katsuまるはだかぁ 芸術家への道

モザイクアート一直線のkatsuの日記

レゴ教室

2019-08-14 06:08:48 | モザイク教室
今日は珍しく午前中が開いていたんで、野暮用を済ませ午後からはレゴ教室。ただ画像を撮り忘れたようで・・・でも撮った所でネタばれの無いように・・・って画像だからあんまり影響は無い感じはするけれど・・・。そうね、進み具合と残りの状況を考えると、一番安全な感じ。

所が今回大きなスペースが宿題だったんだけれど、大きなパーツであってもクラッシュで・・・・って事になっていたんだけれど、四角いパーツが多く、本人も何か四角いパーツだらけになってしまった・・・って。先に進みたい気持ちは判るんだけれど、そこは下山だったのね・・・

何しろ目地以外に後2回ある事、何か四角いパーツが多くなった・・・と気が付いたのに、何か変?と感じながら止まらなかった事。そこでもしクラッシュとは?って感じた・・・そこが分かれ道だったのね。もし何も感じずにやって来ましたぁ・・・って事なら、仕方が無いのね。

だって感じなかったのだから。でも感じていたのだから、立ち止まる選択権があったのね。気が付く眼があったって事なのね。でも進めてしまった・・・ただ仕方無いのね。そもそもそこがいきなり大作を作る欠点になる事もあるのね・・・。何しろ基礎無しだから。

本来ならクラッシュって何?みたいなやり取りをコースターや鍋敷きを作っている段階で習得しているものなんだけれど、いきなりの大作。しかしながら夏期講習のような連続の場合、反復練習をするのだから、月に1回ってペースのように、しばらく振りで忘れちゃったって事は無い。

けれど良い事と悪い事は背中合わせ。つまり月に1回は忘れる事がある・・・ってマイナスなら、進まないってプラスがある。つまりちょこっとしかやらないから、ちょこっと進んでいて、仮に自宅で進めたとしても、ちょこっとの失敗で済む。けれど夏期講習みたいに連続だと、自宅の

進め方の時間もかなりの時間を使ったりする。そうなると、良くも悪くもかなり進んでしまうって事。勿論良い時はとんでも無く良い感じで凄い進むんだけれど、当然ミスがあると大きくミスってしまう事にも繋がる・・・。これが理屈として有り得る事で・・・。

ただもっと具体的にこうなった原因は、何度も言っているが、規定演技と自由演技の違いなのね。例えば、未経験者にいきなり丸を切ってって言うと、えぇぇぇって無理難題に聞こえたりする。しかしながら、どうだろうか?きちんとこうしてね・・・って単純なアドバイスで、未就学児

であっても、そこそこ丸く切れたりする。それは何故か?と言うと、誰でも丸って形が何であるか知っているからなのね。だから考える事無く切る事に専念出来る。けれどクラッシュ・・一体どんな形が正解なの?こう考えた瞬間ピタリと止まってしまう人と、あぁ自由なんだ、何でも

良いんだぁ・・ラッキー、拾っても良いんじゃん・・って考える人とでは全く違う結果になる。つまり前者は決まった事が得意で規定演技に長けている人だったりして、逆に後者は決められた事が大嫌い、自由大好きって感じの人だったりする。勿論、全部が全部じゃなくて大体。

こんな違いありきで1つの決まったものに取り組めば、当然サンプルありきの教室は結果が見えて来るもので・・・方や道具の持ち方や使い方から教えようとすれば、そんなの判るしって言う人と、随時この角度で持つんですか?みたいにきちんと真似しようとする人もいる。

しかも同じ部屋の中に・・・。それが個人レッスンは全部その人の時間・・・例えどんな場合でも対応してくれる訳で。しかしながら、当然みんなと一緒じゃない分、良い事は何でもかんでも時間に余裕がある分、聞けるけれど、逆にミスした事の是正時間も長くなる・・・。

そうね、人がいれば強制段落替えが出来るけれど、重い時間を過ごさないとならない訳で・・・。とは言え、大作と言えど中学生。こちらもそんなに重い話をするつもりも無いし、もっと言えば致命的なら剥がしても直させるけれど、大したミスでも無い。

大体初めてやって100点を取ろうとする事が不自然。それを適当にやったんじゃない訳だから、むしろその失敗はプロじゃないんだから、ラッキーな出来事なのね。だってミスしたんなら、挽回すりゃ良いだけの事なのね。ただ100点じゃないだけ。じゃそのミス、マイナスいくつ?

そんな感じの話。しかも素直にそう制作日誌にも書けば良いのね。だって来年続けるのなら、来年はここのミスはしないように・・・と戒めの場所として使えるのだから。それを常に完璧なんて目指したら、失敗した時に挫けるのみになる。必ず失敗はある・・・問題はその時。

どう次のリカバリーに繋げられるか?なんだけれど、それもまた一緒で、ラッキーって段落替えが出来るのなら、きっとその失敗を引きずる事無く進めるだろうから、リカバリーの結果を生む可能性が見えるだろうが、またそんな事があるかも、折角ここまでやったのに・・・って、

後悔ばかりをして気にしていると、当然引きずっている分、そもそもリカバリーする事に目は行かず、同じ失敗をする可能性の確立を上げる事になる。もし続けるのなら、ただの今後の指針となる1作目であり、単純に言えば普通の人の体験がコースターなら、レゴにはこれが体験

教室の1作目ってだけなのね。つまり来年は鍋敷きくらい?の2作目って事になる訳で・・・。たまたまそれが大作なだけ。その位の考え方で良いと思うのね・・・そしたらきっと気楽に一生懸命出来ると思うんだけれど・・・。おっと、随分と話がそれちゃったんだけれど、要するに

クラッシュってどんな形でも良い・・・って認識すると、丸でも三角でも四角でも良いって含まれちゃうのね。でもどれもダメなのね。何でも良いんじゃなくて、決まった形はダメなのね。だからいびつ角形なのね。変な形に限るのね。それをキチッと三角、四角、丸はダメ。

その中で三角だけは微妙に良かったりする・・・けれどきちんとではね・・・ダメってルーズなルールはきちんと認識しないと、さっきの話の丸のように誰もが同じ認識って事にはならず、何が良いのか?悪いのか?になる。しかもその中でも四角はループになりがちなのね・・・。

例えば三角なら資格も台形も組み合わせられるけれど、四角を入れてしまうと、また四角、また四角と四角を繰り返すような余白が開いてしまうのね・・・そうなると意識しないと、どんどんとその繰り返しになる。しかもここでも良い事と悪い事は背中合わせ・・・。

これがきちんと切れなければ、ルーズ過ぎて四角にならなかった・・・って事で変な形のまま入れれば、四角のループから脱出出来るが、切る事が上手くなればなるほど、きちんと切れるからいつまでもループは続く事になる。更に大きなスペースとなれば、大きく入れたくなる。

では例えば余白が大きければ大きいパーツ・・・確かにあっているんだけれど、けれど物事には全て適度ってものがあって、旅行のスーツケースだって、大体何日?って大きさを変えてあるじゃない?つまり大体って適度な大きさって決まっていないようであるものなのね。

それもこれも全て、感じる・・・なのね。感じなければおしまい。感じる、すなわち意識であって、大は小を兼ねるのなら、いつも巨大を選べば良いだけ・・それなら感じる事をしなくて済む。繊細って言うのはそんなザックリじゃないもので・・・。

後はその人が何処まで必要とするか?なんだけれど、上手くなればなるほど、そのこだわりが知らず知らず強くなる・・・ただお母さん達とは違って宿題・・・時間制限の中で・・・なのね。いずれにせよ、全てグレードを上げる話で、終わるか?終わらないか?って話じゃないのね。

ただ上げるを選ぶなら、タイルがそこそこ切れた上での、感じる事・・・ここが大事な事なのね。今日はレゴのみだったけれど、何だか疲れちゃったのね・・・・それで今日おしまい。