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カルガモ母さんこと 川上美也子のコラム http://karugamo.org/

ヨーロッパ記(4)…2007/11記

2008-09-18 10:43:03 | Weblog
10日 ドイツのケルンに移動 講演とパフォーマンス



 朝6時30分、出張所を出発。パリ北駅まで長谷川さんに車で送ってもらう。
 8時55分北駅発、新幹線(ケルン着12時45分)。


「寝ながら原稿チェック」

 ホームで日独文化工房の志水氏が出迎えてくださった。
駅前に、世界遺産のケルン大聖堂が全貌を表した。惜し気もなく、堂々と、そびえ立っている! いきなり度肝を抜かれた。みんな揃って、ハイチーズ!



 志水氏の車とタクシーに分乗して、志水宅へ。昼食をご馳走になる。
 しばらく観光の時間があったので皆さん出られたが、私は夕方の出番に備えて、志水宅で休ませていただいた。ベッドを勧めてくださったが、食事をいただいた部屋のソファーが気に入ったので、そこで楽々横になった。みのりちゃんも残ったが、私を一人にしてくれて、次々に帰宅する子どもさんたちの相手をしていた。時々楽しそうな笑い声がしたが、おかげで広い部屋で一人、まるで我が家のようにリラックスさせてもらった。

 19時より講演とパフォーマンス。志水夫人の車で、会場の文化工房に移動した。

ちなみに「TENRI日独文化工房」は
日本とドイツの文化をつなぐ、アットホームなギャラリーで、
日本のアーティストを呼んで、写真、音楽、書、絵画を
ドイツの人たちに紹介しているとか。
http://www.tenri-kw.de/programm.php
所長の志水氏は ケルン大学で雅楽の講師もされていて、
その関係でケルン大学学生も演奏を披露したり、多く訪れるそうだ。



 同時通訳付きでお話するのは初めてだった。ゆっくりと原稿通りにお話した。まあ、原稿を読んだ、って言ったほうが近いかな。
 途中で障ガイをお持ちのお嬢さんが立ち上がった。私は、「しまった。退屈させたかな」と反省したが、原稿を送って翻訳してあるので、急に変えられない。でも同時通訳は、どうやら私の話すスピードや間に合わせてくださっているようなので、多少間を空けても大丈夫そうだ、と思った。
 私は、間をとって、彼女の様子をゆっくり笑顔で伺った。隣にいらしたお父さんの表情が申し訳なさそうに感じられた。もし、そうだったら、こちらこそ申し訳ないことだった。まあ、全てを、おやさまと、志水氏は承知のはずだから、何が起きても全く心配いらない。私は、笑顔で、そして真摯に、お話させていただけばいいのだ。それがまずければ、なりゆきで見えてくる。

 予定のお話を終えて、パフォーマンスに移る。
 ちょっと席を外して、部屋の隅でスーツのジャケットを脱ぐ。着替えのために別の部屋に行くには数段の階段があり、それを昇ったり降りたりする体力のゆとりはなかった。ロングスカートの下にはパフォーマンス用のパンツを履いていた。
 ここでも即興で、ひらめいた文字を書いた。講演の途中で立って、少し歩いて、また戻って腰掛けてくれた彼女が、しなやかで輝いて見えたので、まず、「輝」を書いた。
 私は書く前に、座って、神様にお礼の拝をする。いつでも、どこでもする。だって、普段ほんとうに寝てばかりいる私が、ヨタヨタしてろくに歩けない私が、立って、大きな筆を持って、大きな字を全身で書くのだ。誰よりも私自身が感動している。自分の力で書いているとは思えない。神様のおかげ、としか思えない。だから、まず、神様にお礼申し上げる。道具を運ぶのも、並べるのも、片付けるのも、私一人では到底出来ない。サポートしてくださる人間あってのパフォーマンスなのだ。「おやさま、ありがとうございます。これから書かせていただきます。よろしくお願いします」と申し上げてから、始めさせていただく。

 さて、「輝」に続いて、「陽気」と書いた。
 パフォーマンスのための洋服に変身している時に、書こうと思った。せっかくお集まりいただいた方々に、私の話は満足いただけただろうか。きっと足りなかったと思う。私が伝えたいのは、「生きるよろこび」だ。そう、よろこびを伝えるとしたら、「陽気」だ。そう思ったのだった。



 ふと、思いついて、「どなたか、書いてみませんか?」と会場の皆さんに振った。
 すると、あの彼女が、手を挙げた。紙を2種類と、筆は大中小たくさん持って行ったので、全ての中から選んでもらった。紙は大きい全紙、筆も特大を選んだ。
 彼女は、たぶん日本人のお父さんとドイツ人のお母さんのハーフのようだった。ドイツ在住だと思う。彼女にとって、生まれて初めての書道だったと思うのだが、まず靴を脱いで、正座して、拝をした。私だけでなく、会場の、皆さんが驚いたと思う。
 彼女は皆さんに、和みと感動をくれた。

朋子女史と出会う。とても魅力ある人。ご主人とお嬢さんとご一緒に、講演会に見えてくださっていた。でもそれはあとで知ったので、残念ながらご主人とお嬢さんには挨拶出来なかった。



 緊張の講演とパフォーマンス、全て終わって、椅子が片付けられた会場の床に、私は大の字になって伸びをした。それから上半身を起こしてボーッとしているところへ、初対面の朋子さんが声をかけてくださった。彼女の人徳なのか、もともと縁があったのか、不思議なほど、最初から近くに感じた。大好きな旧友に久しぶりに会ったかのように、その出会いはとてもうれしくて、違和感がなかった。床の上でべったり座って、足を伸ばして、たくさんおしゃべりした。
 朋子さんの車に乗って、志水宅へ。みんなで夕食会。テーブルと椅子なので、私は勝手して自分が一番楽な場所を探す。床に直接座り、足を投げ出し、昼間寝ていたなじみのソファーの肘掛けにグラグラする頭を預けた。お尻が痛いでしょうと、夫人にクッションをもらったが、尻の下に敷かせてもらうのには申し訳ない気がして遠慮した。すると志水氏がどこからか、かわいい座布団を2枚持ってきてくださった。返って申し訳ないことしたかな。それから小さなテーブルが運ばれて、私だけの贅沢スペースが出来た。ほんとうは回りの皆さんが何かと気遣い、お互いに疲れるアクシデントだっただろうに、初めて顔を合わせて食事をするのにも拘わらず、実に自然体だった。心地よく、「特別席」で同じご馳走をパクパクいただいた。ドイツのビールとソーセージが美味しかった。朋子さん手製のラザニアとカボチャのスープが、また絶品だった。じゃんじゃんお代わりした。お話も弾んだ。
 食後、みのりちゃんと私はそのまま志水宅、うみさんと千田さんは朋子さん宅、青木さんと深野さんはホテル、それぞれに別れて泊めていただいた。

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