GO FOR IT!

何かに向けて走ってます。 旅するランナーです。
NYでエナジーチャージし、HAWAIIでリセットしてます。

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

リセット完了

2013-01-06 | Diary

年が明けた。

去年のことは、もうなんかすごい過去のよう。

年が明けるってことは、こういうことなんだろうかなあぁ。

 

今年は10連休のお正月休みだった。

初日はいきなり会社に半日出社する羽目になったけど、それ以外は全てを真っ白にする日々だった。

 

幸か不幸か年末の足首の捻挫のせいで、走ることばかり考えるような冬休みでもなかった。

もし怪我してなかったら、多分走り込んで終わってたかもしれない。

 

最初は歩くことすらおぼつなかった足の痛みは、日に日に良くなっていった。

10連休の始めの日は2kmで足が痛くてしょうがなかったのに、最後の頃は、レースペースやロング走の7割程度まで回復してきた。

毎日小さな目標を立てて、それをクリアする日々。

今日は5km、今日は7km、今日はペース30秒上げてみよう、そんな小さな目標を達成していく。

ささやかな達成感が、毎日の幸せに繋がってく。

寒い冬だったけど、青空が美しかった。

最後のほうは、寒空の中、かなりいいペースで走れるようになり、汗だくになれることすら嬉しかった。

 

 

走る距離が少なくなったこと、そして、心身ともに休めたい日々だったので、前半はほとんど出歩かず。

ずーっと好きな音楽を聴いたり、貯めてた映像を見たり。テレビはほとんどみなかったなあー。

沢山眠った。脳を完全にリセットしてみた。

運動量がどうしても落ちるので、食事は少なめに。体重は普段より2kgほど落ちてるかも。

走れなくても、早く足を治してもう一回気合いれたい。

そう考えると、思い切りバイク漕いだり、筋トレだって欠かさずやれてしまう。

 

ボストンの前に今シーズン諦めずもうひと勝負するって決めた。

それまであと70日ほど。走りでの年明けは、かなり先。なので、お正月料理は食べてない。

我が家はお正月はいつもカニ旅行なのだけど、今年は通院の予約を外せなかったので、今年はパス。

 

おかげで、後半は、家族以外に大事な人たちと過ごすことができた。

身体の体力がつき、足に少しずつ意思を伝えるようになってきて。楽しい時間も過ごせたな。

地元の素晴らしさも沢山堪能。

  

 

そして、最終日は、明日からまた始まる日々に向けて充電。

もう一回リセットしてから、少しずつ頑張ってこー。

 

といいつつも、来週末は、また楽園へ。

楽園に癒されに行くのではなく、リセットができた自分を連れていけるのは、やっぱり嬉しいなあ。

 

まだまだ身体も足も万全とはいかないけど、今年は少しずつ調子を上げて行こう。

沢山の美しい空を眺められる素晴らしい年になりますように。

 

Comment

Dawn over 2012

2012-12-31 | Diary

気づけば、今年もあと数時間となった。

1年前こんな文章書いたんだよ、ってわざわざここのブログは教えてくれる。

 

2012年。

振り返っても、あまりにも、あまりにも、沢山のことがあり過ぎて、消化できない。

振り返ろうとするも、訳わかんないくらい。

いろんなことが起きて、それが全て絡み合って、最後はプチッと切れるようなことになってしまった。

 

シゴトでも、走りでも、自分の周りでも。

全部全部絡み合って訳分かんなくなってしまった。

 

2月の東京マラソン。

数年前に大きな怪我をした場所が古傷になって、そこをまた直前で痛めてしまった。

東京はほんとうにつくづく縁がないなあ。そう思うけど、東京が素晴らしい大会になってたこと。そして遂にワールドメジャーズの仲間入り。

それに全く異論のない素晴らしい大会だとおもう。

そして、3月京都を走った。我が故郷を走れたこと。感慨極まりない。

 

春。

 

「たまやんが元気で走ってるのが、勇気を与えてるんだよ」そんな言葉をワタシにくれた大切な友。

 

その友と同様に一緒に出会った大切なもうひとりの、友。ずっと海外で、長い間病気と戦っていた。

友達は、海外に飛んでまで彼女を励ましに行ってくれた。

ワタシも居ても立ってもたまらず、彼女に会いに行く事に決めた。

時間がどうしても、なかなか合わず、やっとの思いで、調整し。3泊5日で、長時間フライトで、いざ休みを取ろうとした時、ボスから呼ばれた。

 

「karenさん、3月○日、時間あけておいてください、会わせたい方がいるので」と。

 

長年戦友のように一緒に頑張って来たボス。いろんなところがつぎはぎだらけの会社の綻びを他の仲間と一緒に繋いで来た。

小さいながらもいい会社になったなあ、と思った頃。さすがアメリカの親会社はそんな実績を見逃さなかった。

グループ会社の他の大きな規模の会社へ行ってそこを立て直せと彼に指令が下った。

新しいボスを捜すも、なかなかそんな簡単に見つかる訳もなく、会社を兼業する形で、3か月経った時に、やっと適任が見つかった。

その彼に会ってほしい。マネージャーの一人として、その申し出を断るわけもできず。

一度足りとも、ワタシの休みを認めなかったことがない彼に、有休取得を伝えることができず、結局フライトはキャンセルとなった。

ホスピスから、たまやん、待ってるよ、という彼女のメールに、行けなくなったという返事をすると、それに返信はなかった。

 

行けなかったことに、代わりに行ってくれることになった友が。

「心配しなくていいよ。たまやんが元気で走ってるのが、勇気を与えてるんだよ」と。

 

4月。ボストン。暑かった。32℃。

でも、ボストンはいつものボストンだった。いや、ボストンのすごさを改めて実感させてくれた。

今年もココに来れた事を感謝した。

 

5月。

いよいよ、新しいボスがやってきた。

前ボスがすごい人だったけど、彼も負けず劣らず。すごい人だった。

新しいボスとしても、充分尊敬できる人だ。

だけど、アタリマエの事だが、ボスが変わるということは、想像以上なことだった。

会社の方針が、がらっと変わることがあちらこちらで。今までずっと黒いと思っていたカラスを、白いと言わねばならないような指令だってある。

頭の中が混乱するも、そのスピードについてくの必死だった。

 

6月。

5年振りに100kmを走った。

四万十で足を怪我していらい、トラウマだった100km。100kmなんて走ったらまた記録更新に遠くなるっていわれりした。

それでも、誘ってくれた友が、100km参加でないと宿が取れないからという単純な理由で100kmを走ることになる。(その友達は怪我で来れなかったけど笑)

時間はたっぷりかかったけど、怪我もせず無事に走りきれた。

 

夏。

ウルトラの疲労なのか、シゴトの疲労なのか、この辺から調子がおかしくなってきた。

7月には風邪をこじらせてしまった。久しぶりにかなり寝込んでしまった。身体の調子がおかしくなり過ぎて、台湾に行くはずだったのもキャンセル。

会社へ行くと大残業。休みの日には、寝込み、こんな日々が続く。今年も猛暑。全然走れなくなる。

 

もう我慢できなくなり、真夏で一番暑い、ハイシーズンにハワイに逃げた。

 

恒例の道マラ。

レース2日前に、仕事中高熱を出した。集中力が切れ、会社を休みたいと思い、ボスに伝えるも、「NO」と。

レースのために休むつもりじゃなかったのに、そう誤解されたことが辛かった。まだコミュニケーションが上手くいってない。

道マラは、初めて走ったホノルルと同じくらい。5時間もかかってフィニッシュした。

 

オリンピックがあったその地で頑張ってる友からメールをもらった。

「たまやん ねえさんどうもありがとう。
私はこれから救急車で病院に行きます。ここ2,3日急に足腰がたたなくなったので、
スキャンをしてきます。
体が痛いです。
でもがんばります。

たまやんみたいな、お姉さんがいてくれて本当に心強いです。」


彼女が頑張ってるのにね。ワタシ頑張らんでどうする。

 

秋。

道マラで走れなかったことだってめげてなかった。シゴトだって頑張るよ。

新ボスの要求は日増しに大きくなり、帰る時間が毎日数時間遅くなった。22時過ぎてから、走りに出ることも普通になった。

だけど、身体がどうしてもいうことをきかない。

全然走れない。疲労がどんどん抜けなくなる。年のせいにしたくなかったけど・・・そうなのかなあ。

涼しくなったら走れるようになる、そう信じるも。秋が来るのが遅かったからだと思うも、身体が動かない。

 

気がつけばニューヨークがちかづいてる。

ニューヨークで、結果を出して、今年はここで一旦終わろうと当初思ってたが、そこまではどうもうまくいかない。焦りまくってた。

でも、ニューヨークに行けば。何かを得られる。そう信じて降り立った、ニューヨークは、サンディというハリケーンが大会すら吹き飛ばしてしまった。

 

日本に帰って来て、1週間後。あり得ない大遅刻をするほどの時差ぼけに見舞われる。体内時計が狂いまくった。

何のためにニューヨークまで行ったんだか。

 

そんな中、遂に友からメールが来た。

 

彼女が旅立った、というメールが。

 

ここ数か月がヤマだということ、そして治療がかなり辛いもので痛がってるということを聞いていたから、そのメールを見た時正直ほっとした。

あー、これで、もう苦しまなくていいんだって。

本当に大切な人が苦しむことがないんだって思ったら、涙も出ないんだあ。って思った。

 

その1週間後。

出ようかと迷ってた神戸マラソン。感謝と友情。いつも勇気をもらってるっていっててくれた、彼女のことを思ったら出ない訳にはいかなかった。

結果、上手く走れなかったけど、やっぱり走れてよかった。

 

だけど。

神戸を走り終わったあと、身体中の電池が本当に切れてしまった。身体が動かなくなってしまった。

真っ暗闇に落ちてしまった。上に上がる階段を見つけることができなくなってた。

友の事を改めて思い出し、時間が経ってから、彼女の事を思い出し、号泣してしまった。もうあの笑顔に会えないなんて。

 

病院にいった。

「今病院にきて良かったですよ。このまま放っておいたら取り返しつかない状態になってましたよ。」

 

本当に真っ白になった。

全部を真っ白にして、病院の先生に言われたように薬を飲み、日々を過ごしていく。

 

すると、小さい光が遠くに見えてきた。あれだけ辛かったことが、少しずつ少しずつ、薄れていき、過ぎ去っていく。

やっと少しずつ、歩けるようになってきた。走れるようになってきた。

 

でも、上へ登る階段を見つけられたのは、病院の先生がくれた薬だけじゃない。

ずっと、ずっと、みんないろんなところでワタシのことを見守ってくれてた。

調子悪くても、いつも励ましてくれたラン仲間。彼女と同じように長い付き合いをしてきた仲間達。みんなから勇気をもらった。

ダメだしたくさんしてくるボスだって、無茶振りしながらワタシの事を心配してくれている。

 

そんな感謝がなければ、今日のワタシはない。

そして、12月の防府。神戸のような緩い大会ではなく、あの厳しい大会には、スタートに立つ事すら出来ないと思った。

1週間前。みんなで温かい鍋を囲みながら、「大丈夫、やれるよ」と励ましてくれた地元の友。

そして、ボロボロになってるワタシを励ましてくれ、また頑張っている姿を自ら見せてくれた友が一緒に走ってくれた。

 

本当に、沢山の素晴らしい仲間に囲まれている。神戸マラソンの通り、友情と感謝。

 

また、頑張るよ。

やっと身体ももとに戻りつつある。年のせいだと思ってたあの辛い体調不良が全て吹き飛んだのが、嘘のようだ。

気持ちもすごい上向き。

次の目標に向けて、頑張るよー。そう張り切ったら、最後の最後にやっちゃった。

 

早く帰ってさあ走るよ!そう決め大掃除を頑張ってたら、段ボールに足をひっかけ、滑って転んだ。

軽い捻挫だとおもってたら、どうも靭帯を伸ばしてしまったようだ。。。。とほほ。最後の最後まで、何するねん、ワタシ。

 

ついてへんなあーー。今年はとことん。

 

って、笑顔で自分に突っ込めるようになってる。もう大丈夫。

今年の東京が走れなかったのは、以前小さな故障をした時に、無理してすぐ走り出して、大断裂をしてしまったのが古傷になってること。

あの時みたいなことは二度と繰り返さないよ。

だからこそ、毎日、自分に「急がば回れ」といいながら、日々を過ごしている。

 

数日前。

Dawn Over the Clover Field

マッキーが新しいアルバムを出した。毎日毎日ずっとヘビーローテーションで聴いている。

 「今の時代、多くの人が大きなストレスを抱えて生きている。『ワーッ』と叫んでしまいたいような現実に出会うことが多い。そんな時に思わず利己的になっ たりするんだけど、そうじゃなくて利他的、他の人のことを考えられるようになったらどんなに素敵かと。その問いかけをポップな音楽に乗せてみたかった」


ここでも何度も書くが、マッキーはワタシと同じ年で、ずっと同じように歩んで来ていると信じている。

いいことがあり、辛いことがあり、彼の人生も本当に波瀾万丈。

恋、人生、社会。彼の人生観は微妙に作る曲を変えながら現在に至るって感じだ。

 

2年ほど前に彼はインディーズ(独立)な歌い手になった。大手レーベルに属せず、個人でアルバムをだすようになった。

そのせいか、最近の彼の曲は、とにかく自分に素直であること。そして、人への感謝を忘れないものだ。

 

 

曲調が昔と変わったとか、難しい歌を唄うとか、とがってるとか、いろんなことを毎回アルバムを出す度に言われてるけど、

人間だもん。同じ年だけ生きて来たからわかるけど、人を愛してるときだって、とがってるときだって、いろいろあるよね。

変わって当然だと思う。

今のマッキーは、そんななか、人に感謝を忘れない、温かい作品を与えてくれた。

 

2012年。は、ワタシにとって、素敵な2013年の夜明けを演出してくれる1年と信じたい。

 

みんな、今年もほんとうにありがとう。

さとちゃん。ゆっくり天国でまた笑顔で過ごしてね。もう少ししてから会おうね。

 

Comment

感謝と友情

2012-11-24 | Diary

ニューヨークからの帰り。

ニューヨークから直行便の飛行機が急病人発生という事態でシカゴに緊急したおかげで、当日帰れず。

誕生日を東京のホテルで迎え、翌朝一番の飛行機で帰途につき20分で準備して会社へ。

そのまま淡々とまた多忙な毎日にすんなり戻ったかと思うも、、翌週朝、ボスの電話で目が覚めるという、大遅刻。

体内時計がもうめちゃくちゃ。

それも戻った頃に、突然やってきた腹痛。そして、発熱。体調が最悪で胃腸風邪をひいてしまった。何しにニューヨークにいったんだか(笑)

そして、走ることは、、ニューヨークの喪失感を癒すには時間がかかっている。

メンタルのせいなのか、走りだすと腰が痛い。ふくらはぎが痛い。

そして、さとちゃんが旅立った。身体のバランスがとことんまで歪んでいる。いや、心も全て歪んでいる。

 

そして、そんな体調の悪さもやっと落ち着いて来た。

3連休。
体調もほぼ復調。
なんとなく前向きになってきた。まだ、休みに入るまで気持ち的に走るか迷っていた。

明日の神戸マラソン。

NYCMが走れなかったから、って安易に気持ちの切り替えが全くできず。
(というか、今でも代わりだとはこれっぽっちも思ってないけど)


こんな状態では走れない。走るなんて選択肢、ずっと帰国後なかった。だから。レースを意識したピーキングもしていない。


大阪には全く興味がないものの、神戸はやはり特別な存在。今年も抽選で落ちてしまったのだけど、追加により権利が回ってきていた。

でも、その権利が回って来た時には、既にベクトルはニューヨークだった。

それでも、その権利もどうしようかと最後の最後まで迷い、入金締め切り、1時間前に入金。

多分、走れたとしても、ニューヨークの後楽しくのんびりなのかなあと思ってたけど、

ここへきて、、まさかのNYCMのキャンセル。

とはいえ、ニューヨーク滞在中は神戸のことを考えられず。むしろ、絶対無理だと、ニューヨークの地でそう思ってた。

フルは、そんなに簡単に切り替えできるわけない。甘くない。

でも、体調が復調して、少し前向きに考えられるようになり、とりあえず、ゼッケンをもらってから考えよう、そうおもって昨日エクスポへ。


地元神戸。
24時間もかかってニューヨークまで行ってもはしれなかったけど、
スタートエリアまでは自宅から30分かからない。 エクスポだって30分余りで到着。
そんな世界で一番近いこの地元神戸。

そして、いざ、エクスポにいくと。
やっぱり、血が騒ぐよね(笑)ま、トーゼンといやトーゼンで。
去年は出られなかったけど、二年前まで過去5年ずっと出ていた秋の神戸。
初めてではなく、懐かしさのほうが。
で、地元でフルマラソンが行われるんだーって改めて感慨が深く、他の大会とは全く異なる感情が沸き上がってきた。


エクスポも恐らく大阪とは違い、地味なんだろうけど、地元らしさが凄く出ていた。何故か地元の物産展コーナーでいろいろ買うし(笑)


そこでフルマラソン。
エクスポにたどり着いたときは、新鮮さではなく、2年前までずっとこの街で5年間ハーフマラソンを走ったことを、思い出し懐かしさのみだった。

「感謝と友情」

  



このテーマを入り口で見た時に、タイムがどうとかニューヨークの代わりとか、どうでもよくなり、地元神戸を走れる喜び。
ハリケーン被災地の気持ちを理解できるのは、神戸だからこそ。
募金もしてきた。

 

エクスポではコンディショニング、鍼やらストレッチもやってもらい、出る気満々(笑)
というか、全然調子悪いとか、NYの代わりとか、BQゲットとかそんなタイム的なことは、日曜はとりあえずどうでもいいんでは?と思った。

地元を走る。それだけでいいや。

帰宅後、最近マンション内に出来たアスリート整体、前回のお試しが結講良かったので、今日は丁寧にケアしてもらった。
朝エクスポでコンディショニングコーナーで股関節が固いと言われたので、丁寧に時間かけてもらったら、かなりいい感じ。

 

今日は一日、とことんのんびり、リラックス。バナナが安かったので、バナナケーキ作って、糖分たっぷり。

明日は、晴れ。ランニングを通じて得た多くの友情に感謝して、さとちゃんのことを思い出して、素晴らしい我が地元を、走ってこよう。

特別な一日になるね。きっと。

Comment

ゆっくりね。

2012-11-17 | Diary

大きな帆を立てて あなたの手を引いて
荒れ狂う波にもまれ 今すぐ 風になりたい

天国じゃなくても 楽園じゃなくても
あなたに会えた幸せ 感じて 風になりたい


 

RIP.

Comment

最初で最後の特別な2012年第一日曜日。

2012-11-06 | Diary

滞在5日目の日曜。

この日に全てのコンディションを合わせて生活してきはずが、突然真っ白になった、日曜。

土曜の晩、明日のことを考えて緊張して床に就くこともないんだなあ。夜更かししようが関係ないわけで。

ニューヨークはサマータイムを採用していて、例年NYCMの当日である第一日曜の夜2時に時間が1時間戻る。

いつもは必ず眠っているはずなのだが、今日は相変わらず時差ぼけで早めに寝て夜中に起きてそのまま目が冴えてしまっったせいか、

この瞬間わがMACが時間を戻すのを目撃した^^

 

そして、もう一度眠ったものの、早朝に起床、向かったのはハーレムへ。

ハーレムは滞在先からさほど遠くないが、なかなか訪れる機会が無かった。

日曜は、礼拝が行われていることもあるが、レースできている限りは今後もないだろう。となると、今日なのかな。というわけで足を向けた。

気持ちいいくらいの快晴。

 

アフリカンアメリカン音楽の中心となった、アポロシアター。マイケルジャクソンがジャクソンファイブとしてここから生まれた。

  

シャッター画も美しい。

 

 そして、日曜礼拝が行われている教会へ。

中へ入ると、さほど大きくない教会が、三階まで超満員。みんな正装している。

牧師のお話が始まった。今回は当然、ハリケーンで犠牲になった人への鎮魂の祈りを捧げる。私も同じように祈りを捧げた。

賛美歌は、何十人もいる人たちが、お腹の底から声を出して歌っている。全身鳥肌が立ち、涙が出そうになった。

クリスチャンな学校を卒業している私、学生時代が蘇っているかのようだ。宗教がどうのこうのとつもりは全くない。ただ、こうやって皆で心を鎮め、明日を祈ることは素晴らしいと思った。

そしてここはツアーとして一部観光客向けに開かれているところもあると聞くが、そういうものじゃないんだということも改めて悟った。

決してできない、日曜な朝の体験。

 

そんなマラソンサンデーはサンディによって(とダジャレのようだが;;)幻のニューヨークシティマラソンとなってしまったが、
世界中から集まってるランナーはおとなしく帰る訳がなかった。

あるランナーはマンハッタンの南から北上しニューヨーク一周を試み、

大勢のランナーはNYCMの集合場所でもあるフェリーターミナルをオレンジの参加Tシャツで埋め尽くし、スタテンアイランドの被災地のボランティアにでかけたそう。

 

 

 (詳細は画像をクリック)


そして私は、お誘いを受け、世界中のランナー( America, France, Spain,South Africa.Australia, New Zealand,and そして私 )は

そして、急いで戻って目指すはクイーンズボローブリッジのたもと。

 ここは、16マイル(25km余り)地点。(緑色の場所)ここからコースを走ってフィニッシュを目指そうという自発的イベントに参加させてもらうことになっていた。
 


今日は雲一つなく、風も弱く、気温も非常に低く(9℃くらい?)で悔しいくらいのパーフェクトなコンディション!空は快晴(涙)
集合場所のクイーンズボローにいくと、既に橋を沢山のランナーが下りて走ってくる。

集合場所で、参加者みんなでそれぞれの国歌斉唱(笑)してからスタート。

NYCMのハイライトである200万人の観客が詰めかけるという1STアベニューは、さすがにいつもの人の壁がなく、だだっ広い感じ。
でも、前を向いて走ってると、沿道のほとんどの市民が、沢山のエールをくれた。
それだけでなくあちらこちらでコップで給水をくれる。まるでレースのようだ。
みんな気合入り過ぎ、、5'30ペース切るときもあってジョグというよりレースだった(笑)

  

ハーレムを過ぎ、そのまま曲がりセントラルパークを目指す。


セントラルパークに入ったら、びっくりするくらいのランナー。何千人のオレンジ色のTシャツを着たランナー、国旗を配したウェア、仮装ランナー、すごい。
レースコースとは逆にループを反時計周りに走る。

パーク内にも、たくさんの沿道で応援してくれる人たちがいーっぱい。
給水、お菓子、果物を用意してくれて、カウベルで大きな声で応援してくれる。
本当にレースのよう。


沿道にNYPD(警察)の人が公務顔で給水までくれた(笑)



そして、フィニッシュでゴール!
おびただしいほどのランナーで埋め尽くされていて、みんないい笑顔だった。

  

 



走れなかったことは、やはり全てこれで帳尻があったかというと正直まだ割り切れない部分がある。

 

やっぱり26.2マイルを今日の実力で走りきりたかった。

だけど、NYCMだからこそ、このセントラルパークがあるからこそ、なかなか得られない体験ができたことは、自分のランナーとしても忘れられないものになったかな。



街中を走ったランナー、被災地でサポートしたランナー、温かく迎えてくれたランナーによって、

世界一のマラソン大会は、開催されずともその意地を守ったって感じでだった。

ランナーとして初めて目標にしてきた大切な大会は、やっぱりそれには変わりなかった。

来年から出にくくなるけど、、またいつか出れたらいいな。

 

2012年の11月第一日曜日は、忘れられない一日になった。

Comment

Reopened Central Park! step by step

2012-11-04 | Diary

昨晩は喪失感ばかりで気持ちの整理もなかなかつかなかったけど、一眠りすると、スッキリするもんだな(笑)

 

朝目覚めたらJALに電話して早期帰国を依頼するつもりだったけど、それすら消え失せた(笑)

ボスからメールが来ていた。

「中止残念だったね、後楽しんで」と、会社のメールではなく個人メールに、顔文字付き。

その前に怒濤のごとくシゴトのフォローのメールをボス、同僚、スタッフへ送りまくっているが、それにはレスはなく。帰ってからでいいよという意味なのかな。

ありがとうございます。また帰って働きますわ。

 

ゆっくり時間を過ごそうと、朝からまったり、掃除洗濯して、ココの部屋のスタッフであり友達であるYちゃんとゆっくりいろんな話。

アメリカ大統領選を前に、いろんなことが重なって、昨日の中止のアナウンスがあるんだよね、ということをしみじみと。

 

そんなことしてたら10時前に。8時オープンに行こうと思ってたけど、時間はずるずると。

今日のニューヨークは雲の切れ間からの青空が澄んでてとっても美しかった。

セントラルパークにはいっても、紅葉も素晴らしく奇麗。

  

 

 

こんな風景に足を止めそうになったが、まず公園に入るやいなや、一人本気走開始!

思い切り気合入れて走って、なんか全てをさっぱりしたかった。

コースは、セントラルパークの1周コース、ループ。約9.7kmなんだけど、ここを自分の時計で10kmタイムトライアル。

 

パーク内は、参加Tシャツ(オレンジ色)を来たランナーで溢れていた。みんな気合入って走っている。

ゆっくりダラダラっていうランナーはいなかった。

日本の美ジョガースタイルも皆無(笑)みんな気合いれたパンツで女子も速い。

 

 

なんどもこの美しさに足を止めそうに、そして、繰り返されるループのアップダウンは、結講キツい。

それでも、最近の自分のイマイチ調子が出なかった頃に比べれば、気持ちいいくらい足を動かせて、日曜のレースペースは軽く超えた。

気持ち、身体はやっぱりレースモードになってたかな。
ちゃんと走れたから、調整は上手くいってたということでまあいいか。
(当日レースが開催され「たら」「れば」は言わないことにする!)

幻のフィニッシュゲート。沢山の人でごった返していた。みんなここで笑顔で写真をとっている。

オランダ人の集団は、みんな「ブルームバーグ!(ny市長)」とブーイングサインを笑顔でしながら写真に収まっていた(笑)

走りかったという気持ちはあるものの、みんなそれなりに受け止めているよう。

 

思い切り走ったあとはもう一周はゆっくり写真を撮りながら、結局22km走った。走ると気持ちもすっきりするね。

 

午後からは、Yちゃんがメールくれていて、「地下鉄全線開通したようですよ」と最寄りの駅の路線が開通したとtwitterで流れていたと。

その言葉に、ユニオンスクエア(14丁目)まで。

確かにこの辺は、まだまだ停電でクローズしている店も多いけど、徐々に復活しているようだ。

公園にあった簡易ATM。発電機をつけて、周りはガードマン。近所のスーパーもみんな品揃えは薄いけど、頑張って営業している。

すぐそばのTrader Joes(スーパーマーケット)はほぼ1週間ぶりのオープンとほぼ同時に行ったようだった。スタッフが、みんなありがとう!って叫んでた。

 

街中には少しずつ活気が戻ってきているのを見届けるのも貴重なのかな。

 

レース当日は他のランナーさん達に混じって、コースの半分を走らせてもらうことになりそう。

 

少しずつ、NYも歩み始めている。がんばれ。

Comment

そして。

2012-11-02 | Diary

最近海外レースに出て行くと、ついついあちらこちらと動き回って疲労も貯める悪い癖がある。

(てまあ、それを自粛したら勿体ないっていやー勿体ないんだけど

今回のニューヨークシティマラソンは、最初から走る事に注力するつもりでサブイベントも走らず、うろうろ歩かず、きっちり調整して当日を向かえるつもりだった。

 

いろいろとあったけど、開催されるという以上、気持ちも変わらず。近所でのんびりと。

なわけで、久しぶりの美術館巡り。

ミュージカルとオペラは、いずれも見たいものが今回は開催されなかったので、のんびりと。

美術館近くのカフェでゆっくり朝食を摂ってからメトロポリタン美術館へ。そういえば久しぶり。

初めてニューヨークを訪れた時(初めての海外旅行が憧れのニューヨークだった)、一緒に行った友達に「私、こういうところ5分で飽きるのよね」

と言い放たれ、、、それっきり縁が切れたっていう苦い思い出もある。

 

その2か月後に、別の友達とヨーロッパをずっと周遊して回った。その友達は、同じように一緒に絵が美しいって言ってくれる人だった。

その後も事ある度に一緒に沢山絵を見て来た。その友達は、今でも最大の親友となってる、Kちゃん。

Kちゃんはニューヨークにも住んでたことがある。だからこうやって旅してると、沢山メールを一杯くれて、一緒に感動を共有できる。

Metのエジプトの展示は圧巻だ。写真沢山とったけど、マニアックになるので割愛(笑)

  

 

そしてもう一つの目的でもあったアンディ・ウォーホル(Andy Warhol)の特別展。アメリカ好きにはこんな現代アートもいい。

 

紀元前と現代アートを楽しんだあと、屋上テラスからのスカイラインとっても奇麗。

    

 

午後からのんびりと今度はMOMAへ。

今日は金曜はフリーチケット(無料)だから混んでる

長蛇の列に並んでチケットをとって、荷物預けだけでも一苦労。

ここは、長居するつもりはなく、ルソー、ゴッホを毎度眺めて、今日の最大の目的である、ムンクの「叫び」。

凄い人だったー。だけど、見れて満足。

 

 

 

こやってハシゴも非常に狭い範囲での行動。

心穏やかに過ごしていたけど、そんなMOMAを出ようとした頃に入ってきたアナウンス。

 

 

ブルームバーグ市長は、やはり世論には勝てなかったなあ。

というか、まあしょうがないといえばしょうがない。水も電気も足りない人が沢山の中の開催はどう考えても厳しい。

 

といいつつも、このアナウンスを見ると心にポカーーンと穴があいた。喪失感一杯。

そしてコリアンタウンに食事をとりに行こうとすると、街の中は真っ暗。

34丁目くらいまで下りると、ビルだけでなく信号もついていないところがあるほど。現実にさらに喪失感が増した。

 

せっかくここまでやってきたのになあ。

喪失感とともに、部屋に戻って来てそのまま床に就く(って単純に時差ぼけで眠たかっただけだけど(笑))

 

起きたら沢山の友達からのメッセージ。嬉しい。

それでもこれからのニューヨークでの残り3日間、どう過ごそうかなあ。

Kちゃんは早速メールをくれた。東海岸のツアーを一杯紹介してくれた。近郊に住む友達は遊びにおいでよといってくれた。

JALに連絡して、日本帰国を早めることができるのであればそれも一手かなあ。シゴト溜まってるし。


というより一旦レースモードにピーキングしてきた自分自身の心と身体を簡単に次のレースへ、って切り替えできないのが私の不器用さなんだよね。

明日からの3日よりそれ以降の走ることの目標。どうしようか。

結局日本帰国を早めずにそのまま滞在することになるだろうけど、ゆっくり考えよう。

来年、ベルリンを走るつもりでエントリの権利を既に獲得した。後は決済するだけなんだけど、 NYリベンジ? うーん、今はわかんないや。

 

明日はやっとセントラルパークが早朝オープンする。

頭を冷やしてゆっくり走ってこよう。

Comment

明日はどこへ進むのか

2012-11-02 | Diary

時差ぼけには勝てない、、、、やっぱり。

当日夜も遅くまで起きて、ちゃんとスケジュール通り起きようと思ったが早朝の目覚め。

翌日も昼間に強烈に眠くなると思ったら、深夜に目が覚めて寝られなくなってる(笑)ま、いつものことか。

 

時差ぼけだけがいつものことだけであって、ココへ来ると、いつもじゃないニューヨークに少しずつ戸惑い始めている。

朝ジョグへ。

いつもなら迷うことなく1km足らずのところにあるセントラルパークを目指して来たのだが、まだクローズだから、方向を変えてみた。

イーストリバー沿いに。朝焼けがとても美しく、周辺の道も、朝焼けに照らされて美しい。

 

  


いざ走り出すと調子がとってもいい。

足がとにかく軽く、いい感じで動く。気がつけば簡単にレースペースへ上がってる。

スピードアップして走りたかったが、2kmも走ると行き止まりになっちゃう。ここもハリケーンの影響が出てしまってるんだなあ。

よく見れば、歩道は沢山のゴミが落ちている。だけどそれは誰かが捨てたものではなく、明らかに水揚げされたものだ。

その後は、もう一度セントラルパーク周辺へ。美術館通り(Musiem Mile)をのんびり走る。ランナーの数かなり多し。

 
あっという間に7kmくらい走ってて、近所のスタバでコーヒー買って終了。

コーヒーを飲みながら部屋へのんびり歩く。これは、普段の自分のニューヨークの滞在と、何も変わらない。

アッパータウンで滞在していると、本当に、普通の生活を送れている。

 

一息ついてからエクスポへ。

全線不通だった地下鉄は、42丁目から北は動き出しているけれど、青枠で囲んだ場所は依然止まってて折り返し運転。私がいるのは赤丸あたり。

全てのバス、地下鉄交通機関は今無料。なんで無料にするの?っていうと、大勢の人に乗ってもらうことで安全性をアピールするとか。

 

この42丁目(青色の一番上)からエクスポへは普通マラソンバスが出ている。けど、今日はダウンタウン方面への振替バスを待つ人だらけ。

マラソンバスをどこから乗るか申し訳ない気がしたので、市バスに乗りジャビッツセンターまで行く事にした。

エクスポは開始30分位に。
2年前にも同じくらいの時間に来たのだけど、その時より人が少ないような。
全般的にスムーズ。ココへ来るとやっぱりうれしいね。テンション上がる。

  

だけどエクスポ自体は、うーん、正直あんまり盛り上がってなかった。
今回は一連の事態の上に、マラソン以外のセミイベントは中止になって、シンプルに当日を開催することを目指すとのこと。

  

 

のんびり帰りはシャトルに乗って、街中へ。

相変わらず大荷物のエクスポだった上に、歩ける場所も制限される。タイムズスクエアあたりを少し冷やかしでうろうろする程度。

タイムズスクエアのネオンはいつも通り明るかった・・・だけど、日本メーカーはまた減っていた>< お隣の国の広告が目立ってる。複雑。

 

午後から戻って走ろうにも、睡魔に襲われてしまい、、ちゃんと走れる場所もないので結局近所をうろうろする程度。

夕ご飯は、在住の友達と宿近くのタイ料理をゆっくりと食べながら、楽しい長話に、いい時間だった。

 

そんな友達の話、そしてテレビから連日流れる映像。

友達も家が停電だから、わざわざここまでやって来てシゴトをしにやってきてる。

色々友達から聞いて、42丁目より下では、ライフラインがまだまだ復旧していないところが数多くあると。

 

NYRR(ニューヨークロードランナーズ:大会事務局)はブルームバーグ市長の開催宣言とともに、イベントの規模を小さくして(サブイベントを全て中止)

当日のマラソンのみ開催すると。そして参加費から災害復興費用に多くの寄付をするということで当日決行となってる。

時差ぼけで眠れなくなって、なんとなくFacebookとかSNSの書き込みを読むも、ほとんど大半の人が開催に否定的だ。

 

沢山の人員を動員するマラソンは本当に人に不屈の精神を思い出させるのか?て。

当日どうやってスタート地点のスタテンアイランドにたどり着くことができるのだろうか?

そのスタテンアイランドにも沢山の復興に力を注いでいる人も沢山いるというのに。

 

答えが全く見つけることができない。

走りたいか?と言われても、本当にYesと心の底から言えない。

厳しい書き込みで、すぐ止めるべきだ、キャンセルすべきだ、延期すべきだ、そんな文章に溢れるところをみたところでも、どうしようもできない。

 

私もこのレースに出るために、参加資格を得るために本気で何か月も何十キロ、何百キロ練習し、去年12月防府で辛うじてもぎ取った。

そのあと、事務局へのエントリを自分でして、全ての手配を1年以上かけて準備した。

そして、地球の裏から丸一日かけてやってきた。

この週末の、11月4日までいろんなことを思いながら努力を私なりにしてきた。

結果はどうであれ、今年のNYCMを楽しいものにする努力は怠ったつもりは無い。

 

私にとっても、止めることは簡単にできることじゃない。参加を自粛することが、自分のやるべきことじゃないとココでは思う。

それは去年の3.11の後に、ボストンで感じたことに近いかな、いやあの時よりもっと今回は現実にさらされている。

 

 この文章。

 

スタートに立つことがどこかで非難されるのかなあ、と思うと、複雑な思いしか無い。


とりあえず、何も考えず走るればいい、って思うことも、なかなかね。

 

時差ぼけのせいで(笑)色々考えます。ついついと。

それでも、今のニューヨークに居る事自体はやっぱりいい経験です。来た事にはこれっぽっちも後悔は無いし、今の状態にも不満は一つもなし。

 

明日どんなことが起きるのか。

それをずっと考えながら、シンプルに過ごそうと思う。

Comment

非日常の中の日常、静かなマンハッタン。

2012-10-31 | Diary

2年振りのニューヨークシティマラソン。

2009年にココへきて、世界一の大会と心の底から感じた。

2010年、楽しむだけでなく結果を出そう。そう思って会心のレースをした。

去年は一休みも、今年は急遽参戦。来年から参加資格が上がるため、出たいと思ったらいつでも出られる大会じゃなくなってしまう。

そんなまだ緩い参加資格も、全然自分には緩くもなく、去年の防府で辛うじて切符をとることができた。

 

ここで全てにおいて満足する結果を出そう。

エントリしたときはそんなことも力強い気持ちもあったが、環境の変化などでなかなか上手く行く事もできず。

それでも、世界一のニューヨークシティマラソン。楽しめるよね。そう思い、毎日を過ごして来た。

 

そこへきて、想像もつかないことが降り掛かってきた。

ハリケーンの到来。

ニューヨーク周辺にやってくるハリケーン「サンディ」。週末にやってくるって。

それは大変だねえ、来週でなくてよかった。って楽観的に構えていた。

台風王国に住んでいる私たちには、どうってことないと思ってたけど、、そうでもなかった。

 

二日間のJFK(ジョンエフケネディ空港)の封鎖。それに伴う日本からの飛行機の欠航。

まさか、ワタシが飛ぶ飛行機がサンディ直撃の直後のほとんど最初の出航だった。長旅の覚悟はできていた。

 

朝6時過ぎに自宅を出る。朝は連絡が悪いせいもあるのと、いつもより少し早めに到着したほうがいいなと伊丹へ。

6時過ぎの空港へ向かう電車に乗ったときにJALからメールが。

成田を11時10分に飛ぶはずが、12時15分発へ変更。

1時間05分の遅延とな。はいはい、わかりましたよー。これくらいではびくともしない。一昨日昨日は欠航だったんだもんね。

(後で聞いたら、この欠航の人たちはその後のフライトを満足に振り替えできない人も多く、ワタシより後にニューヨーク入りする人も数多いとか)

 

成田へのフライトは伊丹。8時15分発。・・・到着は7時。1時間15分も余裕がある。

チェックインはほぼ15分で完了。セキュリティもいつもよりは空いていたのでスムーズに搭乗口へ。定刻通り搭乗。

 

しかし。

いつまで経っても飛び立つ気配はない。既に眠っていたが、なんかおかしいなと目が覚めた。30分近く経ってるのに飛んでない。

すると、アナウンスが。管制にトラブルがあったので出発が遅れると。

ま、どうせ1時間遅れるんだから、ここで帳尻合うかあーなんて気軽に構える。

飛行機は燃料補給などに結講時間がかかり、1時間余り遅れて成田へ向けて飛び立った。

ワタシは悠々と構えていたが、成田で各方面にトランジットする人たちはかなり焦っていた。

成田へ到着するやいなや、現地職員が、各方面へのお客さんを捕まえて走っていた。

ワタシは忙しすぎてできなかった両替をしたり、すっかりお腹が減ったのでターミナルでカツカレーを食べた。

免税エリアは、全ての欧米便が飛び立った後だったのかな?いつもより空いててスムーズ。

 

待っている時間はずっとiphoneでで情報収集。

Facebook,Twitterは非常に役に立った。必要な情報がオフィシャル、口コミそれぞれ流れてくる。

ニューヨークは想像以上に深刻のようだ。交通機関はマヒしているよう。トンネルも封鎖していたらどうしてマンハッタンに渡るんだろう?

地下鉄はともかくバスもタクシーもダメじゃん。バッテリーパークやフェリーターミナルなどのダウンタウンは浸水してるって、、、

これってマラソン自体どうなるのさ???

 

搭乗口ではアナウンス。到着後(約12時間後)にはバスは動いているようだ。

さあどうなることやら。搭乗するときは想像もつかないから、まあ野となれ山となれだな。

搭乗するとアナウンスが。今回の遅延は、JFKがずっと閉鎖されていて、12時以降でないと着陸許可がおりないんだって。

だから、当初のフライトの到着時間(11時)より1時間遅れの時間調整が入ったとな。なるほどね。

 

搭乗するとちゃんとご飯も食べていたので、ひたすら爆睡。

今は、飛行機の中でwifiがつかえる。安くないけど、またそれぞれをチェック。沢山の友達からもメッセージ、嬉しいな。

 

そして、やっと、JFKに到着。成田まで6時間。ここから12時間。既に18時間経っている。。。とほほ。

空港のイミグレは、着陸する飛行機が少ないからか、とってもスムーズ。さほど混まず、10分ほどでイミグレ通過。

渡航の目的とかの細かいツッコミはまったくされず。そんな暇ないのかな。

荷物もすんなり数分もかからず出てきて、検疫もココ最近シカゴではずっと荷物開けられていたけど今日はノークレイム。

というわけで、15分で外へ。いつもより早いじゃん。

 

さあここからどうしようか。

出たところにエアポートシャトルの乗り場がある。とりあえずマンハッタンまではこれで移動して、グランドセントラル駅を目指そう。

タクシーの列はあっという間に長蛇の列。タクシー乗るほど先は急いでいない。のんびり行こう。

そう思ってたが、あっという間にシャトルはやって来た。一部トンネルの閉鎖などもあり、いつもと違ってマンハッタン北から入る。

 

滞在先のアッパータウンをさしかかったころ。

ドライバーが「地下鉄は動いていないから、駅についても移動できない。途中下りたい人がいれば下ろすよ」

その言葉に、手を挙げて、バスから一番に途中下車。滞在先のすぐそばでドロップオフ成功

 

というわけで、結果、いつもとほとんど一緒、いや、いつもより早く別宅へ到着。総移動時間は21時間。

それでも、結果オーライ、余り疲れることもなくむしろラッキーと皆の温かい声でニューヨークにたどり着くことができた。

 

外は曇り空。9℃で寒い。コートを持ってくるか悩んだが、やっぱり持って来てよかった。

水害、停電で復旧の見込みが立たないところが残ってる(ダウンタウン:青丸あたり、ただし正しい正確な情報は知らないので適当)

ところとは違って、ワタシはアップタウン(赤丸のところ)なのでほとんど影響はないようで、普通に街は人が歩き、店は開いてる。

ただし、地下鉄はやっぱりクローズ。全線止まってると、、、

  

 

落ち着いたので、セントラルパークへ、と思って向かったが、公園は完全閉鎖。あーーーん

公園周りを走ってるランナー多し。道は良くないし、狭いし、歩きにくい。

 

  

 

しょうがなく、マディソンアベニューのルルレモンへ冷やかしに買い物にいったり、デリでご飯を買いながら帰途につく。

バスは今日は動いていて、タダで乗れるんだけどトーゼンのことながら凄い人でなかなか乗れず。歩いて部屋へもどる。

途中ドラッグストアやスーパーマーケットらしいところを覗くも、水とか保存できるものは少なめ。生鮮食品も少ない。

不便とかはまだ感じないけど、モノの流れは悪そうだな。

 

そんな、いつもと違う、日本の生活とは非日常のニューヨークへ、さらにニューヨーク自体もさらに非日常になってるけど、それ自体を楽しもうってやってくるまでは

思ってた。

 

だけど、楽しむというより、この状態を「受け容れる」という言葉のほうが似つかわしい。

こんな状態になってることに、失望とかそういう感情もなく、意外に普通なんだよね。ココへ来ると。

それはやっぱり、別宅にいると、自分なりの日常だからなんだろうなあ。ここへ通いだして3年。ここも日本の我が家と同じ空間になってる。

心が意外に穏やかだ。

 

ニューヨークシティマラソン。

ワタシのいるアップタウンではなく、ダウンタウン、そしてその周辺の区を中心に繰り広げられる。

ライフラインもまともに復旧していないなか、大会を開催することは果たしていいものなのか?

 

それを議論するのは、この街に住んでいる人であって、ワタシにはその議論に参加する資格は無い気がする。

それがどういう結論が出ても、多分自然に受け容れることができる。来年の参加保証云々の話が無かったとしても。

 

2009年、ただこの街を走るだけで幸せだったあの最初の時の気持ちが、ふと蘇ってきた。

 

タイムとかコンディションとか。

ほんとうに、そうなの、どうでもいいんだ。走れるって素晴らしい。

 

ブルームバーグ市長は、レースをやるって宣言してくれた。嬉しいとは心から言えるわけではないけどね。どっか複雑だけどね。

 

それでも。

走れるって素晴らしいんだ。その幸せを噛み締めることができそうだ。

 

そして、ただ何気に走るのではなく、こうやって、ワタシのこのブログのタイトルのように、ベクトルの向く方向へ走ってく。

まさに、こんなアクシデントは、旅するランナーだからの醍醐味なんだろうな。

 

明日は、マンハッタンの上半分地下鉄が動くようだ。

この街が少しずつ復活して行く姿、またパワーアップして行く姿を、この目で見ることができるんだ。

 

だから、旅は止められない。

今回も素敵な旅が始まったようだ。

 

Comment

Aloha&Mahalo!

2012-08-18 | Diary

久しぶりの1週間の滞在は、いつも通りのんびりと、いつも通り慌ただしく過ぎて行った。
ずっといろんな事で疲労MAXだったからこそ、ここへ無理してきて、やっぱり正解だったかなあ。
何も変わらず、そして新しい発見が沢山のオアフでの日々。
マウイやハワイ島が近くて遠いような感覚はあったけれど、集いの島、オアフはやっぱりいろんなものが集まってて、それが魅力だなあ。

今回の目標だった、楽園合宿。
名前の通り、毎日たくさん走ることができた。山へ、海へ、そして街中を好きなだけ、お腹いっぱい100km以上走った。
ずっと走れなかった分まとめ走りみたいになったなあー。



美味しいもの沢山食べた。
ハワイアン、日本食、アジア料理、とさまざま。
セブンイレブンで買ったスパむすびと、ファーマーズマーケットで買ったバナナが毎朝の補給食。
ラン後の栄養補給はバナナ、オレンジ、アサイのスムージー。
プレートランチも食べたし、たっぷりの香菜が入ったベトナム料理!タイ料理!
コリアンだって中華だって、美味しかったなあー。
そして我が日本食、もなかなかこれくらいレベルの高いのにありつけない料理。
もちろんパンケーキも美味しかったし、ホテルで豪華な朝食だっていただいた。

 



ビーチや山や、満開の花の中、爽やかな風の中ただ毎日歩いただけで、この島の素晴らしさを感じることができる。

  

 

 

 


いつも通りありがとう。

そして、この素晴らしい滞在をさらによくしてくれた、大切な友達。ここでは寂しさを感じることは一度もないくらい、素敵な時間を共有できたこと。

本当にありがとう。

そして、いつもの宿で、いつも通り過ごせたことも、幸せです。
短い間だったけど、のんびりいろんな事を考えることもできたし、いい休暇でした。
もうすこし色々滞在日記書こうと思ってたら、あっという間に最終日になりました。また気が向いたら更新しますが、多分ないかな(笑)



といわけで、また次もやってきます。Aloha&Mahalo!

Comment