河童メソッド。極度の美化は滅亡をまねく。心にばい菌を。

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2652- 第九、マッシモ・ザネッティ、読響、新国立劇場合唱団、2018.12.20

2018-12-20 23:54:51 | コンサート

2652- 第九、マッシモ・ザネッティ、読響、新国立劇場合唱団、2018.12.20

2018年12月20日(木) 7pm サントリー

ベートーヴェン 交響曲第9番ニ短調op.125 14-14-14-21

ソプラノ、アガ・ミコライ
メッゾ、清水華澄
テノール、トム・ランドル
バス、妻屋秀和
合唱、新国立劇場合唱団

マッシモ・ザネッティ 指揮 読売日本交響楽団


年末恒例第九行事。ここにもいい指揮者が毎年登場する。だから何回かは足を運ぶ。結構な楽しみ。
ザネッティはお初です。もはや、やりたいことが明白、なにをどうしたいのかよく見える指揮で、オケもドライヴされることに快感を得ているのではないか。この一体感。

客演コンマスの日下さんが松葉づえで登場。なんでも別の演奏会でステージから落ちてけがをしたらしい。まあ、座ってしまえばこっちのもんなのだろうね。

細めのザネッティは跳ねるような棒使いで身体からエネルギーがみなぎる活力棒。オーケストラは完全に彼にドライヴされている。
横に刀を切るようなスウィング棒で読響の音の出はかなり遅れてザクーンと。それがまた、よくズレている。故意の流れと見た。これの繰り返しですから最後まで。つまり織り込み済みで、彼の視点は流れるフレージングの遠心力の強調に向かっている。長いフレージングでのグワグワ来る様は空中ブランコの雰囲気。短いフレージングでは頭のアタック、アタックよりやや長めでバシーンバシーンと、もはや、作為というか、こうゆう風に振りたいんだ第九を。っていう感じで明白すぎる。終楽章では合唱も同じ息づかい。これだけコントロールされてドライヴ感あると、なにやら、スッキリする。
意識された縦ズレなので、委細構わずという話しでは無くて、それも含めた横なで切り棒で、彼の言いたいことは両方なのだろうと思う。そう考えると、深いものがあり、一度立ち止まって彼のようなスタイルのタクトの事をあらためて考えてみる必要がありますね。

それからティンパニの強弱と音色変化、これも指揮者の意図がありあり、見事な叩きプレイでしたね。メリハリがよく効いていて、ザネッティの縦ズレをものの見事にすくい上げている。それと強弱ニュアンスがびっくりするほど濃い。このパースペクティヴ感。物言うティンパニの歌い口は大胆かつ繊細で素晴らしく雄弁なものでしたね。
第2楽章では撥を取り替えて叩いていました。全く別の音色になっていて二度びっくり。とろみがついた音になっていましたね。
第九はこの後も別オケで聴く予定なので、バチとっかえと音色激変、あらためて確かめてみるか。
楽しくて収穫も沢山、充実の第九でした。
ありがとうございました。
おわり

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