読書日記と読書ノート (2011年1月~2013年6月)   吉野三郎

退職してから読書中心の生活をしています。その日に読んだ本の感想を日記に記し、要点をノートに書いています。その紹介です。

243、M.ウェーバー『一般社会経済史要論』(上)(下) ―1(1/3)-

2014-07-04 05:32:03 | 読書記録
(1)日記から
・2012年11月17日(土)
ウェーバーの『一般社会経済史要論』を読み始めた。最初の翻訳は昭和の初め。が、訳文はそんなに古さを感じさせない。今日読んだのは序論で、経済史研究の方法論を述べている。いわゆる発展段階論をとらず、比較類型論をとることを明言する。時代と洋の東西を問わず、経済の内的構造と、それに対応する社会的・政治的・宗教的類型を論理的に抽出し、その比較から、西洋においてのみ誕生した近代資本主義の条件を究明しようとする。博覧強記で、その類型と区分は詳細を極める。素人の疑問を。類型化する際の基準は何か。なぜ、その尺度を選ぶのか、という問題。たとえば、ウェーバーは、自由な商業活動が生まれる条件として自治的な都市の成立をあげる。また、生産手段から切り離された自由労働者が形成されたことが、合理的計算に基づく近代資本主義成立の前提だと言う。ここには、なぜ『自由な』商業か、なぜ『自由な』労働者を抽出するのか、という判断があるはずだ。ただ類型化すればいい、というものではない。そうなると、やはり歴史の経済的発展法則とか、道筋についての見通しが前提に置かれているのではないだろうか。素人の疑問だ。
・11月23日(金)
ウェーバーを150ページ読んだ。ユダヤ人高利貸しの対内道徳と対外道徳の別が面白かった。
・11月25日(日)
ウェーバーを70ページほど読んだ。荘園制といっても、いろいろなタイプがあること、また、時と所を異にしても、意外に似たような経済構造をしていること、を教える。ポイントは貨幣経済(つまりは市場)の浸透と、労働力の担い手(奴隷から借地農民まで)の身分的・法的な自由(経済力に裏打ちされている)にある。さらに、支配者(労働力の搾取者)との社会的関係を決定する上で、農業技術のあり方-灌漑農業であるか、有畜農業であるか、と言ったこと-が決定的に作用していたことがわかる。もう一つは、軍事力=兵力の編成の仕方。中国のように平和が保たれ、国防・軍事の比重が低いところでは、文官優位の政治であり、その官僚行政も言うに足るほどの治績をあげていない。官僚には専門職としての能力は不要。読書人・教養人であることが何より求められる。「君子は器ならず」だ。それでは、広大な社会の秩序は何によって保たれていたか。それは、強固な氏族的統制によって。氏族を統率する長老・家長が伝統にしたがつて血縁集団をまとめていた。なるほど、儒教国家だ。
・11月26日(月)
『一般社会経済史要論」(上)(下)を読了。訳文は古臭くなくて読みやすかった。ウェーバーの古今東西の膨大な比較経済史実の例示にヘキヘキしたが、資本制経済の何たるか(合理的資本計算に基づく営利活動)と、どのような条件のもとでそれが生まれてきたかがわかる。社会的分業や貨幣経済の浸透とか、市場経済の存在などの経済的要因のほかに、国家の政治的支配構造、とりわけ軍事と租税体系のあり方が、経済発展に大きな影響を与えたことを知った。
(つづく)

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