河童メソッド。極度の美化は滅亡をまねく。心にばい菌を。

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OCNから2014/12引越。タイトルや本文が途中で切れているものがあります。

2651- 悲愴、月光、ワルトシュタイン、熱情、アブデル・ラーマン・エル=バシャ、2018.12.15

2018-12-15 19:10:13 | リサイタル

2018年12月15日(土) 1:30pm ミューザ川崎

オール・ベートーヴェン・プログラム

ピアノ・ソナタ第8番ハ短調op.13 悲愴  8-6-4

ピアノ・ソナタ第14番嬰ハ短調op.27-2 月光  8-2-7

Int

ピアノ・ソナタ第21番ハ長調op.53 ワルトシュタイン  11-5-9

ピアノ・ソナタ第23番ヘ短調op.57 熱情  10-8+8

(encore)
11のバガテルop.119より第3番   2

ピアノ、アブデル・ラーマン・エル=バシャ


昨晩、一昨日とビッグな企画。

2649- バッハ、ショパン、ラフマニノフ、24の調の前奏曲、第一夜、アブデル・ラーマン・エル=バシャ、60歳記念2夜連続ピアノ・リサイタル、72の前奏曲、第一夜、2018.1.13

2650- バッハ、ショパン、ラフマニノフ、24の調の前奏曲、第二夜、アブデル・ラーマン・エル=バシャ、60歳記念2夜連続ピアノ・リサイタル、72の前奏曲、第二夜、2018.1.14


今日はそれとは別の企画もの。ベトソナ有名どころを4曲。
響きファースト。それを壊すものはあってはならない。縦ラインは完全一致。出は一つしかない。だから、きれいな響きになる。
弾き始めのコンセントレーションが最高潮に達したところで、指が鍵盤に落ちる。寸分の狂いもなくどの指も同じタイミング。


沢山入ったほぼ満員のホールに悲愴の第一音が響き渡る。ああ、なんて素晴らしいんだ。下降しながら上昇するライン、諦めの中の光なのか。
ゆったりとすすむ中間楽章。どのような思いで作られたのか、天才のインスピレーション、これを聴いて楽譜屋に飛んで行ったピアノ愛好家はたくさんいたことだろうね。メロディーメーカーとしてのベートーヴェンを強く感じる。
メロディーラインのエンドフレーズはわりと間を作りながら進む。ドラマの事はベートーヴェンに任せているのかもしれない。タッチはむしろ軽い。激烈なベートーヴェンではない。響きが他のものでかき消されてはいけないのである。

ひたすら沈殿していく月光第1楽章。正確なタッチで弾かれる3連符は実に清らかだ。心が落ち着き鎮まっていく、大変にゆっくりした楽章が済んで、インディアンサマーのような光が短く有って終楽章へ。全く激しくないし揺れない。ひたすらタッチへの固執なのだろうか、そこから湧き出るものがあるとピアニストは確信があるのだろう。瑞々しい響きに感服するのみ。

大きな2作品という手応えを感じながら休憩。

後半まずはワルトシュタイン。
音の粒がひとつずつ克明に見える。シンフォニストの面目躍如たる第1楽章は、何度聴いても交響曲のようだ。それがエル=バシャの鮮やかなタッチで濁りが消えて美しく響く。メロディーランが浮き彫りになって、蛇腹が一つずつくっきりと見える演奏。それぞれのラインが別の強弱を作りながら進行。見事なもんですな。
中間楽章は前出し的な雰囲気はサラサラなくて本当にコクのあるもので、なにか夢でも見ているよう。憧憬。
終楽章は川面投げる水切りのタッチ。石が飛んで行った後に残る点々とした水面(みなも)の模様、あのような模様が音になって次々と湧いてくる。なんて美しいんだ。

熱情に文字のような激烈さは無い。ピアニストが求めているものではない。運命動機のあとのフレーズの流れが心地よい。ツボですね。
シンプルな和音がただ連続する中間楽章、もしかすると、こういったところがエル=バシャの真骨頂なのではないかと思わず構えてしまう。深い。あのタッチでこう弾かれるとグイッと、ドンドン惹かれていく。素朴とかシンプルとか、そういった世界ではないのですね本当に。


以上の4曲にアンコールひとつで休憩入れて2時間少しオーバー。作品が一層大きく見えた内容でした。これで、テンペストも聴きたかったなどと言いたくなるから、客のわがままはキリがない。
充実のリサイタル、ありがとうございました。
おわり














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