katsuまるはだかぁ 芸術家への道

モザイクアート一直線のkatsuくんの日記

ゆず教室とノアさんからの依頼作品

2018-08-06 07:15:51 | モザイク教室
今日は午前午後ともゆづ教室。となると、何しろ宿題がどの位、進んでいるか?の確認から・・・ん・・・確かにやってはある。質は相変わらず何の問題も無いがしかし・・・このままでは終わらなくなる。それがようやく本人にも伝わったようなのね・・・・。

明らかに前回とは違う反応。常にここで言っている事だけれど、是正をするって言うのは、受け入れたり、認めたりしないとまず無理なのね。つまり変えなきゃならないのは、まずは心持ちなのね。前回まではこのままでは終わらない・・・と伝えても、はい・・・判りましたみたいな返事だけだった。

つまり返事としての言葉があっていても、では何を変えたか?って言うと、例えばモザイクの時間を少し増やした・・・みたいな事だったと思うのね。でも、今日のゆづはそう言う事じゃなくて、真剣に自分と向き合った顔だったのね。そう言う眼をしている人は、このままではいけない・・・そんな気持ち

となると、安易なはい・・・って言葉では無くなるものなのね。是正部分を受け入れる姿勢があるのね。ではそんな態度で聞く耳があるのなら、まずはバックを捨てる事。そもそもが簡単な話で、自分の船には限界がある。その船に乗れる人は限られている。それなのにあの人もこの人も救いたい・・・

そんな気持ちと同じなのね。そもそも作品は自分自身と言うでしょ?まっ、これで良いかっ・・・って言えばそんな作品が出来るし、チェッと言えば、こだわりの作品になって行く・・・とても簡単な話なのね。しかし、しかしなのね。時間制限があるのね・・・宿題にはね。

そうなると、例えばオリンピックの建物を建てる人だとする。最初から工期は決まっていたはず。それをプロの人達は着工前から予測し、人工の数を予定する・・・しかし、大抵は遅れたりして間に合わせる為に増員したりして、帳尻を合わせる・・・そんな事だったりする。

要するにそれは設計士の案件を作る為の人数予定を読み違えた・・・そう言う事になるのね。こんな事はプロでもある。これが普通の中学生なら、普通の提案がやって来て、それならこうしたら?とか、こんなのは?みたいに、それをその人の持ち時間を考えて膨らませたりするのが、俺の役目なのね。

しかし、何でも例外があって、旬な話なら高校野球を例に上げると、例えば松井さん。あの人は賛否両論が起きる前代未聞の1試合丸ごと全部敬遠ってルールの元、勝負をして貰えなかった事がある。しかし、結果としては相手はその作戦で勝った。監督としては作戦勝ちだった。

所が非難を受けた。ただその松井さんはその後、大リーグで大活躍をして国民栄誉賞を貰うような人になった・・・そうね、その当時は、高校球児だった・・・みんなね。でも、こうしてその後大きな差が生まれる・・・つまり例外な人だった。ならば同じ目線で戦う人では無かった事になる。

勝つ事を目的なら監督は正解であり、逆に言えば自分の選手では勝てない判断をした事になる。ではそんな事を踏まえて考えると、常連さんや弟子のように趣味や生きがいとしてやって行くのなら、時間制限が無い分、いくらでも時間は掛けられるし、いつまでもこだわるのも良いと思うのね。

しかし、時間制限がある中の制作は終わらないと0点。つまりある意味、終わるものを作らないとならない。それが過去2回、ゆづは賞を貰った人になった事を踏まえると、上手い人でもあるし、凄い人でもある。だから、3度目はそれ以上の事がしたい・・・集大成な感じだったんだろうね。

それも十分判る。しかし、今ゆづがやっているのは、過去にかぐや、オードリー、みどりの弟子3人しか終わった事の無い大きさであり、しかも素材まで一緒・・・ではこの3人がどんな時間が掛かったか?となると、膨大な時間としか語れない。

そこに今また、かぐやにキウイにみどりに棟梁が制作中・・・となると、本当に極わずかな人しかやっていない事なのね。確かにぺきぺきでは大きい作品は過去に何人もいたけれどね・・・その中にゆづもいるが・・・。その後、素焼きのテラコってタイルでまた大きな作品を作るのだけれど・・・

1年目のぺきぺきは柔らかく、大きなパーツも入れられるので、短時間で大きな作品を作りやすいのね。2年目のテラコは素焼きなんで色数は少なく、色選びで悩む必要は無く、更にタイル自体もぺきぺきよりは硬いけれど、1cmタイル程では無く、例えれば軟式のボールって感じかな?

そして3年目。もはやそんな人達と素材も一緒、大きさも一緒・・・1.2年の時とは別物と言っても、過去の2年間、頑張ったし終わったし・・・の気持ちがあるから引かない。しかし、逆に過去年の方がアトリエに早く来ていたのも事実。こうやって事実確認をして、残りの時間と照らし合わせて・・

そして船の話に戻るのね。自分の船に乗せられるモチーフに順番を付けて、これが1番、これが2番とね。その時に下位のものを切り捨てて行く。全てがやりたかったのなら、もっと早くからやれば良かっただけ。そして下位の先頭がバックなのね。では捨てるとどうなるか?

例えば俺の金魚やカメレオンの作品のように輪郭をそっくりそのまま切り抜いた形にすれば、バックはいらないし、本体のみに集中出来る。けれど、既にバックありきの作品・・・ではどうするか?となった時に、お母さんのバラの作品を見て貰うと判るのね。一体何を捨てたか?

タイルは全部張ってある・・・当然切る事も出て来る。それは考える事を辞めたのね。つまりほぼ色合いだけにして、どんな形に切るか?どんな模様にするか?やらを捨てて、色合いだけ・・・純粋にタイルの良さのみにして、後はぶつかった場所を切る・・・そんな事。ただ、ただなのね・・・。

それが出来るのは、本体が上手く行った人や、きちんとぶつかった場所をいくらでも切れる人に限定されるのね。そもそも硬いタイルだし・・・。この条件がクリアーにならないと無理なのね。だからゆづなら出来るのね。しかし、しかしなのね・・・こだわりが強くあればあるほど、こうしたい、

あぁしたい・・・となる。それじゃ嫌だと・・・。所が自覚を持った今日は、そうします・・・に変わった。本気で受け入れたのね。こうなると、人は行動が変わるのね。意識が変われば行動は変わるもので、昨日まではこうしたい、あぁしたい、どうしたら良い?の繰り返しだったと思うのね。

しかし、提案するもほぼ聞き入れず、自分の好きな場所を好きな色で、切り方の指導をすれば、自分のやれる時間の中でやって来ていた・・・つまり、やりたい事を全部自分で決めていた事になる。それが今日、初めて本気で相談して来た・・・切羽詰まった眼で。

その指導の1つ目が、順位を付け切り捨てろ。ただこう言うと、かなり理不尽な感じに聞こえるし、要領良く能率効率的にも聞こえる。がしかし、これこそがこの子達に習ったやり方なのね・・・そうテストでの点の取り方。俺は1問目から考えた・・・同じように、次、次って。

けれど、点を取りに行くには、考える前に出来る問題なのか?出来ない問題なのか?一瞬で判断し、無駄な時間を悩まないってスタイル。これこそが能率効率の決定版であり、時間内にやるスタイルの極意ならば、そうする事で最後までたどり着く事になり、もし時間があれば、解けなかった問題と

向き合う・・・これでしょ?それで判らなかったら、飯喰ってからデザート。喰ってからおかわり。そんな話。それをあれもこれもと取ってしまっては、食べ切れなくなるし、もっと言えば残さず食べるには?って考える事になる。そんな話。

こうした中で意識が変わると、順位が付けられ、大事な事から順番になる。ここからが矛盾な話なんだけれど、さっきは能率効率みたいな話をしたけれど、本来は1つやったら次・・・1つ食べて次みたいな感じで、はしょって次じゃ無かったりする。1つ1つみたいな感じでね。

所が例外は囲碁のように捨てる場所も出て来るもので、全てが自分の思い通りにはならない。だから見切りを付けたり、1から種を撒いて自分の陣地を作って行くような考え方もあったりする・・・そんな方法。つまりあっちこっちを手を付ける事で色合いが見えて来て、こうしようなんて事もある。

それも試した上の能率効率の整理であって、あれもこれもと時間内では無理な事を自覚させる為の時間。それを自覚すれば、あっちこっち拡がってしまった部分の整理になり、これを終わらせないと次には行くな・・・となり、それが終わったのならこっち・・・みたいに喰い掛けになった場所を、

終わらせる事で、終わって行く満足感が生まれる。その気分は自分の好きに広げて戸惑っている時とは違って、終わった、片付いた感じになる事が、気持ちとして楽になって行くものなのね。気持ちが楽になる事こそが、リラックスであり、切羽詰まった中では、焦りしか生まれない。

ここからは考えさせないように、切る張るのみになるような指導に切り替え、当然1週間に1回のペースの中でのアトリエだから、宿題に頼るしか無く、これを終わらせて来て・・・となる。


こんな量、そんなたやすくは無いけれど、バックで考えるような事を諦めさせたんで、モヤッっとは残るだろうが、気持ちはラクになったはず。それなら全力で本体のみに取り組めるはず。少なくとも果てしなさだけは解決したのだから。

そうね、いずれにせよ次週がヤマになるのかな?そこで大きな転換が来るかも・・・。まぁ、最後の年だし、たっぷり困って悩んで制作で良いんじゃない?それだけ3年連続の受賞って重いモノだろうし、別に狙っている訳じゃないけれど、この作品が出来たら、モザイクをやっている人が見たら・・・

松井さんだけが超高校級じゃないって事なのね・・・つまりゆづは超中学級どころか、大人の中に入っても見劣りしない実力者である。しかしながら、いくら上手くても終わらなきゃ何の意味も無く、終われば提出出来るが、終わらないものを持って行けるか?ってな話。

何しろ終わらせる事なのね。そんな後は、少しだけノアさんからの依頼作品。


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