katsuまるはだかぁ 芸術家への道

モザイクアート一直線のkatsuくんの日記

棟梁とリピーターさんにくじらの相席教室

2018-06-07 05:57:47 | モザイク教室
今日は棟梁にリピーターさんにくじらの相席教室。まずは棟梁のアンティークなバラのワインテーブル。目地をして完成したのね。目地はブラウン。実にお洒落な仕上がりになったと思うのね。もうお見事・・・それだけで十分なのね。こう言うのを見た時に思うのは、例えばバラのモチーフ。

色んな生徒さんが作っているのね。それをワインテーブルの大きさで・・・と言うと、キウイだったり、さかのぼれば、かぐやも作っていたりするのね。
それがもし甲乙付け難い仕上がりになっていたとしたら・・・?その意味するものは、あの時のキウイだったり、かぐやだったりに見えると言う事。

つまりこの作品を作った棟梁はあの時の2人の腕に匹敵する・・・そう感じたりするのね。しかも、更に言えば棟梁は既にこんな大作もやっているのね。


もうここまで来た・・・そう言う話。そうなると、当然この先の上手さの追求となった時、一体何が必要になるのか?って言うと、ただ切るやら張るやらじゃないのね。つまりここまで来た人の上手さって言うのは、いかに情緒を出すか?みたいな感性が問われるのね。そしてそれがオリジナル・・・。

だから、ただ考え無しで進めても、ただ綺麗なパーツの繰り返しになるだけなんで、柄を作る事は上手くなっても、そこにいかに感性を持ってして、見た人をぐっとさせるものがあるか?・・・になるのね。それには、私はこう考える・・・ってのが必要で、いかにそれを見る側と共有出来るか?になる。

そんな事を踏まえて、怪我だの病気だのってのが続いて、出来なかった棟梁が、完成と共に大作をやりたい気持ちになって帰って来た・・・そんな日。すると、切れなかった日々に色んな事を考えたらしく・・・渾身の思いを語り出したのね。それは額について。

額をこんな感じにしたい・・・って、ひまわりの額にしたいって。なるほどね・・・じゃ、そうなると、今右端のひまわりが邪魔になる。となると、それだけしっかり決めた事なら、剥がすのも仕方無いだろう・・・って事になるのだけれど、そうなると、イメージとしてはキウイの額をひまわりにする・・

そう言う感じに思える。そうなると、ここでキウイの発言が思い出される。それは、昔作った額は建材の木なんで、いかつい感じで重いって。しかし値段は一番安く、良い事と悪い事はこんな事があって、それがノアの額になると、いつしか薄くなり軽くなったが、当然建築材じゃないので、値段も高い。

こんな違いがあって、当然材料だけで無く、段々と俺の技術や知識も上がって、色んな事が出来るようにもなっているのね。そんな中、常につきまとうのは、もし彫るなんて事になると、木の幅が問われるのね。通常の安い建築材のは9cmの幅があるが、単純にひまわりとなると、それでは幅が狭い。

つまりひまわりをモチーフに選べば、もっと幅の広いものが欲しくなる。当然幅が広くなれば金額も上がって行く訳で・・・。しかも幅の広さには限界があって・・・そんな事を踏まえて、棟梁のやりたいと思う事とすり寄せられるかどうか?・・・その為には理想を詳しく聞きたい訳で・・・。

所がここで良くある例の1つをご紹介しないとならないのだけれど、例えば単なる額な場合なら、幅やら材質、そして金額をすり寄れば、じゃ後はお任せ下さい・・・で済むんだけれど、何やらその額にほどこしが必要な場合、デザインやら何やらが必要になり、その絵があっての相談になる。

そもそもそのデザインが彫れるのか?とか、そんな幅で彫れて、値段は?そしてお金の問題だけなのか?そもそもそんな木があるのか?なんて話なのね。
そして一番大事なのは、そのデザインの意味なのね。すると、ひまわりの額に包まれているような絵に・・・って言うのね。

なるほどね・・・イメージする絵も手書きでは無いが持っていたし、理解出来たんだけれど、それには今度はその絵の大きさを決めないとならず、それにはひまわりの実際の大きさを決めないとならないから、実寸の下絵が欲しくなる・・・だから、こうした絵が欲しい・・・と伝えると、えっ?

だってそうしないと彫れないでしょ?すると、彫らないんです・・・って言うのね。えっ?だってひまわりの額なんでしょ?・・・もはや何を言っているのか?判らなくなってしまったのね。一体棟梁はどうしたいんだろうか?・・・すると、よくよく聞くと、段々と見えて来た事があったのね・・・。

それが、どうやらひまわりってモチーフは、娘さんの1人が好きな花らしいのね。それに囲まれる・・・みたいなイメージらしいのね。つまり囲まれれば良いだけ。この話の何処に違和感を覚えるか?になるのね。そこで再確認になる。ではもう一度検証をすると、ひまわりの額に包み込まれるような、

ってここね。では体を使って包み込むってのをやって見て・・・って言うと、何かを抱くって行為をやると、ほら両手が前に出たでしょ?つまり絵は手よりも下にある事になる。つまり包み込むって言うのは、同じ位置では無くて、前にあるモノなんじゃない?つまり段差が無いと包まれない。

同じ位置では包むじゃなくて、囲むになるよ・・・すると、出来ないんですかぁ?・・・あんなに考えたのにぃぃ・・・終わったぁ・・・今日はもう出来る事は無いなぁ・・・・って。もはや園児の世界。こらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁなのね。

更に上乗せなのは、相席のリピーターさんにも、私も包み込むって聞いた時に、絵よりも前にあるだろうから、額の中にひまわりがあるものだと思った・・・って言われて、あぁ私の考えて来た事は、先生の勘違いじゃなくて、他の人にも言われたからおしまいだぁ・・・って思ったんだろうね。

ではただいま2467文字目。この文字の分の時間の経過は一体何時間掛かっているのだろうか?・・・・そして、その間、放置されているリピーターさんは一体何時間待たされているのだろうか?・・・ちなみに10時半からとして、1時間半は経っていたろうね・・・。なのにおしまいにするって。

ばかちぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃん。人の時間を奪って、出来ない、やらない、おしまいって。そんな中、くじらを迎えに駅まで行かないとならない時間になりそうな時に、リピーターさんがすかさず、その前に私のを見て下さい・・・って。最高でーーーーーーす。なのね。

たまやぁぁぁぁぁぁとか、よっ、なかむらやぁぁぁぁぁぁとか、ちょいなちょいなとかのタイミング。ナイスな合いの手、有難うございますなのね。
仮に1時間半の時間を費やして、そっか・・・じゃそれを踏まえて考えます・・・なら、救いもある。けれど、諦めて更に辞めるのなら、その1時間半

は、俺の指導分だけが台無しになるだけじゃなくて、リピーターさんの時間をも奪った事になるのね。しかも、その時間が活かされずにね。そしてそれをやった人が、今日のお教室の中で一番上手い人が・・・ねぇそれって許されるかな?あはははは。しっかりしろぉぉぉなのね。

これがお坊さんなら、肩がアメフトの選手になるくらい叩かれているのね。上手くなったらもっと自覚を持つ事。時間泥棒は禁止。それが相席なんじゃないのかな?しかも、それを助けてくれたのは、リピーターさん。その前に私のを見て下さい・・・それは迎えに行ったら、また時間を奪われる。

その前に・・・って。判っているのね・・・俺も。でもね、このやり取りを見せないとならないのね・・・それが理解出来れば、良い事も悪い事も勉強になるのだから・・・。今、指導の時間とこれから自分もそう言う事が起こる・・・かも。って言う、今後の勉強とってね。

それを判っているのか?受け入れてくれるから、待っていて、でも自分の時間のアピールもしてくれて・・・この方が上手くなるのが良く判る一幕。つまり棟梁の失敗を手に入れているからなのね。流石3女。生き方が反映されているのね。タイミングの良さ・・・生き様なのね。

短い時間を逃さない。これがこの方が上手くなる原因の1つで、まずこんなやり取りを゜ただ詰まんない話とする。だとしたら何も得るものは無い。ただの時間泥棒。けれどもし、自分のやりたい事の説明不足やら、意図している事とやろうとしている事の違いの指摘にガッカリしている姿を見て、

上手い人でもあんな事になるのなら、提案するにはしっかり考えて来て、下絵を持って来た方が良いのかぁ・・・とか、棟梁の失敗を全部吸収していたとしたら?・・・棟梁の成功は手に入らずとも、棟梁の失敗を全て得ていたとしたら?・・・その棟梁って、かなり上手くなった人の失敗だよ・・・

腕の前の考え方とか、心持ちとか、準備とか、そんなのを全部手に入れているようなものなのね。つまり、いつもいつもこのリピーターさんがやろうとするとね下地やら材料やらが常に都合良くあったりするのは、全て偶然じゃなくて、必然だった事に気が付くはずなのね・・・。

だって、俺の準備の時間をくれるから。突然の思い付き、突然の諦め、突然の・・・って、感では無くて、しっかり考えて、趣旨さえ曲がらなければ、すり寄せて、より自分の理想に近づけるってやり方であって、自分の思うがままにならないと・・・とは考えない。

つまり棟梁は長女であって、自分のやりたい事を手に入れたと思うのね。ただ自覚無くね。けれど、リピーターさんのような3女では、新品が毎回来る確率は年齢的にも難しかろうし、全てが平等のはずが無い。つまりそこで身の丈、身の程なんてものを身に付けちゃっただろうね。

もっと言えば、長女の棟梁には弟がいる。これが女の子のような穏やかな弟なら、静かに言い聞かすなんて事もあるだろうが、もし一般的な場合なら、面倒見が良くても、こらっ、何やってんのぉぉ・・・的な言葉使いをしたりして、妹のいるお姉さんとは違って来るのね。

しかも、棟梁は女の人で商売人だった人。キップの良さやら、瞬発力が要求されれば、チャキチャキの江戸っ子だぁぁぁいって感じになるのね。ちなみに栃木だけど・・・。話を戻して、そんな人と相席した時、今後の知恵にはなっても、今の時間の指導が減ってしまうでしょ?じゃどうする?

そこでもし自宅で切る・・・をやったとしたら、ここで切る事をするのでは無く、ここで張るになると、指導を受けられる事になる。それを切るをここでやったのなら、そんなには切れないし、切っている時は、指導らしきものはいらなくなって来るし、張る時だけになれば、そんなには進まないし

・・・その時に、自宅で切る事になると、切る事が上手くなるし、パーツは沢山あるから、進み具合がグーンとアップするし、張るから見るし、どんどん進むし、ただ進むじゃなくて、満足感のあるグレードにもなって行く・・・しかも、次々に棟梁のを見ているから、悩まずに準備してある。

終わってから考える事は無い。そうなると、今の時間を奪われただけじゃなくて、それを糧にしている事になる。全てが上手く回っている人になる。
更に言えば、ここからくじらがやって来ても、くじらは1枚も張らなくても良い人なのね。つまり会話から何かを俺から盗みたい人だから・・・。

つまり最初の2人は先生katsuに教わりたい人。くじらは作家katsuの考え方が欲しい人・・・全く違うものだから、改めて指導の時間はいらないのね。
だから2人はビックリな訳ね。だってこんな人、見た事無いから・・・。えっ?モザイクやらないの?ってね。

でもね、じゃ何すんの?って言えば、棟梁が新たまねぎが・・・って、言う話をしたんで、それを受けて、俺が新たまねぎって、改めて新しいって付けるのなら、旧たまねぎって事?普通のやつって・・・とか、たまねぎだけが、新って付くの?キャベツは?白菜は?ジャガイモは?・・・あっ、ジャガイモ

は俺でも判るわっ。あっ、そう言えば、仙台で牛タンを買った時、しんたん?って何?って話があって、じゃ他のは古いの?って話をしたら、新タンじゃなくて、芯タンって、ベロのど真ん中って意味って知ったのね。って、何でも良いから俺の感じた事をお題を頂いたら徹底的に話すのね。

飽きるまで・・・要するに俺の視点がくじらに無かったのなら、えっ?そんなの・・・って呆れても、驚いても、考えに無かった話になる。例えば行った事は無いけれど、句会なんかで急にお題を言われて、即興で作るなんて場合、自分の興味があろうが無かろうが、いきなりになる。

そもそも料理をしない俺が、しかもたまねぎなんて嫌いだし、でもねお題なのね・・・だから、興味を持って話さないと・・・嫌いな所や、エピソードをね。その時にリアリティのある馬鹿馬鹿しい話が、まるでその時に出くわしたように、みんなに伝わったとしたら?人に伝わった事になる・・・・

あぁそんな感じ方があるのかぁ・・・とくじらが感じてくれれば、そんな奴が1人いた・・・ってページになる。そんな奴いねえよっ、じゃなくてね。
でも、それがくじらだけじゃなくて、棟梁が手に入れられたら?・・・自分やりたい事を伝えるってのは・・・こうするって勉強なんだけれどね。

そしてこの新たまねぎの話・・・誰から始まった?そうなのね・・・棟梁。俺もくじらも乗っていただけ。でもここの話で得たのはくじらだけ。そしてくじら教室はこの繰り返し。だから、人の時間は奪わない人。全く邪魔にならないのね。その癖、いちいち面白い。視点が普通と違うから個性的。

でも、普通じゃ無いから、モノの見方が一般よりもずれている・・・だから、くじらから見れば普通の人達の会話に聞こえ、2人から見れば、1人変わった人になるし、普通って言った2人の作品は趣味には見えないし、趣味って言うのは私みたいな・・・とくじらは言うし、とは言え、そんなに力を

抜いて作った作品が趣味と言いつつ、その鯉って・・・って2人に言われる。ほら、見かた一つ、考え方1つでどうにでも変わって来る。見ていて今日の相席・・・一番楽しんだのは俺かもね・・・あはははは。ただ三者三様で得るものはあったはずなんだけれどね。



そんな後はペンキ塗り。

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