モノ・語り

現代のクラフトの作り手と作品を主役とするライフストーリーを綴ります。

日本的りべらりずむⅤ‐2 〈鳥獣戯画絵巻〉と院政期の絵巻物ーー〈年中行事絵巻〉に見る京都市中における群衆と動態表現

2021年09月28日 | 日本的りべらりずむ

正月に宮中で行われた饗宴の行事 門外には庶民がたむろして相伴にあずかっていたとか。その様子が画面の中央に描かれている(日本絵巻大成〈年中行事絵巻〉中央公論社刊より)


庶民が定期的に開いていた闘鶏(日本絵巻大成〈年中行事絵巻〉中央公論社刊より)


『鳥獣戯画絵巻』に関するアカデミックな研究史の過程では、同絵巻とほぼ同時時代に描かれたであろうと推測されている『年中行事絵巻』がよく引き合いに出されていたようです。

『鳥獣戯画絵巻』の最大の謎は、「何を描こうとしたか」もしくは「どういう目的で描かれたか」といった主題をめぐる謎ですが、
それを解明していく手掛かりとして『年中行事絵巻』との比較がされてきたとのことです。

その比較にもいくつかのアプローチがありますが、ここで取り上げたいのは、『年中行事絵巻』が王朝的な華やかさで粉飾していくような描き方がされているのに対して、『鳥獣戯画絵巻』が墨一色の簡素な描法が取られているという、その対照性です。

専門用語では“風流”という言葉が使われますが、ここでの“風流”とは平安時代における「一種悪趣味にも陥りかねないような華美な美しさ」(『鳥獣戯画を読む』)を意味し、
さらに過剰の“風流”を“過差”という言葉で表わし、風流を抑制する法令を“過差禁制”と呼んでいました。

平安時代末期には都の宮中でも市中でも“風流”の気分が蔓延していたようで、『年中行事絵巻』は宮中と市中に展開される年中行事を描いていって、当時の流行を表わしているのでしょう。

そのような世相のあり方に対して、「朝廷は風流の行き過ぎを抑制し、風紀が乱れないように祭りや儀礼をコントロールする必要があった。こうしてハレの場での秩序維持のために発布されたのが過差禁制と呼ばれる法廷である」(『鳥獣戯画を読む』)。

風流と過差禁制は相互に対極的な概念を成しており、『鳥獣戯画絵巻』は過差禁制の至命の下に描かれた絵巻という位置付けになります。


参考までに、棚橋光男の『後白河法皇』から『年中行事絵巻』に触れている箇所を紹介しておきましょう。

「私たちはここで、王朝政治社会の図像的表現=後白河の執心が文字どおり込められた一大スペクタクル『年中行事絵巻』をもう一度思い起こす必要がある。思えば、『年中行事絵巻』自身が、彼の構想する王朝政治社会のグランドデザインを開示したものであったのかも知れない。そしてたとえば、京都市中法=都市京都の整備に関する詳細な規定は、後白河による都市京都の空間認識=グランドデザインとして読み解く必要があるし、詳細かつ執拗な服飾にかかわる規定は、「過差」の禁止、服飾を通じた身分の統制というにとどまらず、《美の主宰者》《美の領導者》=後白河による《王者の好み》の強制という性格が色濃く反映されていたのではないか、と私は疑ってみるのだ。」(p.124-125)

『年中行事絵巻』についても、私が一番強い印象を受けるのは、その華美(風流)な描法によって組み立てられていく群集表現であり、そしてその中の一人一人の人物や動物(主として馬)の動態表現です。

都市中での人間観察(デッサン)のおびただしい集積が推察されるその表現力はまことにリアルであって、
おそらくは数十mはあったと思われる巻物の画面を、ダイナミックな活力に満ち溢れたものにしています。

群衆は、都市中の広場や路上を中心に、寺社の境内や宮中の内部へと時空の流れが途切れることなく継続していく中に描かれていきます。

そして粗末な衣服を身につけた一般庶民の集団が、儀式を遂行する貴族や僧侶・神官、武士たちに入り混じるかと思われるほどに近接して行事の見物者として描かれています。

平安期の年中行事を描いたものと聞けば、庶民的社会からは遮断された宮中や寺社の内部で厳かに粛々尾粉割れている様子が象徴的に描かれるような、そういったイメージを想像するところですが、
『年中行事絵巻』はそうではなくて、上下様々の階層の人々がひとつの世界の中に溶け込み、コスモスとカオスが入り混じる渾沌とした世界が現出しています。

それはまさに棚橋が言うように「王朝政治社会の図像的表現=後白河の執心」そのものが描き出されていると観るのが自然であると思われるほどです。


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« Ⅴ‐1〈鳥獣戯画絵巻〉と院政... | トップ | 日本的りべらりずむⅤ‐3 〈鳥... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

日本的りべらりずむ」カテゴリの最新記事