Kおばちゃんのつぶやき

日々徒然に思うことの備忘録

黒いマドンナ(チェンストホヴァ )

2012-03-18 22:15:29 | ポーランド
今日はやはり天気予報どおり・・曇り。
でも今日はちょいとお出かけしなきゃいけないので、薬を飲んで・・出発。だって山に近いほうですから。

おかげさまで症状はでませんでした。よかったよかった!

久々に乗った愛車ちゃんには・・再びガソリンを入れましたけど・・高いですね。日本も。
一番確実な納税法ではありますけど、いろいろいちゃもんを付けた現政権をこの税制をどう思ってるんでしょうね?
ただし・・中東情勢の悪化で原油価格が上昇しているのでしょうけどね。

そうそう、消費税値上げのもんだいばかり報道されますが、議員定数の削減はどうなったの??と思うkおばちゃんです。

○8月5日(木)

kおばちゃんの辿り着いたチェンストホヴァCzęstochowaという町は、ポーランド人だったら誰でも知っている、えい、ポーランド人をポーランド人たらしめている町なんですって。

そしてこの町の中心はヤスナ・グラ修道院Jasna Góra 1382年の創建だそうです。

夜8時ころの修道院なのに・・訪れる人が沢山いらっしゃいます。おそろいのTシャツを着たりして・・


巡礼団のようですね。kおばちゃんも混ぜてもらえるかしら。

おばちゃん根性でくっついていったら、お堂の中に沢山の人たちが、何かを待っています。


そう、夜の礼拝が始まりました。kおばちゃんも参列させていただきましたが・・丁度このとき足を痛めていたkおばちゃん。実はひざまずけませんでした。ごめんなさい。
方ひざだけで・・ごめんなさい。

そして皆様の熱い視線の向こうにいらっしゃいますのは聖母マリア様ですが・・子のマリア様は真っ黒です。


これこそ。ポーランドの守り神。ポーランド人の心のささえチェンストコバの聖母像Obraz Matki Boskiej Częstochowskiej 『黒いマドンナ Czarna Madonna』です。
このマリア様のイコンはもともとエルサレムからやってきた時は黒くなかったそうです。
その後の隣国スウェーデンの侵攻のおりに、修道院に火がかけられ煤けてしまったとか。それでも、このマリア様は残り、そしてここもスウェーデン軍の手に落ちることはなかったそうです。
それ以来ポーランドの守り神として、皆の厚い信仰の対象となり、フスの宗教戦争の時に傷つけられたことからも愛国心の象徴となっていらっしゃるようです。

だから老若男女でお堂は満杯です。ものすごい熱気です。


聖母様の掲げられている祭壇の周りをひざまずきながらみなさんおまいりしています。ひざまずいて進むのです。で、マリア様の掲げてある裏手にくると、丁度そこに印があり皆さん手をかざしてらっしゃいました。

体内めぐり・・ではありませんが、皆さん熱心に回ってらっしゃいました。

強国にはさまれたポーランド。何回もその領土を分割されながらも、ポーランドとして残った、その国民をむすびつけているものはこの『黒いマドンナ』だといわれています。
現在でもその強い信仰心の源なのが十分にわかりました。



祭壇に向かってみなさん、一生懸命お祈りしてらっしゃいました。

こちらはお隣のホールです。さっきの人の熱気がうそのように・・


本当はあしたゆっくりご対面す鶴森だったのですが、これもなにかのご縁でしょう。
本日おめにかかることができて大変うれしかったkおばちゃんです。

さ、お宿に戻りましょう。


そうそう、結局夕飯を食べ損ねてしまいました。
で、お宿に戻る途中の駅裏で、何処にでもあるお?ケバブ屋さんがあったのでお持ち帰りし、隣の売店でビールをお買い上げです。


安宿でしたけど、お部屋に電気ポットがあったので・・持参のカップめんも頂いてしまいました。だって・・お昼も頂きませんでしたから・・と言い訳するkおばちゃんです。


共同シャワーでしたが、滞在者が少なかったのが他の人に出くわすことはありませんでした。
今日も楽しかった!さて、明日はどうなりなすやら・・

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