katsuまるはだかぁ 芸術家への道

モザイクアート一直線のkatsuの日記

フェルメールのリピーターさん教室とアオリイカの下地

2021-09-02 07:40:08 | モザイク教室

今日は午後からフェルメールのリピーターさん教室。本当ならそれまで今のアオリイカの続きなんだけれど、1cmタイルで、本気モードで作っちゃっているから、タイルをいっぱい出さないとならず、お教室の時は、夜を制作にしているのね。

でもそうなると、午前中どうする?になるので、既に描き終わったアオリイカの下地作りの準備にしたのね。先日のすずきのタッチに引き続きの第二弾なのね。そんなこんなで、リピーターさん教室。

結果から言うと、とうとう顔が終わったのね。きっと長く感じたと思うが、これが本人ケロッとしてて、今度はみんながやっている、ひたすら同じ形の毛並みとか、うろことかの繰り返すような、何か修行みたいな事をして見たい・・・って。

あはは、ここで何かグッタリって言うのを心配していたのに、逆に修行の方を選ぶなんて、中々のつわものなのね。そんな気持ちなら、顔が終わって、終わった感にならずに済むし、安心な方向で終わって行くと思われるのね。

こんな状況なら、次回額縁の話なんかも出来ると思うんだけど。そう言う新展開が刺激になると、更に完成を見てみたいって気持ちになるだろうしね。中学生の子達の作品なんかも見たりしているから、そっちの影響もあるかも知れないしね。

しかし、初めての大作でここまで出来れば、満足度があるだろうなぁ・・・何より。そんな後は、アオリイカの下地を彫りにホームセンターへ。そんな後にペンキ塗り。

続けて2つこんな下地を作ったんだけれど、結局1・2日で出来た。例えば、この掛かった時間で、普通に下地を作るって事になると、デイ・サービスの下地10個とか、オーナメントを何十個とかになったりする。

ただ、どれもお教室やイベントの下地なんで、反応は可愛いぃ・・・みたいになる。所がほぼ本物に近い大きさのこの2つは、おぉ・・・とか、凄いとか、明らかに反応が違うのね・・・って事は、生徒下地では無く、作家katsuの下地になった感じ。

まだ完成してはいないけど、少なくとも下地の段階の反応が違うし、すずきもアオリイカも・・・と偶然1つに反応では無くて、2つともになんで、まぐれで無く手ごたえはある。ってここまでは・・・ってここまで来たのね。

後はタイルを張るだけ・・・やっとここなのね。多分、気が付く人って中々いないと思うんだけれど、また、だけ・・の話ね。こうして下地を作ると、タイルを張る事になるのね。当たり前なんだけれど・・・。だから、本来の趣旨として、

タイルを張れる事になった・・・後の工程は張るだけ。つまり最後の工程に入れた・・・こんな気持ちなんだろうね。じゃ張ればおしまいなのね。でも実はそんな簡単じゃ無いのね。そもそもアオリイカの作品が終わっていないのに、すずきの下地に入った。

これは思い付いたから、鉄は熱いうちに・・・って言うのなら、じゃ良しとする。そこである程度納得の下地を1つ目から作れた。しかし、本来様子を見る為の1つ目なら、何も1mのものをやらずとも、良いのでは無いか?

つまり結構本気の意気込みを感じる。そして理由はともあれ、アオリイカも終わった。1つ目より小さくなっても、いつもの小物より大きいアオリイカで、同じような結果になった。恐らくこのやり方の下地はそこそこの結果と経験値を得たと思うのね。

そう言う中で、後はタイルを張るだけ・・・って表現をした。本当の意味は、初めてかも知れないが、自分の下地の完成度にビビッてるんだろうな・・・きちんと文章にすると、後はタイルを張るだけなんだけれど・・・。これが正解。

何しろ、張るだけになったのなら、一番得意な分野なのだから、心置き無く出来るはずなのね。でも、文章の終わりが、・・・けれど。この場合、けれどの後は、前の肯定から否定に変わる瞬間の言葉なのね。

例えば、人に意見を求めた時、それ良いんだけれど・・・この、けれどね。この場合、あなたの意見に賛同します的な、それ良い・・・って所で、協調性みたいに安心させ、けれど・・・これで本音になるのね。つまり、本音はそうじゃ無い。

って、違う意見なのね。お笑いで言う、緊張と緩和みたいな話で、実に本音を語る一瞬のひるがえり効果がある。しかも、割と意識無く使っているから、聞く側が流す事が出来れば、誰も気が付く事無く、白やぎさんと黒やぎさんの歌になる。

ほぼ掘り下げないから、読まずに食べた・・・だから仲良し。違和感なし。でも、ひとたび気が付いてしまうと、相手の本音は丸見えになるもので・・・掘り下げると、色々判る事があるもので・・・。話を戻して、ビビリの話。

ではどうビビっているか?となると、本来、この作品を年末のイベントで売るって事に使う予定で、場合に寄っては、これらを釣具店に持って行って見ようか?とも思っていたり、色々考えていたのね。ある意味、作る前に完成度に自信があったのかも知れないのね。

そうして予定通りに納得した下地が2つ出来た。その完成度2つが並んだら、助さん、角さん的に、迫力が出た。1つでもかなり良かったのに。ここが悩ませ所なのね・・・良いだけに。そもそもイベントで売るとなると、現金のやり取りを考えると、

これ以上は限界かな・・・って価格があると思うのね。そもそも画廊で売っているんじゃ無いのだから。つまりなるべくリーズナブルで・・・と始まったのね。所が思いの他、完成度が高い下地が出来た。本来値段を下げるなら、ガラスタイルなんて使えない。

でも、下地が抜群に良い・・・それなら、その下地の完成度に見合ったガラスタイルで更に・・・ってやりたい気持ちが芽生えてしまったのね。作家って強欲だから・・・ただそれじゃ普通なのね。良いものに良いものの上乗せ・・・。

良いものづくし・・・当たり前のように良くなるに決まってんじゃん。じゃべきべきタイルでも、腕で良く見せる・・・って気持ちもある。がしかし、それも思い上がりな気がするのね。腕?売れてりゃともかく、それほどでも無いだろっ?

って気持ちもある。でも、自信が無いんじゃ無いの?って、もう一人の自分が言うし・・・売る方を重視でリーズナブルに仕上げるのか?作家として、これでもか・・・って言う時間を掛けるのか?下地の完成度が悩ませるのね。

ただどちらを選んでも、結果はやって見ないと判らないのね・・・進撃の巨人のリバイ兵長が、仲間を信じて失敗した、だから今度は自分を信じて・・・そうして失敗を繰り返すと、一体どうすれば良いのか?になる・・・。

みんな誰もが色んな事で、そうやって選んで、恐らく失敗の数を重ねたんだろうし、若ければ勢いで失敗出来ても、若さで乗り切れたり、次の機会なんてものもあったりするが、初老はね・・いくらか経験値で先を読んだりするものでね・・・。

ただ、そこまで判っているのだから、若いもんにはまだ負けない・・・と攻撃側になるのも良し。初老だからと、守るも良し。ただ何をどうやって決めたのか?になる。失敗は経験値になり、成功は自信になるだけ。続けたものだけが、糧になる。

当然、続けるのだから、どっちに転んでも必ずタダでは転ばなくて済むのだから、どっちでも良いのね。ただ欲を出すと俺らしくないし、今までそんな事だから、その程度の結果なんだろっ・・・って言う自分もいるし・・・。

ってこんな葛藤があるって中、根本的には、終わりたくない病みたいな、今のアオリイカの作品で感じているのか?今更だけど、何か予定しない大作になっちゃって予定外に戸惑っているのかな?だから、気分転換の下地なのかな?

そんな気分転換の下地に更に追い打ちのように、まさかの完成度にプレッシャー掛けられて・・・・ちょっと笑う自分もいる。悪くて困るより、良くて困るのだから、有難い・・・って言っとく方が良いのかな?

 

 


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