バカに厳しいバカばかり

自戒の念も込めてそういうタイトルにしました。

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日本ハム日本一で明暗分けた「記憶の人」と「記録の人」

2006年10月26日 22時09分44秒 | ニュースで二言三言
日本ハム4連勝で44年ぶり日本一!【スポーツ報知】

◆日本シリーズ第5戦 日本ハム4─1中日(26日・札幌ドーム) 日本ハムが中日を4連勝(1敗)で下し44年ぶりの日本一を決めた。日本ハムは1点ビハインドの5回、1死三塁から金子がスクイズを決め同点に。6回にはセギノールが2号2ラン、さらに8回には稲葉がダメ押しの2号ソロを放ち差を3点に広げた。この試合が現役最後となる新庄剛志外野手は4打数1安打。先発のダルビッシュは第1戦と同様、川上との投げ合いになったが、7回1/3を1失点でまとめシリーズ初勝利を挙げリベンジを果たした。

 中日は先発の川上が6回を3失点と粘投したが、打線の援護に恵まれなかった。

 ◆日本ハム球団史 1946年にセネタースの名でスタート。翌47年に東急フライヤーズに。48年は急映、49年は東急に戻った。54年から東映となり、本拠地が駒沢、後楽園などと移り変わった。水原監督時代の62年、土橋、尾崎、張本らの活躍でリーグ初制覇し、阪神との日本シリーズを制した。

 73年の1年間だけだった日拓ホームを買収したのが日本ハム。愛称は現在のファイターズに変わった。前後期制だった81年、大沢監督の下、抑えの江夏、強打者ソレイタらが活躍し、ロッテとのプレーオフを制してリーグ優勝。98年は2位以下に大差をつける独走から後半戦に失速し、西武に大逆転を許した。

 2004年に本拠地を東京ドームから札幌ドームに移した。オーナーは大社啓二(おおこそ・ひろじ)氏。
(2006年10月26日21時10分 スポーツ報知)



北海道初のチャンピオンフラッグという栄光物語にして、壮大な新庄選手の引退興行がここに完結。などと言ってしまって、日ハムファンの方には失礼でないだろうか。でも「どっちが勝ってもいいじゃない」という、妙に軽やかだった戦前のコメントが、嘘のような号泣ぶりである。

もちろん、優勝までの最大の貢献者が新庄という言い方は多分適切ではないのだが、でも、今季の日ハムに途中から感じられた「妙な熱」を象徴する存在だったとは、傍から見て思う。

守備はともかく、基本的には「パフォーマンス先行」「記憶の人」というのが、今季に至るまで新庄選手の公式定義ではあり、今季も数字だけを見ればまあそれなりの新庄ぶりだったわけだが、例のシーズン序盤での引退宣言が、当初あれだけ批判され、なのに時間経つにつれて本人を取り巻く状況が何か変わってきて、で結果がこれだとなると、もしかして私は、新庄という選手の右脳というか、ある意味「天才さ」をすごく見くびっていたのかもと、さすがに再考せざるを得ない。

半面「記録の人」落合監督。本当に日本シリーズとの相性が悪い。選手として唯一日本一だった94年は出場できなかったし。ロッテ時代は優勝ゼロ(除2軍)、中日選手時代で1回(88年)、巨人時代に1回(96年)、中日監督として2回(04年、06年)の4連続敗退。あとどんな経歴があったっけか。日ハムじゃないか。

優勝請負人として鳴り物入りで移籍も、1年目(97年)は規定打席到達ながら本塁打3本の衝撃。2年目(98年)は日ハムの球史に残る史上最大失速劇&本人本塁打2本で引退。少なくとも脳内ではキャリアから抹消しているに違いない、心の古傷のような球団が対戦相手だったという。ある意味では、9年越しで約束果たしたような形。これだけ印象悪い負けだと、あれだけ素晴らしいペナントレースの3年間にも関わらず、「進退」について変に胸騒ぎがするのは杞憂か。実は個人的には結構落合ファンなので、杞憂で終わって欲しい気分なんだけど。



【追記】10月27日午前7時20分

日本ハム・新庄選手の談話【スポーツ報知】

「持ってるわ、オレ。本当にこのマンガみたいなストーリー。出来過ぎてません? 今後、体に気をつけたいと思います。泣いてた? 7回ぐらいからやばかった。オレのとこに飛んできてたら捕れなかったですよ。チャンピオンとかそういうことじゃなくて、この仲間と出来なくなるという気持ちがすごい強くて、7回ぐらいからボール見えなかったです。(野球人生で)きょうが、最高の思い出になりますね」


中日・落合監督の談話【スポーツニッポン】

「31日でオレの契約も切れる。オーナーに3年間の報告をして進退伺を出す。それ(続投かどうかは)はまだ分からない。来年以降もやれと言われるか、お疲れさんと言われるか。今月中にどういう形になるかははっきりする」「日本シリーズという雰囲気が選手になかった。日本ハムに負けたというより52年の厚い壁にはね返された。強者が必ずしも勝つとは限らない」


あと、中日の今後を勝手に案じていたら逆にこんな記事が1紙だけ。真偽不明。

激震!監督退団、小笠原FA移籍へ【スポーツニッポン】

44年ぶりの日本一を達成した日本ハムが一転、激動のオフに突入する。トレイ・ヒルマン監督(43)が今季限りで退団し、レンジャーズの監督に就任、小笠原道大内野手(33)がFA権を行使して移籍することがともに確実な情勢であることが分かった。既に新庄が今季限りでの現役引退を表明。加えて日本一に導いた指揮官と生え抜きの主力という3人の「チームの顔」が退団となる。

 日本一決定後、小笠原は今後について質問され「何もないです。ゆっくり寝ます」と話しただけ。FA権行使については球団広報が質問を遮った。昨年12月13日の契約更改交渉後「他球団の話を聞いてみたい気持ちはある」と発言したものの、その後は自らの去就について一切発言を控えてきた。球団側によると小笠原はシーズン中盤以降、数回にわたって要請された球団側との会談を固辞。球団幹部は「残る意思があれば話し合いに応じるはず」とした。

 さらに、マネーゲームに応じられないのが、育成重視の方針を推し進めている日本ハムの球団事情だ。現在33歳。球団上層部は「36~37歳まで保証することは難しい」と大型の複数年契約には消極的だ。

 既に中日、巨人両球団は今季32本塁打、100打点でパ・リーグの2冠王となった小笠原の調査を進めており、FA宣言した場合、獲得に乗り出す方針を固めている。中日は3年10億~12億円プラス出来高、巨人は2年総額で10億円近い額を用意しているとの情報もある。日本ハムが条件面で後れを取るのは確実で、残留の可能性は低い。両球団を軸とした激しい小笠原争奪戦が展開されるのは必至の情勢だ。

 ≪高田GMヒルマン監督引き止めを断念?≫ヒルマン監督の故郷であるテキサス州アーリントンに本拠地を置くレンジャーズにとって、同監督はバック・ショウォルター前監督(50)の後任最有力候補との位置づけ。選手育成の手腕を高く評価し、7年連続プレーオフ進出を逃したチーム再建に大きな期待を寄せているという。

 試合終了後、ヒルマン監督は自身の去就について一切コメントしなかったが、既にレ軍公式サイトの取材に対し「私の心はオープン。監督候補に入っているなら、神が与えてくれたチャンス」と発言。11月9日からのアジアシリーズ終了後に行われるレ軍からの正式就任要請を受け、受諾を表明するのは確実だ。

 30日に球団側と会談することが決まったが、高田GMは「契約は今季まで。来季のことまで縛ることはできない」と発言。日本シリーズ前には100万ドル(約1億1900万円)プラス出来高の単年契約で合意していたが「それ(大リーグ監督)を目標にやってきたんでしょうし、そうなったら待つしかない」と引き留めを断念したようだ。球団内部では「メジャー監督要請があった場合には快く送り出す」との“暗黙の了解”もあった。既にヒルマン監督の「側近」ともいえるマイク・ブラウン投手コーチ(47)と契約を更新しない方針を固めた。

 日本一監督が同年に退団するのはプロ野球史上初(54年中日・天知監督は退任後、球団代表就任)のこと。後任については白紙に近い状態で、新体制づくりは連覇に向けた急務となる。

[ 2006年10月27日付 紙面記事 ]

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