katsuまるはだかぁ 芸術家への道

モザイクアート一直線のkatsuの日記

kameyaさんの出張とリピータ―さん教室

2019-09-29 08:13:06 | モザイク教室
今日はkameyaさん教室とアトリエに帰ってからリピータ―さん教室の2本。まずはりょうさん。自宅で進めていたらしく、急に進んだ感があり、棟梁からも何か随分と進んだんじゃないのぉ・・・って言われていたから、そう感じる位、やった感あり・・・なのね。

そんな中、ここら辺りまで来ると、分岐点になるのは1つは切る精度。何処まで下絵に寄せられるか?そんな訳で比較して貰おうと下絵も置いたんだけれど、気が付くのは下絵には隙間としての白い余白が広めに見えるのね。正直最初に見た時に、どうしようかな?言おうかな?・・って思った

んだけれど、あえてスルーしたのね。それはもう下絵として綺麗に成立していたんで、ここを崩して何か変更となると、大変な事になっちゃうし、そもそも生き物が好きじゃないのに、モチーフに選んだ時点でかなりの冒険。それ以上過酷にする必要は無いし、あくまで通過点の作品。

ならばこの作品は色んな形を切る教則的な繰り返しの練習だと思えば、この作品のグレードうんぬんよりも、そっちが大事と思ったのね。そんな中、こうして自分で進めた事が、明らかに進んだように見えた。これだけでも1人で出来た事でも1歩前進なのに、次はグレードとなった時にも、

何とか食らい付いて、段々細く・・・とか、曲げるとか、1枚で完結する点で作るパーツから、数枚を合体して1つのパーツのように見せる流れ、それが線で作れるようにと、チャレンジしている訳で。ただそれが下絵よりも太くなっているから、モザイク側はびっしりと引き詰めたように、

見えるのね。ただそれが結果オーライ。そもそも下絵の方が空き過ぎだった訳で。だから、結果的には下絵通りにならなかった事が正解。ただ今後の事で言えば、今の現状では、この細さまでは切れない・・・これを踏まえて下絵を考える事。これが次回作への糧になった訳で。

ではおかみさんと棟梁を続けて・・・


例えばこの二人の場合、もう切る事に関して教える事はほぼ無い。その段階は既に終わったのね。そうなると次なるステップは感じる事なのね。そこは誰にでも権利があるものなのに、感じようとしないか?どうか?だけの問題で、繊細さとはただそれだけの事なのね。ただね。

簡単に言えば、料理の出来ない奴らが、料理人やお母さんに対して、やれ上手いだのまずいだの、役者や歌手、アーチストに、何だこれ・・・とか、やれ下手だの、前の歌のが良かったとか、スポーツ選手に、何やってんだかっ・・・って言う事あるじゃない?ほら、そう感じたんじゃん。

つまり感じるって言うのは、技術うんぬんじゃなくて、そう思えたかどうか?なのね。勿論、今の表現は出来ないやからの戯言にしか思えないが、満更間違ってはいないのね・・・だってそう感じたのだから。ただあえて言えばお品が無いだけ。表現に悪意さえ感じるのね。

お金出せばお客・・・そんな雰囲気も漂わせるようなね。こんな表現ならあえて聞く必要は無いのね。そもそもこんなのは他人で関わりの無いやからの表現なんでそこに配慮が無い。これでは相手に伝える気が無い表現になる。

ではこんな事を踏まえて、同じ会場の中で、棟梁とおかみさんは、りょうさんよりも上手い人になる。では何が?なのね。それが切る張る技術なのね。それが証拠にもしさっきの下絵で2人が作ったのなら、きっと下絵通りに目地幅の広い作品を精密に作るだろうね。それが技術の違い。

では次なるステップの感じる・・・は、どうかな?つまり一切それとは関係性が無い事。ここが大事で、攻撃が上手いから守備も上手いのか?運転が上手いからってテストは良い点だったか?みたいな思い込みは一切捨てる事。その前提で言えば、感じる行為は3人共に平等になる。

感じる事に先輩も後輩も無いのだからね。じゃ感じて貰おう。もしさっきの場合、2人なら切る事が上手い分、1本増やして細いままで下絵をほとんど変えずに進めるだろうね・・・きっと。俺はそう感じる。やってはいないし、聞いてもいないけれど。何故なら切れるから。

もしこれが合っているのなら、何故そうしようとした?・・・恐らく目地幅が広いと感じるから。と感じるだろうね。この時点で人の作品では、2人共に気が付けた事になる。何に気が付いた?目地幅?・・・それをかみ砕いた言い方をしたとすると、隙間?隙間って何?・・・。

こうやって独り連想ゲームみたいな事をするのね。そうすると、隙間が大事なんだよ・・・って感じた事になる。隙間の何が大事なの?だから、目地を入れると目地の色が大きく影響しちゃうから・・・と気が付けたのなら・・・それが自分に返って来るのね。隙間って何だ?ってね。

それを隙間・・・バック?って置き換える事が出来たのなら、つまりきちんと切れる2人へのアドバイスは、もう自分自身で思っている事なのね。バックが大事・・・だって事。おかみさんの花の場合なら、薄味好きだから、何とかパンチを入れた方が良いんじゃないか?それを減らす

んじゃなくて、増やせないか?みたいなアドバイスはあるにせよ、別に大きな話では無いのね。棟梁にしたって花の精度がこれから急激に落ちるとは思えない。そうなると2人が困りそうな事・・・それがバック。後は隙間って進めると思う?嫌、絶対に無いね。となると、必ず悩む。

何故なら自分の好きな色を使い果たした後になるから・・・。まっ旅行の後とか、ホームパーティーの片付けみたいな話ね。祭りの後始末。そうなるとテンションは下がる。しかもそこまででは無いにしろ、ここまで来て失敗したく無い・・・となればなるほど、プレッシャー。

さぁどうする?ってね。勿論、おかみさんは楽しみ作品だから、そんなでは無いだろうが、それでも人は欲が出るもので、上手ければ上手い程、考える。そのジレンマがイラつきにもストレスにもなる。だからそうなる前のアドバイスが先読みして温存する。

例えばおかみさんの場合、最後にこの作品どんな仕上がりになりましたか?・・・って想像する。するとキーワードとしてキラキラなんて言葉が出て来た。そこで二人にキラキラでイメージして見て?・・・これが感じるって練習。するとりょうさんは、透き通っていて、爽やかで・・・。

これが棟梁になると、ゴージャスで・・・とかになったのね。仮にこんな表現が出た時、透き通るって何?爽やかって濃い?ほら具体的になって来るでしょ?つまり透き通りたいのならガラスタイルなんて良いと思うのね。爽やかってグレーとか濃い緑とか、赤とか・・・ほら違う。

何か薄味だよね・・・きっと。つまりもしおかみさんがメインのピンクの花に濃い色を使わなかったとしたら?薄味好きなのに、バックも爽やか・・・また薄味、つまりボヤッとした仕上がりにしたかったのなら、大正解だけれど、そうで無いとしたら?そうなっちゃう可能性が高い。

ではゴージャス。俺はゴージャスって言うのならギラギラだと思うんだけれど、相変わらず棟梁の表現はザックリな気がする。これもまた労作展の子供達と一緒で、素晴らしい作品になったのなら、それ相応の制作日誌が必要となる。ならば、これだけの作品を作りながら、繊細な表現

は一切無し・・・そりゃ取り締まりの対象になるでしょ?上手いが故。まっしかし、それも感じ方なんで少し変化をすれば、大きくは外れていないのね。つまりキラキラをゴージャスって言った人は、もしギラギラだったら?何て答えるのかな?はい行き止まりぃぃ。なのね。

キラキラもギラギラも一緒なのかな?それじゃタクシーもハイヤーも一緒だし、フナも鯉も一緒。こうなっちゃうでしょ?繊細さって言うのはもっとしつこいものなのね。絶対に違わないと。じゃ元に戻って、ギラギラがゴージャスだとしたら?何色?恐らく金銀だろうね。

じゃキラキラは?恐らくパールなんて言うのはどうだろうか?つまり棟梁はパールなんかを思い描いていると思われるのね。それが証拠にきっと自分が作る事になったとしたら、金銀何て使わないと思うのね。つまり、何が言いたいか?って言うと、先輩としての自覚の話。

先輩としてのアドバイスになるのに、キラキラをゴージャスと表現をして、自分がやったらパールを使ったとしたら?果たしてそれが相手に誤解無く伝わるかな?・・・しかもそう思わせて置いて、自分はパール・・・最悪な結果を生むでしょ。勿論、俺とのやり取りなら俺が気が付く。

しかしながら、いつまでも下に身を置いて楽をしていては、それ以上上手くならないのね。もっと上手くなりたいのなら、もっと繊細に感じる事・・・しかも口にした表現と自分で使うものが違うと、下の者は混乱する。って事で更に戻って、りょうさんは薄味爽やか、棟梁はパール。

じゃ合体・・・薄味パールなんて悪く無いよね・・・とか、透き通ったガラスタイルでパールのキラキラ感とかね。2人の意見はそうだとさ・・って事になる。まとめるとね。じゃそこに追加。そうなると王道のモザイクからちょっと離れる。つまり普通はぺきぺきならぺきへき仕上げ。

1cmタイルなら1cmタイル仕上げ。ただここでは、そんなの関係無い・・・って小島よしおさんじゃないが、常識にとらわれる必要は無いって教えてはいる。ただ問題はだから何でも良いとは消して思わない。王道には王道の良さがある。着崩しをしたいのなら、だらしなくならないように・・・そうじゃないと下品になる。きっとそうするには、何かしらの理由が無いと・・・とね。

その時に大抵はメインにふんだんに取り入れる形はあるが、メインの花はぺきぺきなのに、バックがガラスタイルの高級感・・・確かにアンバランスと言えよう。がしかし、あくまで常識では・・・。つまりそんな作品を見た事が無いから。だからそう言う事を踏まえてチャレンジ・・

ならば失敗も覚悟と腹をくくってやれれば、とても面白いアイデアでもある。そもそも先人がいないのだから、結果何か判らないのだから。更にそもそもって言えば、上手くなってアイデアもこうしてひねって来ると、人と違ったものにどんどんとなって行くのね。じゃ先人じゃん。

じゃ上手く行ったら真似される側になるだけなのね・・・ほら上手くなった。今までは真似する側、それがある時突然、立場が変わって来る。もう教わる事は少なくなって行くのね・・・その時に感じる・・・って作業をこんなやり取りで何か見つけ出せる事が出来たのなら?

それこそが進歩や進化であって、モザイクに限らず使えるね・・・だって想像力の事なんだから、他の分野のオリジナルでも生かせると思うし、相手の気持ちを読む練習なら、上手く嫌がらせで使えれば、スポーツの試合の時にバンバン使うと良いのね。きっと素晴らしいフェイント

を掛けられるよ・・・きっとね。kameyaさんの教室・・・こんな話をするようになったのね・・・レベル高いわ。そんなこんなのリピータ―さん教室。


2個目のトレイをやっているんだけれど、労作展の中学生に感化されたらしく、私も切って作ろうかな?・・・って。そんな訳でいきなりって言うのも不安があるようで・・・クリスマスの下地を頼まれたのね。ただちょっと苦戦しちゃうかも知れないのね・・・やはりしばらく振り・・

切る事がひさし振りで新鮮・・・って方なら問題無いが、逆にどうやって切ったっけ?・・・だと、思い出すまで時間は掛かるし、可愛いフォルムに騙されると、簡単だと思っていた・・・って事になると、簡単と思っていただけに、えっ?今日終わらないの?ってへこむ事になる・・・。

たださっきの話と一緒でチャレンジなのね・・・その人なりの。だからへこんだり、ダメージを受けるのは仕方無いのね。けど、そこでへこたれない為のサポートに俺がいるのは、大きく失敗させないように・・・であって、諦めないでくれさえすれば、何とかなるんだけれどね。

それが証拠に夏の小学生や中学生の作品・・・みんな立派に完成したのね。しかもみんなに凄いって言われるグレードでね。だから、結果は後から付いて来るもんのなのね・・・。

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