メイキング・オブ・マイマイ新子

映画「マイマイ新子と千年の魔法」の監督・片渕須直が語る作品の裏側。

マイマイ・ファンのみなさんと国衙を訪れました

2009年12月14日 07時13分13秒 | 日記
 12月12、13日には絶対に防府に行きたい、などと無理をいってたら、結局、防府のみなさんが両日ともにファン参加イベントとして設定して下さることになりました。

 12日は、まず朝10時から防府駅隣のアスピラートで、防府少年少女合唱団の子どもたちによる『ハイジ』読書会に参加。ヨハンナ・スピリとその少女時代の友だちフローニーの話など。
 それから、防府少年少女合唱団の先生たちとカレーをいただき、文化財郷土資料館へ移動。

 イベント開始にはまだ間があったので、館内を下見させていただき(千年ほど前に14歳で亡くなった少女の発掘された遺骨に涙)、それから館長の吉瀬さんのご案内ですぐ隣の桑山(『光抱く友よ』の「K山」)の頂上まで上がりました。ちょっと息が切れました。この山頂からは、映画の舞台が一望されました。
 15時からのイベントには、県外からの『マイマイ』ファンをはじめかなりの方々に参加していただくことができました。舞台となる土地の成り立ちを昭和30年の部、千年前の部に分けてギャラリートーク。文化財課長の吉瀬さんほかプロの方々の解説はアカデミックで、かつ、遺跡からの出土物をじかに触れることもできる楽しさがありました。
 このレクチャーの最後には、映画中、千年前の国衙の中央で廃墟になっている瓦葺の政庁のことがクローズアップされたような気がします。
 それから、みなさんの前で、吉瀬館長と監督とで対談。歴史学者である吉瀬さんが、
「『マイマイ新子と千年の魔法』ではストーリー上、大事件が起こらない? そんなことはありません。子どもの目で見て、あれほどの大事件はないはずです」
 と、強調されていたのが印象的でした。吉瀬さんたちの発掘がどんな心を軸に行われているのか、その一端を見せていただいたような気がします。


 12日夜は、FMわっしょい出演後に、公開放送にも参加していただいたみなさんに夕食を食べていただきながら、放っておいても死蔵になるだけの片渕のパソコン内のマイマイ関係データを次々公開してゆく、という感じで色々な話を。ロケハンの写真、撮出しデータ、それから、作中人物の実在モデルの写真なども。


 13日は、映画の舞台となった場所を巡る徒歩ツアー。参加者が膨らみに膨らんで70名超。地元の方。東京、大阪、兵庫、広島、福岡など各地から来ていただいた皆さん。スタッフのみなさん。それから、現地での写真撮影用に、新子と貴伊子のポーズをとってくれる小学生の女の子たち。
 監督と、本物の学者さんである吉瀬さん、方言監修の森川信夫さんの解説付き。

・三田尻駅に降り立った貴伊子が見た風景
・貴伊子がタイヤキを買った商店街
・バー・カリフォルニアの路地の実物
・新子が通う小学校
・新子の通学路、新子が息切れしたところとか
・貴伊子の通学路と新子の通学路が交わるポイント
・佐波神社の石段(「グ・リ・コ!」)
・金魚のお墓の場所
・実在する、千年前から今までずっと存在する道
・諾子の館のあった場所
・お昼ごはんは、鯨カツはじめ昭和30年の再現メニューと、千年前の芋粥の復元
・実際の遺跡発掘現場で土削り体験
・お大姉さまの祠
・江島さんと吉村さんが口喧嘩しよってところ
・新子が蒸しパン食べてたところ
・直角の川の直角に曲がっている地点
・新子が一升瓶背負って走った道。
・タツヨシの家
・千年前のお墓(14歳で亡くなった千年前の少女(映画には出てきません)ほかのお墓)
・千年前の港(千年前の海岸線が残る)
・高架化される前の山陽本線線路の廃線跡を歩く
・勝間神社(「ざっぷーん、ざっぷーん」)
・バー・カリフォルニアのある不気味な港町の現状
・埋立地の工場前で、ディーゼル機関車が通った引込み線の踏み切り
・工場敷地内を歩く
・貴伊子の社宅
・ショッピングモールの屋上駐車場(千年前には海の上の空だった場所)
 これで、解散。
 
 県外から来た人の中には、依然続映中の防府の映画館にそのまま『マイマイ』を見に行った方もありました。

 心に残ったのは、参加者の中の小学生の女の子たちが、
「赤い花びらがふたつ、小川を流れてくるのを見たよ。二枚の花びら、競走してたよ」
 と、いっていたことです。
 この土地にはやはり、千年の魔法がかかっているのでしょうか。


 防府の方々とは、笑って「また」といって別れました。必ずまた行きます。

 二泊させていただいた吉瀬さんの奥様、ありがとうございました。
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