西部劇と懐かしのカントリー&ウェスタン日記

現代とはかけ離れたOld Countryの世界ですがずっと続けていきます。興味のある方は時々のぞいてみて下さい。

方言の面白さ

2020年10月26日 | 医療の仕事

先生、山形屋ではんとけたのよ!

ある外来診療の日 ひとりのおばあちゃんが顔面を打撲してパンダみたいに眼瞼周囲🐼を真っ黒に腫らして来られた。

私…"◯◯さん どげしたとね?"

◯◯さん…" 先生、山形屋ではんとけたのよ〜"

私…" は〜ん、えらい腫れちょるね "……

といった会話で進行。 ここで面白いのは「 はんとけた」という表現ね。鹿児島弁で昔の人はよく使った言葉(^^)    単に「こけた」「転んだ」というよりも転んだ様子のイメージがより鮮明にややユーモラスさを伴なって浮かんでくる表現だと思えるんですね。山形屋は鹿児島市内の唯一のデパート。方言というのは一種の明るさを含んでいるようなところがあります、ちょっと救われる(^^)

私…" あら〜そりゃいかんかったね、どれ……"・・・といった具合に微笑ましく進行。これも方言のなせる妙味といったところ😁

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アパレル?

2020年10月26日 | 医療の仕事

アパレル??(smile) 

先日交通事故に遭ったという若い男性が受診に来られた。整形外科では交通事故の受診も結構多くて軽症から重症までさまざま・・・重症となると外傷で皮膚の挫傷から骨折までとさまざまだ。 

くだんの男性、車で後方車に追突されて首が痛いだけという軽傷だった・・・”首に負担がかかるような仕事ですか?” と尋ねると、”アパレル関係です” とのこと。” あ、そうですか”・・・と答えたものの 自分の中で”はてアパレルて何?”となった。若い看護婦さんに聞くのもなんとなく恥ずかしいと思って後でこっそりと携帯で検索してみた……服飾関係の仕事…なぁ〜んだ、始めからそう言えばいいのにと思ったけど これって自分が時代遅れになったことかも…と反省(^^)

似たようなことが以前にもあった。何年か前の話、音楽のことで

若い看護婦さん " 先生、嵐って知ってますか?"

私  " 嵐?知らないよ、嵐寛寿郎なら知ってるよ😁"  

看護婦さん " ・・・? それって誰れですか?" 

私 " ウーン 一言では難しい!"

とか言ってごまかした。アハハ、新しいことは知らなくても古いことは知っている。あちらは新しいことを知っている 古いことはいまいち……つまりはプラスマイナス0ね!人生うまくできてるんだよ……とか言って煙に巻いた(^^)(^^)

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Time Changes Everything(時ふれば)

2020年08月03日 | 医療の仕事

  植えもしないのにどっかから種が飛んできて

Time Changes Everything(時ふれば)

最近仕事の上で感じること

鹿児島では20年以上に渡ってひとつの病院で整形外科医として働いている。長く仕事していると色々な思い出が自ずとできてくる。

(1)大学病院とその関連病院みたいにドクターがコロコロ変わってしまうのは患者さんにとってはあまり有難いことではないようだ。整形外科の手術を受けた患者さんが術後のリハビリのために紹介入院してくることがしばしばある・・・普通手術を受けたらずっとその後はそこでフォローしてゆくのが原則なのに "  先生のところでしたい "  という人が多い。理由を聞くと " だって手術してくれた先生は何処かに行ってしまって居ないんだもん "  と言われる。つまりは手術のやりっぱなしで終わってしまってあとの経過がおざなりになってしまうてこと・・・その気持ちは解かります。いつ行ってもそこに居てくれる先生がいいという心理・・・解らないでもないです。自分では気づかないけれどいつ行ってもそこに居るということ自体役立っているんだなと感じさせてくれる一言です。

(2)病院のスタッフの移り変わり・・・100床くらいの病院だと小回りが効いてスタッフ間の連絡などもスムーズで家族的な雰囲気があって自分ではいいと思っている。それでも長い間には変遷があって いつの間にか自分が院内で最年長になってしまった。 看護婦さんはじめリハビリ、レントゲン技師さんなどパラメディカルの人達の協力がないとスムーズにいかない仕事だから彼らにはいつも感謝している。古くからいる看護婦さんが色々な事情から辞めていくのはやはり寂しいものでそれぞれに想い出がありいつまでも覚えている。 

(3)患者さんにも名物といわれる人がいつも何人かいる・・・不思議とどこの病院にもそう人はいるもので自分も何人か抱えている。中には ” 先生がいるから来る ” なんていうよく訳が分からない人もいてあきれるやら苦笑するやらだ。  でもそんな人に限って何とも憎めないところがあって・・・不思議。 それでも名物だった人が(亡くなったりして)いつのまにか一人、二人と来なくなるとそれはそれで淋しいものだけどまたその予備軍が現れて・・・といった具合に繰り返して続いていく。  

(4)気になることも。若いのに病院からなかなか離れられない人がいること・・・どこか悪いから来ているのはわかるけれど働けそうな人が笑いながら受診に来る。しかも何年も・・・中には生活保護を受けている人もいる。事情は本人でないと解らないけれど・・・働けないてホントかな?と勘ぐりたくなる人も少なくない。一生病院が義務教育の学校みたいに通うつもりなのかなあと気になる。救急医療でスタートしてきた私のような現場医者は生死をたくさん見てきているので何かもったいないような人生を送っている人に思えて気がかり・・・人生色々だから仕方がないのかな?

 

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看護師A君のこと

2020年05月22日 | 医療の仕事

  看護師A君の貢献 

鹿児島で勤めているHd病院の看護師A君が病院を辞めることになって5/20(水)挨拶にきてくれた。” ここに何年勤めたの?” と尋ねると ” 学生の頃からだから26年になります、お世話になりました ”・・・と。彼が今よりも若くてふっくらしていた頃に 体格が良かったので手術後の患者さんの包交(術後患者の消毒とガーゼ交換)で一緒に病棟を回る時に ” A君 今度の九州場所では頑張らんとね! ”   とからかい気味に冗談を言うと ” 先生またそんなこと言って " と笑いあったものでした。 

男性の看護師さんの存在がまだ珍しいころからこの道を選び、Hd病院での仕事しながら学校に行って正看の免許を取り、同じ病院の看護婦さんをお嫁さんにもらって、そして1か所に26年勤め続けることの重み十分わかるなあ・・・本当に地に足がついていないとできることではないと思う。 若い頃は大きなバイクに乗って通っていた、いつ行ってもそこにいた馴染みの看護師さんが居なくなるのは淋しい気持ちがする・・・家を建てて田舎に帰るとのこと、これからもまた別なところで元気で頑張ってねと話をして別れた。 地味ながらもある意味カッコいい人生を送っているA君(smile)

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お岩さん

2019年08月24日 | 医療の仕事

お岩さん......時代なんですよ😵
数日前に転倒して顔面打撲、前額部挫傷の男性が来院されて対応した。県外でのケガで出先の医療機関を受診......" ケガして顔がお岩さんのようになりました" と言ったところ若い看護婦さんがキョトンとして反応がなかったらしい。鹿児島に帰って治療の引き継ぎで来られた時そのことを言われた......" 先生、今はお岩さんと言っても解らないんですね😵"
" そうでしょうね。昔は夏になると決まって怪談物の映画が上映されましたしね、四谷怪談とか番町皿屋敷とか怪猫◯◯◯なんて題名がついた怖〜い時代劇映画が上映されましたしね。行燈の前を黒猫が横切っていくシーンがあるだけで何となくゾーッとしたりするんですよ(^^) 今はそんな映画がないから若い子が知らないのも仕方ないでしょうね😵"......なんて話をしながら傷の手当てをしたのだった(^^)
これも時代だなぁ🤣

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今日から8月

2018年08月01日 | 医療の仕事

今日から8月( 葉月 はづき )
Where Are You Going, Cowboy? Nowhere, but I Wanna Ride Again!
時が経つのは早い、色々とやっているはずなのに一週間や一カ月があっという間に過ぎる。南国生まれはやっぱり夏が好き、そういえば去年の今頃は勤め先の医局のクーラーが故障して寿命ということで全館入れ替え作業のためまるまる1ヶ月蒸し風呂のような日々だった......「心頭滅却すれば火もまた涼し」と墨書して診察室に貼っていたら「それは悟りを開いた坊さんでしょ、先生は...」と看護婦さんに軽くいなされてしまった(^^) 「そうかもわからんけど それくらいの気構えで...ということだよ」と一件落着。 寒い冬よりかまし

夜は9/2のカントリーフェスタ出演に向けてバンジョーのハリー樋口君と2人で演奏曲4曲を打ち合わせ練習をした
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ちょっとしたことで(馴染みの患者さん)

2018年07月24日 | 医療の仕事
ちょっとしたことで
(H30)7/24朝 職場に着いてみると早速病棟の看護婦さんから電話があった。いつも外来を受診している(名物?)おばあちゃんのTさんが腰椎圧迫骨折で入院したので主治医をお願いします......とのこと、いつも診ているのが私だかららしい(^^)。いつの頃かわからないけど私の診察日に合わせて来るようになった......"先生が相性がいいから" とか勝手に言われてしまって(^^)。

元々口も達者で元気な方だけれど、入院して色々と家庭事情を聴いてみると可哀想な状況がみてとれる......Tさん頑張って1ヶ月くらい療養しましょうか...と話すと安心した様子、子供さん達が遠くへ行ってしまって高齢者のひとりぼっち、最近はこんな人がたくさん
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あーそうなんだ( 医療の仕事)

2018年06月19日 | 医療の仕事

あーそうなんだ( 医療の仕事 )
いつも月曜日に行っている博多天神近くの渡辺通りにあるHr病院はもう勤め始めて10年すぎた......長くいると非常勤といっても自分に付いている患者さんが沢山いる。どうしても高齢者が多いのはどこでも一緒、" あーそうなんだ " というのは " 先生だと昔の古い話もわかってくれるから...." だって。 私自身も歳とってきたのでかもしれないけれど、医療以外の色々なことを話す時 若い先生だと話をしても解ってもらえないことが多くてつまらないんですよ......などと言われる。
私が生まれた鹿児島の出身の人も博多では多くおられるようで( 指宿、大口、宮之城...)こっちに嫁に来て50年になる....なんていうおばあちゃん達にも何人も会った(^^) そんな人達は故郷の昔話をされる......故郷といっても代替わりして縁遠くなって孤立しているのか私が鹿児島がメインの勤めだ......と話すと話が止まらなくなる(^^)
自分は健康で仕事が出来るからいい-と思っているけれど思わぬところで役立っているんだ......と感じて "あーそうなんだ " ...というわけ😁
写真は博多駅横にある黒田武士の銅像 " 日本一(ひのもといち)のこの槍を〜呑みとるほどに..." かな!
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I 先生の突然の退職

2018年05月17日 | 医療の仕事
( 平成30年 )5/17整形外科の若いI 先生が唐突に退職された。交通事故でのこと、残念😵
事情があっての退職ながら現役バリバリの I 先生の離脱はただでさえ不足しているマンパワーにダメージが強い。いつの日かどこかで復活されるよう願っている
👋
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K先生の死

2018年03月27日 | 医療の仕事

K先生の死
私は人生の回り道をして医者になった......高校でたての人達からしたらひとまわりくらい年が上だったのでこのまま大学の附属病院に入ってもストレスがいっぱいと感じていたので自ら決めて市中のT病院に研修医として入職した。その駆け出しの頃の右も左もわからない初めの4ヵ月に指導してくれたのが内科医の K先生だった。
人伝てに 数日まえにK先生が亡くなったことを知った。

救急医療や外傷、整形外科が希望だったが初期研修で4つの科をまわることになっていた。初めての時 " 医療は内科が基本だよ " といった K先生......自分はその後 救急医療から整形外科医になったけれど、 K先生の言われたことは正解だったと今でも思っている。患者さんに対しても歯に衣着せずイヤなこともズケズケと言う先生だったけれどそれでも慕って来る人達が多かった......よく働く先生でした。5年たって自分がT病院を去ってから間もなく K先生は開業されたと聞いた......まだまだ10年は仕事できる年齢だったのに、 " K先生 働き過ぎなんだよ! " ( 涙 )
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