katsuまるはだかぁ 芸術家への道

モザイクアート一直線のkatsuくんの日記

小学生の女の子完成教室とみどり教室とイベントサンプル

2018-09-08 06:09:11 | モザイク教室
今日は前半は小学生の女の子教室の3回目。ただ3回目ではあるけれど完成の日。とは言っても労作展の中学生とは違って、切羽詰まった感じでは無いし、今日は目地のみだし、既にペンキも塗ってあるんで、ボンドが付いていたり、傷があったとしても、大した事は無いし問題は無いのね。

これが中学生だと、なるべく自分でやらないと意味が無くなっちゃうし、そこら辺が大きく違うのね。いずれにせよ、そんな違いはあれど、低学年の子がこれだけの作品を作れば十分・・・って良く頑張ったし、中々の力作だったのね。ここも仲良くなったんだけれど、完成はお別れって事なのね・・・。

そうね、駐車場まで送ったんだけれど、いつもよりもゆっくり寄り道しながらだったのね・・・あの子も名残惜しかったのかな?・・・そんな中、最後の最後に駐車場の前の公園で10分弱遊んでいたのを見てたのね・・・・そんな感じで見送っておしまい。その後はみどり教室。


ここは15日にお姉ちゃんの披露宴。どうなの?っていつもの質問の4文字に一体どう答えるんだろうか?なのね。すると、何だか曖昧な返事が返って来たので、枕の話でスタートしたのね。まずは何をしに来たか?当然モザイクなんだけれど、そもそもが娘の結婚をモチーフにした作品なのね。

要するに題材と今の心境や状況は非常に密接な関係であって、しかも作品は自分自身と言うのだから、今の自分と向き合っている訳で。と言う事は、どうなの?って質問は、そう言う心境や状況はどうなの?って質問であり、その上で、何だか曖昧に答えた・・・って事になるのね。

となると、その気持ちで制作するに当たって、どんな事が考えられるか?って事になると、例えばこれからとビラから漏れる光を作ろうとしているとして、ただ光を作るなら、どんな色でどんな形に切る?って話なのね。所がそんな作り方はしていないから、老婆心の扉から漏れる光って何?

って話であるのね。一旦、話を戻すと、老婆心の扉とはみどりの事で、行かせたいような行かせたくないような、喜びたいようなでも寂しいような・・・ってそんな心を表していて、その老婆心の扉を開けて嫁ぐ娘の絵なのね。そこからの光ってどんな光?って意味だから、材料や色を聞いている訳じゃないのね。つまりみどりの心が老婆心の扉って比喩であるのなら、光はどんな比喩で表現するつもりなのか?って質問なのね。

それに答えたのが、ほんのりとした光って言うのね。こりゃ重症だわっ・・・何を言ってるんだかっ。心の中が丸見えなのね。明らかに気持ちが揺らいでいるように思えるのね・・・。ではみどりの言うほんのりにしたとする。ほんのりってどんな感じ?って言うと、そろそろハロウィン用品も出て来たし、

そんなのを使って説明すると、洋館の暗闇を歩くのに、おたまみたいな入れ物にろうそくを入れた光はほんのりだよね?怖くない?これが暗くてもクリスマスだよ・・・って言ってから、男女が2人で見つめているほんのりした光って言えば、キュンとする光にも見えたりもする。

つまり同じほんのりでも、シチュエーションに寄って見え方が大きく変わって来るのね。ではみどりの作品にほんのりだとどっち寄りになるのかな?そもそも老婆心の扉って言うのは、重々しい雰囲気であり、心配するが故にルールが厳しかったりとか、何しろ堅い雰囲気を持っていなかったかな?

つまり見ように寄ってはおどろおどろしくも見えるのね。つまりそんな洋館な感じなのに、ほんのり・・・って。恐ろしさを増してどうするって話。しかもその光の意味を考えずに、今の自分の心境や思い込みだけで、ほんのりなんて表現をしたのね。ばかちぃぃぃぃんなのね。

つまりまた色から入ったようなやり方をしようとしたのね。ではこの趣旨にあった光って一体何だろうか?と考えた時に、向こう側は幸せだとは限らない。何故なら棟梁も同じで娘と3人で今まで暮らして来たのだから・・・幸せだったのだから・・・ってね。

しかし嫁いで行く。こっちは幸せだった・・・でも向こう側に幸せがある保証は無い。でしょ?ここで思い出すのは老婆心の扉。心配だって気持ちによって生まれる老婆心なら、ここも老婆心の上乗せなんじゃないの?ただ、それをレーザービームみたいにやってしまうとテーマからして軽くなる。

つまり光の量の話になる。ただレーザービームは幸せ過ぎだろっ?って感じで、適切な光の量がある。そうなると、どんな光が適切か?となると、結婚式なんかで考えると、ドラマチックにする為に暗くした所に入って来る的な演出がある。そんな事を思い浮かべると、何かしら手掛かりになる。

ただその前にもう一度今の気分なのね。それが大事になるのね。そもそも調子が良く無い状況。でも15日が迫っている。親としては理解して気持ちも決めて臨みたい・・・と考える。でも・・・と揺れる。でもそもそも老婆心の扉なんて作ろうとするくらい、押し付け的な愛情を表現している。

つまりそう言う人が揺れている状況で、そんな事は無い・・・しっかりしなきゃ・・・とすれば、いつも以上に頑張ろうとする。じゃ頑張ったらどうなるか?・・・って言うと、普通ならレーザービームになるだろうね。つまり本来のみどりなら、レーザービームは無いですよね?・・・って感じね。

つまり多い方寄りになる。ちなみに棟梁もね。限りなく多めに近い方にね。だから常々の指導は抑えめに・・・って言っているのね。つまり抑えめにした所で一般的よりも多めになるからなのね。所が調子を崩した・・・こうなるといつもの状態では無い。でも、それで普通じゃない?って思ったりする。所が、こう言う人が崩れると、留まる事を知らない・・・底なしなのね。って事はどうなるか?

そこにいつもの指導を思い出すのね・・・控えめにってね。親としては頑張って光を増やしたい・・・でも控えないとならない・・・一見、合っているようだけれど、控えるのはいつもの時であって、崩れている時の話では無いのね。ではそれを踏まえて何て言ったか?・・・ほんのり。

だからばかちぃぃぃんになる。要するに普通ならレーザービーム寄りの発言をして控える・・・って指導なら普通の状況なのに、ほんのり・・。つまり控えめにしようとした・・・つまりこんな状況では控えめ過ぎる事になる。何でもかんでも自分で決めて来たツケなのね・・・考え方が。

それが証拠に、この光の意味は何ですか?と質問して、どうして希望とか、未来とか、そんな表現が出来ない?いや、出来ていたはずなのね。なのに、ほんのり・・・って。じゃ何かい?娘の未来はほんのりかい?って言われなきゃ判んないかな?・・・・って話。

そこはやり過ぎちゃう位の老婆心、つまり重々しくした老婆心の中に、一筋位の量で、この重みと匹敵する位の、幸せに・・・って思いを込めた寂しさとは逆の老婆心の押し付け部分を作るべきであって、その時に俺がやり過ぎんなよ・・・って指導される事がいつも通りなんじゃないのかな?

作品とは自分自身と良く言ったもので、まさにこんな事がその理由なのね。まっ、これが実力が無かったり、期限に慌てていたりするのなら、それも判るが、弟子であり、間に合わなかった事もあって、慌てていないのなら、理由は1つ。心の乱れのみ。病は気からって言うのなら、俺にはそう見えた

・・・って気分って言うのは簡単に変わるもので、それを意識しなければ、無意識となり、だから何でこうなったんだろう?となり、時が経つといつしか元気、気が元に戻ったりすると、今度はラッキーがやって来る。でも実は意識していないから、原因を突き止めないから結果のみで判断になる。

結果が悪いと、何でこうなったんだろう・・・となり、結果が良いとラッキーになる。でも実は意識していないからであって、意識をすれば、実は良くも悪くもそうなる原因があって、だから結果に繋がって行くものだと思うのね。それに大事な事は自分がいつも通りである事だと思うのね。

要するにいつも通りであれば、自分の変化を気にする必要は無いし、そうすればいつも通りな展開しか中々起きない。勿論、安定感には繋がるけれど刺激的な事には縁遠くなるだろうけれどね。いずれにせよ、気持ちが揺らいでいる事にも気が付かないようでは、どんな失敗に繋がるか?って話。

しかも日常の失敗ならともかく、ここまで作った作品で失敗されてはね・・・こっちも教えている側なんで困るのね・・・あはははは。
そんな中、イベントのサンプル作りも並行にやってて・・・
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