BLOG STATION
東京発世界行

written by Ken
 



我輩は、本日を以って世界統一ブログ協会会長に就任せしことを人民に報しめるもの也。


以下の類似団体は、当協会とは一切関係がございませんので、お間違えなきようご注意ください。

日本ブログ協会
国際ブログ協会
銀河ブログ協会
ギャラクシーブログ教会「HATENA」

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三浦睡蓮さんというひとのエッセイ集、『遭難ウシャギ』 を読んだ。

 どだい、遭難するのは大自然の中。と、あなたは思い込んではいないだろうか。違う。人は家で遭難する。そういう人が実は結構いるのではないか。私は、する。
 遭難の条件とは何か。「食料の備えが万全といえない」、「他者と連絡がとれない」、「助けを待っている」。とりあえずこれだけ揃えば、立派な遭難だ。遭難に立派もくそもないが。
 「家で遭難する」 - 『遭難ウシャギ』より引用
こうして、彼女は雨の降る深夜に、自宅で遭難する、という話である。
昔、僕は芦ノ湖で遭難したことがある。経験者の立場から言わせていただくと、遭難の条件には、「自力で帰り着けない」というのを付け加えたいところだが、深刻の度合いという点では、五十歩百歩であろう。
しかしながら、
今夜、私は間違いなく家で遭難しているのだ。
 (同作品より引用)
と、ここまで断言されると、それもそうかなと思ってしまう。
家の鍵を忘れて外出し、帰宅したら家人が留守だったとき、僕は自分の家の前で遭難する。
携帯を忘れて外出すると、友人に連絡をとることが出来ず、僕は新宿駅の雑踏の中で遭難する。
考えてみると、僕は頻繁に遭難しながら、生きているように思える。

あれ?
僕はいつの間にか、彼女の術中に嵌っているのだろうか。
いや。そんなのは、きっと気のせいだ。

遭難ウシャギ

日本文学館


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週末の午後には、オーディオのヴォリュームを少し上げて、ジャズを聴きたい。
そんな時には、もちろんマイルス・デイヴィスである。
"'Round About Midnight" や "Kind Of Blue" も良いが、あれは夜中に聴く音楽だ。
というわけで、"Someday My Prince Will Come" を棚から取り出して、僕はオーディオのスイッチを入れた。

Someday My Prince Will Come
Miles Davis
Columbia/Legacy


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"Someday My Prince Will Come" (邦題『いつか王子様が』。1961年録音)
Miles Davis (tp)、Hank Mobley (ts)、Wynton Kelly (p)、Paul Chambers (b)、Jimmy Cobb (ds) という当時のレギュラー・クインテットに、前年に退団した John Coltrane (ts) が2曲のみ参加している。

マイルスの音楽は、シリアスな緊張感が漂っているものが多いのだが、ときどきこのアルバムのようなリラックスして楽しめる作品があって、うれしい。
1曲目、タイトル曲は、ディズニー映画『白雪姫』の挿入歌として有名な、ジャズ・ワルツ。ポール・チェンバースとウィントン・ケリーの美しいイントロに続いて、マイルスが吹くテーマとソロの素晴らしさ。
3曲目は、後に「ノー・ブルース」と改題され、繰り返し演奏されるようになったミディアム・テンポのブルース。マイルスもノッているが、リズムが良い。チェンバースのベースの重低音が響くだけで、僕はジャズに出会うことが出来て良かったと思う。(ベースの音質は、この年代の録音としては最高の出来である。)
5曲目は、コルトレーンのテナー・ソロをフィーチャーしたスパニッシュ・ナンバー。作曲者名のクレジットはマイルスだが、完全にコルトレーンを意識した演奏になっており、ドラムもコルトレーン楽団のエルヴィン・ジョーンズ風だ。
と、ここまで1曲おきに紹介してきたが、実は偶数番目に収録されている5分前後のスロー・バラードが、いずれも素晴らしいのである。
マイルス・グループのスタジオ録音としては前作にあたる "Kind Of Blue" (1959年録音)のビル・エヴァンス (p) の評価が高すぎて、後任のピアニストは苦労したと思うのだが、本作の3つの小曲では、全体の完成度はともかく、ことピアノに関しては、決してエヴァンスに負けない演奏を残していると思う。
もう一人のテナー、ハンク・モブレーは、いつものメリハリの効いた演奏ではないため、本作では評判を落としている。しかし、重く湿った音で、静かにフレーズを繋いでいく彼の演奏は、本作に欠かせないものとなっている。
すっかり気分がよくなったところで、ラスト7曲目。アップ・テンポのブルース・ナンバー。リラックス・ムードで、全員ノリノリで締めくくられる。

こうして、僕の早春の一日は、暮れて行く。

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あんたジャージでどこ行くの:ブロガー崩れ

過去の経歴と比較して、現在のステータスが低下している者のことを、「××崩れ」と呼ぶ。
逆に、現在のステータスのほうが高ければ、「××上がり」と呼ばれる。

テレビ・ドラマなどの場合、××の中に入るのは、警●、自●隊、ボ●サーなどのプロフェッショナルだが、特定の職業を引き合いに出すと、身の安全に関わるので、やめることにしよう。

では、音楽に例えてみたらどうか。
  • テクノ崩れ
  • 吹奏上がり
  • ヘビメタ崩れ
  • ストリート上がり

  • 彼らが現在、どんな音楽をやっているのかは、想像にお任せしたい。
    ただし、比較するべきは、音楽ではなく、あくまでも彼らのステータスのほうである。

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    ■自分とは何か
    いきなり、何やら哲学的な見出しになってしまったが、まずは引用とリンク先の記事をご覧いただきたい。
     個人的な結論から先に書いてしまうと、私は「多くの人に読んでもらうのを目的に」ブログを始めるべきじゃないと思っている。
    (中略)
     要は、「自分のために」ブログを書けば良い。

     (FPN-ニュースコミュニティ-ブログは誰かのためでなく、自分のために書けばいいと思う。
    自分のためであるか否かを問わず、文章を書くとき、「文章を書いている自分」が存在する。
    では、その「自分」とは何者であるか、という話である。

    サラリーマンは、会社へ行けば一人の社員である。しかし、家に帰れば、妻の前では夫として、子供の前では父親として振る舞うものだ。また、彼が同窓会に出席して、学生時代の友人に再会すれば、昔のあだ名で呼び合い、子供の頃の言葉遣いで語り合うかもしれない。
    こうやって、我々はそれぞれの場面で、違った「自分」を使い分け、周囲からもその場面に合った「自分」が見られることを期待するのではないだろうか。

    僕は今、会社員でも夫でも父親でもなく、一人のブロガーとして、記事を書いている。
    「ブロガーとしての自分」が、ここに存在するわけである。

    ■「自分を見せる」とは
    ウェブ上に文章を公開することは、そこに書かれた自分の考えを見ず知らずのひとに発表することである。
    一つの記事から筆者の考えを読み取ることが出来れば、その記事は成功している。(余談だが、pemalink のつらなりによって形成されるブログが主流となった現在、トップページに書かれた注意書きを読まなければ理解されないような文章は、時代遅れだと思う。)
    優れたブロガーが必ずしも、自分のプロフィールを公開していないように、にも関わらず、その文章からにじみ出る人柄に読者が惹かれるように、文章の上手な人は、「自分の見せ方」が上手いのだと思う。

    カメラつき携帯で、自分撮りがすごく上手なひとがいる。
    まことに羨ましく思うし、僕にはああいうのは真似できないなあと思って感嘆する。
    「自分の見せ方」と言ってしまうと、テクニックの話になってくるので割愛するが(テクニックの話は別に書きたいと思っている)、「自分のどういう部分を見せるのか」を考えることは重要なのではないかと思う。
    これは、即ち“読者との関係性”において、自己を捉え、「自分」を表現するべきだということである。
    (“関係性”という言葉を使ったが、もちろん読者に媚を売る、ウケることばかりを狙う、といった意味ではなく、自分が読者と相対する上で、どういう立場を取るか、という意味だとご理解いただきたい。)

    「自分」を全く見せないひともいる。
    リンク羅列型の個人ニュースサイト、2ちゃんねるのログのコピペ記事を集めたブログなどは、管理者の考えが書かれていない場合が多く、前述したような意味では「自分」を見せていないことになるだろう。
    しかし、個人ニュースサイトは管理人の趣味・嗜好によって、共通する趣味の読者を獲得するわけだし、2ちゃんのコピペは、スレッド丸ごとではなく、管理人の編集によって、面白い部分を抽出しているのだ。
    これらのサイトでは、管理者の考えていることを直接、読み取る機会は少ないが、舞台の裏側で淡々と作業をしながら、読者の期待に応えようとほくそ笑む頑張っている姿が、目に浮かぶのである。

    ■結論
    「自分のために」書くのでもかまわない。
    しかし、ウェブ上に文章を発表するとき、それを書いている「自分」がどのように見られているのか、常に意識の片隅に置いておくべきだと思うのである。

    ---
    【関連記事】
    書く文章は誰のため?
    読ませる「自分語り」

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    ■文章術が話題になっているらしい
    ブログ文章術 米光一成|Excite エキサイト ブックス : 書きたいように書けない人の叫びという記事を契機に、この数日、百戦錬磨のブロガーたちが、次々と“それぞれの文章術”的な記事をアップしている。

    Happy Days # 「ブログ文章術」に思うこと
    他人の不幸は蜜の味:「ブログ文章術」を学ぶための5+1冊
    ekken♂:書きたいように書けない人は、読む事から始めればいい
    304 Not Modified: 書きたいように書けなくても、まず書いてみよう
    煩悩是道場 - ブログ文章力の向上は「読む、識る、書く」の三位一体
    (僕が読んだ順。)

    いずれ劣らぬ名エントリーである。
    「ネット上に文章を書くこと」の喜びを知り尽くし、文章の書き方を身に着けた人たちによる持論が展開されており、非常に興味深く読ませていただいた。

    これはまさしく、文豪によるクラシックな文章読本が指南していたことではないでしょうか。
     (Negative Surprise - 文章讀本
    上記、gyogyo6 さんの記事でも指摘されているとおり、これらの記事は文学の世界のおける「文章読本」に通じるものがあると思う。(「文章読本」については拙記事:「林真理子の文章読本」参照。)
    「ブログ文章術」の一連の記事と、古典的な「文章読本」の共通点を二つ挙げてみよう。

    • 著者の「文章」についての考え方を理解する手がかりとなること。もしくは、それを理解するために読まれるべきものであること。
    • How to 的なことが書かれているにも関わらず、それに従ったとしても、読者の文章力が向上するとは限らないこと。


    僕自身、当ブログで [writing] というカテゴリを設け、文章術の真似事を綴っているわけだけれど、How to という意味では、あまり役には立たないかもしれない。書いている本人のブログや作品の中でしか通用しない部分が多く含まれているからである。
    えっけんさんの文章術に書かれているとおりに行っても、えっけんさんには成れないのと同様だと思う。

    ■コンテンツ(ネタ)とテクニックは区別したい
    これらを通して読んで一つ気にかかったことが、「書きたい文章」というゴールをぼやかしたまま語られているということ。これらは手段のエントリであって、おそらく皆も自分の経験をもとに抽象的に書いているのだろう。だから、読めばいいのか!書けばいいのか!識ればいいのか!と思う前に、まず目的を決めることも大事かな、と。
     (まなめはうす - 書きたい文章を書くためには
    と、まなめさんが書かれているとおり、「書きたい文章」=“コンテンツ(ネタ)”と、「手段」=“書くための技術(テクニック)”は、別のものだと思うのである。

    (1)コンテンツ(ネタ)= WHAT
     何を書くのか。書きたいことは何なのか。それは本当に書きたいことなのか。ネタ=題材をどこから見つけてくるのか。
    (2)テクニック= HOW
     自分が思っていることをどうやって文章にまとめるのか。どうしたら読者にそれが伝わるのか。文章の長さは? 改行位置は? 文体は?

    大きく分けると、上の二つに区別することが出来ると思う。
    多くの読者は、コンテンツとテクニックの両方で悩んだ経験があるのではないだろうか。
    ネタは溢れるほど持っている、あるいは、自分のブログの方向性はすでに決まっている、という方もいらっしゃるかもしれないが、ブログなり個人サイトなりを始めた当初は、コンテンツをどうするか散々考えたことがあるはずだ。
    冒頭に紹介した「ブログ文章術」関連記事を書いたブロガーの方々は、ある程度、コンテンツの部分をクリアした上で、各々が体得したテクニックやコツを披露しているように思えるのである。
    もちろん、コンテンツがはっきりしていない状態、何を書いたらよいかわからない段階では、テクニックを身につけることは難しい。
    かといって、コンテンツ(例えばブログの内容や方向性)がはっきりすれば、それに見合ったテクニックが自然に身について、良い文章が書けるようになるわけではないだろう。

    まなめさんの記事の中の「書きたい文章」をコンテンツと捉えるならば、それはゴール(文章が書けた!)であると同時に、スタート(これから書くぞ!)でもあるのではないかと思うのである。


    ---
    ※リンク先各位にトラックバックさせていただきます。

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    むだづかいにっき♂:更新休止です

    えっけんさんが、gooブログを休止し、メインのブログを fc2 へ移転させてから、2週間が経った。
    まだお若いのに惜しい人を じゃなくて。
    彼が、むだづかいにっき♂を始めたのは、2004年3月。goo がブログ・サービスを開始したのと同時期のことである。
    僕がこのブログを始めたのは、同年5月だったのだけど、彼のブログは既に、gooブログの中心的な地位を占めており、むだづかいにっき♂を知らない gooブロガーはいないのではないかと思うほど、有名な存在になっていた。

    ■むだづかいにっき♂と gooブログ
    えっけんさんが gooブログを選んだのは偶然だったのかもしれない。しかし、彼は見知らぬ新着記事にも積極的にコメントを残し、gooブログの機能改善要求記事をたびたび書くことによって、コミュニティ内のオピニオン・リーダとなっていたのだと思う。他の gooブロガーも彼に倣い、ジャンルを超えて訪問しあったり、コメントやトラックバックを使ったコミュニケーションを行うようになった。もちろん、当時の僕も例外ではなかった。
    ――つまり、ブログの方が風通しのいいコミュニティで、意見を言いやすい、ということですね。

    他人の領域(ホームページ)に乗り込まなくても、自分のブログで(トラックバックを使って)意見が述べられる、というのは大きなメリットです。中にはブログで掲示板のような固定化されたコミュニティを作りたがる人もいるようですが、僕はそういう中に収まりたいとは思っていないので、気になったブログには、どこでも積極的にコメントを残すようにしています。

     (gooブログ セレクション:第3回 掲示板の閉鎖的コミュニティから飛び出し、ブログへ:むだづかいにっき
    上に引用したのは、2004年8月に掲載された、えっけんさんへのインタビュー記事である。
    ほとんどの gooブロガーが goo ブログ内での仲間作りに終始していたのに対し、彼は一つ先を見据えていた。彼は当初から、「閉鎖的コミュニティから飛び出」すことを目指していたのである。

    ■ブログの移転とリスク
    通常、ブログの移転には大きなリスクが伴うものだと思う。
    自分が所属していたコミュニティから離脱することによって、それまでに獲得した読者を失うことが多いからである。(僕は実際にそういった例を数多く目撃している。)
    しかし、えっけんさんは、goo 以外のブログにも、積極的に言及し、コミュニケーションを行うことによって、より幅の広い読者を獲得していた。
    こうして、彼はブログ移転を見事に成功させたのである。

    ■“メタブログ”の面白さ
    「ブログについて語るブログ」を指して、“メタブログ”と呼ぶことがある。
    メタ[meta] には「高次の」という意味もあるが、メタブログは決してブログを超越しているわけではない。また、「ブログについて書かれた本」はメタブログとは呼ばれない。「小説について語られている小説」のことを“メタ小説”と呼ぶが、どちらかというとメタブログはそれに近いものだと思う。
    えっけんさんのブログのメイン・コンテンツは、“メタブログ”である。
    ブログを通じたコミュニケーションのあり方、コメントやトラックバックの用い方などについて、彼は記事を書き続け、読者はそこから多くのことを学んだ。
    個人的には、僕のブログについての考え方と異なる部分も多いのだが、僕は彼から「ブログについて語る」ことの面白さを学んできたと思っている。

    これからも、えっけんさんには、ブログについて大いに語っていただき、ブログの楽しさ、ブログについて語ることの面白さを読ませていただきたいと思うのである。

    ---
    【TB】
    ekken♂:はじまり えっけんさんの移転先ブログです。
    CURRY DIARY (・x・):むだづかいにっき♂移転に関する雑感
    あれとかこれとか (Lefty):むだづかいにっきを偲んで

    【関連記事】
    BLOG STATION:「ブログ論」がおなかいっぱいな理由

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    heartbreaking.:ブログ概要って重要だと思うんですよ/音楽レビューって意味ねえよなへトラックバック。

    「ブログ概要」というのは、ブログのタイトルの上か下についている短い文章のことですね。(goo以外のブログでは、何て呼ばれているんだろう。)
    人によって、「概要」の使い方はさまざまです。
    文字通りの概要。ブログの内容を簡単に要約・紹介したもの。
    ブログの内容にはあまり関係なく、人目を引くキャッチ・コピー的なもの。
    一発ギャグ。
    などなど。
    当ブログでは、「駅」にひっかけて、「東京発世界行」と、ブログを始めたときから、ほとんど変えずに掲げています。
    こういうところに注目した、ゆがんだはしごさんの記事は、とても面白いと思いました。

    というわけで、僕も面白い「ブログ概要」をいくつか紹介させていただきたいと思います。
    順不同。僕からのコメントは付け加えませんので、ぜひ、皆さんの目で“面白さ”を確かめてみてください。
    もちろん、記事も面白いブログばかりですから。


    うさとmother-pearl
    目指せ道楽三昧高等遊民的日常

    女の一生
    新婚旅行はエーゲ海、子供は3人、陽のあたるお家に、ピアノ。あたしは庭に林檎の木を植えるあなたの可愛いお嫁さん・・・が夢。

    North latitude 24°石垣島生活記
    水平線の もっと向こうへ

    妊娠でポン(旧新婚でポン)
    30代、いちおう新婚、ややこが出来ました。
    いや、妊娠ってびっくりびっくり。

    ともっちのお暇なら読んでよ♪ NEO!!
    今年の目標
    「知的な女になる!」

    明けぬ夜の夢
    泣いたり後ろ向きになることもあるけれど少しずつでも歩いていくよ

    ぽんすブログ
    糸の切れたTAKOはどこへ飛んで行くのか

    そばにいろ
    麺類があれば生きていける

    もげきゃっち
    元ライターの目による情報のキャッチ&リリース……って、逃がすのかよ!!

    上上下下左右左右bA
    サブタイトルを付けるにはまだ青すぎる

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    ブログでもコメントにレスがつかないからといって、
    返事を強要したり、無視されたー!と怒る人をたまに見かけますが、
    必ずレスをしなければならないというルールはないし、
    1日中パソコンの前にいてブログに書き込める環境の人とは限りません。

     (+SWEET LOVE+:返事がないのもひとつの返事
    ■やっぱりレスをもらえるとうれしい
    僕の場合、返事を強要したり、怒ったりはしませんが、「管理者がレスしないブログ」には、だんだんにコメントを書かなくなってしまう傾向があると思います。「レスは義務ではないのだ」という建前は理解できるのですが、やはり自分が書いたコメントに返事がもらえるのは、うれしいことだと思います。レスが書かれていると、もう一度、読みに行きますからね。
    (その点、最初から管理者の返事を期待しない、はてなブックマークのコメント欄は、気軽に書き込むことができて良いというのもありますけどね。)

    ■コメント欄のコミュニケーション
    ブログの管理者の立場で考えると、これも僕の場合ですが、自分のブログのコメント欄は、読者のみなさんとのコミュニケーションの場所として捉えている部分がありますので、出来る限り、書かれたコメントにはレスするよう、心がけています。
    最近、教えて!gooWeblog(ブログ)カテゴリで、ブログのコメントへの返事の書き方に関する質問をよく目にするのですが、ブログを初めて間もない方だったら、出来るだけ返事を書いたり、コメントを書いたひとのブログを訪問するようにしたら良いのではないかと、僕は思っています。

    ■そして、もう一つの方法~えっけん流
    冒頭に引用したらぶさんの記事のコメント欄で、えっけんさんが、コメントへのレスがチョー面倒と書かれていますが、確かに、えっけんさんのブログのコメント欄は、非常にたくさんのコメントが書かれることがあり、全部にレスするとしたら、相当の負担になるだろうなあと思います。
    僕も、ときどきしょーもないコメントを残してきたりして、スルーされることもあるのですが、逆に、気になるコメントは、引用・言及して、新しく記事を作成されたりしているんですよね。
    僕は、えっけんさんのそういうところがすごいと思っています。

    ---
    【関連リンク】 - [教えて!goo] より
    ブログのコメントへの返事
    コメントのお礼のマナー

    BLOG STATION:ブログのコメントについて
     記事の内容からあまり外れたコメントが書かれると、困ってしまうこともあるんですけどね。

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    島田課長は、部下から信頼され、一目置かれていた。
    彼の知識は豊富で、部下に何か質問されても、大概のことは答えることが出来た。
    難しい質問を投げかけられたときも、半日以内に、回答をプリントアウトして持ってくるため、部下たちは驚きの眼差しを彼に送った。彼はその数時間、他の仕事に専念しており、調べ物をしている様子がなかったからである。

    「いやあ、インターネットで調べたのさ。簡単なことだよ」

    彼は、自慢とも謙遜ともつかない言葉を、部下に伝えた。

    島田課長は、今日もインターネットで調べ物をするため、パソコンに向かい、質問を入力する。

     題名:教えてください
     内容:Windows の右上の×が文字化けしてしまいました……。


    -----
    上の文章はフィクションです。
    島田課長のような人物のことを、インターネットの世界では「教えて君」と呼びます。
    「教えて君」が嫌われる理由を一言でいうと、「検索する手間を惜しんでいる」ということになるでしょうか。あるいは、検索が下手で、どういうキーワードで検索すれば良いのかわからない、本当の初心者なのかもしれません。
    しかし、彼にとっては、Q&A サイトや質問掲示板で「質問して回答を得る」行為は、「インターネットで自分で調べる」行為と、同義になっているのだと思います。
    「そんなこと自分で調べろ」というような返事が書かれる場合もありますが、彼にはその意味が理解できないのです。

    あなたの職場にも、島田課長みたいなひと、いませんか?

    ---
    【TB】
    他人の不幸は蜜の味:頭の良い人、悪い人。

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