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【感動エピソード】黒人に対する日本人の対応が素晴らし過ぎた。日本人は人種差別をしない?

2016-06-18 07:00:00 | 日記

昌栄薬品です

アート・ブレイキー

探していたエピソード、ジャズのパンフレット(画像のものではありません)に記載されていた事が、下記youtubeにありました。

【感動エピソード】黒人に対する日本人の対応が素晴らし過ぎた。日本人は人種差別をしない?

https://www.youtube.com/watch?v=9VkUuMFFy2I

より

黒人に対する日本人の対応が素晴らし過ぎた。日本人は人種差別をしない?

 

日本での「忘れがたい経験」

W・E・B・デュボイス

アメリカで、人種差別が最もはげしい時代のことです。

「アフリカ系アメリカ人」などという言葉はまだ生まれていませんでした。

肌の色の違いが、民族の優劣を象徴していると、当時のアメリカでは多くの人が信じていました。

1936年、ジャーナリストであり、黒人運動の指導者であるデュボイスは

満州に1週間、中国に10日間

日本に2週間の旅をしました。白人社会が有色人種に与えている影響を視察する目的でした。

その時の感想として

「ピッツバーグ・クリア」紙に「忘れがたい経験」と題してコラムを連載しています。

上海での出来事でした。

デュボイスの目の前で4歳位の白人の子供が鼻持ちならない態度をもって、自分たちの歩く道をあけるよう命令しました。

すると大人たちは振り返り白人少年の姿を認めるとみな、あわてて道をあけたのです。

デュボイスは愕然としかつ悲しい気持ちに陥りましたこれはまさにアメリカ南部の光景と同じではないか。

「上海、この世界一大きな国の、世界一立派な都市は、なぜか白人の国により支配され、統治されている」

上海に限らず、アジアの多くの地域では、当たり前に見られる光景だったのです。

デュボイスは日本を訪問しました。

日本でデュボイスが目撃した光景は、日本人と中国人の違いを感じさせたものでした。

本当は日本人と中国人という民族性の違いではなく当時置かれていたお国の立場の違い。といっていいかもしれません。

しかしあまりの相違にデュボイス自身は、日本と云う国への好感を禁じ得ませんでした。

デュボイスが東京の帝国ホテルで勘定を支払っている時のことでした。

「いかにも典型的なアメリカの白人女性がさも当然であるかのように彼の前に割り込んだのです」

ところが、ホテルのフロント係りは女性の方を見向きもせずに、デュボイスへの対応を続けました。

勘定がすべて終わると彼はデュボイスに向って、深々とお辞儀をしました。

それからやっと、その厚かましいアメリカ女性の方を向き、何事もなかったように、チェックアウトの手続きをしました。

フロント係の毅然とした態度は、デュボイスにとって、これまで白人支配の世界と違った、新しい世界の幕開けを予感しました。

「母国アメリカでは、けっして歓迎されることはない一個人に、日本人は心から歓び迎え入れてくれた」

日本人は、われわれ1200万人のアメリカ黒人が、「同じ有色人種であり、同じ苦しみを味わい、同じ運命を背負っていることを、心から理解してくれているのだ。」そのように述べています。

現在なら、当たり前の光景が、当時は当たり前でなかった。

ところが、日本ではその「当たり前」が当たり前に行われていた。

デュボイスの目には、そんな日本人の振る舞いが「将来あるべき差別なき社会」に映ったのです。

以来日本ファンになったデュボイスは日本の事を、

「有色人種による、有色人種の、有色人種のための国である」

と述べています。

 

 

「我々を人間として迎えてくれたのは、アフリカと日本だけだ」

アート・ブレイキー

 

アート・ブレイキー

名前はブレイキーながらこの人の演奏はまさに「ブレーキの壊れたダンプカー」

「ナイヤガラロール」と異名を取るドラムの連打を武器に、ジャズシーンを席巻した、ジャズドラムの大御所中の大御所です。

1961年、ブレイキーのグループ「ジャズ・メッセンジャーズ」が日本の地を踏んだと同時に、日本国中に「大ジャズブーム」が巻き起こりました、あまりの大歓迎ぶりに、一番びっくりしたのは本人たちです。

自分たちの演奏が国営放送で全国に流されると知って、「マジかよ!?」状態だったとか。

アメリカでもそんなことはなかったんです。

そして、さらにアート・ブレイキーを驚かせることがあったのです。それは・・・

空港には熱狂的なファンが多数ブレイキー一味を出迎えました。

それだけでも彼らにしてみれば、「誰かVIPでも飛行機に乗っているのか?」というほどの仰天モノなのに、全員が自分たちを迎えに来ていると知ったブレイキーは大泣きしたそうです。

すると、ファンの一人がブレイキーにおずおずと近づいて来て、こう言ったのです。

熱狂ファン『ミスター・ブレイキー!お願いがあります』

ブレイキー『何だい?』

熱狂ファン『僕と一緒に写真を撮って下さいませんか?』

ブレイキー『は?本気か?』

熱狂ファン『もちろんです、是非、是非お願いします』

ブレイキー『おれは黒人だが・・・そんな俺を同じ写真に写っていいのか?』

熱狂ファン『そんなこと知っていますよ。是非お願いします、記念にしたいんです。』

ブレイキー『おれは黒人だぜ。本当にいいのか?』

ブレイキーは知らなかったんですね。

日本には、黒人を差別するなどという、極めて下劣で低俗な習慣など、これっぽっちもないということを・・・・・

同じ人間を「肌が黒い」というだけで、蔑むような考えを持つものなど、この国には一人もいないということを・・・

その時、ブレイキーは初めて知ったんです。

この国の人たちは、自分たち黒人を差別しない。

この国の人たちは、本当に自分たちの演奏を聴きたがっている。

この国の人たちは、自分たちの演奏が大好きで、心から自分たちをリスペクトしてくれる。

国籍も人種もまったく違う日本人が、ただ自分たちの音楽を賞賛してくれている。

当時のアート・ブレイキーと言ったら、ジャズシーンのスーパースターです。

そんなブレイキーでもアメリカ本国では、ごく普通に差別されていた・・・

そんな時、日本国民は素晴らしい音楽を日本にまで運んでくれたスーパースター、アート・ブレイキーに心から感謝し、尊敬し、それをごく普通に、態度で示したのです。

これって、涙が出るほど素晴らしいことですよね。

アート・ブレイキーは帰国を前に、こう語ったそうです。

「私は今まで世界を旅してきたが、日本ほど私の心に強い印象を残してくれた国はない、それは演奏を聴く態度は勿論、なによりも嬉しいのは、アフリカを除いて、世界中で日本だけが我々を人間として歓迎してくれたことだ。人間として!ヒューマンビーイングとして」

大の親日家になったブレイキーは、その後、日本女性を妻に娶り、亡くなる間際まで何度も来日を繰り返したそうです。

 

Moanin' ~モーニン~ 同じ曲です

https://www.youtube.com/watch?v=--BuSHoPZqA

https://www.youtube.com/watch?v=UO57-XQEE7w

 

大東亜戦争は人種差別と植民地主義をしないようにしようとして始まった戦争です。

第二次世界大戦ではないのです。

アメリカニズムの首枷が外れる日 評論家 西部 邁(にしべ・すすむ)

西部邁先生は大東亜戦争について、一部を除き義戦であったと。

 

別のyoutube

親日外国人アートブレイキー「人間扱いしてくれたのは日本とアフリカだけ」

https://www.youtube.com/watch?v=di6VszE2YCg

 

ゴールド三養茶

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