katsuまるはだかぁ 芸術家への道

モザイクアート一直線のkatsuくんの日記

みどりとかるびの親子教室

2018-03-11 23:30:00 | モザイク教室
今日はみどりとカルビの親子教室。そんな中、お教室に関係無い様で意外と関係ある話としてこんな話をしたのね。例えば思い出して欲しいのは、みんなは一体今までどんな習い事をどんなペースで習って、一体どの程度の実力だったか?・・・誰にでもあるでしょ?

すると、かるびが子供の頃にピアノを習っていたらしいのね。よっ、待ってました・・・それでどんな日程でどの位?って聞くと、1年ちょっと・・・って。週に何回か?・・・じゃ仮に週1回だとして、月に4回。それの12か月とすると、48回・・・じゃ切り良く50回とする。

それでどんな事が出来るようになった?・・・つまり結果として。じゃこれをモザイクに当てはめたとする。50回来るには月に1回だから、4年ちょっと掛かる事になるのね。じゃピアノとモザイク比べてみ・・・同じ人の習い事として・・・ここね。何が違うか?なのね。

勿論子供と大人の違いはある。けれど、同じ人物なのね。しかも発表会なら失敗しても最後までやれば拍手を貰える。そう結果が甘く出来ている。勿論、これが目指している事が大きければ、それでは済まないが、大抵はその程度で十分だったりする。けれど、大人の習い事って子供のように甘いかな?

結果が厳しかったりしないかな?最初は出来たぁぁで良かっただろうけれどね。ここなのね。つまり結果の良し悪しが大きく影響するのね。じゃ一体それってどんな結果でどんな評価で一体誰が決めるのか?となった時、良く聞くのは自分が満足すれば・・・みたいな表現をしたりする人がいるのね。

これって一見正解のような気がするのだけれど、俺にはこんな感じにも聞こえるのね。それはその評価をする自分って、ずっと立ち止まったままなのか?
例えばそろばんのように何級なんてハードルがあると、はっきり進歩が判ると思うのね。しかし、ほぼモザイクにそんなものは無いのね。

って事は、実は技術も大事だけれど、それを見極める眼も必要になるのね。だって、自分が納得したいのだから・・・。ただ一体この曖昧な表現を一体どう自己評価するのかな?・・・だって最初は出来ないと思ったら出来た・・・で楽しめる。それは期待値が低いからなのね。

じゃ1年、2年・・・5年、10年・・・一体どうなれば納得出来るのかな?・・・例えばこれが、級があったら取りたい・・・って欲があったり、先生になりたいとか、売って見たい・・・とかあったりすれば、期待値が上がるから、目標にはなる。確かにね。ただ、目標はあくまで目標。

つまり結果が出れば嬉しいが結果が出るとは限らない。当然大変な事が付きまとうのね。だから楽しいだけでは済まなくなる。そう考えると、かるびの場合、まだ完成はしていないが、これが出来上がった時、どう感じるか?なのね。ただね、かるびには何しろ完成すればそれだけで十分と伝えてあるのね。

今のまま程度をキープでね。気持ちも時間もね。そもそもこれが出来るだけで、これだけの時間を掛けた作品を持っている大人はそうそういないのね。でも本人はそんな意識を持つどころか、結構めげたりもしていて、全然終わらないぃぃって。そうね、今日は今日の時間分しか進まないからね。

いつもと同じなのね。すると、紺とかばっかりで・・・何かうんざりぃぃみたいに言うので、お母さん見てごらん・・・黒だわっ。同じなのね。すると、私も家でやろうかなぁ・・・って。もしやるなら、パーツを切るだけ切ってみ・・・そうすれば、アトリエに来た時に進み具合が変わるから。

これもまた気持ちの変化。誰かに言われたんじゃなくて、やって見ようかな・・・進まないし・・・って。ここに来て気持ちの変化が出た。例えばこれが労作展の子供達なら宿題・・・時間内に終わらないと展示に間に合わない・・・やるしかないのね。でも大人にはそんな強制は一切無いのね。

つまり自分自身の問題なのね。これこそが本当の一体誰が決めるのか?の答えになって来るのね。じゃ進めば良いだけなら能率効率で進めば良いじゃない?・・・でもね、実は実績ってそんなもんじゃないのね。質を気にするのね。つまり進歩を望むのなら失敗はしたくないはず。

でも進みたい・・・となると、アトリエでやれば俺が見ているから失敗は少ない・・・けれど自分でやると失敗も付き物。さてどうする?要するにここの判断なのね・・・進みたい事を優先するのか?質を気にするのか?ってね。そこでどっちも・・・って考えると、切る仕込みなら張って無いから、

失敗は無い訳で。でもアトリエに来ればやらないと・・・って気分になったりするけれど、自宅で強制力や目標無く、趣味ってだけで果たして何処まで出来るか?となった時、独りダイエットみたいな気分になると思うのね・・・・これが出来るかどうか?ってね。

でも、やろうとしている・・・自分で・・・こんな気持ちの変化・・・これもまた新しい何か?に繋がるのね。そしてそれが意味する事は、大作って言うのは何年もそんな事を繰り返して葛藤をするのね。そうして出来上がった作品は1日で出来る作品とは意味が違うのね。

そしてその評価は?・・・評価は自分は無く人が判断をするものなのね。じゃ自分では何をどう満足するか?となった時、本気で向き合うと、最初の頃とは違って、進んだ出来たでは無く、ここをこうして置けば良かったかな?・・・ここはこうかな?・・・と以前の場所を後悔したりして・・・。

作り手は欲深いものでね。けれど、その時その時に正直にやったのね・・・つまり目が肥えた、技術が上がったからなのね。だから、今と見劣りする場所が気になって仕方が無い訳で。でも、この1作でまた上手くなり、また上手くなりとなれば、何回も同じ事が繰り返されるのね。

そこで結論としては、どんな形であれ終わりさえすれば、1つの結果が残る。これで評価を受ける対象を持った事になる。それでこの先も続けるのなら、これが一番下手な作品として踏み台になる。ただ、この作品が踏み台ってかなりの腕前になっていると思うんだけれどね。



そんな気分を何度か乗り越えると、いつか終わるのね・・・その内に終わりが向こうから近づいて来るものなのね。そんなこんなでお教室が終わって、今日はおしまい・・・って帰宅して、ぼぉぉっとしてたら、見知らぬ電話・・・誰かな?・・・ユーミン・・・。

そうなのね、以前労作展で教えた生徒・・・しばらくじゃん。と言う訳で、お互いの近況報告をしたのね。もう大学生だからね・・・大人になっちゃったのね。そうね、今はまだその時期では無いが、必ずまた会う機会はある。それはユーミンのエントランスには俺の代表作があるのだから・・・。

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