「ダウンタウン」を育てた吉本興業会長の
ユニークすぎる仕事論&人生論
大崎洋:著
『居場所。~ひとりぼっちの自分を好きになる12の「しないこと」』
サンマーク出版 1650円
まだ桂三枝だった頃の文枝師匠と短い旅をしたことがある。「遠くへ行きたい」という旅番組のロケだ。
夕食後の雑談で、師匠が所属する吉本興業の話になった。ある芸人が「休みが欲しい」と申し出たら、その場でホワイトボードに書かれたスケジュールを全部消されたエピソードなどで盛り上がった。師匠は「会社というより、街場の個人商店みたいなとこですわ」と笑っていた。
現在、吉本興業はジャニーズ事務所と並んで絶大な力を持つエンタメ企業だ。しかも両社は企業の論理だけでは説明できない、謎の部分を持つことでも共通している。扱う“商品”が人間であるという特殊事情からくる非合理性かもしれない。
そんな吉本興業で、大崎洋はダウンタウンを世に出すなど、辣腕マネージャーとして活躍してきた。社長を経て現在は会長を務める“伝説の男”だ。しかし本書は成功者の自叙伝ではない。独自の仕事論であり、本音で伝える人生論である。
ユニークなのは、何かを「する」のではなく、「しない」ことを明かしている点だ。たとえば、「競争しようとしない」。幸せは人によって違う。目指すゴールが異なるのに、競争しても意味がない。それよりも勝ち負けと無関係な“小さい幸せ”を大事にしたほうがいいと説く。
また、「限界までがんばろうとしない」。つらい時は「逃げる」のではなく、「緊急避難」する。少しの間、その場を離れ、一人になって深呼吸してみる。やがて「戻ろう」と思ったら、すっと戻ればいいだけだ。
他にも「白黒はっきりさせようとしない」、「相談しようとしない」、「みんなにわかってもらおうとしない」といった引き算の思想が並ぶ。
しかも、これらを説明する過程で、ダウンタウンとの共闘の歴史はもちろん、会社を「非上場」にしたいきさつや世間を騒がせた「闇営業問題」対処の内幕も率直に語られるのだ。こんな本、大崎にしか書けない。
(週刊新潮 2023年5月25日号)