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モノ・語り

現代のクラフトの作り手と作品を主役とするライフストーリーを綴ります。

Ⅱ‐3 世阿弥の能楽—謡曲「善知鳥(うとう)」持てる者と持たざる者の権力関係

2021年04月17日 | 日本的りべらりずむ

謡曲「善知鳥(うとう)」は、日本では主に北海道や青森県(津軽半島)に生息する野鳥ウトウにまつわる古くからの説話に取材して作られた演目で、
作者は不明とされていますが、世阿弥という説を支持する研究者もおられるようです。

親鳥が「うとう」と鳴くと雛鳥が「やすかた」と応じるという習性を利用してウトウを捕獲し、
それを生活の糧としてきた、津軽半島外ノ浜の猟師の亡霊がシテ。

生前の殺生の罪で、死後は地獄で鷹に化したウトウに鉄の嘴で責め苛まれる罰を受けている。

北陸は立山の霊場に立ち寄ったあと津軽半島の外ノ浜に向かう旅の僧に猟師の亡霊が現われて、
家族に自分の形見の袖を渡し、霊前で回向してもらえるよう依頼するとともに、
僧が外ノ浜に着いて遺族に伝言すると、再び亡霊が現われて、地獄の栗しみから救って欲しいと懇願して姿を消す、という話です。

猟師の亡霊が地獄で受けている業苦の描写の箇所を引用しておきます。

「〈中ノリ地〉 娑婆にては、うとうやすかたと見えしも、冥土にしては化鳥となり、罪人を追っ立て鉄の、嘴を鳴らし羽をたたき、銅の爪を磨ぎ立てては、眼を摑んで肉むらを、叫ばんとすれど猛火の煙に、むせんで声をあげ得ぬは、鴛鴦を殺しし科やらん、逃げんとすれど立ち得ぬは、羽抜鳥の報いか。
シテ うとうはかへって鷹となり
地 われは雉とぞなりたりける、遁れ交野の狩場の吹雪に、空も怖ろし地を走る、犬鷹に責められて、あら心うとうやすかた、安き暇なき身の苦しみを、助けてたべやおん僧と、言ふかと思へば失せにけり」



この話は、生類を無益に殺生してはいけないという仏教の戒めを主題として立てているように見えますし、
またそういうふうに装われているのも、最北の辺境の猟師という、生類の殺生を生業とするいわゆると目される人間がシテの演目など、
観客である都の上・中層階級の人々の関心を引くわけがないのを、仏教説話でカモフラージュしていると勘ぐれます。

しかし単純に仏教の戒めを伝えるにしては、猟師の亡霊が地獄で受けている業苦の描写に、
凄惨なイメージを執拗に重ねていく表現がとられているのはなぜでしょうか。

この執拗さには何か別な意図が秘められているように筆者には感じられるので、主題をもうひとつ掘り下げて考えてみました。


自然界には生物間に食物連鎖的な関係(生体は食べる存在であると同時に食べられる存在)があって、ウトウと猟師の関係もその一つの例と言えます。

しかし食物連鎖関係の一方が人間である場合には、他の動物や植物の間での関係とは根本的に異なっているところがあります。

その一つは、人間と動植物の関係においては必要以上の量が殺傷されるということがあります。
(動植物間では、必要とする食料以上の捕獲(殺傷)はしません。)

もう一つは、立場上の強者と弱者の関係が固定化しているということ、その結果そこに権力関係が成立していることがほとんどであるということです。

この権力関係は人間と自然との間で生じる関係であり、その多くの場合、人間は道具を持つ生き物であるということから、
(道具を)持てる存在者と持たざる存在者の間で成立する権力関係と見ることができます。

謡曲『善知鳥』が告発しているのはこの権力関係に他ならないと私は考えます。

この関係は、人間と動植物の関係に止まりません。

人間と人間、すなわち人間社会においても、持てる者と持たざるものの関係として敷衍されます。

持てる者とは財や道具(時には武器)を持つ者であり、持たざる者は財や武器を持たない者です。

謡曲『善知鳥』では地獄に落ちた猟師(持てる者)が、鷹の鉄の嘴で責め苛まれ続けるわけですが、
それは、強者と弱者の権力関係に乗っかっての、持てる者の驕りを批判し告発する劇として読み取ることができるでしょう。

そのように読むならば、『善知鳥』の作者は心からの平和主義者と見なすことができると思います。

そしてその目線の低さは、前回に紹介した謡曲『藤戸』の目線の低さに通じるものがあります。

天下が南北朝に分かれて合戦が絶えなかった室町初期において、ほぼと見なされていた芸能者の心奥には,
弱者の立場から権力を批判する抵抗者の魂が息づいていたのですね。。
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