西部劇と懐かしのカントリー&ウェスタン日記

現代とはかけ離れたOld Countryの世界ですがずっと続けていきます。興味のある方は時々のぞいてみて下さい。

ムーン・マリカン物語 Part. 2

2009年10月11日 | つれづれに
Moon Mullican (3) 
ヨーロッパ盤 Official Records Sing-555  Moon Mullican Sings His All-Time Greatest Hits (原盤は アメリカ King Records-555)

(1)I'll Sail My Ship Alone (2)Honolulu Rock-A Roll-A (3)The Leaves Mustn't Fall (4)Mona Lisa (5)Sugar Beet (6)New Jole Blon (7)Sweeter Than The Flowers (8)Pipeliner's Blues (9)I Was Sorta Wonderrin' (10)Cherokee Boogie (11)You Don't Have To Be A Baby To Cry (12)Foggy River
   

<ムーン・マリカン物語 Part 2>

ムーン・マリカンの人を引きつける個性が功を奏してめでたく Cliff Bruner & the Texas Wanderers に入ることができたのでした。彼はそこでは Bruner と共に  ”Pipeliner's Blues ”(この曲はムーンにとって終生の定番曲になった) の初ヴァージョンを含む多くの曲をレコーディングしたのでした。また the Sunshine Boys や Buddy Jones 、Jimmie Davis 、the Modern Mountaineers 等といった人達ともレコーディングしています。そして、1939(昭和14)年にカントリー界初めてのトラックドライバーソングである Ted Daffan (1912-1996 テキサス州出身のカントリー歌手) の ”Truck Driver's Blues ” を Cliff Bruner and his Boys と共にレコーディングしたのもムーン・マリカンでした。これらの個人やグループと一緒にレコーディングしたムーンの作品群は 全て嬉々として気ままに何でも採り上げた戦前の Western Swing が反映されており ”Joe Turner Blues ” から ”Blue Skies ”、”When You're Smilin' ”まであらゆるものを歌っていました。
1943(昭和18)年にムーンはジミー・デイヴィス(1899~2000年 ルイジアナ州出身 ”You Are My Sunshine ”で有名なカントリー歌手。ルイジアナ州知事を2回つとめています)のためにツアーバンドを結成してルイジアナ州知事選挙戦に携わりました。それには当時ほんの若造で 後にWestern Swing の伝説的なフィドル奏者(カントリースタイルのバイオリン奏者)となった若き日のジョニー・ギンブルもテナーバンジョー奏者として参加していました。そのギンブル曰く、「何はともあれ彼はジミー・デイヴィス票獲得に奔走したと確信できますよ」とのこと。 ムーンは stop time(選挙演説などが終わって合間の時間などを指しているんだと思います)に ”That's What I Like About The South ”と題して次のように歌ったものです・・・・”Long about three or four months from now You can do us a favor and I'll tell you bow Go to favor and I'll tell you bow Go to the polls and I know you can-  JIMMIE DAVIS is your man!! ”・・・・・ギンブルは「ムーンはいつも満場の喝采を浴びていましたよ」・・・と付け加えた。

戦時中はムーンとクリフ・ブルナーは The Showboys と称するバンドを押し立ててテキサス州の Beaumont 辺りで仕事していました、ラジオショウやクラブで演奏したりバーベキューレストランやダンスホールといったところでです。1946(昭和21)年には新しく設立された King レコードのオーナーである Syd Nathan と知己を得て10年間にわたってこのアルバム(Part 1. に載せたLP)にある16曲のようなきわめて優れた音楽を生み出し続けたのでした。 万事にそつがなくて、野心家で怒りっぽく、いつも口にくわえタバコの Syd Nathan はまさに King レコード社を設立したばかりでした。1946(昭和21)年に出されたムーンの初めてのソロレコーディング曲 ”The Lonesome Hearted Blues”(King 565)は新設の King レコード社だったため(商品の)流通問題のために困難を伴ないました。
1946(昭和21)年の秋に行われた first session では ”What A Soldier Knocks and Finds Nobody Home ” のようなセンチメンタルなカントリーバラッドから熱気に溢れた ”Shoot The Moon ”や ”Don't Ever Take My Picture Down ”といった曲まで16曲をレコーディングしています。この1回目のセッションで録音した曲の中に Harry Choates ()のヒット曲 ”Jole Blon ”の風刺ヴァージョンとして ”New Jole Blon”をレコーディングしたのでした・・・・・その中でオリジナルでは Cajun フランス語で歌われた歌詞のところを早口のでたらめ英語に置き換えて歌っています。ところがそれが1947(昭和22)年にヒットして King レコードが独立レーベルとして立ち行くための助けになった一要因ともなったのでした。

ムーンの次のヒット曲は1947(昭和22)年秋にオハイオ州シンシナチで録音された後すぐに発売されたとても感傷的でセンチメンタルな曲 ”Sweeter Than The Flower ” でした。その感傷的な曲は ムーンのいつものレパートリー(Moon's normal repertorie と表現)とは多くの点で正反対の曲といってよいものでした。しかし、彼はまた時折り古曲 ”Deep Elm”のバリエイションである ”Triflin' Woman Blues”のようなアップテンポの stompers(足を踏み鳴らしたくなるような調子の曲)もレコーディングしています。そのようなナンバーではテンポの速い Swing Jazz や黒人音楽に影響されたムーンの歌い方、持ち前の piney woods piano playing がそっくりそのまま出ています。

センチメンタルな曲のレコーディングはどうみても彼自身が選んだものではありませんでしたが、当時のカントリー市場では感傷的なバラッドがより好まれる状況にある-ということを Syd Nathan も感じとっていたので-ムーンの感傷的な曲はそのことと大いに関係があると思われます ( 私感ですが・・・・・第二次世界大戦という殺伐とした時代が終わってすぐの頃なので 音楽的にはよりロマンチックなものが人々の間で好まれた時代だった-と言えるんだと思います-ハンク秋山- )。 ”テーブルの上の酒瓶はピンピンはねなきゃね”・・・・・という持ち前の哲学があって舞台でのムーンは相も変わらず Swing (onstage Moon rocked it と表現 ) していたのでした。自らの人気の広がりと共に1940年代末までカントリーをやり続けたのです。  そして彼は1949(昭和24)年にフロリダを演奏旅行した時に 短期間のうちにトップスターに登りつめてきたある若いカントリー歌手に出会いました、それが Grand Ole Opry ( 1927年以来 今日までテネシー州ナッシュヴィルで続いている Country Music Show )の新人スター Hank Williams だったのです。 二人はすぐに仲良くなり ハンクがムーンをオープリーの永久メンバーに加えてくれるように取り計らってくれたのでした。オープリーのお偉方はムーンの持ち楽器が弦楽器でないのを理由に渋ったのですが結局渋々ながら受け入れてくれたのでした。

ピアニストやフィドラー(カントリースタイルのバイオリン奏者)というのは初期のオープリーではありふれているとみなされたが故の扱いだったのです。本来ならムーン以前に誰かがピアノという楽器を弦楽器に劣らないくらいの位置づけをしておいてくれるべきだったのですが、結局はムーンのビッグヒット ”I'll Sail My Ship Alone” が出て初めてオープリーでピアノの価値が確立された-といえるのでした。オープリーのお偉方は彼に ”The King of The Hillbilly Piano Players ”という称号を送ったのでした、ムーンはオープリーで初めての歌うピアノ奏者になったのでした。  続く

( このレコードは1988(昭和63)に出たデンマーク盤ですがCDの時代になってレコードが売れなくなったためか新品なのに600円くらいで売っていました。相当昔のアメリカの Kingレコード原盤をそのまま使っています。 なおこのレコードはCD(King KCD-555)にもなっているようです・・・・・ムーンの歌っていいね )
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4 コメント

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Unknown (ジョニー・鹿倉)
2009-10-14 23:17:43
ムーン・マリカンの翻訳文、興味深く拝見しました。ちょうど「ハンク・ウィリアムス物語」を読み返していた時なのでハンクとの出会いもあったのかと、私が生まれた1949年アラウンドに思いを馳せるのでした。そう言えば近年ハンクのラジオ放送のパフォーマンスが発見されてCD化された件、まだ私は聞いていないけど確かムーンの「CHEROKEE BOOGIE」が入ってましたね。ハンクがどんなカバーをしてるのでしょう。カントリー・ピアニスト・シンガーの先駆けでありながらどちらかというとジャンプ・ブルース的な要素でむしろロカビリー・ファンからの評価が高いのは、まそれはそれでいいのかも知れません。「MONA LISA」を崩して歌ったのもムーンが初めてでしょうね。ハンクさんご苦労様でした、勉強になりました。並々ならぬ熱意が伝わってきます。
Moon Mullican のこと (ハンク秋山)
2009-10-19 20:04:06
超亀レスですみません、訳の完結まで返信を待ちました。なかなか聴くことのない歌手ですが今回楽しみながら訳しました・・・・彼の音楽を聴きながらのこともあってイメージを膨らませることが出来たし、頭の体操にもなりました。Hank Williamsとの接点や「Jambalaya」が出来たいきさつも ”そうかもしれない”と興味深い情報でした・・・・この曲はCajun Countryの香りがするーと感じていましたが、場違いなアラバマ出身のハンクがどうしてこの曲を?・・・・という疑問がルイジアナに近いテキサス出身のMoon Mullicanとの接点で理解できるような気がします。でも他の説もあるようですし・・・・有名な曲のこんな出自を天下国家の一大事みたいに議論するのも楽しいところですネ。コメント有難う
JAMBALAYA (ジョニー・鹿倉)
2009-10-29 18:32:58
ハンクとムーン・マリカンによる「ジャンバラヤ」の件。仮にWIKIPEDIAを信用するとしたら次のように書いてあります。”メロディはケイジャン・ソング「GRAND TEXAS」で、ハンク・ウィリアムスとムーン・マリカンが違う歌詞を乗っけた共作だ。しかし作者にはムーンはクレジットされなかったがロイヤリティは受け取り続けていた。当時、他の作曲家から買い取った作品がウィリアムスにはあったが、それらの中の一つととも言える。”だいたいこのような内容で記されています。アラバマ生まれのハンクでケイジャン文化にはほど遠い感じもありますが、1952~3年はルイジアナ・ヘイライドに出演して、たびたびルイジアナを訪れていたのでイメージはあったのだと思います。いずれにせよ、ムーンが「ジャンバラヤ」作曲に関わった事は事実のようですね。
また、jambalaya, a-crawfish pie and-a file gumbo という歌詞の中でフィレという言葉はたいていフィレ肉と説明してありますが、実はサッサフラス(Sassafras)という植物の葉っぱが原料のスパイスだと分かりました。つまりフィレ・スパイスを効かしたガンボ・スープという意味のようです。ガンボは日本のオクラの事で私も野外料理で作ったことがあります。こんど是非サッサフラスというスパイスを入手して作りたいもんです。モチベーションが沸きました。
JAMBALAYA 2 (ハンク秋山)
2009-11-05 06:37:52
いつも亀レスですみません。
そうでしたね、ハンクはルイジアナ・ヘイライド(有名なCountry Music Showのひとつ)への出演から活躍が始まったのでしたね・・・・Cajun Countryの本場に近いことを思えばMoon Mullicanとのやりとりも納得ができます。ハンクの新しく発見されたというラジオ放送音源のCD発売は未だ未見です・・・・どんな曲を歌っていたのか興味ありますがもうすこし安くなってから買ってみようかな、と思っています。 まだまだ眠っている音源があるかも知れないですね・・・・カウボーイに憧れていたと思われるふしがあるので(多分にイメージとしてのCowboyなんでしょうけど)、私としては将来ハンク・ウィリアムスが歌った「Red River Valley(赤い河の谷間)」や「Home On The Range(峠の我が家)」が発見された・・・・なんてことになるといいなあ・・・と思ったりしています(Smile)。

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