katsuまるはだかぁ 芸術家への道

モザイクアート一直線のkatsuくんの日記

さくらとご新規中学生の兄弟の相席教室

2018-06-06 07:49:41 | モザイク教室
今日は午後からさくらで、そこに夕方からご新規の中学生の兄弟が相席。そうね、中学生の兄弟ってのは初めてなのね。そんな訳で、午前中は昨日のデイ・サービス用の下地のペンキ塗り。7枚塗り終わったのね。さてそれでは、さくらって言いたい所なんだけれど、ほぼここは指導と言うより会話・・・

あんまり調子は良く無いな・・・そんな感じ。ただとは言え、調子が悪いなりに、最近はまぁそこそこしっかりはしている。けれど、言動が荒れている・・・そこはらしくない。そうね、言霊ってのがあるのなら、その言葉が心の中と一致せず、もし仮に全く正反対を口にしていたら?

それこそがストレスの原因になるし、相手に自分の心とは正反対の気持ちを伝えてしまうのだから、誤解を招く事になる。ただ、ここが難しい所で、一般的には、この歳になるまでに、騙されたり、裏切られたり、なんて事を何度か経験すると、相手との距離感で体裁と本音の使い分けが出来たりする。

しかしながら、仮に素直なままで過ごして来たとしたら、そう言う免疫が無い・・・そこに急にこの歳で大きな出来事を経験すれば、大きなダメージを受ける事になるが、本来それは一般的には小さな頃に体験するような出来事だったりするもので・・・。ってここいらも実は普通の話で・・・。

複雑なのは、一般的な人よりも幼い頃に裏切りや騙された経験を持った事で、それよりも早い段階に心を閉じたままの状態になり、開く事無い扉が時間と共に仲良くなった時に開ける事があったとしても、何らかの言動1つでわだかまりを持ち、そこから嫌われたり嫌ったりする前に消える・・・。

しかも、誰でも仲良くなれば、親近感を持つ事で、言葉も表現も雑になりがちになったりもして・・・当然、最初の頃とは違ったりする。更に言えば、仲良くなったから、味方と思って相手が話した事が、仮に人の悪口だったりして、その悪口に該当してしまった場合、あぁ自分もそう思われているんだ・・・と、

自分に当てはめるから、当然そこも拾えば、消えて行く・・・に繋がって行く訳で。そしてその姿は、以前の俺・・・だから、さくらの考えそうな事は想像は付く。勿論、全てでは無いにしても、相当な確立で・・・しかしながら、厄介なのはまず自分・・・つまり俺なのね。

この話を成立させるには、俺が俺らしくいる事なのね・・・つまり今の俺が安定しているのなら、今の俺でさくらを計るのだから、そこから抜け出した上での話になるが、そっち側に足を踏み込めば、以前の嫌な記憶の中に連れ込まれる訳で・・・。そしてここもそんな単純な話では無くて、もし俺に安定感

が無かった・・・そんな場合にさくらと向き合えば、さくらに間違った事を言ってしまう可能性が高まるかも知れないリスクを抱える訳で・・。責任の重みがある・・・最初は何か気持ちの読み合いっこみたいな感じで、何だか言おうとした事が、言わなくても筒抜けで・・・お互いに。

こんな気持ちは、みーちゃんとしか感じた事は無かった。ちなみにみーちゃんは俺の下の妹ね。目を見れば何をして欲しい、しなくちゃならない・・・が伝えられたリ、伝わったり出来た・・・それが、他人のさくらに何故?ってね。ただ、知ってしまえば理由は簡単で、そんな事は不思議な事じゃなくて、

例えば、お母さんと子供みたいな関係なら、良くある話だったりして、状況、環境、癖、言動、立ち振る舞い・・・良く見れば、人は必ずいつもと違う事をしたり、しなかったりするもので、それを見逃さなければ、変化によって何がいつもと違う事に気が付く・・・こんな事、どこぞの先生が言ってる。

じゃ、そう言う事なのね。それをノムさんは野球に応用したって話だったり、メンタリストとか、プロファイリングみたいなのも、まっ使い方みたいな話だったりするだけで、内容は大して変わりないと思うんだけれど・・・。それを見続ければ、見逃さなければ・・・そして傾向と対策って話。

ってここも、ある意味普通で、それもこれも、こっちが常に安定感あっての話なんで、不安定になれば、不安定をさくらに悟られ、それを鏡のように返されて、しかも自覚が無いと、自分が正しい前提での立ち位置なんかで対応すれば、棚に上げて言うお母さんみたいな話になってしまうのね。

つまり言う時は、常に自分が安定感を持ち、自分がその通りに出来る前提で話さないとならず・・・慣れないと結構な労力を使うし、もっと言えば自分自身を見透かされる・・・厄介な話なのね。しかも、それも自分が出来るからさくらにも・・・では押し付けであって、さくらにそれが出来るかな?

って話で、アドバイスとはそんなものだったりするが、それにも慣れると、そこまでやれば良いだろう・・・になれば、いつしか安定感も生まれるが、それも環境、状況がつねに同じままが前提で、やれ病人が出た、具合が悪い、更に言えば、子供に・・・となれば、もはや自分の事で無い部分に

環境や状況の変化が起こる訳で・・・人とは複雑な生き物だったりする。ただね、厄介万歳なのね・・・そもそも厄介って何だ?って話なのね。

そもそも誰が誰に言うものなのか?ってね。そもそも器の問題でしょ?ある人が厄介だって言っても、自分が厄介だと思わなければ、成立はしない。けれど、仮に厄介に気が付いて平気なフリをしても見透かされる・・・じゃ、丸出しで・・・って向き合えば、貴方はどうする?って話・・・。

中々、丸出しの人を見た事は無いだろうしね・・・いずれにせよ、こんな人だとして、こんな人が弟子の1人なのね。実はわざとこんなって言葉を使ったんだけれど、こんな・・・って使うと、どんな人に思える?普通は、こんな人が・・・って、例えば経歴でも掲げてこんな人と言えば、事実確認。

だから、凄いと思えば、こんなって・・・このこんなって表現する人って、どんな人なの?なんて、思ったりもするかも知れないが、今までの話を聞いて、こんな人って言えば、何か難しそうな人だなぁ・・・しかも、それを説明している人は、もっと難しそうだなっ・・・って思いがちになったり、

誘導尋問的にもなる。勿論、実際会って見ないと・・・って百聞は一見に如かずって人もいるだろうけれどね。あははは。つまり、言霊みたいなものは、こうした言葉の使い方1つで誘導してしまう事になったりするものなのね。まっ、信頼関係みたいな話なんだけれどね。

例えば、葬式のお坊さん。どう?名前言える?趣味とか知ってる?・・・その程度のご関係で、何年かにお世話になる。その時に40分程度、お説法を聞く事になったりするのね。それはお悔やみとこれからの生き方みたいな話しな訳ね。悲しみにに一筋の・・・って言うような、そんな話。

ただ、元気になって振り返ってみっ・・・何もかもが当たり前の事だから。普通の事。なのに、悲しみの時は素直に入って来たりする。それは、邪念が少ないから。そう言う人には、何らかの力になる。しかし、別にこの日を境に明日から普通に戻れるような関係なら、映画でも見れば軽減。

それでは、お坊さんのお説法なんて退屈なだけ。つまり聞いた人は必要としていて、入らない人は左程必要性は無いから飽きてしまう話。これが仮に先生と生徒や、親と子供、師匠と弟子・・・何でも良いが、関係性の問題で、何処までお互いに必要としているか?なので、人それぞれになる。

こんな面倒な話をしてからの相席教室・・・一体どうなる?・・・まぁ、きちんとそうなるであろう・・・って席取りにしてあったんだけれど・・・。
さてそんなこんなの相席は、初めての兄弟教室。ちなみに兄が・・・これ。


弟がこれ。


ちなみに弟は今日から、イカ2と呼ぶ事にしたのね。本人の希望なのね。それがハンドルネームを考えようとした時、兄弟で浮かんだのは狩人。そしたら、お母さんに笑われて・・・そんな中、本人がイカ2で・・・って言うので、弟は決まったんだけれど・・・。次までに兄も決めないと・・・ね。

それで今日は、下絵を見せて貰って、2人に下地の板を用意して置いたんで、写す事から始めて、その後、兄は宿題のパーツ確認と、次なるパーツの宿題となるパーツの切り方確認・・・そんな中、イカ2君は写した後に、1cmタイルの切り方を教えて、何とかかんとか切る練習。

しかも2人いっぺんだから、イカ2君しばし放置ね・・・やってて・・・それが放置のイカ2君をさくらが面倒見てくれているのね。ちゃんとね。自分の調子が良さげで無かったとしてもね・・・ちゃんと自分の立ち位置を心得ているのね。それを見たら、左程良くなかったとしても、老婆心かな?

って感じもしたり・・・・いずれにせよ、心配はするが、ここって時は何とかなるだろう・・・って気もしたのね。これが可愛い子には旅をさせろ的発想なら、もしかしたら頑張れ・・・だけでも良いのかな?・・・確定では無いけれどね・・・。

そんなこんなで初の兄弟教室も、和気藹々の中、何事も無く終わったのね。そうそう、午前中の画像。
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