katsuまるはだかぁ 芸術家への道

モザイクアート一直線のkatsuくんの日記

キウイ、お母さんにローラの相席教室

2018-10-31 23:32:24 | モザイク教室
今日はキウイとお母さんとローラの相席教室。そんな中、ローラがプレゼントする為に作ったオーナメントの残り3つを自宅で張り終えたのね。それが前回までは、丁寧に、丁寧に・・・と慎重にになり過ぎて、うっかりすると1日1個しか出来ない・・・なんて事だったらしいのね。

それに輪を掛けたように、キウイとお母さんの相席で目が肥えてしまったのね・・・必要以上にね。恐らくこれが更に拍車を掛けたのね。それは良い事と悪い事みたいな話で、良い事は自分よりも上手い人の作品を見るって言うのは、刺激的であるし、憧れるような作品であったりもする。しかし・・・。

これが難しい話になるのだけれど、人は意識するって事を無意識にしてしまう事が多々あるもので、しかもキウイやお母さんって言うのは、非常にフェイクに値するものがあるのね。まずその前に、人は見掛けで判断してしまうものだ・・・って事。それだからこそ、童話やなんかで幼い頃から、それはダメ

みたいな事を教わって来ているのだけれど・・・って事を頭に入れた上で、要するにキウイを知っている人なら、あの陽気な雰囲気で正直、本当に上手いのかな?・・・って思わせたりもするし、お母さんはハンドルネームからも、割と年配である人なのは想像出来たりもするだろうね・・・。

そんな事からも、この2人の教室は和気藹々で、のんびり時間が過ぎて行ったりするのね。しかし、さっやろうかな・・・になった瞬間、上手い人達なのね。しかもかなり。そうなると、和気藹々な空気が一転するから、その和気藹々をそのまま継続するには、ある程度の腕が必要になるのね。

何故ならお茶をしていたり、呑気な雰囲気の時間のまま、さっやるか・・・に変わったとしても、結局やっている事だけが上手いだけで、話している事はお茶の時と何も変わらず・・・なんで、必死に作っているような人では付いて行けなくなるのね・・・。ただ、ただなのね。そこが思い違いなのね。

付いて行けるはずが無くて当然なのね。だって上手い人達なのだから。その時に凄い上手い人達・・・って思えば、凄いを付けた分、意識も大きいが、上手い人達でも、凄いを付けて凄い上手い人達でも一緒な人の場合、何ら変わっていない事になるのね・・・。

それが意味する事は、もしくくりを子供がいるからお母さんで同じとか、女の人とか、主婦とか、何らかの条件が一緒と判断して、私も・・・もしかしたら頑張れば慣れるのかな?・・・って思ったりして、お茶をすると和気藹々で、親しみやすく、って良い感じであればあるほど、差を感じるのね。

その時に、頑張らなきゃ・・・って思って自宅でやったとする。それを別にぃぃって出来る人は、左程この問題は起きないが、その差を何とか埋めたい・・・と無意識に思えば思う程、きちんとやりたい・・・上手くなりたい・・・人にあげるんだから・・・ってどんどん知らず知らずに追い込まれる

・・・そんな人は、身動きが取れなくなるのね。それは何故か?と言うと、結果ばかりを気にするからなのね。しかもまだローラのように始めたばかりなら、出来たぁ・・・って出来た事を楽しめば良いのに、良いのが作りたい・・・って思ってしまうと、じゃ良いのってどんなの?・・・になる。

そもそも、ここで気が付いて欲しいのは、オリジナルであると言う事なのね。例えばプラモデルのように結果が箱の表紙になっている・・・みたいに判ると、そうする為に1番はこれ、2番はこれって順番に真似をすると、誰でもそこそこな結果になる。この考え方は、レシピ、楽譜、設計図のように、

結果ありきでスタートするものなのね。所がオリジナルは正解が無いのね。つまり結果ありきで始めるんじゃなくて、手探りなのね。その時に大事なのは、こうしたい・・・って単純な考え1つなのね。例えば今回のローラなら、みんなに売っていないものをあげたい・・・ってね。単純でしょ?

でもね、ここに文字を付け加えると、どんどんと変化するのね。けれど、出来れば素敵なものをあげたい・・・嫌、可愛いものをあげたい・・・嫌、折角あげるのだから、良いモノをあげたい・・・嫌、貰って嬉しいモノをあげたい・・・・って言葉を変えれば、いくらでも変化をするのに、意識せず

ハードルを上げている事に気が付かないのね。例えば、素敵なもの・・・って言うと、幅は広いがキラキラしていると、小さな女の子からお年寄りまで、宝飾品のようなものは好まれたりもする。逆に可愛いもの・・・になると、場合に寄っては幼いモノにも思えるし、良いモノとなると、人それぞれ

になるし、もはやその上に、貰って嬉しい・・・ってもはや検討が付かなくなる・・・って言葉通り変化するのね。でも作り手はローラなのね。つまりこの3人の中では一番キャリアが無いのね。これがもしキウイなら、この幅でもハートを1つ入れようかな?・・・なんてアイデアを出すかも知れない。

でもね、それは思うように切れる人だから。でもね、そのアイデアさえ頂ければ、それを切れるお母さんなら、真似を出来るかも知れない。でも、ローラには無理がある・・・これが差なのね。その時に相席で目が肥えてしまい過ぎると・・・肥えたでは無く、肥え過ぎると・・・ね。

凄いな・・・私も・・・と無意識で思い、でも何処が上手いの?何が違うの?凄いのは何処?って意識しない場合、単なるプレッシャーになるだけで、そんなものを抱えて、先生不在で自宅でやれば、どうすれば良いか?を聞けず、失敗はしたくないし・・・もはや動けなくて当然なのね。

それが前回だったのね。それを2人に1個1時間でも掛け過ぎぃぃ・・・って何度も言われて、今回は3個を1日掛からずに終わった・・・って。そうなのね。つまり正解が何たるか?が見えたから進み具合が変わったって話なのね。要するに考え方としては、さっきの話に戻れば、習ったばかりのローラが

みんなに売っていない手作りのプレゼントをする。これだけにすれば、その人のイニシャルで作るんだから、例えばあの人は活発だから・・・赤とかオレンジとか・・・あの人は水泳部だったから、水色とか・・・何かそうした自分にしか作れないものって言うのは、その人への思いであって、業者には作れないものであって、

ゆかりのある人でしか作れないもの・・・であるのなら、腕とか質では無いものになると思うのね。もっと言えば、これが孫からのプレゼントなら、下手だからダメとは言われないが、大人が作って大人にあげる・・・のだから、良いモノをあげたい・・・って思うのも仕方ないと思うのね。

そこまでなら丁寧に外枠に沿って・・・とか、同じ色が被らないように・・・とか、小さく幅が狭いものだから、余り大きいパーツは入れないとか、アドバイスはいくらでもあるのね。けれど、2人の影響が大きいと、意識が素敵だのお洒落だの、自分の許容範囲を大きく超えた理想を掲げてしまう。

それは勝手に影響を受けちゃったのね・・・でもきちんと2人にアドバイスを貰うと、無意識に思っていたものが、きちんと指導を受けると意識としてきちんと入って来るから、思い込みってものが取れた結果だと思うのね。そして完成した・・・って話に更にプラスの話をすると、終わってから、


これに戻るんだけれど、全然進まない・・・って話になるのね。じゃさっきの話に戻ると、1日で何パーツやった?って話になると、10個位だと思うのね。しかもぺきぺきでね。その時は2人にもっと気楽にぃぃって言われたのに、今度は2人そんなもんです・・・って言われている。

当然、硬くて難しいタイルだから・・・って意味もあるが、文字は無機質だから幅を気にする・・・形を整える・・・みたいな事を重視だけれど、これはバラの花びらを作っている訳で・・・それを文字のようなクラッシュで入れたらどう見えるのだろうか?・・・。勿論、それも良いのね。

ただバラは無機質になり、生き物としての植物感が無くなり、プラスチックとかステンドっぽくとか、生き物としての滑らかさは無くなるのね。つまり作っているモチーフはバラでも文字でもどちらも一緒・・・タイルを切るだけ・・・の人は、何を作ってもクラッシュにすれば簡単なのね。

でもひとたび上手くなりたい・・・と思うのなら、楽しむ作品は入れるだけ・・・みたいな無機質にして、同じ事を繰り返す事。でも向き合う作品は無機質に進まずに感じる事・・・ここはどんな花びらになるのかな?ってね。判らなければググる。そうすれば無いよりはマシになる。

その時に正解は何か?を考えるよりも、不正解は防ぐ・・・って方が最初は良いかもね。これは違和感あるなぁ・・・は簡単に見付けられるからね。でも最高はどれ?って考えても、そんなもんがスイスイ出るならクリエーターなんてこの世にいらないのね。あはははは。

実は時間と向き合って負けているだけなのね。だって難しいタイルなのに大きな花びらを11個パーツを入れられた。以前悩んでいた頃はぺきぺきで10個程度がやっとだったのにね。ほら、成長しているじゃん・・・なのね。なのに進みたい気持ちが多いから物足りなさを感じてしまうのね。

それが証拠にキウイが私は先日、眼が入れたい・・・って壊して数枚に丸々1日掛けました・・・って言葉に、キウイさんでもそうなのかぁ・・・と思えば、あぁやって上手くなったのかぁ・・・に繋がったりする訳で。それと大事な事がもう1つあって、月並みだけど素材を生かすって話。

例えばぺきぺき。柔らかく切りやすいけれど、もろいから変な所で割れたりもする。色は鮮やかで可愛いから、可愛いものには合うが幼くもなる。それと、1枚が大きいから、大きなパーツを入れる事も出来るのね。ではこのリップルってタイルは、ランダムで大きさはマチマチ。でも大きくても2cm。

それでも1cmタイルよりも大きいパーツが入れられる。それと表面が波打っているから、同じ色が続いても揺れているようにも見えるのね。そんな素材の違いを意識すれば、折角大きく切れるのに、細かくしてしまっては波打って見えないし、大きさも生かされない。それが文字のぺきぺきだと、折角

ぺきぺきでも大きく切れないってもどかしい事にもなるが、大きく切れるのに切れない・・・練習だったり、より大きく取る練習だったり、今回の大事な事は何だろう?って意識をしたりすると、そこにどうやれば良いのか?のヒントがあるかもね・・・って話。そんな中、質はバッチリだったのね。

そんな中、お母さんは・・・


どちらも規定演技で、スノーマンは自由なのにサンプル通り。トレイはサンプルの形通りに・・・だから、どちらも決まり通りになり、色だけ違うだけで、考える必要はほぼ無し。何しろ丁寧に同じパーツを繰り返す意識を持って・・・ただ、スノーマンは目地だけなんで、今日のお母さんはトレイのみ

そう考えると、ローラと同じタイルで余り数は変わらない。つまり進む数では無く、1枚1枚の質なのね。上手いって人はパーツの質が良いのね。ただ時間を掛ければ良いって訳じゃなくて、同じ事を繰り返せる事が大事で、最初にピッタリ入れたら最後まで・・・最初にスカスカなら最後まで・・・。

なのに、気分でやったりやらなかったり・・・とかムラが最悪なのね。ただこのタイル、硬いからもあるんだけれど、お母さんマメ作って切ってたのね・・・もしかすると切り方を是正しないといけないかもなぁ・・・若干、力任せに切っているのかも・・・。そんな中、キウイは・・


いよいよ自宅でもやろうかな・・・なんて言い出したのね。終わらせに行くのかな?・・・・そろそろね。そうそう、キウイがこんなの作って来てくれて・・・ローラもお母さんもお菓子を差し入れしてくれてハロウィンっぽくなったのね。
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