名古屋地裁判決文【確定判決後】 被告人 勝田清孝 昭和六一年三月二四日宣告

2014-11-30 | 勝田清孝

〈旧HP原稿〉

 二 確定裁判後の事実

 一 京都エポック強盗致傷事件
 〈犯行までの経緯〉
  被告人は、空巣やひったくりの足代わりとして利用するため自動車を窃取しようと企て、昭和五七年八月一八日、普通乗用自動車(クラウンスーパーサルーン。以下「クラウン車」という。)を運転して滋賀県大津市内を走行し、予め用意しておいた鍵に合う車種の自動車を物色し(一)の犯行を犯し、更に同日午後八時ころ、右窃取にかかる普通乗用自動車に給油したうえ、同車を運転して京都市内を走行し、通行人からひったくりをしようとしたが、機会が得られなかったため、かねてから目をつけていた同市山科区竹鼻堂ノ前町二〇番地の一所在の株式会社エポック山科北店の店員が閉店後売上金を持ち帰るのを待ち伏せし、同人に同車を衝突させて売上金を強取しようと企て、(二)の犯行を犯した。
 〈罪となるべき事実〉
  被告人は、
 (一)同日午後一時ころ、滋賀県大津市島の関一三番地一一号所在の駐車場において、駐車中の普通乗用自動車を認めるや、前記鍵を使用して施錠を解き、同車を発進させ、もって、平尾正良管理の右普通乗用自動車一台(時価約二五万円相当)を窃取し、
 (二)前記株式会社エポック山科北店閉店時刻の同日午後一〇時ころから西側路上に窃取にかかる右自動車を駐車させて同店の様子を窺い、やがて肩にショルダーバッグを掛けた同店店員美馬幸雄(当時四五歳)が出てくるのを認めるや、咄嗟に同人が店の責任者でバッグ内に売上金が入っているものと判断して同人を襲うことを決意し、同車を発進させ、徒歩で帰途に就いていた同人を八〇メートルにわたり時速約一〇キロメートルで追尾し、同日午後一〇時三〇分ころ、京都市山科区竹鼻四丁目野町一番地の二先路上において、いきなり同車を加速させて時速三〇キロメートルで同人の背後からその右臀部に同車左前部を衝突させ、同人を空中に跳ね飛ばしたうえ路上に落下転倒させ、その反抗を抑圧して金員を強取しようとしたが、同所に駆けつけた付近住民が同人を救助したためその目的を遂げず、その際、右暴行により、同人に対し、入院加療約四〇日間を要する左肋骨骨折、左環指切断創等の傷害を負わせたものである。

 二 警察官拳銃強奪事件
 〈犯行までの経緯〉
  被告人は、かねて土地鑑のある名古屋市内で、人通りの少ない場所に警察官をおびき出し、自動車を警察官に衝突させ、抵抗した場合は更に鉄棒で殴打して拳銃を強取することを計画し、昭和五七年九月初め午後九時ころ、同市千種区春岡通り五丁目一番地所在の愛知県千種警察署春岡派出所に付近の公衆電話から「長い間駐車しているおかしな車があるので、調べてくれませんか」と虚偽の事実を申し出たところ、相手の警察官から「すぐ調べてみます」との応答があり、又その数日後の同月四日午前零時ころ、同派出所付近の駐車場に駐車中の普通乗用車のナンバープレートを折り曲げたり、ティッシュペーパーを被せるなどの細工を施した後、再度同派出所に電話をかけ、「駐車場に盗難車らしい車があるので、調べてくれませんか」と申し向けたところ、間もなく警察官が同駐車場に来たので、偽電話によって容易に警察官をおびき出せることが分かったが、同派出所は、周囲に民家が多く人通りも少なくなかったので、他に適当な派出所を見つけるため、クラウン車を運転して同夜引き続き付近を物色したところ、夜間人通りがなく淋しい場所にある同区山門町一丁目二八番地所在の同警察署田代北派出所を認め、付近に駐車して同派出所が一人勤務制の交番であることを確かめ、更に同所から名神高速道路名古屋インターチェンジまで短時間で達し得ることを実際に走行して確認したうえ、同派出所の警察官を襲い拳銃を奪取することを決意し、同年一〇月二〇日ころ、再度同派出所の下見のため、その周辺を同車で走行したところ、近くに民家や人通りがなく警察官襲撃に適する暗い道路を発見し、益々実行の決意を強め、同月二六日午後六時ころ、犯行に使用する自動車を窃取する目的で、クラウン車を運転して名古屋市に向かい、途中、警察官襲撃後、逃走を更に確実にするため、名神高速道路小牧インターチェンジから同派出所までを実地に走行してその所要時間などを確かめたうえ、同日午後一〇時三〇分ころから、同市内を走行して自動車を物色し、(一)の犯行を犯し、同月二七日午前二時過ぎころ、右窃取にかかる普通乗用自動車を前記田代北派出所の西方に約九〇〇メートル離れた同市千種区堀割町一丁目五八番地先路上に駐車させ、約二ヶ月前に拾得して用意しておいた鉄棒(同号の一七、長さ約六〇センチメートル、直径約二・五メートル)を同車内に移し入れたまま一旦自宅に戻り、同日午後七時ころ、アリバイ工作のため自ら柴原和美を酒房「和」まで送ったうえ、クラウン車を運転して名古屋市内に引き返し、途中ジャンパー、ズボンを着替え、運動靴に履き替えて変装し、(二)の犯行を犯した。
 〈罪となるべき事実〉
 被告人は、
 (一)同月二七日午前零時ころ、同市中区新栄一丁目二三〇五番所在の駐車場において、駐車中の普通乗用自動車を認めるや、手袋をはめ、かつて自己が所有していたセリカ車の鍵を使用して施錠を解き、同車の発進音による発覚を恐れて右駐車場の外まで押して移動させたうえ同車を発進させ、もって、榊原正幸管理の右普通乗用自動車一台(時価約七〇万円相当)を窃取し、
 (二)同日午後八時三〇分ころ、前記田代北派出所付近に至り、その周辺を走行して最後の下見をし、予め襲撃場所に決めていた路上に駐車中の普通乗用自動車の後部ナンバープレートにティッシュペーパーを被せる細工を施したうえ、前記窃取にかかる普通乗用自動車の駐車場に赴き、手袋をはめて同車に乗り換え、同日午後九時過ぎころ、同派出所西方約三四メートル先の公衆電話から電話をかけ、同派出所で勤務中の愛知県千種警察署外勤課外勤第一係愛知県巡査高橋(現在・梶浦)義明(当時三三歳)に対し、関西弁の抑揚を抑えて「盗難車らしい黒っぽい車が停まっているから調べてほしい」と頼んだが、同巡査がすぐに派出所から出て来なかったので、約二〇分後再度電話をかけ、「先ほど連絡した者ですが、まだ調べてくれないのですか。車の周りに不審な人が二、三人いるので早く来て下さい」と申し向けたところ、間もなく同巡査一人が徒歩で被告人の指示した現場に向かうのを認めるや、同車を発進させて時速約五ないし一〇キロメートルで約一〇〇メートル同巡査を追尾し、同日午後九時三〇分ころ、同市千種区法王町一丁目一番地先路上において、調べを終えて戻ろうとしていた同巡査に対し、いきなり同車を加速させて時速約二〇キロメートルで同巡査の正面からその左腰部に同車左前部を衝突させ、同巡査を空中に跳ね飛ばして路上に落下転倒させ、そのまま同車を前進させたうえ、Uターンして戻り、倒れている同巡査の傍で同車から降り、呻き声を上げていた同巡査に対し、通行人を装って介抱する素振りを見せながら「どないした。どうもないか」と声を掛け、同巡査が上体を起こしながら被告人の方に顔を向けるや、所携の前記鉄棒で同巡査の頭部等を約三回にわたり強打してその反抗を抑圧したうえ、同巡査の携帯していた拳銃一丁(同号の一四、三八口径、ニューナンブ回転弾倉式、銃番号六八三七一一)及び右拳銃に装填された実包五発(実包一個《同号の一五》及び弾丸二個《同号の二五及び二九》はその一部)を強取するとともに、同巡査の職務の執行を妨害し、その際、右暴行により、同巡査に対し、加療約四ヶ月間以上を要する多発性頭部挫創、左眼窩部骨折等の傷害を負わせたものである。

 三 浜松トウア強盗未遂事件
 〈犯行までの経緯〉
 被告人は、スーパーマーケットに押し入り、前記拳銃を使用して売上金を強取しようと企て、自宅近くの京都市内、奈良市内及び前記警察官拳銃強奪事件の発生により警戒が厳しい名古屋市内を避け、かねて土地勘のある静岡県浜松市内のスーパーマーケットに狙いをつけ、昭和五七年一〇月三〇日午後一〇時ころ、クラウン車を運転して同市に至り、同日午後一〇時三〇分ころ、同市鹿谷町二一番一四号所在の株式会社トウア名残店を認め、同店南側駐車場に駐車して、変装用の着替えをして運動靴に履き替え、同店周辺の道路状況等を下見した後、付近の食堂で食事をして右トウア名残店の閉店時刻が午前二時であることを聞き出し、同車を逃走に便利な場所に移動させて、車内で閉店時刻を待ち、翌三一日午前二時過ぎころ、右拳銃をズボン左腰に差し込んで手袋をはめ、同車から出て同店の様子を窺い、付近にあったヘルメットを被りサングラスとタオルで覆面して準備を整えた。
 〈罪となるべき事実〉
 被告人は、同月三一日午前二時五五分ころ、同店北側入口から同店休憩室に侵入し、同室内にいた同店従業員内山善之(当時二二歳)ほか二名に対し、前記拳銃を突きつけ、「騒ぐな。この拳銃は名古屋で強奪した拳銃だ。金を出せ。」などと申し向けて脅迫し、同人らの反抗を抑圧して金員を強取しようとしたが、右内山が「金は夜間金庫に入れてしまったのでない。売り場のレジに少し残っている。」と言ったため、同人らに案内させたが、同店売場の暗闇に乗じて同人らが店外に逃れ、「強盗だ。強盗だ。」などと叫んだため、その場から逃走を余儀なくされて、その目的を遂げなかったものである。

 四 養老事件
 〈犯行までの経緯〉
 被告人は、昭和五七年一〇月三一日未明一旦自宅に戻り、同日午後六時ころまで眠った後、再び前記拳銃を使用して名古屋市内の深夜営業のスーパーマーケットから売上金を強取しようと企て、同日午後八時前ころ、クラウン車を運転して自宅を出たが、犯行発覚の危険を恐れ他人の運転する自動車を停めて、これに便乗することを思いつき、滋賀県大津市朝日ヶ丘二丁目八番一号所在の名神高速道路大津サービスエリア上り線駐車場において、クラウン車を駐車させ、ジャンパー、ズボンを着替えて変装したうえ、便乗すべき車両を物色していたところ、同日午後八時三〇分ころ、折から帰宅のため千葉県に向かう神山光春(当時二七歳)運転の普通乗用自動車が通りかかり、同車助手席に乗せてもらったが、その際、ズボン内側に挟んで隠しておいた前記拳銃が床に落ち、同人がこれを見て驚き、声を上げたため、素早く右拳銃を拾い上げて同人の左脇腹に突きつけ、「車を出せ。俺の言うとおりにせよ。逃げると、撃つぞ」などと脅迫して同車を発進させ、途中手袋をはめ、同車のドアの把手等を拭いて指紋を消したうえ、高速道路を走行すると逃走が難しいと判断して、瀬田西インターチェンジから名神高速道路を出て、国道一号線の道路上を名古屋に向けて走行中、(一)の犯行を犯し、その犯行直後、右神山が呻き声を上げ、動かなくなったので、同人が絶命したと思って、運転席に戻り、名古屋市に向けて同車を発進させ、栗東インターチェンジを経て名神高速道路を約一時間余り走行した後、小牧インターチェンジを出て、付近の駐車場に同車を停め、車内にあった同人のジャンパー、ズボン、サングラス、ヘルメットで変装したが、その際(二)の犯行を犯し、その後国道四一号線を走行し、同市北区五反田町三八番地先路上において、突然後部座席から「水をくれ。冷たいものをくれ」との声を聞いて右神山がまだ生存していることを知って驚き、病院の前に同人を自動車ごと放置して医師の治療を受けさせようと考えて病院を探しているうち、同人の願いに応えて自動販売機で清涼飲料を購入するなどして同人に与えたところ、同人が静かになり、遂に死亡したと思うと、名古屋市内で強盗を働く気持を失って、同市東区白壁三丁目地内の清水口交差点で逆戻りし、同年一一月一日午前一時四五分ころ、小牧インターチェンジから名神高速道路下り線にはいったが、最寄のサービスエリアで自動車に乗せたまま死体を放置し、他の車両に便乗させてもらい、大津サービスエリアまで戻ろうと考え、同高速道路養老サービスエリア下り線駐車場に立ち寄った際(三)の犯行を犯した。
 〈罪となるべき事実〉
 被告人は、
 (一)同年一〇月三一日午前九時三〇分ころ、滋賀県草津市大路二丁目七二番地付近路上に差し掛かった際、前記神山が急停車して、被告人の右手に掴みかかり前記拳銃を奪おうとしたので、これを振り払い、「撃つぞ。死にたいか」と怒鳴ったうえ、同人を縛って身動きできないようにしようと考え、後部座席に移動させ、自らも後部座席に移動しようとして躓き前のめりに倒れたところ、同人がすかさず銃身を掴んで再度右拳銃を奪い取ろうとしたため、辛うじてこれを振り切ったものの、二度にわたる同人の反発に激昂し、同人を殺害しようと決意し、同所に停車中の同車内において、右拳銃の撃鉄を起こして引金に人差指を掛け、銃口を同人の身体に向けながら、「死にたいか。撃つぞ」と怒号したが、同人が仰向けになってクッションを抱きかかえ命乞いするように態度を急変させたことに苛立ち、撃鉄を起こし引金に人差指を掛けたままの状態の右拳銃でクッションを払い除ければ、指の僅かの力が引金に作用して銃弾が発射され、同人が死亡するに至るかも知れないことを認識しながら、あえて右クッションを右拳銃で払い除け、その際、弾丸一発を発射させて同人の右胸部に命中させ、よって翌一一月一日午前三時二〇分ころ、岐阜県大垣市美和町一八三一番地所在の馬渕病院において、同人を肺貫通銃創により失血死させて殺害し、
 (二)同年一〇月三一日午後一一時過ぎころ、愛知県小牧市大字村中字下ノ坪四九七番地の三所在の駐車場に停車中の同車内において、前記神山所有の現金約七万円を窃取し、
 (三)同年一一月一日午前二時ころ、岐阜県養老郡養老町橋爪字南川原一四七七番地所在の名神高速道路養老サービスエリア下り線駐車場に同車を停めて下車し、証拠を隠滅するため高速道路通行券や血液が付着した手袋を捨てて同車に戻った際、たまたま同所所在の東亜石油販売株式会社養老給油所の従業員小畑俊廣(当時四三歳)が事務所に戻るため通用口から同駐車場に入り同車の近くを歩いているのを認め、同人から一部始終を目撃されているかも知れないと考えて、同人を呼びとめ、「中を見たやろう」などと申し向けたところ、同人が否定したのでやや安心したものの、制服制帽姿の同人を見てガソリンスタンドの従業員と判断し、同人を脅して給油所の売上金を強取しようと企て、同日午前二時二七分ころ、同駐車場において、腹部に隠し持っていた前記拳銃を取り出して撃鉄を起こし、銃口を同人に向けながら、「名古屋の拳銃強盗事件を知っているやろう。この拳銃は名古屋の事件の拳銃や。売上金を出せ」などと申し向けて脅迫し、同人の反抗を抑圧して、金員を強取しようとしたが、同人が「金は金庫の中にあるので出せない」などと言いながら後退りして逃げようとしたため、同人に逃げられては自分が逮捕されてしまうと考え、咄嗟に同人を殺害しようと決意し、数メートル離れた同人めがけて右拳銃により弾丸一発を発射して同人の左胸部に命中させたが、同人に逃げられたため、同人に全治約二ヶ月間を要する前胸部貫通銃創等の傷害を負わせたに止まり、金員強取の目的及び殺害の目的を遂げなかったものである。

 五 京都エポック強盗事件
 〈犯行までの経緯〉
  被告人は、前記一の強盗致傷事件の犯行後も引き続き前記株式会社エポック山科北店の売上金を強取しようと考えていたところ、昭和五七年八月二二日夜、同店店員東郷進を追尾してその自宅と電話番号を確かめたうえ、警備保障会社の警備員を装って同人に電話をかけ、「警備保障会社の山下ですが、エポックの配電盤が故障し警報装置が作動しなくなったので、これから工事をやりますから、金庫の中の現金を持って帰って下さい。私の方では金庫内の現金について責任を持てませんので。」などと申し向け、売上金を店外に持ち出させてこれを奪取しようとしたが、同人が売上金を運び出さなかったため成功しなかったが、その際、同店が夜間警備を警備保障会社に委託していることや売上金を店内の金庫に保管していることが分かったため、同年一一月下旬ころ、同店に侵入し、店員に前記拳銃を突きつけ売上金を強取しようと企て、同月二六日午後九時三〇分ころ、運動靴、手袋、変装用のジャンパー、ズボン、覆面用のタイツ、フルフェイス型ヘルメットを着用し、右拳銃及び現金を入れる鞄を携帯して、同店二階事務室のドアを開け、強盗に入ろうとしたが、その音で店員鹿子木幸満が被告人の方を振り向いたため、怪しまれたと思って実行を断念し、友人を訪ねたかの如く取り繕ってその場を立ち去った。
 〈罪となるべき事実〉
 被告人は、同月二八日午後九時三〇分ころ、再度強盗の決意を固めて、クラウン車を同店付近に駐車させ、暫く店内の様子を窺った後、前日同様の装束を身につけ、同日午後九時四〇分ころ、京都市山科区竹鼻堂ノ前町二〇番地の一所在の同店の西側入口から二階事務室に侵入したうえ、入口ドアを中からロックし、同室内で当夜の売上金を計算していた同店店長末利やすひろ(当時三三歳)に対し、所携の前記拳銃を突きつけ、関西弁の抑揚を抑えて「言うことを聞け。おとなしくすれば何もしない。金を出せ。」などと申し向けて脅迫し、同人の反抗を抑圧して、同室東側事務室内の金庫を開けさせ、更に「下は俺の仲間が襲っている。お前はそこに一〇分間伏せていろ。」などと申し向けて、同金庫内から同人管理の現金一五二万六、七五三円を強取したものである。

 六 第一勧業銀行強盗致傷事件
 〈犯行までの経緯〉
 被告人は、かねて土地勘があり、かつ前記二の警察官拳銃強奪事件の犯行地である名古屋市内において、その社会不安に乗じ、前記拳銃を使用して、預金引出の多い月末に銀行帰りの客から金員を強取することを計画し、その足として利用するため自動車を窃取しようと考え、昭和五八年一月三〇日夜、クラウン車を運転して愛知県一宮市付近で自動車を物色した後、名古屋市西区中小田井地内の路上で駐車して、車内で仮眠し、翌三一日同所付近で(一)の犯行により自動車を窃取し、預金を引き出した銀行の顧客が自動車の乗るのを待ち伏せ、拳銃を突きつけてその自動車に押し入り、同市西区中小田井付近まで運転させたうえ、金員を強取して顧客をトランク内に押し込み、その際にクラウン車で逃走する方法を考えつき、右窃取にかかる普通乗用自動車を運転して名古屋市内を走行し、人目につきにくい場所に駐車場がある銀行を探し廻ったすえ、(二)の犯行を犯した。
 〈罪となるべき事実〉
 被告人は、
 (一)同月三一日午前九時ころ、同市西区中小田井四丁目三三三番地先路上において、エンジンキーを付けたまま駐車中の普通乗用自動車を認め、直ちに手袋をはめて同車に乗り込み、サングラスを掛けて顔を隠したうえ、同車を発進させ、もって、石崎忠義所有の右普通乗用自動車一台(時価約一〇万円相当)を窃取し、
 (二)同日午後零時三〇分過ぎころ、同市昭和区阿由知通四丁目六番地所在の株式会社第一勧業銀行御器所支店を認め、同支店西側に接する駐車場に乗り入れて同支店に出入りする顧客の様子を窺っていたところ、同日午後一時三五分ころ、有限会社第一梱包代表取締役塚本祝栄(当時三一歳)が普通乗用自動車を右駐車場に停めるのを見て、その服装等から多額の預金を引き出しに来た工場の経理担当者と判断し、同人から金員を強取しようと企て、自車を同車助手席横に移動させ、同車助手席ドアが施錠していないのを確かめたうえ、前記拳銃をズボン左腰内側に差し込み、拳銃を隠すタオルを用意して同人を待ち、同日午後一時四五分ころ、同駐車場において、同人が払い戻しを受けた現金一〇一万二、〇〇〇円在中の封筒等を所持して同車運転席に乗り込むや、直ちに同車助手席に押し入り同人の左脇腹に右拳銃を突きつけ、「この拳銃は、名古屋の警察官から奪った拳銃だ。お前も名古屋の事件は知っているだろう。声を出したりすると撃つぞ。金を後ろの座席に置いて車を出せ。」などと申し向けて脅迫し、同人の反抗を抑圧して右金員を強取しようとしたが、同人が低速で同車を発進させた後隙を見て同駐車場北側出口手前で同車を停め、いきなり左手で右拳銃をわし掴みにして銃口を逸らせ、大声で「強盗だ。強盗だ。」と叫びながら被告人の右手首を握って押さえつけ、被告人ともども同車助手席から車外に転げ落ちてもつれ合ううち、叫び声を聞いて駆けつけた同支店行員島崎幸一らが被告人を押さえつけたため、右拳銃の弾丸二発を発射したがいずれも同人らに命中せず、間もなくその場で同人らによって逮捕されたため、金員強取の目的を遂げず、その際、右塚本の両手に噛みつくなどの暴行を加え、よって、同人に対し、加療約一〇日間を要する両手咬創群、腰部・左膝部打撲挫創の傷害を負わせたものである。

 七 拳銃等不法所持事件
 〈罪となるべき事実〉
 被告人は、特定の除外理由がないのに、昭和五七年一〇月二七日午後九時三〇分ころから昭和五八年一月三一日午後一時四五分ころまでの間、愛知、静岡、滋賀、岐阜、京都の各府県内等において、前記二の警察官拳銃強奪事件により強取した拳銃一丁及び実包五発ないし三発を所持したものである。
 

(証拠の標目)(略)

(弁護人の主張に対する判断)

一 松坂屋ストア強盗殺人事件の強盗殺人罪の成否
  弁護人は、判示第一の八の(二)の松坂屋強盗殺人事件につき、被告人は、金品強奪が既遂に達した後、時間的、距離的に離れた場所において、被害者の突然の抵抗を受けて激昂し、同人を殺害したものであって、殺人行為が強盗行為の現場又はその機会に行われたものではないから、両者は別個の犯罪を構成し、結合犯たる強盗殺人罪は成立しない旨主張する。
  しかしながら、強盗殺人罪が成立するためには、殺人が強盗の機会においてなされることをもって足り、必ずしも強盗の現場においてなされることを要しないというべきところ、前掲各証拠によれば、名古屋市名東区にある松坂屋ストア一社店と同市中区内にある橋本車庫までの距離は、約一三キロメートル、普通乗用自動車による所要時間は三〇分であるが、被告人は、自動車で右松坂屋ストア一社店に至り判示強盗行為に及んだ際、被害者をその場に残しておけば、直ちに警察に通報されて即刻手配されることを恐れ、引き続き被害者の左脇腹に散弾銃を挺しながら、被告人の命ずるままに自動車を運転させて判示橋本車庫に乗り入れさせたが、何ら抵抗の姿勢を示さない従順な被害者の足を縛り、「暫くおとなしくしていろ。」と命じておけば、右橋本車庫内に被害者を放置したままでも、被告人が約五〇〇メートル走って自車を駐車させていた給油所に辿り着き逃走できると考えたが、案に相違して被害者が突如抵抗したため、このままでは直ちに警察に通報する恐れがあると思い、自己が確実に逃走するためには被害者を殺害するほかないと決意し、判示殺人行為に出たものであることが認められる。右の事実によれば、強盗行為と殺人行為との間には、多少の場所的、時間的な隔たりがあるにしても、金員奪取とは別の機会に被害者を殺害したものではなく、脅迫行為を係属しながら場所を移動したうえ、自己の逃走を確実にする意図のもとに被害者を殺害したものであるから、これが強盗の機会になされたことは明らかというべきである。よって、弁護人の主張は、理由がない。

二 養老事件のうち神山光春殺人事件の殺意の有無
  次に、弁護人は、判示第二の四の(一)の神山光春殺人事件につき、被告人は、被害者が二度にわたり被告人の拳銃を奪おうとしたため憤慨し、一旦は被害者を殺すつもりで拳銃の撃鉄を起こしたが、被害者が後部座席で仰向けになって、クッションを抱いて猫のようにおとなしくなったので、同人の豹変振りに腹が立ち、右手に持っていた拳銃でクッションを払い除けようとしたところ、振り降ろした拳銃がクッションに当たった瞬間、その衝撃により拳銃の引金に力が作用し、弾丸が飛び出したもので、発射させる意図のもとに引金を引いたのではなく、いわゆる「暴発」であるから、被告人には殺意がなく、殺人罪は成立しない旨主張する。
そこで、検討すると、被告人は、当公判廷において、被害者が二度にわたり執拗に拳銃を奪おうとしたので、「殺してやろう」と思って撃鉄を起こし、「死にたいか。撃つぞ」と言った途端、クッションを抱えおとなしくなった被害者を見て殺意を失ったが、猫のようにクッションを抱き抱え、態度を豹変させた被害者に腹が立ち、そのクッションを右手に握っていた拳銃の銃身で払い除けようとしたとき、銃口が何かにぶつかり、自分は引金を引く意思がなかったのに、その衝撃で、弾丸が飛び出し、被害者の胸部に当たったもので殺意はなかった旨、又被害者がおとなしくなったことに、なぜ腹が立ったのか自分でもよく分からない旨供述しているところ、被告人の威圧的行為に対し、被害者が従順な挙措に出た場合、すでに威圧行為の目的は実現されているはずであり、それにもかかわらず被害者の態度に憤慨し、撃鉄を起こしたままの拳銃でクッションを払い除けたのは、当時被告人が、表面上服従の態度を装う被害者が機を見て再び反抗に出るかもしれないという極度の不安と警戒心に支配されていた結果と見るのが合理的というべきである。そして、前掲証拠によれば、被告人は銃器の取扱につき常人以上の知識を有し、その暴発についてこれまで細心の注意を払ってきており、本件兇器は高性能の警察使用のニューナンブ回転弾倉式三八口径拳銃であって殺傷能力が大きいことは被告人においても熟知していたこと、しかるに被告人は、殺意を抱いて撃鉄を起こしたのであるから、殺意を放棄した以上、撃鉄を倒すか、引金から指を離し、又は拳銃を把持していない左手を使うなど、被害者に対して致死の結果を回避すべき措置を当然講ずべきであるのに、そのような配慮を全くせず、又はそれをするゆとりもない心理状態で憤激の余り人差指を引金に当てたまま右手に把持した拳銃で漫然クッションを払い除けようとしたことが認められるから、未だ殺意が消滅したものとはいえず、その際、少なくとも被害者の死に対する認識認容、すなわち未必的殺意があったことは明らかであって、本件につき、過失をもって論ずる余地がないことはもとより、当初被告人が確定的殺意を抱いて本件拳銃の撃鉄を起こしたことにつき、被告人の捜査段階から当公判廷に至る一貫した供述及び行為の前後の状況から最早合理的疑いを容れる余地のない本件においては、確定的殺意を抱いて撃鉄を起こした後、そのまま拳銃を手にしていた一連の継続した短い時間的経過において、右の確定的殺意が前記のように未必的殺意に変容したものに過ぎず、後者は前者と不可分の関係にある殺意と見るべきであるから、ことさら殺意の成否を論ずる余地はないというべきである。よって、弁護人の主張は、理由がない。

三 心身耗弱の成否
  又、弁護人は、被告人は、判示第一の各犯行当時、近在や職場から少年院出身者として白眼視され、家庭内においても、頑固一徹な父親との口論が絶えず、異性問題で夫婦不仲となり、自暴自棄に陥って飲酒に耽ったが、ことに判示第一の一の中園弘子殺害後、初めて人を殺した体験が大きな心理的負担となり、極度に精神の安定を欠いてノイローゼ状態に陥り、又判示第二の各犯行当時も、自分の手による多数の殺人事件のことが脳裏を離れず、そのうえ妻との別居による家庭内の葛藤、木原芳子との同棲による過大な経済的負担などが追い討ちをかけ、一層自暴自棄となって益々飲酒に溺れ、精神状態が極度に疲弊していたものであるから、判示各犯行当時、いずれも心身耗弱の状態にあった旨主張する。
  しかしながら、前掲各証拠を仔細に検討しても、被告人の本件各犯行の動機は、いずれも自己の見栄や虚栄心を満足させる手段としての小遣銭や遊興費などの金銭や高級自動車などの高価な物品に対する執拗な充足願望に根差すものであるが、この傾向はすでに幼、少年期に萌ばえていたものであって、財産犯常習者に多く見られる一つの典型に過ぎず、又各犯行の態様は、すでに詳細に判示したとおり、いずれも綿密周到な計画に基づき、注意深く終始巧妙かつ冷静に行動しており、殺傷行為も犯跡を隠蔽し、犯行の発覚を防ぐという合目的的動機によるものであって、これまた習熟した犯罪常習者の典型にほかならず、精神の異常その他刑法上の責任能力の存在に疑いを抱かせるような事情は少しも認められない。もっとも、自己の経済的能力を超えたあくなき物欲が、被告人をして初期の犯罪行為に駆り立て、被害者に顔を見られて犯行の発覚を防ぐため殺害したが、日夜襲う発覚の不安が脳裏を去らず、その精神的な重荷から逃れたい一心で飲酒に明け暮れる生活を送り、そのための遊興費や小遣銭を得るためばかりでなく、生来的な虚栄心を満足させたいという衝動が加わって、更に重大犯罪を積み重ねるという悪循環を一〇年余の長期間にわたり際限なく反覆拡大させ、遂に多数の殺人事件を引き起こしたことは、まことに犯罪史上例を見ない異常なものであって、このことは何人も否定し難いところである。しかしながら、被告人は、少年院出身者であることに終始執着し、周囲や家人の好意に対しても常に不平不満を抱き、その捌け口を遊興と虚飾の生活に求め、自己の内面に厳しく立ち向かい行為の悪循環を理性により断ち切るべきであるのに、そのような努力はもとより機会を捉えようとする意思は毛頭なく、犯罪への逃避行を内心で正当化し、判示第一のとおり非道な犯罪を次々に敢行し、更に発覚した窃盗事件により後記のような執行猶予付判決を受けたのに、自ら更生の機会を放棄して、短期間に、兇悪非道な判示第二の各犯行を累ねたものであるところ、弁護人の主張する諸事情は、結局、被告人を取り巻く周囲の状況や心の平安を得られない日々が、自ら蒔いた種に起因することに思いを致さず、一方的に身勝手な不満を形成し、抑制の効かない奔放な物欲から重大犯罪の拡大再生産という循環過程を自ら作り上げ、自由意志によりこれを断ち切れなかった被告人の過度に外罰的、自己中心的な性格の偏りや弱さを指摘するものにほかならず、このような性格を理由に刑事責任能力を限定するのは、刑法の行為規範的機能から見て、刑法の自己否定に他ならないから、弁護人の主張は、到底採用の限りでない。

四 自首の成否
  最後に、弁護人は、昭和五八年一月三一日、判示第二の六の第一勧業銀行強盗致傷事件で逮捕された後、同事件で勾留中の同年二月四日、兵庫労働金庫強盗殺人事件、松坂屋ストア強盗殺人事件を同月八日、中村、藤代、伊藤、増田、識名ら五人の女性に対する強盗殺人事件を自供したが、その当時、これら強盗殺人七件のほか、強窃盗事件等八件の判示第一の各罪については、被告人が犯人であることにつき未だ捜査官に発覚しておらず、被告人が進んで自供したものであるから、刑法四二条一項の自首に該当し、その刑を減刑すべきである旨主張する。
  そこで、検討すると、前掲各証拠によれば、警察庁においては、昭和五七年一〇月二七日名古屋市千種区内で発生した警察官拳銃強奪事件及び右奪取にかかる拳銃を使用した京都エポック強盗事件に至る一連の事件が、同一犯人によるとの見方を強め、広域重要事件第一一三号に指定し、愛知、京都等の各府県警察を中心に大規模な捜査を展開し、犯人検挙に総力を挙げていたところ、昭和五八年一月三一日名古屋市昭和区内で発生した第一勧業銀行強盗致傷事件により被告人の現行犯逮捕を見、同日右一連の事件が被告人の犯行である旨自供するに至ったこと、その勾留中、捜査官は、右各犯行の罪質、動機、手口、犯罪地域の広域性等のほか、自供後も容易に消えない被告人の暗い表情から他にも同種の余罪があるものと直感し、「真人間になるためには今までやった悪い事は全部自分の口から言わなければならない」旨述べ、被告人の人間性に訴えながらすべての余罪を自供するよう説得したこと、被告人は、これに応え、二月四日、判示第一の六の兵庫労働金庫強盗殺人事件、判示第一の八の松坂屋ストア強盗殺人事件を自供したが、更に被告人は、煩悶のすえ、同月八日午前三時ころ、深夜にもかかわらず判示第一の一ないし五の五人の女性に対する強盗殺人事件についても告白しようと決断し、留置場担当の係員に申し出たところ、その旨は、直ちに捜査担当官に伝えられ、同日午前八時過ぎ、被告人は、捜査官に対し、右五件の強盗殺人事件を一気に自供したこと、これらの女性強殺事件は、拳銃を使用した警察庁指定広域重要事件第一一三号にかかる判示第二の各事件の手口とも著しく異なり、又犯行時からすでに五年ないし一〇年の歳月を閲しており、捜査官にとってもまさに寝耳に水であって、若しも被告人の自供がなければ、見落としてしまう可能性が多分にあったことが認められる。右の事実によれば五件の女性強殺事件にかかる被告人の自供は、前認定のような被告人の心情に訴えかける捜査官の説得が呼び水の役割を果たしたことは事実であるにしても、当時の捜査の客観的状況上、被告人の申告がない限り、犯人の誰であるかについては、捜査官の認知能力の限界を超えていたことが明らかであるから、その申告は、刑法上の自首に該当するというべきである。
  しかして、刑法上の自首は、任意的減軽事由であるから、刑を減軽すべきか否かは、一般的に国家機関をして真犯人を可及的に速知させる自首減軽制度の立法目的に照らし、犯罪の情状等を総合勘案して決すべきところ、判示第一の一の中村博子強盗殺人事件については、右の趣旨を考慮して刑法二四〇条後段の所定刑中無期懲役刑を選択したうえ、刑を減軽するのが相当であるが、同種の強盗殺人を反覆累行した後の四人の女性に対する強盗殺人事件については、死刑又は無期懲役の刑種の選択において右の趣旨を考慮する余地はあるにしても、そのうえ更に自首減軽をするのは相当ではなく、したがって、その後犯した判示第一の六の兵庫労働金庫強盗殺人事件及び第一の八の松坂屋ストア強盗殺人事件については、刑法上の自首に該当するかどうかはともかく、最早その適用を考慮すべき余地のないことは明らかである。よって、弁護人の主張は、判示第一の一の中村博子強盗殺人事件につき自首減軽を認める限度で理由があるが、その余の点は、すべて理由がない。
 

(確定裁判)

  被告人は、昭和五六年一月二九日大阪簡易裁判所で窃盗罪により懲役一〇月、三年間刑執行猶予に処せられ、右裁判は同年二月一三日確定したもので、この事実は、被告人の当公判廷における供述、前科調書(乙二八)及び判決書謄本により認める。

(法令の適用)

  被告人の判示第一の一の所為中、強盗強姦の点は刑法二四一条前段に、強盗殺人の点は同法二四〇条後段に、判示第一の二ないし五、六の(三)及び八の(二)の各所為はいずれも同法二四〇条後段に、判示第一の六の(一)及び(二)、七の(一)ないし(三)並びに八の(一)の各所為はいずれも同法二三五条に、判示第一の七の(四)の所為は同法二三六条一項に、判示第一の八の(三)の所為中、猟銃不法所持の点は銃砲刀剣類所持等取締法三一条の三第一号、三条一項に、実包不法所持の点は火薬類取締法五九条二号、二一条に、判示第二の一の(一)、二の(一)、四の(二)及び六の(一)の各所為はいずれも刑法二三五条に、判示第二の一の(二)及び六の(二)の各所為はいずれも同法二四〇条前段に、判示第二の二の(二)の所為中、強盗致傷の点は同法二四〇条前段に、公務執行妨害の点は同法九五条一項に、判示第二の三の所為中、建造物侵入の点は同法一三〇条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号に、強盗未遂の点は刑法二四三条、二三六条一項に、判示第二の四の(一)の所為は同法一九九条に、判示第二の四の(三)の所為は同法二四三条、二四〇条後段に、判示第二の五の所為中、建造物侵入の点は同法一三〇条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号に、強盗の点は刑法二三六条一項に、判示第二の七の所為中、拳銃不法所持の点は銃砲刀剣類所持等取締法三一条の二第一号、三条一項に、実包不法所持の点は火薬類取締法五九条二号、二一条に各該当するところ、判示第一の一及び八の(三)並びに第二の二の(二)及び七の各所為は、いずれも一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により、判示第二の三の建造物侵入と強盗未遂、判示第二の五の建造物侵入と強盗との間にはそれぞれ手段結果の関係があるので、同法五四条一項後段、一〇条によりいずれも一罪として、判示第一の一の所為につき重い強盗殺人罪、判示第一の八の(三)の所為につき重い猟銃不法所持罪、判示第二の二の(二)の所為につき重い強盗致傷罪、判示第二の三の所為につき重い強盗未遂罪、判示第二の五の所為につき重い強盗罪、判示第二の七の所為につき重い拳銃不法所持罪の各刑で処断することとし、後記のとおり犯情の一切を考慮して、各所定刑中、判示第一の一及び二並びに第二の一の(二)、二の(二)、四の(三)及び六の(二)の各罪につきいずれも無期懲役刑、判示第一の三ないし五、六の(三)及び八の(二)並びに第二の四の(一)の各罪につきいずれも死刑、判示第一の八の(三)及び第二の七の各罪につきいずれも懲役刑を選択し、判示第一の一の罪は自首にかかるものであるから、同法四二条一項、六八条二号により法律上の減刑をし、同法四五条前段及び後段によれば、判示第一の各罪と前記確定裁判のあった窃盗罪とは併合罪であり、判示第二の各罪はこれと別個の併合罪の関係にあるから、同法五〇条によりまだ裁判を経ない判示第一の各罪について更に処断することとし、同法四六条一項本文、一〇条により犯情の最も重い判示第一の八の(二)の罪の刑で処断して他の刑を科さず、判示第二の各罪についても、同法四六条一項本文により判示第二の四の(一)の罪の刑で処断して他の刑を科さないこととし、被告人を判示第一及び第二の各罪につきそれぞれ死刑に処し、押収してあるダイヤようの裸石一個(昭和五八年押第二二八号の一七一)は、判示第一の五の強盗殺人罪の賍物で被害者識名ヨシ子の相続人に、拳銃一丁(同号の一四)、実包一個(同号の一五)及び弾丸二個(同号の二五及び二九)は、判示第二の二の(二)の強盗致傷罪の賍物で被害者梶浦(旧姓高橋)義明に還付すべき理由が明らかであるから、いずれも刑事訴訟法三四七条一項により、還付し、訴訟費用は、同法一八一条一項但書を適用して被告人に負担させないこととする。
 

(量刑の理由)

  本件各犯行は、果てしのない虚栄と物欲の願望に囚われた被告人が、分不相応な飲酒遊興、高級自動車、アマ無線、ゴルフ等に耽溺したうえ、更に愛人との二重生活を維持するため、絶えず大金を入手する必要に迫られ、京都府相楽郡木津町などの住居を拠点にして高速道路等を利用し、主に深夜自動車を駆り、京阪神及び土地勘のある中京地域に出没して、空巣、車上狙い、ひったくりなどを常習的に働くうち、昭和四七年九月から昭和五八年一月まで約一〇年間にわたり、判示の如く強盗殺人七件、殺人一件、強盗殺人未遂一件、強盗致傷三件、強盗二件、同未遂一件等、合計二七件の犯罪を次々に敢行したものであって、我が国犯罪史上例を見ない兇悪な犯罪としてひろく社会を震撼させたことは未だ世間の記憶に生々しいところであり、被告人の魔手によりわけもなく生命を奪われた八人の被害者の無念、それら遺族の痛恨の思い、後遺症を終生背負うことを余儀なくされた強盗被害者らの恐怖や苦難はもとより、社会の受けた不安恐怖も計り知れず、これらの点や個々の犯情等の詳細について更めて言及するまでもないところである。しかも、判示第一の一から五までの五人の女性強盗殺人事件の犯行直後、ある場合は死体を池に投げ棄て、大阪市内の居住者による犯行のように見せかけるため自動車を同市内まで運転したうえ、指紋を消すため自動車ごと火を着けて焼却し、又ある場合は死体をトランクに積み込んで人里離れた場所に棄て、痴情犯を装うため陰部に枯れ草を差し込み、他の場合は被害者が逃走できないようにするため、その下半身を裸にするなどして、事件の発覚を遅らせ又は捜査を混乱させるため、冷静沈着に犯跡隠蔽の工作を施すなど巧妙に完全犯罪を狙い、又判示第一の六の兵庫労働金庫強盗殺人事件後は威嚇効果のある猟銃を利用して強盗を計画実行し、更に前記確定裁判後は、警察官の拳銃を強奪して社会不安を醸成し、これに乗じて累ねて強盗を敢行するなど、各犯行に至る経緯及びその態様は、さきに詳細に判示したとおり、時を追って兇暴の度を強めてきたものであるが、猟銃や拳銃の使用が、その威嚇力により人命を犠牲にすることなく金員奪取の目的を実現するためであって、当初からこれらを使用して被害者を殺害する意図ではなかったとしても、犯情は、極めて大胆悪質の一語に尽きる。このように被告人の犯罪遂行に賭ける強固かつ持続的な執念は、「太く短く世を渡る」ことを生活信条とし、虚飾の人生を構築するため、極度に肥大化した独特の自己中心の人生観に基づくものであり、犯罪実行の手段方法においても、状況判断の能力においても、又行動の沈着さにおいても、被告人のそれは通常の犯罪者のそれをはるかに超えたものであって、驚嘆のほかはない。
  したがって、被告人は、消防士在職中、救難救助訓練に励み、表彰を受けること約二〇回に及び、全国競技大会に二年連続入賞の輝かしい実績をもつほか、私生活においても、度々人命救助に貢献したことが証拠上認められるけれども、その動機が、自己の犯した殺人の大罪を忘れたい衝動によるものであり、必ずしも職務に対する忠誠心や人倫によるとはいえないため、犯罪行為再発の抑止力として少しも内面化せず、かえって醜悪な実像を覆い隠すための虚像の役割を果たしていたに過ぎないものであるから、量刑上とくに斟酌すべき有利な事情とはいい難く、被告人の刑事責任は、このうえなく重大といわざるをえない。
  したがって、被告人は、逮捕後、自己の犯した罪の重大性を深く反省悔悟し、五人の女性強殺事件を進んで自供したのを始め、自己の悪事はどんな小さなことでも正確に思い出すことが、自分に課された使命と感じ、事実を素直に認め、捜査に進んで協力してきたこと、現在も、毎日写経に勤しみ、被害者の冥福を祈りつつ贖罪の日々を送っていることなどの情状のほか、首を絞められて死んだ被害者後藤照子の苦しそうな表情を見て結んだスカーフを緩めてやったり、松田明子殺害後、同女が勝っていた二匹の犬が外に出てしまったのを見て不憫に思い、土間にあった餌を玄関前の通路に出してやったり、瀕死の被害者神山道治から「水をくれ」と言われたとき、そうすれば確実に死を免れないことを知っていて、水を与えることをためらったり、同人を自動車ごと放置する意図であったにせよ、適当な病院を求めて名古屋市中を俳諧走行するなど、冷酷兇悪な犯行の合間に見せる、被告人に残された一握の人間性に至るまで、被告人に有利な情状を考慮しても、前記のような犯行の重大性にかんがみ、被告人は、その生命をもって責任を償うほかなく、判示第一及び第二の各罪につき、いずれも極刑を選択するのが相当と考える。
  よって、主文のとおり判決する。

昭和六一年三月二四日
 名古屋地方裁判所 刑事第四部
   裁判長 裁判官 橋本 享典
        裁判官 服部 悟
        裁判官 矢田 広高
    右は謄本である
 昭和六一年四月一日
 名古屋地方裁判所
 裁判所書記官 五藤一彦【印】

 
【お断り】判決文中、実名を避けて仮名としている箇所があります。来栖宥子
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名古屋地裁判決文【確定判決前】 被告人 勝田清孝 昭和六一年三月二四日宣告

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