ーフェアウェルさらば、哀しみのスパイーL'AFFAIRE FAREWELL/FAREWELL
2009年 フランス
クリスチャン・カリオン監督 エミール・クストリッツァ(セルゲイ・グリゴリエフ大佐)ギョーム・カネ(ピエール・フロマン)アレクサンドラ・マリア・ララ(ジェシカ・フロマン)インゲボルガ・ダプコウナイテ(ナターシャ)ウィレム・デフォー
【解説】
ソ連崩壊の大きなきっかけとなったといわれる20世紀最大級のスパイ事件の一つ“フェアウェル事件”を映画化したサスペンス。冷戦時代のソ連から西側に機密情報を大量に提供したKGB幹部の孤独な戦いを、『戦場のアリア』のクリスチャン・カリオン監督が描き出す。祖国と家族のために死のリスクをいとわない実在のスパイには、2度のカンヌ国際映画祭パルム・ドールに輝くエミール・クストリッツァ監督、彼と奇妙なきずなを育むフランス人男性を監督としても活躍するギョーム・カネが熱演する。
【あらすじ】
1980年代初頭、KGBの幹部グリゴリエフ大佐(エミール・クストリッツァ)は、フランスの国家保安局を通じて接触した家電メーカーの技師ピエール(ギョーム・カネ)にある情報を渡す。それは、ソ連が調べ上げたアメリカの軍事機密や西側諸国にいるソ連側スパイのリストなどが含まれ、世界の国家勢力を一変させる力を秘めたものだった。やがて、二人の間には不思議なきずなが芽生えていくが……。(シネマトゥデイ)
【感想】
エミール・クストリッツァ監督の「ウェディング・ベルを鳴らせ」を見たばかり。
あんなドタバタ喜劇を作った人が、今回は役者として、祖国を裏切るKGB大佐を演じていました。
彼と通じるピエールを演じていたギョーム・カネも監督をするそうです。
二人の監督が演じた作品、よかったですよー。
私の今年の1番かもしれません。
1980年代初頭、ロシアに家族とともに赴任している家電メーカーの技師ピエール(ギョーム・カネ)は、フランスの国家公安局の人の偉いさんに頼まれて、KGBの幹部グリゴリエフ大佐(エミール・クストリッツァ)からある情報を受け取った。
その情報は、アメリカのホワイトハウスまで届き、その情報の正確さと重要さにレーガン大統領以下首脳陣は驚いた。
グリゴリエフ大佐は、公安局の報酬や家族ぐるみの亡命という条件に応じず、仲介人にド素人のピエールを指名することだけを条件にして、「フェアウェル」というコードネームを使って、機密情報を流し続けた。
グリゴリエフとピエールの間に生じた奇妙な関係。
二人は人間的にも結びついて行く。
「共産主義は理想だ」というグリゴリエフ。
しかし、ソ連の現況は支配の中枢が腐り切っていて、崩壊は間近だとグリゴリエフには思えた。
それなら、早い方が傷は少ない。
息子には新しい世界で生きて欲しい。
それだけが、グリゴリエフ望みだった。
この不器用でロマンチストの大佐をエミール・クストリッツァが実に繊細に演じていました。
彼の風貌だからこそ、体現できたのだと思いました。
☆ネタバレ
こんなに心を砕いて思いを寄せている家族は、妻は上司と不倫をしたし、息子は部屋に閉じこもって、父親批判を繰り返し、ろくな話にも応じません。
それでも、彼は自分を捨てて家族のために、国を愛するが故に、国を裏切ります。
一方のピエールも、自分がスパイ活動に巻き込まれていることを、妻にも秘密にしていることに苦しみます。
また、グリゴリエフの行く末も心配で、そのお人好しで気持ちのやさしさから悩み抜く姿もよかった。
ピエールの一家が国境を突破するところははらはらドキドキ。
しびれました。
一方のグリゴリエフは、拷問を受けますが、口を割りません。
息子が会いに来るシーンは、やっと父と息子が和解できて、お互いを思いやる二人の心情の美しさに涙が出ました。
しかし、この美しい物語には裏がありました。
「ソルト」でも描かれた冷戦構造の中でのスパイ合戦。
機密漏洩の汚いからくり。
知らなかったのはグレゴリエフとピエールだけでした。
ソ連を崩壊に導いた功労者であるグリゴリエフは、アメリカ国家に非情にも切り捨てられたのでした。
この国家の非情さを表現したのがウィレム・デフォー。
ここのシーンもよかったー。
たったひとりの戦いを闘い抜いたグレゴリエフ。
この上は、彼が託したロシアの未来が豊かなものであることを、祈らずに入られません。
グリゴリエフがスパイ活動の報酬に要求したソニーのウォークマンとクイーンのミュージックテープ。
それを聞きながらフレディーのまねをして「ロック・ユー」を歌い踊る息子の姿が、ミック・ジャガーに似ているのが面白かったです。
当時の青年なら、クイーンを聞きたくて当然ですね。
「ソルト」と同じようなテーマのスパイ映画ですが、あまりアクション映画らしくありません。
むしろ心理的な作品で、私が感じたことは、一人の大佐の生き様と、国を越えた友情と息子への深い思いでした。
大佐の心情を思うと、観客の心も揺すぶられるような作品でした。