かるさんのgooブログ <北国たより>

身近な話題を画像といっしょに・・・

「崇高な精神」と「汚濁の姿勢」・・・人の生きざまのふしぎ  

2008-08-28 21:26:00 | インポート

説くまでもありませんが《崇高》の意味は「けだかく偉大なこと、普通の程度をはるかに超えて驚異・畏敬・偉大・悲壮などの感を与えるさま」と辞書にあります。
《汚濁》は「よごれにごること」です。

アフガニスタンの僻地で、現地の人々の役に立つことをこころざしていた「伊藤さん」が凶弾に倒れました。なんとも痛ましく惜しまれることです。

今日の夕刊に、伊藤さんがこのNGO活動に参加した「志望動機の全文」が載っています。
読むにつけ、そのこころざしの高さに敬服します。同時に自分のような凡人と比較して、なぜこうも気高い生きざまができるのか?と・・・その根源のところに想いを馳せてしまうのです。

ひるがえってこの国の政界・官界と言う、もう一方の世界に目を向けるとき、その「心根の汚濁ぶり」に吐き気すら覚えるのです。

「国のため、国民のため・・・」と口では言うものの、己の保身と利益(金銭)のみに汲々とし、終始言い逃れとお惚けの人生を過ごして居るように見受けられます。

いまさら、あたりまえのことながら「さまざまな人間が居て、それが世間であり社会なんだ・・・」と頭で一応は納得はしています。

納得はしていますが「伊藤さん」のような、人知れず「献身的な奉仕」を実行して居られる幾多の人々を見るにつけ、「人の生きざまのふしぎさ」をつくづく思ってしまうのです。