見る側にツッコまれるという至芸
誰も文句は言わない「伝説の番組」
プチ鹿島
『ヤラセと情熱 水曜スペシャル「川口浩探検隊」の真実』
双葉社 1980円
1953年2月1日、NHK東京テレビジョンが放送を開始した。そして8月28日には初の民放テレビである日本テレビ放送網がスタートしている。今年は「テレビ放送開始70年」という記念の年だ。
70年の歴史を後世に伝える「正史」には登場しないかもしれないが、見た人に今も強烈な印象を残す伝説の番組がある。70年代後半から80年代にかけて、『水曜スペシャル』(テレビ朝日系)の枠で放送された「川口浩探検隊シリーズ」だ。
本書は新聞14紙を購読する時事芸人の著者が、探検隊OBたちへの聞き取り調査を軸に、前代未聞の番組作りの裏側に迫ったノンフィクションである。
番組の内容もさることながら、各回のタイトルが秀逸だった。「恐怖! 双頭の巨大怪蛇ゴーグ! 南部タイ秘境に蛇島カウングの魔神は実在した!!」、はたまた「謎の原始猿人バーゴンは実在した! パラワン島奥地絶壁洞穴に黒い野人を追え!」。
実在したという双頭の巨大怪蛇も謎の原始猿人も、「世紀の大発見」として放送翌日の新聞紙面を飾ることはなかったが、誰も文句を言わなかった。当時から、「川口浩探検隊」は見る側にツッコまれるという至芸を確立していたのだ。
今ではヤラセの元祖のように扱われる探検隊だが、あるスタッフは「ドキュメンタリーじゃなくエンタメ」だったと語る。また「ストーリーをまず作ります。オチを決めてからルートを考える」と証言するのは放送作家だ。
とはいえ現地の伝説をもとに制作しており、完全な創作ではなかったところがミソだ。しかも現場ではリアルな危険や困難と遭遇し、それを乗り越えての「巨大怪蛇ゴーグ」だった。
それまでネタとして許容されてきたものが、ある時期からヤラセと断罪されるようになっていった経緯も明かされていく。
本書にあふれる“過剰なるテレビ愛”は、放送開始から70年の今こそ必要なものかもしれない。
(週刊新潮 2023年2月16日号)