西部劇と懐かしのカントリー&ウェスタン日記

現代とはかけ離れたOld Countryの世界ですがずっと続けていきます。興味のある方は時々のぞいてみて下さい。

逢うは別れの始め

2017年05月27日 | 医療の仕事
 逢うは別れの始め
H29.5/26(金)はいつも月曜日に行っている博多のHrs病院の看護婦さんが2人辞めるのでその送別会に出席した。鹿児島での仕事が忙しくてずっと休まずに続けてやっと仕事を終わらせて新幹線に飛び乗ったので疲れ気味だった・・・・・それでも、長い間私の整形外科の診療に付き合ってくれた2人だったので送別会には出てあげたかった。 病院にとっては重要スタッフだと思ったけれど2人も同時に辞めるのは事情があるのかも知れない、私も診療日数を増やして欲しい-と思っていたけれどどうも無理のよう。1次会は25人くらいで話が弾み、2次会に行きましょうと誘われてカラオケスナックに行った、10人くらいだったかな-ほぼ貸切りだった。辞めるO村さん、O野さんの二人も元気で屈託がなく カラオケを歌って踊って乗りにのってパワー全開、ほかの皆も同じだった。おかげで自分の疲れも吹き飛んで3曲歌ったのだった・・・・・歌い終わった時そのうち2曲についてママさんが何かコメントをくれた、酔ってはっきり覚えていないけれど歌われることのない珍しい歌だったから聞いてきたんだと思う。 気軽に話したり相談し合ったりした2人が辞めてしまうのはとてもとても淋しく 心に空洞が出来る。 二度と会うことがないかも知れないな・・・・・と思いながら帰った  (花は野の花)
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心強いナースたち

2017年02月28日 | 医療の仕事
 
ある日に 
朝起ききれず6:45発の鹿児島中央駅行き新幹線に乗り遅れる・・・・長い間には何度かこんなことがある、次の新幹線の中で 普段なら本を読んだりCDを聴いたりするのに 着くまでずっと車中 sleeping。
 
外科系には包交当番というのがある。手術後のまだ糸のついている創部を毎日消毒する役目。 大きな病院なら大体は若手の先生達がやる役目だけれど、HD病院のように90床前後のところはそんなこと関係なくて院長はじめみんなで日替わりで担当している。 
ある日の急性期病棟 ( 手術後の患者さんたちが多いところ )、その日は私が当番だったから 「 包交( ガーゼ、包帯交換のこと ) に行くよ~、誰れかついてきて~ 」 と呼びかける。 3~4人ついてきたナース達、顔ぶれを見るとみんなベテランナースばかりだったので 「 あれー、今日の顔ぶれは7~8年前の病棟のような気がする、若い人はいないのー? 」 と冗談交じりで言ってみた。 すると キッとにらまれて「 先生そんなこと言っていいんですか? 」 と言われた。 とはいってもこのメンバーも当時は若いナース達だったから・・・・今でも君達がいて心強いよ とかいってフォローして笑いあいながらの包交当番・・・・皆んな結婚して子供生んでもきれいで元気に仕事している、女性はやっぱり強い・・・と感じる
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プラモデル作りが役立って

2017年02月23日 | 医療の仕事
  
子供の頃のプラモデル作りが役立って 
今の小学生の男の子たちはどうか知らないけれど、私が少年の頃はおまけ付きグリコキャラメルというのがあって切手だったりちっちゃなプラモデルだったりが入っていた。今から思うとささいなことですがお菓子を買う楽しみの一つがそのおまけだった。 
私は飛行機が好きだったのでおまけの箱に飛行機が入っていると嬉しくて結局10数機集めたと思う・・・・・そこから発展して少し小さな、それこそ手のひらに載るようなプラモデルを何回か買った。 少年のことだから昔の軍用機に自然と目が行って「 零戦 」とか「 隼(ハヤブサ)」、「 雷電 」、「 紫電改 」、「 彗星 」 などと名前の付いた戦闘機を作ったりした。 いまでも覚えているけれど 「 零式艦上観測機 」 というフロートがついた水上複葉機が気に入ってかなり大きくなるまで机のスミに残っていた。 濃緑色の機体に白地に赤の日の丸がついていて旧式の複葉飛行機だけど何となくかわいいながらも風格があって好きだったのに何度かの引っ越しでいつの間にか捨てられてしまっていた。 
 
去年の暮れにカラオケに行った話を載せましたが、その時にいたお客さんのひとりが ”ちょっとやわな唄が続いたようですので日本の唄を歌います ” とかいって 「 暁に祈る 」 とかいう軍歌を歌ったのです。 その人が歌っている歌詞が映る動画に 私が少年の時に作った「 零式艦上観測機 」 という飛行機が出てきました。 昔のモノクロ映像ですがまさしく本物で、軍艦からカタパルトという装置で甲板なしでも飛び出していく映像が出ていた、 「 あぁ、あの時の飛行機だ 」 と思ってジッと見入ったのでした。歌った人は自分の父親が昔 海軍にいたとかで、親が歌っていたとかで歌ったらしいんですが僕には飛行機の映像が珍しかった・・・・少年の頃に作ったプラモデルの飛行機。 定宿にしているホテルで2/22の夜そんなことを思い出していた 
 
今日(2/23)全く久し振りにTさんが奥様に伴われてヨタヨタ歩行で受診に来られた。 
”先生、89歳だから仕方ないんですけど主人は脚が弱ってしょっちゅう転ぶようになりました、若い頃は零戦に乗っていた人なんですよ何とかなりませんか ”・・・・と。 なんと、”零戦 ” という響きも私の少年時代のプラモデルの響きだ 、ビックリして ”Tさんの年だったら今でいえば中学卒業してすぐ飛行兵志願するようなことだったんじゃないですか ” というと ” じゃんど、そえな時代じゃったでなあ( そうです、そんな時代でしたから )” と典型的な鹿児島弁で言われた。 私の少年時代にはたくさんいたコテコテの鹿児島弁を喋るおじいちゃん達も少なくなっていることに気付かされると同時に 若く元気ハツラツだったであろう時代の面影がその人に残っているのにちょっとほほえましい気がした 。 
奥様はおとなしく控えめだけどちゃんとご主人のことを心配されて何とか元気になって欲しい-と気遣っておられるが、当の本人は ”ワイヤだまっちょれ( お前はだまっていろ )” と・・・なかなかの亭主関白ぶりだ・・・・身体は弱っているのになあ(smile)  結局 介護保険を申請して認可がおりたらパワーリハビリをすすめます・・・と話した。 私が少年の頃に「零戦」の模型を作ったことも話をしたのだった。 久し振りに 「 薩摩隼人 」 を思わせる人に逢った気分だ、こんな人には長生きしてもらいたい
 
 
 
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仕事のこと

2017年02月20日 | 医療の仕事
 
仕事のこと 
今日(平成29年)2/20(月)HRS病院の仕事帰りの道、ずっとこれからの仕事のことを考えていた。博多に仕事の中心を移すべく就職活動のことをボンヤリと考えていた・・・・・上手くいかない時は全部辞めてしまってリセットしてどこかに移らないといけないかも・・・・・と思ったりもする。途中コーヒー店に入ってコーヒー、迷っている時はまだ健康で仕事が出来るだけで幸せと考えるべきかな・・・・・。 ただ、医療の仕事というのは長く居ればいるほど自分に付いてきてくれる人達 ( 患者さんを主に ) がいる。 実際 今日来られた人の中にTさんという男性がいて 右手指と腰のほか心臓に悩みを抱えている。 
初めの頃は結構うるさ型の人でけっこうシビアにたくさん質問をしてくるやや攻撃型の人だったので ”やりにくいなあ ” と感じていた・・・・・それでもいつも丁寧に説明をして対応していたせいか 来院のたびに他に抱えている健康上の悩みを相談されるようになった。 専門の整形外科領域のことだけではなくて心臓血管系の手術も受けているとのことで相談のような形で質問してこられるのだ・・・・・口調はぶっきらぼうだけど心から心配されていることが言葉の端々に感じられる。 ”Tさん、整形外科領域で命にかかわるようなことはあまりないからやはり心臓のことを一番に考えたほうがいいですよ、そのためには○○病院とか△△病院とかの専門にいくべきですよ ”・・・・・と話す。 当たり前のことで解ってはいても 本人はやはり誰れかに背中を押して欲しかったんだと感じ取る・・・・・やっと一段落して帰る時に 「 先生はずっとここに居るんでしょう? 辞めたりはしないですよね? 」 と言われた。 こういう言葉を聴くと その人にとっていつ行っても私がそこに居るということが大事なことなんだ・・・・・と教えられます。 思わず 「 大丈夫、心配しなくてもずっとここにいるから 」 と答えた。  
その人にとって ” 常にそこに居る ”・・・・・という安心感というのが必要なことなんだと思ったと同時に 微力ながらまだ続けないとな・・・と背中を押された気がした。 自分の中ではたくさんの迷いがあって苦しいことの連続  早く暖かくなってほしい 
*写真は今日のこととは無関係
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何ということ

2017年02月13日 | 医療の仕事
 
なぜ(哀) 
今日 2/13月曜日は博多の天神近くのHRS病院での仕事。朝一番いつものように隣りのコンビニで買ったコーヒーを飲みながら診療前の朝のひと時をゆっくりしていた・・・・・ふと携帯が振動している。鹿児島のHD病院からだった、ナースの声が震えている・・・・・
「 どうしたの? 」
「 Mさんが今朝亡くなりました 」
「 エッ、おととい入院したばかりじゃない、どうして 」
「 今朝方から急にレベルが落ちてきたんです、当直のU先生に診てもらったけどダメでした、U先生が診断書の病名を何にしようかと主治医のA先生に 聴いてみてといわれています 」
「 肋骨骨折で入院した人だよ、そんなんじゃ亡くなるはずないよ。 入院時の胸部レントゲンで血胸がありそうだから、エコーとCT検査をしておきましょう-といって済ませはずだったよ。その時肝臓に大きな腫瘍があるから高齢だから腫瘍マーカーだけでも検査しておきましょうと家族に説明したばっかりだったのにね 」 
 
・・・・・朝転落して背中を打ったというだけの89歳のおばあちゃん、2/10初めて診た時は車椅子にチョコンと座って右背中が痛いだけで 
「 Mさん、頭は大丈夫ね、打っとらんね? 肋骨が折れちょるから痛みが引くまでいっとき入院しようか、長い入院じゃないから頑張って ね 」 というと  
「 まだまだ元気よ先生、よろしくね 」とハキハキ答えたおばあちゃん。 
「 入院したら日常活動力が衰えないようにリハビリもして元気になろうか 」・・・・・と励ましたばかりだった。 
 
主治医の私が不在の時に亡くなるととっても申し訳ない気持ちになる。 
私が、整形外科的なことよりも肝臓の方に問題があるからそっちの方が深刻だと思います・・・・・と説明しておいたこともあって 家族の方からは特に責められるようなことはありませんでした・・・とのナース報告が来た。 Mさんゴメン(涙) 
心身とも寒い中 こんなことがあるといつも気が引き締まる思いで、コーヒーだけでなくこんな出来事が目を覚まさしてくれた
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中学生の職場体験

2017年02月12日 | 医療の仕事

中学生の職場体験学習 
2月7日(火)は外来主任さんから「 K中学の学生2人が先生たちの診療風景を見学に来ますから何かかかわってあげてください 」・・・・・と言われた。 毎年この時期になるとやってくる定期便みたいな行事。 学校では中学1年生たちが自分の希望する職業について見学する企画があるらしい、幼稚園生も来たことがあってその時はただニコニコして一緒に写真に納まってあげるだけでよかったけれど中学生になると色々と質問してきたりするのでちょっと面白い。 
 
二人の男子学生、一人は将来医者になりたい、もう一人は歯医者さんの息子さんで跡を継ぐのか歯科医希望とのこと・・・・・簡単な自己紹介文がきている。 二人ともちゃんとスポーツクラブに属して部活をやっている・・・・・これは絶対に必要だよと話をした。「 先生も学生時代は野球と剣道をしていたよ。 何でもそうだけど 医者も心身ともタフでないとやっていけないよ、上手くいってあたりまえの仕事ってけっこうストレスがあるし小さなことにいつまでもこだわらずにどんどん先に進むことだよ。それに、もし研究部門とかじゃなくて臨床医を目指すのなら 駆け出しの頃は患者さんというのは自分よりも年配の人が圧倒的に多いから言葉使いも大事だし、それに医療関係のことだけじゃなくて社会一般のことにもしっかり目を向けてたくさんの( 知識の ) 引き出しを持っておいたほうがいいよ・・・・・お年よりの話に合わせることが出来るくらいに色んな知識を持っていたほうがいい、そうすることで診療もスムーズにいくことが多いから」・・・・・・等の話をした。 でも後で考えたらまだ学生さんだし、これは医学部の学生にでも言う言葉かな・・・・・と思って反省。 二人とも数学が得意と書いてある、私は数学が苦手でとても苦労したので ”数学が得意か・・・・・うらやましいよ、めげずにやっていれば大丈夫、ぜひ目標を達してね ” といっておいた。 でも今になって思うと、世の中 数学がなくても足し算・引き算・掛け算・割り算があれば何にも困ることないしなあ・・・・・というのが実感。 これからの若い人に間違ってもそんなこということ出来なかった(smile)。 
印象として、いまの若い学生さんは大人と話しをするのが苦手なのか、大人と話し慣れていないようだ・・・・・と思った。
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医療の仕事 (久し振りの講義)

2017年02月05日 | 医療の仕事
  
久し振りの講義はつらいもの 
2/5(日曜日)は朝早くから雨の中を出て休日返上で新幹線で鹿児島まで往復のあわただしさ・・・・・医療の現場の仕事というのは外来患者さんの診察と入院患者さんの管理だけだとどんなにいいかなと思う。 ところがそうではなくて沢山の書類書きというのがあって、それが多ければ多いほどホントに診療時間を圧迫しているとつくづく思う( これは現場で働く私的な意見 )。  書類というのが各種診断書( 介護保険の主治医意見書、交通事故の警察提出&保険会社提出診断書、交通事故・労災などの後遺症診断書、身体障害者認定のための診断書、難病の医療費助成のための診断書、他医への紹介状、紹介状に対する返書 )等等とてもさばき切れないこともある。 中にはその書類を書くのに指定医というのがあって5年間の資格更新をえるのに研修・講義を受けないといけない制度になっている。 
 
去年の8月に行けなかったので、今日鹿児島まで難病指定医の更新のための研修・講義を受けに行った・・・・・学生時代に戻ったような90分くらいの講義を3コマ~つらいながらもジッと我慢であった、100人くらいいたので多分皆も同じじゃないかな。  自分の(整形外科)分野だけならまだしも他の分野も受けなければならないので大変だ・・・・・でも、指定医を受けるためとはいえ参加してよかったなということも沢山あった・・・・・忘れてしまっている知識を蘇らせてくれた講義も多かったので・・・・・ああそうだったなあ、そんなのがあったなぁとか・・・・・懐かしい気がした。 仕事が増えるだけならいっそ指定医なんか返上を・・・・・と考えたこともあるけれど、やっぱり色んな人の顔が浮かんできて続けなければと思う。タフにならなきゃな・・・と発奮  
 
遅くに帰ってきてバーボンウイスキーを飲みながら Country Song と賠償千恵子さんの歌を聴いた。今日は鹿児島は終日雨だったけれど寒さの中にも少し春らしさが感じられた・・・・・街角に立つ侍の像を写真に撮った、鹿児島の街には色んなところに偉人さん達の像がたっている。 樺山資紀、黒田清隆・・・・・といっても鹿児島の人にしか解からないかもな
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医療の仕事(氷川きよし は元気の素?)

2017年01月31日 | 医療の仕事
 
氷川きよしは元気の素? 
朝早く博多から移動で鹿児島へ・・・9時から仕事。ちょっと辛い感じでスタートしたものの珍しいおばあちゃんが娘さんに伴なわれて来院。以前 脊椎圧迫骨折で3か月ほど入院していたSさんで89歳になる。入院中は 痛みが軽くなってきてからは一日中氷川きよし( 若手の演歌歌手 )のコンサート DVD を見ていたのでよく覚えている・・・・よくも飽きないもんだというくらい見ていたおばあちゃん。 娘さんの話ではつい先日も鹿児島に氷川きよしが来たので ”見に行くんだ ”とせがまれて仕方なく連れて行ったんですよ・・・・と笑って話された。マア 頭も口も達者で悪いのは脚だけという感じ・・・・半年ぶりくらいだったのでどこか悪くなって来られたのかと思ったけれど、娘さんに-先生の顔を見に行く-と言われたらしい。おっとどっこい年寄りに好かれたか?と思ったら、入院中に私が氷川きよしのポスターを持っていってあげたから有難うを言いたかったということらしい。 
 
そのポスターというのは 膝が悪くて月に何回か関節注射に来ている50歳代の女性Nさんが私に託してくれたものだった。この女性も氷川きよしの大大ファンで、いつも注射の時間よりも氷川きよしの話ばっかりで時間を費やすような人・・・「 貴女と同じファンの人が入院しているよ、おばあちゃんだけど・・・ 」 と話したら ポスターとブロマイド写真をたくさん持ってきてくれてわざわざ病室までそのおばあちゃんを見舞いに行ってくれたのでした。  氷川きよしのコンサートには九州内だったら追っかけてコンサートのハシゴをするんだとか・・・・まあ大変な元気者の女性がいるもんだ、氷川きよしのことになると嬉々としている。 因みに ” 旦那さんは何て思っているんですか? OKしてくれるんですか? ” と言ってみたら ”OKしてくれないと何にも面倒みてあげない ” といって有無を言わさずOKをとっているんだとか・・・・これには看護婦さんたちも笑っていた。 こんな人たちには薬とか注射とかは要らないなあ・・・氷川きよしのCD、DVD、ポスターとかの方がずっと効果があると思って自分も元気をもらった次第。  氷川きよし・・・って女性にもてるんだ、世の中わからないこと 知らないことがいっぱいだ(smile)
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医療の仕事(アコーディオンを買ったんですよ)

2017年01月27日 | 医療の仕事
   
”先生、アコーディオンを買ったんですよ ”
私の常勤先は鹿児島のHD病院・・・・・そこに私よりも9歳年配の整形外科のU先生がおられる。 私自身も他の人から見たらベテランといわれるような年になっているけれど、それでも自分よりかずっと上のU先生のような方が元気で頑張っておられるのを見るととても勇気づけられます。  
不思議なもので、自分よりも先を歩いている人(先輩)がいると幾つになっても何か安心感のようなものがあります。  
1/27(金)診療が終わっていよいよ博多に帰ろうという夕方、そのU先生に  
「 U先生、年とってくると何かしら淋しくなりますね・・・・・仕事が無かったら気が狂いそうになるくらい淋しいんじゃないですかね 」と言ってみた。  
「 A君、君もやっと僕の気持ちが解かるようになったか・・・・5~6年前に僕は君にそう言ったはずだよ。そんなもんだよ 」・・・・と 
「 A君はアコーディオンがあるじゃない! 」 
「エッ、何で知ってるんですか?」 
「この前淋しくなって買ったて言ったじゃない」・・・・・ 
「そうでしたかね」 
「そうだよ、僕はゴルフと絵描きが支えだよ」 
「先生が元気だから励みになります、じゃまた」 
U先生は以前よりも診療の仕方が粗くなっている印象が強くなった、でもそこにいるだけでスタッフ皆に安心感を与える存在になっている。
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医療の仕事(仕事上での話)

2017年01月23日 | 医療の仕事
仕事上での話 
私は医療関係の仕事をしています。一代限りの整形外科医・・・・・これまでは自分の趣味に関することがほとんど(ブログの主題名の通り)で、仕事に関する色々なことは意識的に採りあげてこなかった。でも最近はやはり毎日のように同じことを繰り返している日常の生きている出来事が欠かせないと思うようになって、すこしづつでも載せていこう・・・・・と思うようになった。 「医療の仕事」というカテゴリーをひとつもうけて 自分が出逢ったり感じたりするほんとに些細な日常の出来事、自分の気持ちに触れるような事柄・・・・・健康で元気に仕事が出来る有難さを感じながら載せていこう。 過去の数少ないその方面の記事もカテゴリーに入れ込んで
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