新宿アルタが今日で閉館になったというニュースをやっていました。東京に住んでいない人間には「笑っていいとも」以外のイメージがないアルタですが、新宿という街のひとつの象徴だっただけではなく、フジテレビ的な文化の象徴だったということなのでしょう。ひとつの時代の終わりとして惜しむ人がたくさんいるようです。
アルタができたのは1980年のことで、その前年の1979年、大学1年の夏休みに東京に下宿している高校時代の親友たちを訪ねて東京に遊びに行きました。それまで東京は中学校の修学旅行で行ったことがあるだけだったので、かなり気負った感じの「おのぼりさん」旅行でした。銀座、渋谷、青山、原宿、新宿、池袋、上野と4泊5日の間に見て回れる限りの街を歩き回りました。残念ながらカメラを持っていなかったので、写真が一枚も残っていませんが、記憶には強く残っています。
当時は今よりも東京の街もそれぞれのカラーが色濃く残っていて、銀座と渋谷と新宿とでは明らかに街の空気が違っていました。ハイソな銀座、ポップな渋谷に比べて、新宿のアウトローな感じは異質な街だと強く感じました。西新宿はまだ開発途上で、逆に歌舞伎町は爛熟した怪しさ満点でしたが、18歳にはかなり刺激的でした。初めて新宿の桂花で熊本ラーメンを食べた衝撃は忘れられません。
第一印象が良かったからか、その後も東京に遊びに行くと新宿が一番馴染みやすくて頻繁にうろついていましたから、アルタもオープン当初から認識していました。1983年の春から初夏、新入社員の時に3ヵ月研修で東京にいた頃も成城学園の寮住まいだったので、休日は小田急で新宿に出ることが多く、アルタの前で待ち合わせしたこともあります。ハチ公前よりもわかりやすいと当時思っていたのも覚えています。
40代くらいまでは出張で東京に行くことも度々ありましたが、最近10年以上は東京に行くこともめっきりと少なくなってしまいました。いつもホテルを探す時には少し土地勘がある新宿か銀座のどちらかにしていて、クイズ番組絡みで最後に東京に行った2019年にも泊まったのはやはり新宿と銀座でした。今は東京のホテルも高騰してしまったし外国人も多くて泊まれないという声を聞きますから、余計に行く機会も無さそうです。アルタの閉館を名古屋の片隅からそっとしみじみ惜しんでいます。






