漢字家族BLOG版(漢字の語源)

漢字に関する話題など。漢字の語源・ワードファミリー。 現在、荘子「内篇」を素読しています。

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

re^2:「愛」と「恋」の語源、成り立ちを教えてください!!

2006年01月10日 02時23分48秒 | 漢字質問箱ログ


re:「愛」と「恋」(1)re:「愛」と「恋」(3)

re:「愛」と「恋」(2) 投稿者:nothing 投稿日:2003年 3月24日(月)03時29分44秒


つぎに、「愛」。


「胸いっぱいの切なさ」

== 引用はじめ ==

 は「喜び」よりも「悲しみ」を与えるものだそうだ。およそ愛とは、異常な心の高まりだから、愛の心は必ず「切なさ」を伴うものだ。そして「切なさ」は、むしろ悲しみに近い。
 という字は、昔は「旡+心+久」と書いた。今日のという字の下半部は原型のままだが、その上部は旡(カイ・アイ)のひどく変形したものである。このという部分は、アイという発音を示す大切な個所でもある。そこで、旡-既-慨-漑-概など、およそを含むコトバを並べて考えてみる必要があろう。

 とは、人間が腹をいっぱいにつまらせて、ウーンと後ろにのけぞった姿である。の字は、お盆に盛ったごちそうを前にして、たら腹食べ終わった人間が、ウーンとのけぞっているさまを表す会意文字である。の字の左側は付図のように、盆上に盛った丸いオマンジュウである。今日でも「いっぱい」になった状態を既(キ)という。たとえば日食や月食のとき、黒い蝕(ショク)の部分が、太陽や月の表面をいっぱいに食い尽くしたのを「皆既食」という。「し尽くした」のは「すでに終えて余白がない」ことだから、には「すでに」という副詞の意味も生じてくる。
 水をドクドク注いで田の面もいっぱいに満たすのを灌漑という。この漑(ガイ)とは、水を「いっぱい」にすることである。また、四角いマスでお米をすくい上げると、どうしても凹凸が生じてマスの隅々には米が行き渡らない。その時「マス掻き棒」を使ってサッと表面をならすと、お米はマスの隅々まで届いて、マスはいっぱいになる。「いっぱいに」ならす棒のことを概(ガイ)という。ならすという意味に傾くと、「大概」(ならす→おおよそ)とか「概略」(ならしたあらまし)という意味となるが、の字の本義はマスを「いっぱいにする」棒のことである。最後に、心がいっぱいにつまるのを慨(ガイ)という。怒って胸がいっぱいになるのは憤慨、感動して胸いっぱいにつまるのは感慨という。そして、胸いっぱいの切なさ-それをというのである。それは心の姿だから、の字をそえ、また切なさに足を引きずり、歩みも滞(とどこお)りがちとなるので、足ずりの形をそえた。それは憂(ユウ)の字の場合に、「心+夂」をそえたのと同じ意味である。

 もっとも「切ない」のは恋しい場合だけとは限らない。「ああ、もったいない」という場合にも胸がいっぱいにつまる。だから愛情の「おしむ」と訓じるのである。
 斉国は偏小なりといえども、吾なんぞ一牛を(お)しまんや!<孟子>
 ケチンボじじいが「ああ惜しい」と十円玉を哀惜する心と「あの子恋しや」と切ながる気持ちとを同一視されては、叱られるかもしれない。しかしどちらの「胸いっぱいの切なさ」という点では同じなのである。


== 引用おわり ==

数年前に漢字質問箱に掲載したものを、このブログに再掲載しました。
ジャンル:
ウェブログ
コメント   トラックバック (2)   この記事についてブログを書く
« re^1:「愛」と「恋」の語源、... | トップ | re^3:「愛」と「恋」の語源、... »

コメントを投稿

漢字質問箱ログ」カテゴリの最新記事

関連するみんなの記事

2 トラックバック

漢字の成り立ち (あるハーピストのつぶやき)
私の名前には「奈」が使われているのだが、それがどういう成り立ちで出来ているのか 知りたいと思った。 「漢字の成り立ち」で検索してみたところ、興味ある記述「愛」が出て来たのでご紹介したい。 読んでみるとそのとおりだと思う。相手の事を思って切なくなる。心...
 (もののはじめblog)
「儿」は、人間を横から見た字形。「儿」の上にいろいろなものをのせて、その機能を強調する文字を作ってきた。 最初は「見」。これは「儿」の上に、見るためになくてはならぬ「目」をのせて「目」を強調したことで、「みる」の意味になった。 次は「兄」。これは「儿....