ありのまま

カルガモ母さんこと 川上美也子のコラム http://karugamo.org/

ヨーロッパ記(7)…2007/11記

2008-09-21 09:02:21 | Weblog
13日 パリ講演(とパフォーマンス)

 目覚めに、今日の講演の内容が浮かんだ。あら大変。
 ケルンではドイツ語に同時通訳します、ということで、あらかじめ原稿を送った。会場では、その原稿を読ませていただいた。
 パリの方は、対象が日本語が通じる方々ですから、日本語でいいですよ、とのことだった。それで安心していた。私はこのところぶっつけ本番が多い。一応基本原稿はあるものの、現地で、あるいは会場で、感じたことを加える。話のネタは一応たくさん持っているので、講演中に浮かんだものをお話しする。だって、私には会場の方々の背景やお気持ちを予想出来ないもの。出来るなら、わざわざ足を運んでくださった方々のお心に、少しでも添わせていただきたい。いつも講演直前に神様にお願いして、心を澄まして、浮かばせていただく。但し、初めとまとめ、全体の構成だけは、事前に必ず決めておく。
 パリの講演の日程は最後だったから、特別な原稿は用意していなかった。ケルンでお話ししたことを基本にして、あとは会場で、と決めていた。
 ところが目覚めに、全く違う新しい内容が浮かんでしまったのである。起きてから、浮かんだことをメモした。日常でも、すぐ忘れるので、メモは断片的だった。しかし、目覚めに最初に浮かんだ、「わたしの神様」という言葉だけはしっかり覚えていた。目覚めの時には、その言葉に続いて理路整然と話が展開していた。だから、今日の講演は、断片を拾い集めればまとまるはずだった。

 この日は書作展の最終日で、講演は18時30分の予定だった。会場は文化協会の地下で、ギャラリーと反対側にある部屋だそうだ。お昼過ぎに、文化協会に向かった。
 私の頭の中は講演のことでいっぱいだった。当初の内容を白紙にして、今朝浮かんだ内容で組み立てようと決めていた。容易に出来るものと思っていた。ところがちっとも出来ない。大ざっぱに見えてこないことには、調整も出来ない。
 文化協会で一部屋お借りして集中したいと思っていたら、すでに控室が用意されていて、1畳のタタミも敷いて下さっていた。横になって身体を楽にして、集中した。時間は迫る。
 早く決めて、出来れば書道をしたい。日本に帰る前にフランスで、もう一度書きたくなっていた。人前でのパフォーマンスであってもなくてもいい。フランスで書いていきたい文字があった。「心」初日にも一枚書いたが、実はしっくりこなかった。ある人にお礼に差し上げたいと思って書いたのだが、書けた字はインパクトが強すぎて、その人のやさしいイメージとは違う気がしていた。

「心」の話をしたいと思う。ある人とは、和装一式を提供してくださった、「丸中」の奥様(先代の社長夫人)だった。
「丸中」は、今年の成人式に、次女が晴れ着を借りた貸衣裳店である。振り袖を返しに行く直前、ふっと思ったことがあった。当たって砕けろ、ダメモトで、奥様に思い切って話した。「十月にパリで個展をするのですが、着物を提供していただけませんでしょうか?」「はい、いいですよ」驚くほど切れのいい即答だった。そして、「まだ十分時間があるから、落ち着いたら寸法を合わせましょう」とおっしゃった。それが1月20日ごろのことだった。
 これはちょっと照れる話だが、私は着物を着たかった。それも紫色の着物。結婚式の披露宴のお色直しに着る和服を選ぶ時だった。赤い着物と紫色の着物を着てみた。両方よかった。赤は華やかで、紫には上品さがあり、紫ってすてきだな、と思った。でも、紫はあとでいつでも着れるから、赤がいいわね、という周囲の声に納得して、赤に決まった。紫色の着物はいつか着れると楽しみにしていた。子育て、重度化、金欠、そんな30年の年月に、いつのまにか叶わない夢と化していた。ほとんど着る物も買わず、美容院も行かず、化粧もしない30年だったが、私だって、ちゃんとしたら、けっこう綺麗なのヨーンてところを、元気なうちに残したかったのだ。私も、女のようですねえ。
 そして半月後、今年の2月のことだった。ある小学校で道徳教育の公開授業があり、午後の記念講演に呼んでいただいた。体育館で、保護者、地域の方々、教育委員会、先生方の前で、書のパフォーマンスもやった。その時、一番前に腰掛けていらしたご婦人が、さっと来られて手伝って下さった。全ての行事が終わって控室に戻った。そこに校長先生と、そのご婦人がいらっしゃった。3人で話が弾んだ。校長先生とは、前任校が子どもたちが卒業した小学校だったご縁があった。何度か学校に呼んでいただき、お話しも交わした。校長室はいつも開けっ放しで、校長室でお話ししていると、「ねえ、校長先生」と言いながら生徒が入ってくる。何につけても子ども優先で、話を交わすのが楽しかった。
 そこでも話が弾み、「今度フランスに行くんですよ」と言ってしまった。するとご婦人が、「私も行こうかしら」とおっしゃり、校長先生は「いいですね、ご一緒に行ってらっしゃいな」、みたいな展開になった。で、話がトントン進んで、ご婦人もフランスに同行されることになった。
 そこで私は思い切って聞いてみた。
「私、フランスで着物を着るのですが、あのぉ、着せていただけませんでしょうか…」
「ええ、いいですよ。私、着付けの仕事もしていますから」
 すごい。なんと。こんなこともあるのかしら。などと思いながら、話を続けた。
「実は自宅の近くの貸衣裳店で、着物を提供していただけることになったんです。次女が借りた、丸中さんというお店なんですがね」
「え! 私、丸中さんに勤めているんですよ。成人式のお手伝いにも行きましたよ」
 奇跡としかいいようがなかった。神様が応援してくださっている、と思った。そこで名前と住所を交換した。青木さんとおっしゃった。

 根がシャイな私は、気になりながらも丸中に行けないでいた。そのうちに酷暑にやられて、もう和服はあきらめようと自分に言い聞かせていた。青木さんには一度電話したのだが、お留守だった。
 いよいよあきらめた時、青木さんからお手紙が届いた。ご一緒に衣装選びに行った。
 そこで、奥様と青木さんと私の3人で決めた。晴れ着だと私には帯がきついので、袴にした。袴も、日本の正装だそうだ。袴なら車イスに乗っても背中が楽だし、パフォーマンスも出来そうだ。早速着せていただく。奥様が、中の着物はあらかじめ短くしときましょう、そのほうが楽でしょう、とおっしゃった。パフォーマンスの為に、襷(たすき)をかけることになって、色や寸法も合わせた。ほどけにくいように、正絹を用意しましょう、とおっしゃった。
 至れり尽くせり、細かいところまで配慮してくださった。すべて無料なのだ。
 せめても…と思って、「お好きな字とか、言葉とかありますか」と伺ってみた。
 その時の奥様の答えが、「心」だった。

 青木さんにも、一方ならずお世話になった。衣裳一式をわざわざ借りに行って、ご自分の荷物と一緒に運んでくださった。自費で行かれたのに、ずっと同行してくださった。たまたま私の勝手で1回になったが、2回でも3回でも私の希望次第で、いつでも着付けてくださったに違いない。

 どうしても、なんとか、フランスで、「心」を書きたかった。
 フランスでの道中、パフォーマンスの字が浮かばない時、皆さんに好きな言葉を聞いたりした。青木さんは、「帯」とおっしゃっていた。内心、出来れば「帯」も書けたらいいな、と思っていた。

 さて、13日の夕方4時半になっても、講演の構想が見えてこなかった。書も書きたいのに、肝心の講演が決まらない。この日パフォーマンスする予定はなかった。黙ってそばについていてくれたみのりちゃんに、「書道したいの。でも講演の方がまだ出来ないから、書けるかどうかわからない。もしかしたらってことで、書道させてくださいって言っといてくれる?どうするか5時に決断するので、ノックして」と頼んだ。
 どうしても見えてこない。タイムリミットだ。これもきっと、理由があるんだろう。よっしゃ!
 5時にノックしてくれたみのりちゃんに、「書道します。パフォーマンスでも、一人でもいいよ」と言った。講演は得意のぶっつけ本番だ。もう一人の私がつっこむ。おいおい、フランスだよ。ここまで来て、それ、やる?
 さあ、決行だ。6時半の講演。逆算すると、6時までに書き上げなくては。地下の会場の近くに準備してくれた部屋へ移動。今日は搬出日で片付けもしなきゃいけないってのに、我が儘この上ない。ひらめきと、なりゆきで、動く奴。それでいて何にもしない奴。その名は川上美也子。周囲はたまったもんじゃないな、ってこの文章を書きながら思う。もっともっと感謝しなくっちゃ。わかったか私。

 フランス最後の書作。結局ヨーロッパで4回目のパフォーマンスになった。
「心」と「帯」と「わたしの神様」を書いた。

 さあ、次は講演だ!
 手が墨だらけだった。手を洗う所、講演会場の奥にトイレとシャワー室があった。階段を昇る余力はないので、そこに行った。みのりちゃんに、着替えを運んでもらって、そこで着替えた。スーツに着替えていたら、構想が見えてきた。40分の話で20分の質疑応答だった。よし、40分のうち、10分は五行歌の話をさせてもらおう。
 そこにフランス語の訳を入れてもらおう。「みのりちゃん、長谷川さんに頼んで。草壁先生の五行歌の色紙と翻訳、私の色紙…満天の…と翻訳をもらってきて!」 ああ、ほんとうに周囲はてんてこまいだ。

 無事、1時間終了。やあ、ぶっつけ本番は、やっぱりおもしろい。自分にも先が見えない。ひらめきとなりゆきの得意技(技ではないかな)で、会場の方々と通じ合えたような気がする。もしかして私だけ?



 おかげさまで、次から次へと、お話しや質問に来てくださる方々が続いた。
 おしゃべりしているうちに、会場の椅子が片付き、大きなテーブルが用意されていた。皆さんはワインを飲みながら、あちこちで歓談されている。突然、長谷川さんの声が響いた。
「みなさーん。昨日は、川上さんの誕生日でした!」
 会場から拍手が起こった。なんとケーキが、私の目の前に置かれた。思いもよらない展開だった。シャンパンがあけられ、たくさんのかわいいグラスに注がれて配られる。
 いつもの私なら、すぐ泣くのに、この時は反応が遅かった。ポーっとなっていて、それでも、じわじわと熱くなっていた。大勢の、初対面のみなさんも笑顔で祝ってくださる。シャンパンで、何度も、何人もの方々と、乾杯した。いつのまにか泣いていた。こんなにしあわせ者がいるのだろうか…。もったいない。
 この文章を書きながら、またウルウルしている。

 初日のパフォーマンスで、「夢」と書いた。
 ほんとうに、夢のような日々だった。

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