(75)夜空に消えた花火
野原に長い杉丸太が運ばれてきて、身軽な鳶の男たちがまたサ―カスの小屋掛けを始めた。長い夏休みもいよいよ終わって、八朔さんがまたやって来るのだ。今年は矢野サ―カスだという。
戦後の混乱が落ち着いてくるとともに、八朔さんは年々盛んになって人出も増え、野原や参道からあふれ出た露店は、大橋へ通じる道を下って、ひょったんの家の門前あたりまで続くようになった。道に面した家々の坪庭は、臨時の自転車置場となり、その家の人たちの出入りが不自由なほどである。
しかし、ひょったんは以前ほどわくわくしなくなった。サーカスも代わり映えしないし、露店で売られるオモチャや駄菓子も同じようなもので、興味が失せたということもあるが、中学生になって勉強も少しは真面目にするようになったせいかもしれなかった。
それでも、サ―カス小屋に赤や黄や青の派手な幕が張り巡らされ、数多くの露店が並び始めると、ひょったんも祭りへの期待で胸がふくらんだ。
祭り初日、子どもたちが風船付きの笛やラッパを「ピ―ピ―」、「プ―プ―」鳴らしながら帰って行く往還を、ひょったんは一人祭りの場へ向かった。
五(ご)霊宮(れいぐう)さん前の鳥居脇では、毎年のことだが、物(もの)乞(ご)いたちが七、八人も蓙(ござ)の上に並んで、頭を地面にすりつけるようにしている。
手足を失った白衣の傷(しょう)痍(い)軍人(ぐんじん)には、ひょったんも同情するが、五体満足で働き盛りの物乞いには、軽蔑(けいべつ)の眼差しを投げ掛けて通り過ぎる。
両側に露店が並ぶ道を人波に押されるままに歩いていると、
「親の因(いん)果(が)が子に報(むく)い、生まれながらヘビの生き血しか飲まない娘、さあ、かわいそうな娘を見てやって――」という濁声(だみごえ)が聞こえてきた。その不気味な内容に誘われるように、ひよったんはその見世物小屋に入った。自らの意志というより、思わず引きずり込まれた感じだった。
狭い小屋の一段高い小さな舞台には、十七、八歳の着物姿で厚化粧した娘が、肩から上だけを出して、食いちぎられたようなヘビの胴をくわえて、生き血をすすっている。
ひょったんは身(み)震(ぶる)いしながら小屋を出たが、無理にやらされているにちがいない娘の哀(かな)しい身の上のことが、いつまでも頭から離れなかった。
祭り二日目の楽しみは昼間の宮相撲と夜の仕掛け花火だった。
八朔さんの宮相撲の優勝者が、明治神宮相撲でも優勝したことがあり、たいへんな人気で、八女郡内はもとより近隣の浮羽や朝倉郡からも参加するらしい。
地元のチームはどうせ今年も団体戦の一回戦で敗退するだろうと、ひよったんが午前九時過ぎに観に行くと、土俵周囲から堤防に続く斜面も人でいっぱいだった。
団体戦はもう半ば終わっているようだが、やはり地元のチームは残っていなかった。
お目当ての個人戦は、昼近くなって始まったが、例年勝ち残っていく強い力士にはファンがいて、その力士が土俵に上がると、
「待ってました、大関荒川!」
「磯山! 今年も優勝はおまえたい」などと声援が飛び交う。
行事の判定を巡ってもめたり、脳震盪(のうしんとう)を起こして病院に搬送される者もいるが、ひよったんが感動したのは、戦争で負傷して片腕しかない三十半ばの力士が、鍛え上げた筋骨と巧みな技(わざ)で、準々決勝まで勝ち進んだことだった。
宮相撲が終わって、露店を一回りして帰る途中、ひよったんの家の門を出て数軒目の前に、宮相撲から戻って来たばかりの回し姿の青年たちが、若い娘たちにかしずかれるようにして立っていた。いつも練習している村の青年たちよりはるかに立派な体つきである。
「どこの村?」
ひよったんがその家の娘に尋ねると、
「古屋(こや)村(むら)、個人も団体も優勝したから、今からお祝いにおいしか物(もん)ば食べてもらおうと思とるとこ」と答えて、忙しげに家の中に入った。
古屋村は昔ひよったんたちがキャンプに行った日向(ひう)神(がみ)のさらに奥の村で、娘の家が選手たちの世話をする当番になっているらしい。
浴衣からはみ出したたくましい肉体が誇らしげな青年たちの前を通り過ぎながら、ひょったんは、四、五年後には、彼らよりはるかにすばらしい体になって、いつも負けてばかりいる地元チ―ムの選手として華々しく活躍したいと思った。
サ―カスや見世物小屋で芸をする人、怪しげな物も売る露天商、それに祭りに集まる近郷近在の老若男女など、大勢の見知らぬ人びとに接して、ひょったんは嘘(うそ)も誠(まこと)も、喜びも悲しみもある、世間というものを垣間見たような気がした。
祭の日の最後は、いつものように花火だった。
仕掛け花火は、昨年までは午後九時だったが、今年は午後十時からだという。仕掛け花火が始まると、祭りの場から人が去って寂しくなるので、露天商たちが仕掛け花火を遅くするよう頼んだらしい。
三十分ほど前に、仕掛け花火がよく見える堤防に行くと、堤防も大橋の上もすでに見物人で身動きもできないほどであった。
「始めと終わりに尺(しやく)玉(だま)の上がるげな」
「早よ上がらんかね」
だれもが今か今かと待っていると、突然、腹の底に響くような音とともに、赤い火の玉がするすると上って、夜空を華やかに彩り、黒い無数の人影がどよめいた。
キティ台風が九州のはるか南方海上を通って関東へ去り、雲一つない澄んだ空には、丸い大きな月が輝いており、せっかくの打ち上げ花火も色あせて見える。
「台風が来(こ)んで、よかったですな」
「これで今年も、豊作になるじゃろ」
ひょったんの隣で、酒臭い息を吐(は)きながら、男たちが話している。
いよいよ仕掛け花火が始まった。例年通り大川を跨(また)ぐナイヤガラの滝である。
落下する滝の勢いが弱まる頃、打ち上げ花火が立て続けに夜空を焦がし、川面を赤や黄や青に染めた。
「美しかのう!」
「去年よりきれいかごたる」
黒い人影は賛嘆の声を上げているが、ひょったんは以前のようになぜかときめかなかった。はかなく消える花火のように、どこか空しさが残った。
最後の花火も終わって、ひょったんが人通りの少ない脇道(わきみち)を帰っていると、戯(たわむ)れ合いながら前を歩いていた若い男女が、突然暗いお宮の裏へ消えて行った。
ひょったんの家の門前では、鉢巻きをしたお兄ちゃんが、帰りを急ぐ人々に、売れ残ったナシやブドウを早くさばこうと、まだ声を張り上げており、熟(う)れすぎた甘(あま)酸(ず)っぱい匂いがあたりに漂っていた。
5)夜空に消えた花火
野原に長い杉丸太が運ばれてきて、身軽な鳶の男たちがまたサ―カスの小屋掛けを始めた。長い夏休みもいよいよ終わって、八朔さんがまたやって来るのだ。今年は矢野サ―カスだという。
戦後の混乱が落ち着いてくるとともに、八朔さんは年々盛んになって人出も増え、野原や参道からあふれ出た露店は、大橋へ通じる道を下って、ひょったんの家の門前あたりまで続くようになった。道に面した家々の坪庭は、臨時の自転車置場となり、その家の人たちの出入りが不自由なほどである。
しかし、ひょったんは以前ほどわくわくしなくなった。サーカスも代わり映えしないし、露店で売られるオモチャや駄菓子も同じようなもので、興味が失せたということもあるが、中学生になって勉強も少しは真面目にするようになったせいかもしれなかった。
それでも、サ―カス小屋に赤や黄や青の派手な幕が張り巡らされ、数多くの露店が並び始めると、ひょったんも祭りへの期待で胸がふくらんだ。
祭り初日、子どもたちが風船付きの笛やラッパを「ピ―ピ―」、「プ―プ―」鳴らしながら帰って行く往還を、ひょったんは一人祭りの場へ向かった。
五(ご)霊宮(れいぐう)さん前の鳥居脇では、毎年のことだが、物(もの)乞(ご)いたちが七、八人も蓙(ござ)の上に並んで、頭を地面にすりつけるようにしている。
手足を失った白衣の傷(しょう)痍(い)軍人(ぐんじん)には、ひょったんも同情するが、五体満足で働き盛りの物乞いには、軽蔑(けいべつ)の眼差しを投げ掛けて通り過ぎる。
両側に露店が並ぶ道を人波に押されるままに歩いていると、
「親の因(いん)果(が)が子に報(むく)い、生まれながらヘビの生き血しか飲まない娘、さあ、かわいそうな娘を見てやって――」という濁声(だみごえ)が聞こえてきた。その不気味な内容に誘われるように、ひよったんはその見世物小屋に入った。自らの意志というより、思わず引きずり込まれた感じだった。
狭い小屋の一段高い小さな舞台には、十七、八歳の着物姿で厚化粧した娘が、肩から上だけを出して、食いちぎられたようなヘビの胴をくわえて、生き血をすすっている。
ひょったんは身(み)震(ぶる)いしながら小屋を出たが、無理にやらされているにちがいない娘の哀(かな)しい身の上のことが、いつまでも頭から離れなかった。
祭り二日目の楽しみは昼間の宮相撲と夜の仕掛け花火だった。
八朔さんの宮相撲の優勝者が、明治神宮相撲でも優勝したことがあり、たいへんな人気で、八女郡内はもとより近隣の浮羽や朝倉郡からも参加するらしい。
地元のチームはどうせ今年も団体戦の一回戦で敗退するだろうと、ひよったんが午前九時過ぎに観に行くと、土俵周囲から堤防に続く斜面も人でいっぱいだった。
団体戦はもう半ば終わっているようだが、やはり地元のチームは残っていなかった。
お目当ての個人戦は、昼近くなって始まったが、例年勝ち残っていく強い力士にはファンがいて、その力士が土俵に上がると、
「待ってました、大関荒川!」
「磯山! 今年も優勝はおまえたい」などと声援が飛び交う。
行事の判定を巡ってもめたり、脳震盪(のうしんとう)を起こして病院に搬送される者もいるが、ひよったんが感動したのは、戦争で負傷して片腕しかない三十半ばの力士が、鍛え上げた筋骨と巧みな技(わざ)で、準々決勝まで勝ち進んだことだった。
宮相撲が終わって、露店を一回りして帰る途中、ひよったんの家の門を出て数軒目の前に、宮相撲から戻って来たばかりの回し姿の青年たちが、若い娘たちにかしずかれるようにして立っていた。いつも練習している村の青年たちよりはるかに立派な体つきである。
「どこの村?」
ひよったんがその家の娘に尋ねると、
「古屋(こや)村(むら)、個人も団体も優勝したから、今からお祝いにおいしか物(もん)ば食べてもらおうと思とるとこ」と答えて、忙しげに家の中に入った。
古屋村は昔ひよったんたちがキャンプに行った日向(ひう)神(がみ)のさらに奥の村で、娘の家が選手たちの世話をする当番になっているらしい。
浴衣からはみ出したたくましい肉体が誇らしげな青年たちの前を通り過ぎながら、ひょったんは、四、五年後には、彼らよりはるかにすばらしい体になって、いつも負けてばかりいる地元チ―ムの選手として華々しく活躍したいと思った。
サ―カスや見世物小屋で芸をする人、怪しげな物も売る露天商、それに祭りに集まる近郷近在の老若男女など、大勢の見知らぬ人びとに接して、ひょったんは嘘(うそ)も誠(まこと)も、喜びも悲しみもある、世間というものを垣間見たような気がした。
祭の日の最後は、いつものように花火だった。
仕掛け花火は、昨年までは午後九時だったが、今年は午後十時からだという。仕掛け花火が始まると、祭りの場から人が去って寂しくなるので、露天商たちが仕掛け花火を遅くするよう頼んだらしい。
三十分ほど前に、仕掛け花火がよく見える堤防に行くと、堤防も大橋の上もすでに見物人で身動きもできないほどであった。
「始めと終わりに尺(しやく)玉(だま)の上がるげな」
「早よ上がらんかね」
だれもが今か今かと待っていると、突然、腹の底に響くような音とともに、赤い火の玉がするすると上って、夜空を華やかに彩り、黒い無数の人影がどよめいた。
キティ台風が九州のはるか南方海上を通って関東へ去り、雲一つない澄んだ空には、丸い大きな月が輝いており、せっかくの打ち上げ花火も色あせて見える。
「台風が来(こ)んで、よかったですな」
「これで今年も、豊作になるじゃろ」
ひょったんの隣で、酒臭い息を吐(は)きながら、男たちが話している。
いよいよ仕掛け花火が始まった。例年通り大川を跨(また)ぐナイヤガラの滝である。
落下する滝の勢いが弱まる頃、打ち上げ花火が立て続けに夜空を焦がし、川面を赤や黄や青に染めた。
「美しかのう!」
「去年よりきれいかごたる」
黒い人影は賛嘆の声を上げているが、ひょったんは以前のようになぜかときめかなかった。はかなく消える花火のように、どこか空しさが残った。
最後の花火も終わって、ひょったんが人通りの少ない脇道(わきみち)を帰っていると、戯(たわむ)れ合いながら前を歩いていた若い男女が、突然暗いお宮の裏へ消えて行った。
ひょったんの家の門前では、鉢巻きをしたお兄ちゃんが、帰りを急ぐ人々に、売れ残ったナシやブドウを早くさばこうと、まだ声を張り上げており、熟(う)れすぎた甘(あま)酸(ず)っぱい匂いがあたりに漂っていた。
5)夜空に消えた花火







