ちわきの俳句の部屋

メカ音痴おばさんの一念発起のブログです。
人生の後半を俳句にどっぷりと浸かって、…今がある。

山頭火〝水の俳句〟

2017年09月04日 | 俳句

 先月末までと言うことで、ある雑誌の「水の俳句」(仮題)という企画での原稿を頼まれて書きました。

 「水」をテーマに詠まれた俳句で、「心にのこる〈水の一句〉」を紹介し、その句についての評を掲載するというもの。時代や結社の枠を問わず、古今の作家作品から自由に紹介して下さいとありました。

 私にとっての「水の俳句」と言われてすぐに浮ぶのは、やはり山頭火の俳句です。

   へうへうとして水を味ふ

   ふるさとの水をのみ水をあび

 1句目は、以前ブログにも紹介した山頭火の過ごした〝其中庵〟、その休憩所の手水鉢に刻んでありました。また、2句目は防府駅のてんじんぐち前に句碑があります。山頭火についてはもう書きませんが、普通山頭火と言えば〝酒〟の方のイメージが強いかも知れませんね。初めは私もそう思っていました。ところが、今回「水の俳句」を調べていて分ったことなんですが、ある熊本の高校の調査報告で、山頭火が詠んだ俳句、1000句を調べると、水を詠んだ句がちょうど100句あったそうです。ちなみに酒の句は10句…。山頭火が生涯で詠んだ句は8万4千句ほどと言われていますので、そうするとこの報告の割合でいくと、8千4百句、要するに全体の1割ということです。実際にはもっと多いかも。

 だから山頭火は「水のみ俳人」と呼ばれていたとか。行乞を続ける彼にとっての基本は〝歩くこと〟、そして、それが自分の修行だとも言っています。〈分け入つても分け入つても青い山〉へ、その歩き疲れた喉の渇きを潤してくれる水はどんなものよりも美味しかったことでしょう。次の句は宮崎県日南市南郷町榎原で詠まれたもの。

   こんなにうまい水があふれてゐる

 また、放浪生活を続ける中で、時には食べるものにもありつけず、水だけで凌いだことが句にも詠まれています。

   貧しさは水を飲んだり花を眺めたり

   腹いつぱい水を飲んで来てから寝る

 あげればきりがありません。だから〝水のうまさ〟も〝水のありがたさ〟も一番よく分っていたのだと思います。酒はお金がないと飲めませんよね。だからお金が手に入ると、いけないと分っていてもすぐに山頭火は酒に替えてしまうんです。そして、そんな自分にまた絶望して…、飲まずにはおれない…、という悪循環から抜け出せませんでした。ですから罪悪感で飲む酒よりも、水の方がおいしかったのでしょう。水は自分を裏切らない…いつでもどこでも自分を歓迎して喜んで与えてくれる。まるで母の慈愛のように…です。

 「酒を飲むよりも水を飲む。水を飲むように酒を飲む。」と、山頭火は日記に書いています。また次のようにも

 「何よりうまいのは水であると思ふ、けっきょく味のない味がほんたうの味ではないかと思ふ。」と。やっぱり酒以上に水を愛した俳人だったのですね。

 『名水紀行ー山頭火と旅するおいしい水物語』の著者・佐々木健氏(広島国際学院大学教授)によれば、「名水の里」と呼ばれる場所で山頭火の句碑に出会うことが多くあり、それがきっかけとなり、調査をしてみたのだと。句や日記から山頭火が実際に口にしたと推測される25ヶ所の水を汲み、PHや硬度を分析したところ、結果はいずれもミネラル分の少ない軟水ぞろいで、山頭火が生まれ育った防府の水によく似たものだったそうです。そもそも人というものは(…人だけとは限らず、生物はみんなかも…)生まれてからずう~と飲みつけている水を〝おいしい〟と感じるものらしい。防府市の山頭火生誕地近隣は地下水が豊富で、茶人や料理人が好む軟水。このふるさとのさわやかで少し甘く感じられるおいしい水が生涯忘れられなかったのでは…いや、体が、口が、覚えていてそれを求めて歩き続けたのかも知れませんね。そして、それは〝母〟につながるものだったのでは。

   ふと思ひでの水音ばかり

 写真は〝守宮〟(やもり)の子供、守宮は夏の季語です。手足の吸盤がいっちょ前に付いて…やはり子供は何にしろカワイイですね。でも私は蛇だけはダメ!どんなに小さくても…。

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