光市事件「実母の虐待で精神的発達妨げられた」弁護団 再審請求 新証拠提出へ 2012.10.29

2012-10-29 | 光市母子殺害事件

「実母の虐待で精神的発達妨げられた」 弁護団、再審請求 新証拠提出へ
産経ニュース2012.10.29 14:01 
 山口県光市母子殺害事件で再審請求し、記者会見する安田好弘弁護士(右から2人目)ら弁護団=29日午前、広島市中区
 平成11年に起きた山口県光市の母子殺害事件で、殺人や強姦(ごうかん)致死などの罪で死刑が確定した大月(旧姓福田)孝行死刑囚(31)の弁護団が29日、差し戻し控訴審判決に重大な誤りがあるとして、広島高裁へ再審請求した。
 広島市内で会見した弁護団(本田兆司団長)は、「殺害や強姦する意図はなかったとして立証請求し、新たな審理を求める」と再審請求理由を説明。科学的根拠として、差し戻し上告審で提出したが証拠採用されなかった心理学者による供述や精神状態の鑑定書などを、新証拠として提出するという。
 弁護団の安田好弘弁護士は、鑑定結果をふまえ、乱暴目的で押し入ったとした確定判決について、「実母の虐待で精神的発達が妨げられ、女性を強姦しようとするまで精神的に成長していなかった」と述べた。
 確定判決によると、大月死刑囚は11年4月、光市の会社員、本村洋さん方に乱暴目的で押し入り、妻=当時(23)=と、長女=同(11カ月)=を殺害するなどした。
 大月死刑囚は広島高裁の差し戻し控訴審判決で死刑が言い渡され、最高裁が上告を棄却したため、今年3月に死刑が確定した。
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「実名か匿名か」 2012-06-11
 【「Journalism」6月号より】変わる事件報道「実名か匿名か」光市母子殺害事件報道  
 WEB RONZA 長谷川玲 2012年06月09日
「実名か匿名か」光市母子殺害事件報道
朝日新聞は実名化原則を適用
社会部担当デスクの判断と苦悩
 最高裁は今年2月、光市母子殺害事件の元少年被告の上告を棄却、3月、死刑が確定した。このとき、被告を「実名」とするか「匿名」とするか、メディア各社の報道がはっきり分かれた。「実名」とした朝日新聞、「匿名」とした毎日新聞、中日(東京)新聞のそれぞれの判断の理由と経緯を担当者が明らかにする。
 新聞社で社会部のデスクをするようになって3年半になる。取材した記者から次々と届く原稿をあれこれ考えながら紙面向けに整えていく。そんな日々には慣れたが、いまだに作業の手が止まることがひとつある。
 事件や事故、裁判の原稿に登場する容疑者・被告を実名で表記するか、それとも匿名とするかの判断だ。
 多くは「発生もの」であり、出稿は一刻を争う。じっくり考える時間はない。
 容疑は重大か、それとも軽微か。公人か、私人か。刑事責任能力は問えるのか。容疑者・被告の実名を明らかにすることで、プライバシーが守られるべき被害者を結果的に特定できる状況にしてしまう恐れはないか……。
 様々な検討の要素を頭の中で挙げてみる。人権上の配慮の必要性と、報道機関の責務とがバチバチとぶつかりあう。ときにはぶつぶつ口に出しながら、メモを書きながら、こちらとあちらの判断要素を比べ、足したり引いたり掛けたり割ったりして、二つしかない選択肢のどちらかに絞り込んでいく。
■事例に即して実名・匿名を選択する
 朝日新聞社の事件・事故報道のガイドラインである冊子「事件の取材と報道」は手元に置いてある。ただ、悩みが深いときほど「救世主」にはなってくれない。
 この冊子に盛り込まれているのは、考え方の「道筋」だ。寸分の遊びもない「ルール」ととらえてはいけない、という前提がある。だから、悩んでいるときに開くと、さらに深みにはまることもある。いつもは頼りになるのだが、安直に結論を導こうとすると突き放してくるような、気むずかしいところがある。
 読者の間にある両論は普段から耳に届いている。「警察に逮捕された人の名前を隠すようでは新聞は十分な情報を伝えているとはいえない」という全面実名論は、「推定無罪の原則があるのだから新聞が名前を世にさらすのはおかしい」という全面匿名論と真っ向から対立する。
 そのどちらかに最初から決めてしまえるのならば、悩みは生じない。どちらかに決めなくても、「悩んだら匿名を選択する」ということにしてしまえば、人権上の配慮が足りなくなるリスクは格段に減り、精神的な負担も軽くなる。
 だが、報道機関は国民の「知る権利」を背負っている。社会で起きていることへの関心にしっかりと応えるとともに、権力による法執行が適正に行われているかどうかを監視するためには、あくまでも実名報道が原則である。安易に匿名へなびくのは「例外」を原則としてしまう恐れがある。事例に即してそのつど実名・匿名を選択していかなければ報道機関としての責務は果たせない―。わざと大上段に構え、さらに反芻する。
 他の新聞社・通信社やテレビ各局の速報内容を確認することもある。ただ、これは参考情報にすぎない。「○○新聞が匿名にしていたから」「××テレビは実名だったから」という理由はもちろん理由にならない。
 自らの選択の過程を説明できるように頭の中を整理して、結論をたぐり寄せる。そして、周囲にいる同僚に、自分のたどった道筋がおかしくないかどうかをチェックしてもらい、腹を決める。
 デスク稼業に就いている人たちがみな同じように感じているかどうかはまったくわからないが、私自身は、匿名を選択するよりも、実名を選択するときのほうが、少し強めの緊張を感じる。
 それまで匿名で報道してきた容疑者・被告を実名に切り替えるケースであれば、なおのことだ。
■少年法とこすれ合う「実名」切り替えに緊張
 2月20日、最高裁第一小法廷は1999年に山口県光市で起きた「光市母子殺害事件」の上告審判決で、被告側の上告を棄却した。これにより、30歳の男性被告の死刑が確定することになった(紙面1)。

     

 朝日新聞はこの被告について、逮捕から一貫して匿名で報じてきた。18歳1カ月のときに事件を起こした被告は「犯行時少年」であり、20歳未満の犯罪少年・触法少年の氏名や年齢、職業、住居などで本人を推知できる報道を禁じている少年法61条の対象となるからだ。規定は、少年の更生や社会復帰への配慮から設けられている。
 新聞や通信各社、テレビ各局は、この条文を尊重し、一般に「犯罪や非行にかかわったとされる容疑者・被告が、成年ならば実名で報道し、少年の場合は匿名で報道する」という運用をしている。
 朝日新聞の場合も同様だ。「事件の取材と報道」には、少年事件の報道にあたって《犯罪少年・触法少年は匿名とする。発覚時に成年に達していたときや、司法手続きの過程で成人に達した場合も同様に扱う》とする原則が掲げられている。
 しかし今回は、発生から13年を経た判決を受け、初めて被告の匿名報道をやめて実名に切り替えた。「事件の取材と報道」の2004年版から盛り込まれた、少年事件報道のもう一つの原則に沿って対応したからだ。
 《18歳以上の少年の犯罪で死刑が確定する場合には、その段階から被告(死刑囚)を実名に切り替える。必要に応じて、匿名から実名にした「おことわり」を添える》
 この原則そのものが光市母子殺害事件のケースに素直に合致する。そのため、一から悩むということはなかったものの、少年法の規定とこすれ合うなかで実名に切り替えることは、担当デスクとしてはやはり緊張した。様々な要素を突き合わせて検討を重ねた過去の原則づくりの経緯をたどり、改めて自分自身の考えを整理した。
■03年に始まった社内議論 死刑の透明性確保を最重視
 犯行時少年の死刑が確定した時の実名化は、少年による凶悪な犯罪が相次ぎ、犯罪・非行少年に対する厳罰化の要請が広がっていた03年に社内で開かれた勉強会での議論がきっかけだった。
 「事件の取材と報道」の改訂作業を担う事件報道小委員会が、少年事件に詳しい弁護士を招き、少年事件報道について学んだ。議論の前提として、メンバー間には当時、死刑執行に関する当局の情報開示が極端に少ないという共通認識があった。そのなかで、あるメンバーからこんな指摘があった。
 「少年であっても18歳以上ならば死刑になる可能性がある。死刑執行をめぐる情報の閉鎖性は深刻だ。少年事件の匿名原則を併せて考えると、犯行時少年の死刑確定者の場合は、誰に対して執行されたのか世の中に知らされないままになる恐れがあるのではないか」
 そこから議論が始まった。結論として、主に二つの理由から実名への切り替えを原則化することになった。
 (1)死刑の確定により、少年を匿名とする最大の理由である「本人の更生・社会復帰」への配慮の必要性が薄れる
 (2)国家が合法的に人の生命を剥奪する死刑が誰に対してなされるのかは、権力行使の監視の意味でも社会に明確にされていなければならない
このうち、より重視されたのは(2)だ。
 朝日新聞では成人の死刑執行時に実名で報じるか、それとも匿名で報じるかを社内で議論したことがある。98年に成人3人の死刑が執行された際、ある発行本社では死刑囚の名前を匿名にし、ある発行本社では実名で報じた。同じ新聞社なのに地域によってばらつきが生じることはよくないと、見解の統一をめざした。
 匿名派は「刑期を終えた人や仮釈放された人は社会復帰に配慮して匿名で報じる」という、すでに確立していた原則との整合性を指摘し、死刑確定時は実名で報じても、死刑囚は刑を終えたのと同じだから匿名とすべきだという趣旨の意見を展開した。
 これに対し、実名派は「死刑は国家権力の象徴的発動であり、誰に死刑が執行されたのかは歴史にとどめるべき事実だ」と主張した。対立する考え方をお互いに近づけていく議論というよりは、どちらをより重くみるか、という選択になった。
 最終的に、死刑の透明性の確保を最も重視することを確認するとともに、「前科・前歴などの報道を控える大きな理由は、犯罪者の更生やプライバシー保護のためであり、執行を終えた死刑囚には当てはまらない」と考え方を整理し、実名を選択することになった。
■少年法に則り原則「匿名」 歴史的重大事件などは特例
 この経緯と結論は、少年の死刑確定時の議論と相似形だ。成人でも少年でも、何より優先されたのは、死刑が不透明なまま執行されてはならないという点にある。
 成人の事件報道で、実名で報じられた容疑者・被告が途中で匿名に変わることは多い。あくまで事例ごとの判断だが、実名で報じた後で精神障害のあることがわかった場合や、逮捕後に不起訴になった場合などがあてはまる。
 逆に、匿名が実名に切り替わるケースはそれほどない。過去に、99年に起きたハイジャック機長刺殺事件で逮捕された容疑者をいったん実名で報じ、その後精神障害の可能性がわかって匿名に切り替え、起訴の段階で刑事責任を問えると捜査当局が判断したことから実名に戻した、というような例はある。
 実名報道を前提に様々な要素から実名・匿名を事態に即して判断する成人の事件に比べ、少年事件は、少年法61条によって年齢という要素だけで実名報道が大きく制約される。捜査の進展や取材の積み重ねなどによる状況の変化を理由に切り替えを議論するケースが生じることは、ほぼ考えられない。つまり、犯行時少年の実名報道は、前述の二つの原則に従うと死刑確定時だけに限定される。
 ただし、「事件の取材と報道」には、《歴史的重大事件や、逃走中で再び重大犯罪を起こす恐れが強いときは、(少年でも=筆者注)特例として実名で報じることを検討する》という言及がある。さかのぼると、浅沼稲次郎・社会党委員長刺殺事件(1960年)、中央公論社社長宅襲撃事件(1961年)のほか、連続ピストル射殺事件(1968年)で犯行当時19歳だった永山則夫元死刑囚を実名で報じた例がある。当時は「事件の取材と報道」という冊子はなかったが、いずれも「特例」にあたると考えられる。
■死刑確定時の実名化原則 「連続リンチ殺人」に初適用
 実名化原則を設ける前は、少年法61条による事実上の匿名報道原則と歴史的重大事件などの特例だけが指針だった。
 01年12月、最高裁は千葉・市川一家4人殺害事件(1992年)で14の罪に問われた28歳の被告を死刑とする判決を言い渡した。犯行時は19歳で、朝日新聞は特例にはあたらないとの判断からずっと匿名で報じ、死刑確定時も匿名を維持した。犯行時少年の死刑確定は、連続ピストル射殺事件の永山元死刑囚以来だった。
 その後、04年に実名化原則が設けられた。それが適用されるのは7年後のことだ。11年3月に最高裁は、愛知県などで4人の若者が殺された木曽川・長良川連続リンチ殺人事件(1994年)で、犯行時少年の3被告の死刑を確定させる判決を言い渡した(紙面2)。

         

 犯行時少年の死刑が確定するのは市川・一家4人殺害事件以来10年ぶりだった。朝日新聞は原則に従って犯行時19歳の2人と、18歳だった1人の実名を記し、「おことわり」を載せた。
 光市母子殺害事件での実名への切り替えは、2回目の原則適用だ。今回、朝日新聞と同様に実名に切り替えた読売、日経、産経の各新聞と共同、時事の両通信社、NHKと民放テレビ各社は、いずれも木曽川・長良川連続リンチ殺人事件判決の時点から実名への切り替え(一部は判決確定時)を実施していた。
 実名化原則を設けた後に、少年の実名・匿名が大きな論議を呼んだのは、06年に山口県で高等専門学校の女子学生が殺害された事件だ。殺害したとして指名手配された少年が自殺して遺体で見つかった。死亡した少年を実名で報じるか、匿名とするかで新聞・テレビ各社の対応は割れた。実名を選択した社は、自殺により更生の機会が失われたことや、事件の重大性を理由とした。
 一方、朝日新聞は匿名を維持した。社内には実名化原則に準じて実名で掲載すべきだとの主張もあった。しかし、最終的には「確かに更生・社会復帰の機会はなくなったが、実際には死刑の確定どころか、刑事手続きとしては逮捕状が出たという『手続きの入り口』にしか至っておらず、死刑の確定と同列には論じられない」「永山元死刑囚の連続ピストル射殺事件のような歴史的重大事件にも該当しない」といった点を踏まえ、匿名とした。
 今回の光市母子殺害事件での実名への切り替えには、ひとつのハプニングがあった。判決言い渡しの際、養子縁組で被告の名字が変わっていたのだ。判決の結論が入ってきてすぐに速報用原稿をネット上にアップしようとしたところ、現場の取材記者からその報告があった。めったにない実名切り替えを前に緊張していた私は、正直、あわてた。10秒ほど考え、名前が変わったことで方針を再検討する必要はないと決め、一文字ずつ間違えないよう名字を書き換えた。
■裁判官の反対意見は「実名」判断に影響せず
 ネットに速報がアップされた直後、今度は現場から「裁判官1人が反対意見を付けている」との連絡が入った。その裁判官は「犯行時の年齢に比べ、精神的成熟度が相当低かったことがうかがえる以上、改めて検討し直す必要がある」と指摘しており、更生の可能性があるから慎重に、という趣旨と受け止められた。
 ただ、このことも実名・匿名の切り替えに影響することはなかった。最高裁が死刑を確定させるときの判断に反対意見が付くのは57年ぶりと極めて珍しく、それが更生の可能性の重視を求めるものだという衝撃はあった。しかし、多数意見で死刑の結論が出ており、死刑の透明性の確保をもっとも重視する実名化の方針は揺るがないと考えた。
 実は、今回の被告の名前は13年の間に何度か公にされている。99年の事件発生直後は週刊誌に掲載された被害者遺族の手記に実名が載った。09年には被告の実名を標題に明示した本が出版され、ネット上にも実名が出回った。
 新聞社のデスクとしては、真剣に議論した結果である種々の原則に基づきながら、ケースごとに報道と人権とのバランスを考えて報じているつもりだ。しかし、少年事件は成人の事件に比べて実名・匿名の区分けが明快なだけに、少年法61条の規定そのものへの批判が直接、匿名を維持する新聞社への批判につながることも多い。
■ネット情報に揺らぐ新聞報道の原則
 とりわけネットの世界はこちらが積み重ねている「壁」をいとも簡単に越えていくような現状がある。連日、刻一刻追われながら、実名か、それとも匿名かと悩み、緊張し続けている新聞社のデスクにとっては、嘲笑されている気がしないでもない。
 今年4月、京都・亀岡で妊婦を含む3人が犠牲となった痛ましい交通事故が起きた。軽乗用車を無免許で運転していた少年と同乗していた少年らが逮捕された。新聞社・テレビ局は匿名で報じたが、ネット上の掲示板などへの書き込みでは、あっという間に少年らの実名が暴かれていた。実名が報じられないせいか、別人の名前を挙げた「誤報」も出回った。
 濡れ衣を着せられた人たちの名前はネット空間に漂い、取り返しのつかない人権侵害が続いている。
 新聞やテレビが取材の結果として実名を出せていれば、多少は侵害の度合いを軽くできたかもしれない。こんなとき、自分たちの判断の原則や考え方自体が間違っているような思いにとらわれることもある。
 そんなときには「事件の取材と報道」を開いてみる。ちょっと付き合いづらいパートナーだが、原点に立ち返って冷静に考えろ、と諭してはくれる。その繰り返しが大切なのだと、自分に言い聞かせている。

【朝日新聞社】死刑確定時の実名化の原則
(「事件の取材と報道」2012年版から抜粋)
 犯行当時18歳以上の少年の死刑が確定する場合には、その時点から実名で報じることを原則とする。少年を匿名とする最大の理由である「本人の更生・社会復帰」への配慮の必要性が薄れるためだ。
 さらに、国家が合法的に人の生命を剥はくだつ奪する死刑が誰に対してなされるのかは、権力行使の監視の意味でも社会に明確にされていなければならないという理由もある。匿名でうやむやのうちに、ということは少年の死刑でもあってはならないからだ。
 「死刑が確定しても、再審で無罪となる可能性がある」という疑義も予想される。しかし、死刑囚の再審無罪というような事態は、それ自体が歴史的重大ニュースであって、別の面で、実名で歴史に記録する必要がある。死刑執行時でなく確定時点からの実名報道は、万一無実であった場合に、新証拠の発見や社会の再審へ向けた運動の可能性を開くことにもなろう。

■光市母子殺害事件とは
 1999年4月14日、山口県光市で会社員本村洋さんの妻弥生さん(当時23)と長女夕夏ちゃん(当時11カ月)が自宅で殺害され、当時18歳1カ月の元少年が殺人と強姦致死などの罪で起訴された。検察側の死刑求刑に、一審の山口地裁と二審の広島高裁は「更生の可能性がないとは言いがたい」として無期懲役の判決を言い渡した。しかし2006年、最高裁が「少年であったことは死刑を回避すべき決定的事情とは言えない」と高裁に審理を差し戻した。08年に高裁が死刑を言い渡し、元少年側が上告。「殺意はなく、傷害致死罪にとどまる」と死刑回避を訴えたが、最高裁判決で退けられ、死刑が確定した。

【光市母子殺害事件】実名報道に切り替えた新聞各社の「おことわり(お断り)」
【読売新聞社】
 読売新聞は、犯罪を犯した未成年者について、少年の健全育成を目的とした少年法の理念を尊重し、原則、匿名で報道しています。しかし死刑が確定すれば、更生(社会復帰)の機会はなくなる一方、国家が人の命を奪う死刑の対象が誰なのかは重大な社会的関心事となります。このため、20日の判決から、光市母子殺害事件の被告を実名で報道します。
【日本経済新聞社】
 日本経済新聞社は少年法を尊重し、被告の元少年をこれまで匿名で報じてきましたが、最高裁判決で死刑が確定するため実名に切り替えます。犯行時少年だった被告に死刑判決が下された重大性に加え、被告の更生の機会がなくなることを考慮しました。
【産経新聞社】
 産経新聞社は原則として、犯行当時に未成年だった事件は少年法に照らして匿名とし、光市母子殺害事件も被告を匿名で報じてきました。しかし、死刑が事実上確定し、社会復帰などを前提とした更生の機会は失われます。事件の重大性も考慮し、20日の判決から実名に切り替えます。
【朝日新聞社】
 朝日新聞はこれまで、犯行時少年だった○○被告について、少年法の趣旨を尊重し、社会復帰の可能性などに配慮して匿名で報道してきました。最高裁判決で死刑が確定する見通しとなったことを受け、実名での報道に切り替えます。国家によって生命を奪われる刑の対象者は明らかにされているべきだとの判断からです。本社は2004年、事件当時は少年でも、死刑が確定する場合、原則として実名で報道する方針を決めています。
*長谷川玲(はせがわ・れい)
 朝日新聞東京本社社会部次長。1968年神奈川県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。92年朝日新聞社入社、山形支局、名古屋報道センターなどを経て現職。
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「少年法の実名禁止に疑問」アムネスティ・インターナショナル国連事務所のディアス代表 
 少年法の実名禁止に疑問示す 「透明性欠けば議論妨げ」
中日新聞2012年3月27日 10時23分
 【ニューヨーク共同】国際人権団体アムネスティ・インターナショナル(本部ロンドン)国連事務所のディアス代表は26日、日本の少年法が犯行時未成年の死刑囚の実名報道を禁じていることをめぐり「(死刑囚を)殺しても良いが名前を報じてはいけないというのは皮肉だ」と述べた。さらに「透明性を欠けば(死刑制度の)議論が妨げられる」と疑問を示した。
 ニューヨークの国連本部で世界の死刑について記者会見したディアス氏は、中国の死刑に秘密が多いことを批判。その上で死刑を存続している各国にとり「透明性を高めることが極めて重要なステップ」と強調した。
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 元少年の死刑確定、実名報道は「匿名化」社会の例外的措置か
2012/3/1 7:00.WSJ Japan Real Time 金井啓子のニュース・ウオッチ
 山口県光市で1999年に起きた母子殺害事件で殺人と強姦致死などの罪に問われた被告(犯行時18歳1カ月)の死刑判決が確定することになった。最高裁に残る統計では犯行時の年齢が最も若い死刑確定者になるとみられている。
 筆者は、これまで匿名だった被告の実名が大半のテレビや新聞で明らかにされ、顔写真も報道された点に関心を持った。
 実名報道に切り替えたメディアは、これまで匿名で報じたことについて「少年法の趣旨を尊重し社会復帰の可能性などに配慮したため」と説明。「国家によって生命を奪われる刑の対象者は明らかにされているべき」で、「死刑が確定すれば更生・社会復帰の機会はなくなるため」実名報道に切り替えたという。
 だが、死刑確定時で実名とするのが妥当なのか気にかかった。そこで、『英国式事件報道 なぜ実名にこだわるのか』(文藝春秋)の著者である共同通信ニューヨーク支局次長の澤康臣記者に話を聞いた。
 まず、罪を犯した少年を匿名で報じる一般的な措置について、澤記者は「少年犯罪に限らず、被害者や加害者をはじめとして記事に書かれる人々への打撃を記者たちに意識させる、価値のあるもの」と考えているという。だが、加害者の少年を匿名で報じるこの規定は、匿名にして書く内容を削ることにより報道被害が減って配慮ある報道にするという考えを反映しているが、物事を伝え記録する以上できるだけ多くの内容を伝えてこそ意味が増すという本来のジャーナリズムのあり方と逆だという疑問も呈している。「書かれた本人への打撃の軽重と、社会や歴史の財産としての記事の中身の善し悪しは本来別次元で、だからこそ『バランス』というほかない。そのバランスは一件一件事情が違うはず」と語った。つまり、「何をどう書くか」という問題は、打撃の大きさのみでも、また、記事の意義深さだけでも決められないため、双方を比較したうえでバランスを取る必要があるのだという。
 死刑確定で実名報道に切り替えた措置に関して、澤記者は「各社が相当な議論と苦悩の末に独自の判断をしたことはまちがいなく、(実名・匿名報道が)それぞれ尊重されるべき」と強調した。そのうえで、実名切り替えに個人的には賛成だという澤記者は、1)死刑は重大な制度で、死刑囚の名が伏せられる社会は不透明、2)更生の可能性は再審や恩赦で、実現すれば歴史的事件となりむしろ人名を含め記録する必要は増す、3)少年法の匿名報道規定は更生支援のためで死刑確定者も対象とする矛盾は「法の落とし穴」━━と3つの理由を挙げた。
 少数派となった匿名継続の毎日新聞、中日新聞、西日本新聞などは「非道極まりない事件だが少年法の理念を尊重し匿名で報道するという原則を変更すべきではない」、「死刑判決が確定した後も再審や恩赦の可能性はある」と説明している。
 筆者は、重大な犯罪では容疑者が少年でも実名で報道すべきという個人的な意見を持つ。現行の少年法は時代にそぐわないと考えるからである。また、被害者や遺族は実名だけでなくプライバシーも洗いざらい報道される確率が高いのに対し、容疑者は過度に保護されているとも感じる。だが、そうであっても、今回は裁判官のひとりが反対を唱える珍しい例だったうえに、死刑判決が覆る前例がゼロではない以上、この時点で実名切り替えの判断を下したことには、筆者は疑問をぬぐいきれない。今回の判決を前におそらくメディア内部では議論していたのだろうが、実例が出る前にもっと社会的に幅広い議論があってもよかったのではないだろうか。
 日本では通常、些細なコメントでも匿名でしか報道しない、できないケースが多い。筆者が外資系メディアの日本支局に所属していた際、重大な秘密でない際も取材先が匿名を希望することが多く、上司に「なぜこんなことが実名で話せないのか理解できない」と言われたことを思い出す。
 今回の実名切り替え措置は、そうした「匿名化」する日本社会では異例と言える。今回の判断がごくまれな例外となるのか、それとも、なんでも匿名とする風潮に一石を投じ議論するきっかけとなるか、注目に価する。
 (筆者は近畿大学文芸学部准教授。2011年11月まで「金井啓子のメディア・ウオッチ」を連載)
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〈来栖の独白2012/03/01 Thu.〉
 卑見は、実名報道には反対である。マスコミ各社が挙げた実名報道の理由は「更生の可能性が無くなった」というもので、私は激しく否を唱える。人は変わり得るものだ。とりわけ少年(元少年で、現在に至ってもまだ若い)は可塑性に富んでいる。なにより、死刑確定という現時点での一事により「死人」と定めてしまう神経の太さ、大雑把にはどうしても同調できない。生きており、温かい肉体に包まれている人間に対して、如何にも、むごい。
 ただ、上のコラムを読んで、些か考えるところもあった。
 もう10余年も前のことになるが、名古屋アベック殺人事件の主犯K君が云った。「死ぬことよりも怖かったのは、僕がこの世から忘れ去られることだ」と。
 死刑制度を存置し、死刑執行を行わしめているのは、(「国家」ではなく)我々「国民」である。裁判員裁判は、そのことを端的に教えてくれた。
 ならば、我々国民は、我々自らが手にかけた(制度という名の下に命を奪った)人の名前を知らなくてよいのだろうか。K君の言葉を振り返るなら、死刑に処せられ、名前すら知られずに「無」になってゆくのは侘しすぎる・・・、そのような感慨が私に浮かぶ。
 侘しい、荒涼とした風景だ、死刑とは。それが、若い人に対してなら、なおさらだ。
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日本の死刑状況について「無期懲役者からの手紙」》より抜粋  
 「強がりではなく、一審当時のわたしには死刑になって死んでいくことは決して難しいことではありませんでした。まわりの状況や雰囲気などで、一審の途中からもう自分は死刑になると勝手に確信していたのですが、自分が死刑になって死んでいくということに対してはほとんど抵抗はありませんでした。もう終わった、と自分の人生に対しての諦めの気持ちもあったのですが、それまで精一杯かっこをつけて強がって生きてきたわたしにとっては、たとえ自分が死刑になったとしてもジタバタせず、最後のツッパリで清く死んでいくことしか頭になかったのです。むしろわたしは自分が死ぬということよりも、みんなの記憶の中から自分が消えてしまうんじゃないか、ということに対してのほうに抵抗があったように思います。たとえ私が死んだとしても、せめてわたしのことを忘れないでほしいという気持ちは強くもっていましたし、そのためにもうどうせ悪くされるのなら、たくさんの人の記憶に残るように思いきり悪のまま清く死んでいこうとしていたのだと思います。ほんとうになんて馬鹿な、と思うでしょうが、それまでのわたしは自分の命さえ大切にしていませんでしたし、そういう生き方しかしてこなかったのです」。
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元少年に死刑判決 報道 実名か匿名か/光市事件 木曽川長良川リンチ殺人事件 /少年法の理念尊重貫く
 山口・光の母子殺害:元少年に死刑判決 報道、実名か匿名か 少年法の理念尊重貫く=社会部長・丸山雅也
 毎日新聞は、山口県光市母子殺害事件で最高裁判決後も元少年の匿名報道を続けています。何ら落ち度のない母子の尊厳を踏みにじり尊い命を奪った残虐極まりない事件です。誠に許し難い凶行ですが、少年法の理念を尊重し匿名で報道する原則は、最高裁判決が出たからといって変更すべきではないと判断しました。事件発生以来、取材にあたってきた西部本社報道部の意見も踏まえ、東京本社編集編成局で議論したうえでの判断です。
 94年の連続リンチ殺人事件で死刑が確定した元少年3人の最高裁判決(11年3月)でも毎日新聞は匿名で報じ、その経緯を紙面で紹介しました。今回の判決でも実名報道に切り替えるべき新たな事情はないと考えました。そうした事情は、今回の判決を報じた21日朝刊で「おことわり」として読者の皆さんにも説明しています。
 少年法61条は、少年時の事件で起訴された被告らの名前や住所、容貌など本人と推測できるような記事の掲載を禁じています。これは、少年法が成熟した判断能力を持たない少年時代に起こした事件に関して、その少年の更生を目的としているためです。
 今回、多くの報道機関が死刑確定で更生の機会がなくなるなどとして実名報道しました。しかし、元少年には死刑確定後も事件を悔い、被害者や遺族に心から謝罪する姿勢、すなわち心の更生が求められていることに変わりはありません。
 遺族の本村洋さんは判決後の記者会見で「眼前に死というものが迫ってきて改めて自分が犯した罪、自らの死を通じて感じる恐怖から、自ら犯してしまった罪の重さを悔いる、かみしめる日々が来るのだと思う」と述べました。被告から死刑囚に立場が変わり、元少年の心境に変化が生じる可能性もあります。
 法制度上は再審や恩赦も全くありえないわけではありません。事件当時、元少年は死刑の適用が可能な18歳となってから30日で、確定すれば記録が残る66年以降、最年少となります。4人の裁判官のうち宮川光治裁判官は「精神的成熟度が18歳を相当下回っている場合は死刑回避の事情があるとみるのが相当」として再度の審理差し戻しを求める反対意見を述べました。最高裁の死刑判断に反対意見が付くのは、被告が冤罪(えんざい)を訴えた「三鷹事件」(55年)など戦後まもない時期に3例把握されているだけという極めて異例なもので、匿名報道にあたってはこうした点も判断材料としました。
 今回の判決は読者の関心も高く、匿名報道について「筋を通している」「強く共感を持つ」などの評価、「実名報道すべきだった」との指摘など、さまざまな声をいただきました。背景には少年事件報道の在り方、裁判員裁判時代の死刑判断基準、さらに死刑制度そのものなど論議が必要な多くの問題を含んでもいます。
 元少年の状況については今後も可能な限り取材に努めます。また、毎日新聞の第三者機関「『開かれた新聞』委員会」で06年、「死刑が執行されるに際しては匿名であってはならない」と、国家に生命を奪われる人の氏名は明らかにすべきだとする指摘があったことも重く受け止めています。
 私たちは、読者の皆さんのご意見も参考にしながら、編集編成局内、さらに「『開かれた新聞』委員会」で論議を深めていきます。
毎日新聞 2012年2月25日 東京朝刊
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光市事件 差し戻し上告審 元少年の死刑確定へ/毎日新聞・中日新聞は、これまで通り匿名で報道します。
木曽川・長良川リンチ殺人事件「少年法が求める配慮の必要性から、中日新聞は3被告を匿名で報道します」
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