小さな石(?)だが 幼いころから何という石なんだろう、と思ってた石が、少し苔も生え始めて、庭の片片隅に転がっている。
幼いころに戦時中に潜水艦に乗っていた叔父が休暇の際に持ち帰ったと聞いている、軍の機密とかでどこに行ってたのかなどは家人にも一切話さなかったらしいが一緒に土産に持ち帰った水牛の角は、黒く着色されて表面には水牛の背に乗って笛を吹く少年が描かれたていたので、お土産は確かに台湾製のみやげだから、この石もおそらくは南の地方のものだろうと子供心に想像していた。
平成に入って5、6年ごろだろうか。家族で石垣島へ旅行した。
石垣島をひととおり観光した後、日本最南端の波照間島を訪ねようと話がまとまり、良く晴れた日だったが風が強く高速船での1時間余、舟は大揺れだった。
波照間島ではバイクを一人一台、計3台借りての島巡り観光、たしかニシ浜とか言った場所はさすが日本最南端の美しいところだった。
澄み切った濃い青空の下、明るい砂浜をゆっくり散策していた。
よく見たら見慣れた石がいっぱいある、昔、叔父が持ち帰ったという石とよく似た石(サンゴ?)が沢山あった。
軍の機密として、どこで拾ったのかは語らなかったが、台湾、波照間島ラインだったのだろう、立ち寄った波照間島で叔父が珍しさにお土産としたのだろう。
その叔父は昭和18年1月、ニューギニア方面で、乗っていた潜水艦が爆雷攻撃を受けて沈没、戦死した、23才だったという。
我々が波照間島を訪ねた平成5、6年は亡き叔父のちょうど50回忌、思い出の島へ家族を呼び寄せたに違いない。
我が家の庭に散在する物言わぬ石、ときには邪魔っけにしながらも、一つ一つの石には物語があり大きな思い出がある。
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