に教える必要は無くなっている。
だからここはお好きにどうぞ・・・となる。後は素敵に見えるデザインの追及のみ。

更にここまでを総合すると、自分だけでもコ-スタ-位の大きさなら、教わらなくても、
ペキペキ以外でも、コロもエミリアも使っているのだから、張る事までは問題無し。

つまり小物の量産の利点は、目地を沢山出来る事でもある。何しろこの方達は先生として
教える事が目標でもあるから、目地が1人で出来るようになるのは必須事項。

そうなると、この考え方は悪く無い。先生として提案して行くのなら小物サンプルの量産は、サンプル作成でもあり、何度も目地を出来る練習にもなる。

そんな点でも選択として正しいのに、グレ-ドとしても美が成立しているから良かった。
では、アイアンの作品でちょっと待った・・・になったのは?の理由をこれを踏まえて、

考えると、まずアイアンの下地・・・これだけ見て、高いって感じ無いかな?
俺は今までの小物とは違って、高級な感じがしたのね。

それでもしそう感じたのなら?今までの作品に直す事など無かったのに、何故直されるような張り方をしたか?の理由を考えると、完全にやっつけ仕事をしたとしか思えない。

それっておかしく無いか?と質問をした。何故なら小物といえば安いイメ-ジになる。
しかしアイアンが付いていてね・・・となれば、お高いでしょ?って言葉のみでも思える

つまりもし、それを俺の言う通り感じたのなら、安い小物の作品のグレ-ドは良いのに、
アイアンの付いている高級そうに見える作品を作らないとならないのに、今までと

変わらずに、もっと言えば、慌てて作ったとしか思えない雑さ加減。今までの小物の人とは思えないくらいにね。つまり1ヶ月間に6点の小物を張り上げて、更に最後にやると

なれば、可能性として近々に張った作品と言える・・・しかも近々とは言ったが、
こんな場合、昨日なんて事がある・・・しかもそうかどうかの確認は、はみ出ている

ボンドの固さを見れば、それによっても判断の材料になる・・・・もしそれが合っている
のなら・・・・完全に手抜きをしたと言う事になる。今までより高級な作品をね。

しかも更に言えば、表札をここまで仕上げているのだから、大きさ的には一緒なのだから
、大きさは言い訳にはならない。そんな話をすると、苦笑いをする・・・・その通りって

しかも実は販売しようとしている・・・・近々に。何かイベントがあるらしく、益々それでは言わないとならなくなる。値段を高く提示する以上、小物に見劣りする作品は、

作っては駄目とね。そんなお説教をして、張り直しをして頂くと、何の指導も無く、
やり直しがさっきよりも良くなる。これがまたお説教の対象となる。

つまり指導無しのお説教で良くなったって事は、技術では無く、精神的、モラルと倫理の
話であって、心の問題だったって事。数の量産をする余り、なめた意識無く、なめた事に

なる。趣味で売るのなら素人だから、言い訳も可愛い。しかしながら、先生をします、
それを持って売ります・・・これはもはや俺と同じ土俵で、一緒の扱いになる。

更にもしkatsuに習ったとおっしゃるのなら、それはいかがなもんか?となる。
俺はそんな作り方は教えていない。きちんと美の追求であり、もっと言えば、

お金を頂くって行為を、綺麗でしょ?良いでしょ?って軽く扱うやり方など言語道断。
しかも小物で出来ていないのなら、まだしもきちんと全部作れているのに・・・・。

更に続くのは、実はこれだけじゃなく、もっと大きい作品の下絵が描かれていて、すでに
下地として買ってある・・・・これではもはや、わんこそばみたいでわんこモザイク。

慌て過ぎである。追われている意識無く追われているか?逆に、そうやって自分でノルマ
達成って感じに、目標はこの作品まで期限に作るって決めた上での作業をしている。

もはやここには美意識など存在していないと言える。つまりまた小物の作品のグレ-ドに
戻す為には意識改革。まず取り掛かっている作品に集中し、終わった時間と相談。

もし残り時間で出来るかも・・・と思っても、下山の勇気も持つ事。大作をなめない事。
しかし売り物をどうしても増やしたいと言うのなら、結果の出ている小物の量産を

お勧めする。そうでないとまた同じ失敗を繰り返す事になる。

そんな中、ご主人は・・・・となると、これが今日は木工教室となる。


こうしてオリジナルの下地の作り方の練習となる。これが実に器用で、ここまでのグレ-ドで最初から作れるのだから、後は量産に耐えうる根性と、慌てて怪我をしない事。

ここも下山って話で、量産するにも、後1枚だから・・・・とやるのでは無く、
明日に回して、その分、機械は使わないでペ-パ-掛け・・・・でも・・・・とする。

大抵、慌てるとろくな事は無い。怪我の大半はベテランによるもので、怖いと思って
いる時には怪我などしない。怖いから難易度の高い事はしないし、これで良いのかな?と

立ち止まってばかりになるから。けれど慣れると行ける、これも、これも・・・と欲を
出す。しかも、欲をかくならまだ自覚があるが、大抵はそれすら無く、そこまでやって、

と決めた所までやる・・・つまり慌てている自覚無く慌てた結果なのだ。
だから、機械の使い方の前に、必ずいちいちコ-ドは抜く。刃を取り替える時も、

機械から離れる時も、誰かが触ってしまうかも知れないし、間違って誤作動するかも知れ無いから・・・と、もはや安全確認の上に成り立つ・・・と考える事とね。

そこから技術指導であり、まず心得。さっきの話も一緒なのね。

いずれにせよ、2人共全く別々の指導となり、教える側としても、眼を離す機会も増える
だからこそ、心得だけで解決するような事で済む事は、徹底的に良い倒す。

歯磨きしたか?ティッシュとはんかち持ったか?宿題はやったか?・・・って言われた、
あの時のように・・・・ただ判ってるよっ・・・って言ってしまったが・・・あの時は。

それが今では、大人にこんな事を言わないとならない仕事になるとはね・・・・
子供も奥さんもいないのに、年上の人にまで・・・・最後はいつもすみませんと謝るが、

指導とは言え、恐縮する。すると、こんな話を毎回される・・・テレチャンで優勝した事も、美術の賞もあんまり関係無いし、もっと言えば、話を聞くだけでも楽しいって・・・

もはや病的である・・・有難いが恥ずかしい・・・こんな事は言われた事は無いし、
もっと有名になって誰もが認めざる・・・って言う立場にでもなった時まで、

取って置いて下さい・・・と頼んだ。その時は・・・・でしょ・・・って言うから。
しかしながら、こんなやり取りを日高氏が聞いたら、訳判んないって言うだろう・・・

何故なら、あの人にとって、その日が来るまでいつまでもタイル屋の時のままだから。
作品は凄く見えても、俺の事は、あの時のまま、一緒にしか見えないから・・・

それが覆るまでは、そんな有難い話は封印。その日が来て、今からそう思って下さった人と、そうで無い人では、感じ方が違うから、前者は変わり無く付き合えるが、

後者の場合、今と変わった言葉使いになったり、媚びたりするだろう。
その時は、人は見かけで判断の人だったんだね・・・って必ず言うつもり。必ずね。

その時、すまん・・・って言った人とはお付き合いするが、調子に乗りやがってって
言うのなら、調子に乗っているように見えるなら、一緒に調子に乗せてやるが、

俺に見合った腕があるんだよなっ・・・って一言添えるつもり。
俺は日々モザイクをしてその日を待っている・・・・じゃ一体そうで無い人達は、

何をしているのだろうか?まさか、半沢とあまちゃん見て、燃え尽きるつもりじゃないよね?・・・・あははははは。やれる事を精進して待つから、チャンスはやって来るもので

何もしていなくて、チャンスが来るって思っているのなら、そりゃ笑うね。
ただね、売れても同じ事を言うから、馬鹿のたわごと程度に思って欲しいのは、

世の中、ダンスが流行っていると言えば、ダンス、幼児に英語って言えば、右向け右。
でもね、みんながやるようになると、やってて普通だから、上手くならないと、

やっているだけじゃ、やらないよりはマシにしかならない。つまり底辺がみんなやるから
普通の基準は上がってしまう。そこが普通になるから。

格差が生まれて当然。だってそうなると、お金が勝負のカギになるから・・・・
じゃロッキ-のように自主学習すれば?ってそんな成功者は極わすかでしょ・・・きっと。

ある程度、人は強制力を持ってやりたくない事にも向き合わせないと、大人になった人達に誰が言うのかな・・・・?つまり目標や掲げる御旗が無いと、まっ良いかになりがち。

しかも仮に強制したとしても、やる気が無ければ進歩も少ないし、結果もすぐには出ない
だから、お金があれば別に楽しいし・・・でやれるが、あんまり上手くならないし、

楽しく無いから・・・と悪の連鎖を生む。それが失敗してもまた買えば良いし・・・とか
やり直せるのは、ある程度お金が解決してくれる場合にのみあったりする。

勿論、自覚をする・・・これでも続けられる事もある。

つまり失敗したらどうしよう・・・を抱えると、失敗が怖く余裕無く、萎縮したりして、
方ややるだけやって・・・駄目なら予備校とか、買いなおしなんて事を持っている場合、

それが余裕にも変わって良い結果が出たりする場合もする。

そもそもが子供のバイトの考え方みたいなもんで、方やお金の勉強する為にも働いて稼ぐのを、観に付けるには良いだろうって人もいれば、どうせ大人になったら働かなきゃ・・

だから学生のウチは遊びなさい・・・なんていう人もいる。そうかと思うと、みんなやってるし・・・・ってだけで説得も無し、老婆心も無しって人もいる。

別にどれを選ぶも人それぞれで構わないが、いずれにせよ、どうしてこうなっちゃったんだろう・・・ってセリフを言う人は、結果が出なかった人や自覚の無い人。

自覚あれば、やってなかったし・・・とか、悔しいが仕方なし・・・と次なる展開を
考えられるきっかけにもなる。ここが大きく違う所でもある。

俺は貧乏上がりだし、エリ-ト作家でも無い、たたき上げの師匠を持たないモザイク師。
聞くも良し、聞かぬも良し、別に今は何も得する事は無し。

ただ一応、売れてから考え方や態度が豹変したと言われないように、こうして残しているだけで、単なる証拠のようなもので結構。

いずれにせよ、みどりに厳しいのは弟子になりたい・・・って言うからであり、
このご夫婦は人に教える先生として、katsuに習った・・・って人達なのだから、

それ相応の考え方をして頂かないと、何処で習っても一緒になる。
腕だけなら世界は広いから、いくらでもいるだろうが、モノの考え方、オリジナル制作の

指導と言うのなら、吹けば飛ぶような作品では無く、コ-スタ-なのにコップが置けない、
そんな作品も作れるようになって欲しい。

だからと言って楽しいを批判しているのでは無く、楽しいだけじゃなくて、上手くて・・
の上に、楽しいが付くように・・・それを目指さないと進歩は無く、その程度の停滞では

簡単に真似をされ、続けられる精神力や財力をお持ちかな?になる・・・
ただ厳しく言うのは、プロにだけ。アマチュアは厳しさよりも楽しく続ける事。

続けていれば、精神論など後から観に付けるようになるだけで、どちらから始めても、
臨んだものに進んで行くだろうから・・・・。

その比喩なら、楽天の田中投手と日ハムの斉藤投手。超高校級の2人は、方やプロ、方や
大学と道は分かれたが、結局は2人共プロ。

方や、プロの洗礼を受け今に至るから、大人の世界で良くも悪くも鍛えられた。
お金を取る芸で飯を喰う・・・結果が全てのプロでね。

方や、先輩って言っても、2.3歳しか変わらない人達の集団。厳しいって言っても、
相手側から、死ねぇぇぇのヤジは無い。人数も少ない事から、2軍に落とされる事も無い

申し訳無いが、アマチュアとプロでは背負うものが違い過ぎる。けれど、古田さんのように、大学を出ても、2000本安打を打ち、レギャラ-として活躍をし、日本で、

ノムさんと2人しかやった事の無い、プレ-ヤ-と監督の兼任なんて事までを出来る人に
なる人もいる。どちらでもラクな道では無いし、どちらかが駄目な訳でも無い。

つまりどちらを選んでもやり方があると考える・・・・たどり着くには・・・・ね。
俺はそれを辛い時に真価を問われる・・・と習った。

都合の良い時に調子が良いのは誰でも同じ、しかしながら辛い時どこまでしのげるか?
そこは辛い事の練習をしないとならないが、わざわざ辛い方に行くのもね・・・・

それでは上記の目地入れの話と一緒。つまり切る、張るの練習はしたが、目地は普通、
1作品に1回・・・逆に小物を何個も作れば目地の練習は出来るが、大作が無いと、

それを生徒に提案してしまって、比べるものがそれしか無い場合、あっ簡単だった・・・
で終わってしまう場合だってあるかも知れないし、いずれにせよ、提案する小物の

サンプルで追われてしまう事だってあるかも知れない・・・・こうやって色々と考えて
スタ-トする事もお勧めしているのね・・・。その基本が逆も真なり。

まっ、それすらどうでも良い人にはどうでも良い事で、必要とする人だけ、必要として下さればそれで良い。そしたら、信じて下さった人が報われるように・・・何かの足しに

して頂けるように、また精進し、先人として失敗や成功の経験値を切り売りするのが、
先生の役目・・・・結構大変なのね・・・・あはははは。



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