katsuまるはだかぁ 芸術家への道

モザイクアート一直線のkatsuの日記

男前の鍵掛け

2020-02-04 08:07:45 | 休み?
朝は男前の鍵掛けをバイク屋さんに持って行く為に、フックやら目地やら、色々やる事があって、そんなこんなで昼前には持って行けたんだけれど、そこにすーさんと大家さんも来て、これについての意見を聞く事になった・・・まぁ単純に言えば、よろしくお願いします・・・だけでは済まなくなったとでも言うのかな?もう当然ある

だろうの意見は、すーさんがロゴがこうじゃ無いんだよな・・・・例えばこれは金魚を作った時でも、犬でも何でも同じなんだけれど、必ず正論を言う人がいる。つまり今回のすーさんはバイクに詳しいから、そっくりに作れ・・・と言う事なのね。けれど、それはオリジナルにはならないし、そっくり作って売るって行為は、デザインは、

パクれって意味になるのね。それでは販売出来ない。そして1点モノにもならないのね。つまり趣旨が変わって来る。当然、こだわりを持って飼っている生き物であれば、ウチの・・・と言う家族扱いとなり、つまりそっくりかどうか?であって、モザイクであるかどうか?よりもそっちに比重が大きく、しかも、その判断はお客さんにある。

例えばこれが絵なら、そっくりに描く人もいるし、デフォルメして滑稽に描く人もいる。もっと言えば、まるで写真のように見えるものもある。技術や手法は色々あるだろが、モザイクにした場合、必ず何かしらの他の分野と比べられたりして、見劣りをしたりする。それは特に小物に多い。更に言えば正式なロゴの場合、許可

を受けないと作れなかったり、あるいは著作権なんてもんに引っ掛かる場合もあるだろうとなると、結果としてこうなる事は見えているし、すーさんの意見は当然のごとく出るだろう。つまりそれをまとめると、デザインはパクって、そっくり作り、考えず写して量産出来るようにして売れ・・・こんな意味になる・・・。

勿論、言っている本人は、そんな気は無いし、売れるように・・・と考えてくれている意見で言っているのだけれど、残念だけれど、商売とするのならバイク屋さんと話したいし、営業をしないで仕事が取れる、すーさんとは生きる世界が違ってしまったのね。つまり正論はあっていても厳しいのね。何故なら良かれと話すから。

これが大家さんの場合、そこは理解してくれているので、これ自体もサンプルでは無く、商品である事を知っているんだけれど、そもそもみんな大作を見ているから、こんなのはチャカチャカっと作れると、勘違いをされてしまうもので・・・・簡単扱いをされがち。もっと言い方を変えれば、何と無く俺を知っていると・・・。

言いやすいし、それも1つの意見だからね・・・聞かないとならない。まぁ、これを打破するにも、あのkatsuの1点モノの小物・・・って扱いされるようにならないと、無理だね・・・となると、反論や説明をするよりも戻って仕事。まぁこれを落語で理解して貰えるのなら、はまののりゆきやカッパダヌキで検索。

もう小物作りはおしまいなんで、モンゴルの下絵となるのだけれど、何しろモノが大きいから、毎度毎度そのスケールが厄介で・・・それと難しいのはそれを額のサイズに合わせないとならず、しかも下絵を描いてもサイズが合わなければ、描き直しになる訳で・・・さっきの話と同じで規制の中で出来る事探しになる。

そんな中、ある程度大まかなデザインは決まったんだけれど、これが中々難しいのね。例えば前回の馬頭琴のように左右対称なら、1つ描いて裏表で良いし、図る必要も無く収まるけれど、今回はそうでは無いのね。風神雷神とか、助さん角さんのように、何と無く均等的なものなので、2つバランス良く描かないとならず、

大抵は2人のデュオって言うのは、声のバランスは整っても、顔のバランスは悪いモノで、大抵はこっちばかりと目が合い、あっちはビジュアルが劣るって事になるし、まぁ簡単に言えば、牛若丸と弁慶みたいになるもので・・・これを同じタイプでシュッとした感じを2人って言うのは、個性と言う点では薄いのね。

出来れば理想はこっちも良いけど、こっちもね・・・そんな中、実家に妹が来ているらしく、ちょっと顔を出す事にしたのね。ちょっと聞きたい事があって・・・。そんな中、昨日の散歩の話が出て、こんな事があった・・・って説明をした後、ここからが大事で、わずかながら気持ちを話したのね。まぁ簡単な話で、今まで貧乏を理由

で両親と向き合って来なかった分、わずかな時間を過ごしただけだが、自分の事をする事で精一杯なんだな・・・って事は良く判った。そんな中、最後の最後に車に乗り込む際、お袋が親父の閉めたドアに手を挟んだ・・・幸い大きな怪我にはならなかったが、気まずい雰囲気になった。その時に親父が何でそんな所に・・・

と、言った瞬間、言わない訳には行かなくなり、旅は無事帰るまで・・・と習った事がある。俺が添乗員と言うのなら、面倒を見られなかった責任があるとも言えるであろう・・・もっと言えば、行くか?と誘った事すらも後悔する事になる。このままで楽しいか?って話すと、お袋が大丈夫だよって言うので、もし明日ヒビ入ってた

なんて言ったら、この嘘つきと言わないとならなくなるぞ・・・しかも、何よりも痛いのは怪我をした奴であり、これで良いのか?って言うと、親父がゴメンって言ってた・・・恐らくここまで話していたのなら、少しは理解が出来たろうが、話の途中で俺が2人を責めた話に聞こえたのだろう・・・妹は私なら目を離さない。

かつは子供を育てた事が無いから、そんな事を言うのであって、歳を取ると子供に返るって言うでしょ・・・と、かなり強めに返って来た。ごもっともだな・・・じゃ、もう良いかっ・・・ってここで折れた。そんな中、湯婆婆の話になり、イベントのような陽の部分では無い、陰の部分の営業を2人は初めて見たんだろうな・・みたいな

話をすると、あんな凄いの引いてて楽しく無いの?って言うのね。ん・・・そうね、楽しいか?楽しく無いか?の2つに1つなら楽しくは無いな・・・ただ、何しろ見つからないとならないし、作っている時間も大事だけれど、人に知られないと・・・と思ってやっているよ。しかも成功を待つ人もわずかだがいるんでね・・・と言うと、

それじゃ、声を掛ける勇気のある人しか集まらないよ・・・人に知られたいのなら自分から行かなきゃ。って。そうすると、2人が声は掛けていたよ・・・とかばうように言うものの、もっとでしょ?・・・ってたたみ掛ける。まぁワクチンとウイルスの話なのね。自分に無いものはウイルスだけれど、受け入れて吸収出来るのなら?

それがワクチンになる・・・ただ当然だけれど、受け入れてすぐにそんな事が出来る人を見た事無いし、俺とて同じ。そんなこんなで帰る時間になったからと言うので、家まで送って行くよ・・となり、帰る道中に1つだけ言う事にした。歳を取れば子供に返るのも良かろう。怪我も大した事が無くて良かった。けれど、それでも

もし残り僅かな2人の時間であるのなら、相手を気遣う時間は限られているはず・・・何とも思わないなら、それなら死んでも後悔はするな。ただもし後悔をするのであるのなら、相手を気遣うなんて簡単な事なんて忘れずにやると良い。それと気遣う奴がいる奴が、気遣う奴がいない奴の前で、気遣わない・・・随分と贅沢

な話だな・・・本当の優しさって何だろうな?・・・・俺は正論なんて言わないし、否定もしない。ただどっちなんだろうな?常にそれだけ。選ぶのは俺じゃ無いし、本人なのだから。すると、ゴメン・・・と言うから、別にと返した。ただ、切り掛けられる時は、十分に警戒しているから術を知っているつもりだが、まさか妹に切られる

とは思わなかったよ・・・きつかった。ただ、あのまま帰る訳には行かないし、送った事が受け入れるつもりだけれど・・・と言うと、ガソリン入れてって・・・と言われた。きっとまた・・・はあるだろうが、本当は今日の話、かぐやに全部聞かせたかった・・・どう解釈するのか?そしてどうワクチンに変えるのか?まだダメージにしか

なっていない・・・。

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