ありのまま

カルガモ母さんこと 川上美也子のコラム http://karugamo.org/

1月25日の富士山…今日の五行歌

2017-02-02 11:38:06 | 五行歌
「今日」ではないのですが、
紅富士を詠んだ歌があったはずだと思って
探してみました。

「今日の」より「過去の」が正しいカモ。
でも、「今日の」気分のカルガモです。

歌は2005年の、
同じ1月25日でした。

厳寒の
日の出に
紅さす
富士は
凛として
 №228(2005・1・25)

のぞみ一号から
おはよう
赤富士
今年はとびきり
いいことありそう
 №229(2005・1・25)

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今日の五行歌

2015-09-01 11:48:31 | 五行歌
 休んでもいい
 戻ってもいい
 別の道もある
 いつだって 選択肢は
 一つじゃない (9・1目覚めに) 


今日は2学期の始業式
大人だって、まして、子どもなら
長い休み明けは気が重いことでしょう
がんばれ~
同時に
頑張りすぎないで~
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今日の五行歌

2015-08-30 11:34:37 | 五行歌
広大な宇宙に
悠久の時の流れに
針の先でつついたような
一点の
私 
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ありがとうコンサートより

2014-12-11 23:50:24 | 五行歌
11月30日(日)お呼ばれしました。

 天理教上野支部合唱団<道>
   ~結成15周年~
  ありがとうコンサート 

あったか~い雰囲気、素敵なコンサートの中盤、
曲をつけていただいたカルガモの8首の五行歌
も歌われました。初披露です。

私は3回泣いてしまいました。
最初は、ありがたくて、もったいなくて…。
後半は心から感動して泣かされ(?)ました。
作曲のすばらしさ、歌声のすばらしさに。
感激して、感謝感謝でした!
最後は、花束贈呈のハプニングに、
もうアホみたいにボロボロと…♪

指揮の豊崎氏、ピアノの堤氏、作曲の三村先生
そして合唱団の皆様、ありがとうございました!


さて、8首の五行歌は、演奏順に。

うたびとになりたい
心でものを
思うこと
ものに心を
動かすこと


その国の言葉 その人の言葉
その国の心 その人の心
そのまま
文字にして
思いを刻む


会釈で心が繋がる
ごめんね、で対話が始まる
ありがとう、で氷塊さえ融ける
笑顔で幸せが広がる
人と人


人と人が繋がって
線になる
一点の私から
何本の線が
生まれるだろうか


「ありがとう」
「すみません」
「お願いします」
三つの言葉だけで
人生楽々フリーパス


 ポゥ ポゥ
ポッ ス~ ポゥ ス~
             ポッ   
ポッ



想い合う心と心は
いつでも繋がる
地球の裏でも
百年経っても
きっと繋がる


しあわせを
探してごらん
あっちこっちに
隠れているよ
かくれんぼが好きだから
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女性合唱曲集「ありがとう」

2014-10-01 06:15:13 | 五行歌
先月26日に、上記の表題の楽譜をいただきました。

「ありがとう」とは、私の五行歌集のこと。

今年は天理教三重教区の合唱団の創立15周年になるのだそうです。
そこで、何か月か前に、
「川上さんの五行歌に曲をつけさせてもらっていい?
15周年に歌いたい」
とのうれしい申し出をいただいて、楽しみにしていました。
選曲もすべてお任せしておりました。

8首に曲がつけられ、18ページもの立派な冊子。
もったいないです!
11月30日に発表されます。
楽しみです!

その少し前の11月25~27日に、天理市での
「カルガモ書作展」の会場で流したいと思います。


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今日の五行歌

2014-02-10 20:21:14 | 五行歌
話さないと
書かないと
けっして
思いは
伝わらない


ごぶさたしています。
コメントやメールの返信、ブログの更新
気になりながら、出来ないですみません。
今朝久しぶりに、五行歌が浮かびました。
カルガモ婆さん、生きてま♪

ps
昨日は大雪。
都知事選だったのに、車椅子で外に出るのは無理だった。
原発は反対です!
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今日の五行歌

2013-09-17 06:13:36 | 五行歌
 百年先かもしれない
 が
 今日かもしれない
 生きていれば
 もれなく死がくる

目覚めにふっと浮かびました。
ものすごーく久しぶりの五行歌です。

赤ちゃんでも、じいさんばあさんでも
老若男女、人は生きてるかぎり
必ず。

生を受ければ、もれなく死がついてくる。
当たり前のこと。
こわがることも、あなどることも
必要かもしれないが、
不必要とも言えるかもしれない。

強いて必要というなら
「畏れる」こと
一日一日を大切に
「感謝」すること


ちなみにカルガモは、どうやら夏を乗り越えたゾ!
「ザンネン…」とか言う悪友もいそう…ふふふ。
口でそう言う貴方がた、きっと喜んでるでしょう…?

今月は天理市で「カルガモ書作展」やります。
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今日の五行歌

2012-04-08 09:12:40 | 五行歌
久しぶりに目覚めに浮かんだので五行歌にしました。

 最近になって
 人間も
 自然の
 一部じゃないのかな
 と思う

だとしたら

 気力も
 体力も
 衰えていい
 自然の中で
 ゆったりと

このところ悩んでいたというか、落ち込むというか。
いろいろやらなければいけないことが溜まっているのに、
何にもする気にならない日がけっこうあるのです。
人との関係、たとえばメールの返事とか、段取りとか。
昨日も、それらをする気が起きなかったのです。

そういうことって、けっこう自分を責めてしまいます。
こんなことでいいんだろうか?
こんなんじゃ、申し訳ない!
ああ、あれもやらなくっちゃ、これも…。
もう何日も、何ヶ月も、溜まっているのに…。

せっかく桜が咲いて、昨日はあちこちで桜祭り。
私の住んでいる東京都町田市の近くには、
いくつも、桜の名所があるのに。
ちょっと外に出れば、満開の桜の木があるのに。
今年は外に出かけようという気にさえならない。

悶々としていた中、目覚めに浮かんだのでした。
生まれるも自然、老いも自然、死ぬのも自然。
大いなる自然の中に、「老い」も溶け込ませたら
悠々と、楽に生きられるのじゃないかな?
いずれ土に還る時、悩みなど全く無意味では?
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じょーじのこと

2012-03-22 10:00:40 | 五行歌
一昨日、1年ぶりに下駄箱からブーツを出した。
ブーツの中から型くずれをふせぐ手作りの物(何というのかな?)
を取った。ふっとジョージを思い出した。
そして、さっき、玄関に出しっぱなしにしていたブーツに、
それを入れて、下駄箱にそおっとしまった。
また、今度はしっかりと、ジョージを思い出した。

沖縄生まれでハーフの彼は、きっと沖縄の海のような澄んだ瞳、
イケメンで、男らしい頼もしい友人だった。
彼との出会いは、ピアカウンセリングで、私がサブリーダーした
講座での、受講生だった。
毎週、たしか12回位の講座だっただろうか。
おばあちゃん子の彼は、本当は父母に会いたかっただろう、
甘えたかっただろう。

ストレッチャーに乗っていた。
でも誰よりも行動的で、いつも目をキラキラさせていた。
その行動力で、彼は自分の生き方を自己決定して、
施設を出て自立生活を始めた。

2005年11月、彼の訃報を聞いた。
手動車イスで、急遽ヘルパーさんを頼んで、電車を乗り継いで、
告別式に駆けつけた。
もう終わるというところに着いて、ギリギリ間に合った。
持って行った白い花束は、そのまま棺を上に置かれて出棺した。

後日、お返しが送られ、開けてみると、ブーツに入れる物だった。
かわいい円錐形の手作りで、いい香りがした。
私が持っている唯一の冬物のよそ行きブーツに使わせてもらった。
年に一回、3,4月の卒業式、入学式に会う。
そして、じょーじを思い出す。

(二百六)
自由を求めて
果敢に施設を出たジョージ
いまは両親と一緒かな
歩いているかな
澄んだ瞳をキラキラさせて
     (2005・11・13)
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今日の五行歌

2012-03-10 22:26:01 | 五行歌
今朝目覚めに思って、布団の中で作って携帯に打ち込んだ2首。

 へとへとの身体と
 ずたずたの心を
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8日の12:04東北新幹線くりこま高原駅に降りて、
構内の観光課ロビーの一角に電動車イスを置かせてもらった。
9日の15時に再び電動車イスに乗った。
間の丸一日、お借りした普通の折りたためる手動車椅子で過ごした。
車で送迎してくれた伊藤先生始め、皆さんにお世話になった。

背もたれの低い普通の車椅子は、私の心を温めてくれた。
でも、身体は、特に首は悲鳴をあげていたかもしれない。

きっと、おやさまと、根津さんが助けてくださったのだろう。
正直起き上がれないだろうと思った9日の朝も、
ゆっくりだったが、私は起き上がることが出来た。



 どんな終わりも
 必ず
 始まりが
 続いている
 たとえ死でさえ

この歌は、手を入れた。

 見えにくい けれど
 「終わり」に続く
 「始まり」が
 必ず ある
 たとえ「死」でさえ (3・10)

この歌は、昨日の帰りの新幹線から、
最も根津さんに近かった伊藤先生に、
お礼と「お元気で…!」と祈りを込めて出したメールに
返ってきた力強い言葉(寂しい事ですが、陽気会の新たな始まり
でもあるので、前向きに進んで行きます)に、ヒントをもらった。

別れは悲しくて、寂しくて、つらい。
けれど立ち止まっていられない立場の先生が教えてくれる。
「終わり」には、きっと、いや必ず、ついている、
乗り越えて、踏み出そうとする人が振り返った時に見える「始まり」。

最初から、ついていたのに、
立ち止まったままだと見えないのだ。

根津さんも、新しい根津さんを始めていらっしゃることだろう。

あるいは、先に逝くことに悩まれたかもしれない。
でも、残された人々を信じて、後方支援に回られたのではないか。


明日は、3月11日。

みんな、みんな、
新しい「始まり」が始まるといい。
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