バカに厳しいバカばかり

自戒の念も込めてそういうタイトルにしました。

進化するQちゃん

2005年11月21日 18時07分32秒 | ニュースで二言三言
尚子 屈辱から2年、因縁の地で復活【スポーツニッポンより】

尚子が因縁の東京で完全復活!東京国際女子マラソンは20日、東京・国立競技場を発着点とするコースで行われ、2年ぶりのフルマラソンとなった高橋尚子(33=ファイテン)は右足に3カ所の筋膜炎を抱えながら、35・7キロで一気にスパートし、2時間24分39秒の好タイムで優勝した。アテネ代表選考会だった03年大会で大失速して2位となったが、悪夢を払しょくして鮮やかに復活。来年のドーハ・アジア大会の代表選出が確実となり、悲願の08年北京五輪出場を視野にとらえた。スタート時の天候=晴、気温10・5度、湿度50%、南南東の風1・5メートル

誰もが目を疑った。右足に全治1カ月の重傷を負っているはずの高橋が、35・7キロすぎに満を持してスパートした。驚くライバルを尻目にぐんぐんと差を広げ、1キロで約100メートルもぶっちぎった。異次元のスピード、よみがえったダイナミックなフォーム。苦しみ抜いた2年間と決別するためにひたすら突っ走った。

 03年に失速し、アテネ代表を逃した屈辱の上り坂では、心配になって後ろを振り返った。アレムに抜かれた因縁の39キロ地点。「大丈夫。いけるよ」と沿道のファンから声が飛ぶと、元気をもらったかのようにさらに差を広げた。国立競技場のトラックでサングラスを外し両手を広げて歓喜のゴール。00年シドニー五輪を制した、あの強い高橋がついに復活した。

 月桂(げっけい)冠を授与されると目を潤ませた。「42・195キロ、途切れることのない声援を頂いた。暗闇にいた私が、夢を持つことで充実した1日1日を過ごすことができた。またここから時間が刻めそうです」。03年大会で敗れアテネ切符を逃したことで、高橋の時計は止まっていた。再び前に進むためには東京で勝つしかなかった。

 レース10日前に負傷した。主治医からは出場回避を勧告された。「不安があった」と眠れぬ夜を過ごしたが、瀬古利彦氏(現エスビー食品監督)らを担当してきたマッサージ師を呼び寄せた。痛み止めの薬をのみ、ふくらはぎにはテーピング。懸命の治療が奇跡的な回復を呼んだ。

 前半はストライドは狭く、腕の振りもぎごちなかった。給水では右足に水をかけ、消耗を防いだ。「我慢の連続だった」35キロを乗り切ると、難所の坂に差しかかる前に一気に勝負を決めた。

 2年前は自分のために走ったが、今回はかけがえのない仲間のために走った。レース2日前、故障を公表した。本番への不安がピークに達したその夜、居ても立ってもいられず手紙を書いた。小出義雄代表と決別し、6月に立ち上げたチームQのメンバーにあてたものだった。どんな結果になっても、私はみんなに感謝している――。素直な気持ちをつづった。

 レース当日の午前3時、ホテルの自室で目を覚ますと、ドアの下にメンバーからの激励の手紙が差し込まれていることに気づいた。西村孔トレーナー(32)のものには「一緒にやれたことを誇りに思います。明日は楽しんで走ってください」と書かれていた。「うれしくて涙が出た」。すべてを受け入れてくれた仲間への温かい気持ちが、高橋の背中を押した。

 「みなさんのおかげで帰ってこられた。これが第一歩。3年後の大きな大会を視野に入れて頑張ります」。次の目標は北京五輪での金メダルしかない。東京で再び動きだした時計は、もう止まらない。



※どういうスポーツ種目でも、結局スーパースターの要件というのは、ある種の「異形」というか「あ、他の選手とモノが違う」と素人目にも直感的に確信させることで人を呼び寄せる、一種の引力を持っているかという点にあり、その点、いくら国内タイムの記録を野口や渋井に塗り替えられようが、そういう「得体の知れなさ」までを人の心に焼き付けるだけの磁場を持ったスターというのは、今の日本陸上界では未だ高橋選手だけであることを世間に再認識させたのが昨日のレースだと思う。

一方で、彼女がシドニーで金を取って以来ずっと思っているのだが、強烈な印象を残すレースと比べ、節目節目の記者会見が、また別の意味で印象に残るというか、ちょっと妙な後味のものが多いと思うのは私だけだろうか。シドニーのレース後のインタビュー「すごく、楽しい42キロでしたっ。本当にありがとうございましたっ」。アテネ落選会見の「(記者に向かって)これだけ注目してくださるということがすごいことだし、ありがたいという気持ちが今はあるので、本当にありがとうございました」。いきあたりばったりの発言でなく結構考えてそうな点からは「優等生(=純粋にただかけっこが好きなQちゃん)的コメントに徹している」という話なのかも知れないが、すごく饒舌でありながら、使う言葉が「夢」とか「楽しむ」とか、ありがちなフレーズを物凄い真っ正面から多用しまくるところが、一ジャンルを極めた天才アスリートの語録にして妙な薄さというか、何か「自分の脳から発していない」言葉のような印象を受けるのである。

そう思っていたところに、昨日のレース後のインタビューである。すごかったな。

「一度は陸上を辞めようと思った時にも、本当に暗闇の中でも夢を持つことで、本当に一日一日を充実した、時間を過ごすことが出来ました。 なので陸上関係なく今暗闇にいる人や悩んでいる人、本当に一日だけの目標でも3年後の目標でもなんでも目標を持つことで、凄く、一歩一歩、一日が充実すると思います。どうか夢を持って、一日を過ごして欲しいと思います。 そして、小学校中学校の子はもちろんですけれども、30代、そして中高年の皆さん方も24時間という時間は皆さん本当に平等に与えられたチャンスの時間です。もう二度と来ないこの一日の時間を精一杯、そして充実した楽しい日にしてください」

・・・Qちゃん人格改造済み。いや単に脳内麻薬のせいなのかもわからないが、確実に今までより1ステージ上に行っている印象を受ける。もはや優等生ですらない。アムウェイの成績優秀者という方がむしろ近いかも知れない。アムウェイやったことないので本当は良く知らないが。色々な意味で進化するアスリート・高橋尚子に引き続き注目である。関係ないけど「平等に与えられたチャンス~」のインタビューのすぐ後に、文化放送の解説者が「こういうレースは高橋さんだからできたことなので、同じように故障しているランナーの方は真似しないで下さい」と言っていたのは面白かったが。

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1 コメント

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高橋Qについて (よしひろ)
2005-12-03 16:00:20
大変面白い。記事感動しました。私も2003年東京女子

市民マラソンを走りました。国立競技場で高橋を見ました。マラソンてすばらしいスポーツだと思います。

今でも走っています・
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