お絵かきと漢字と

鉛筆画、漢字、読書など

「朝茶と一冊」出久根達郎

2018-04-19 22:46:08 | 読書
先週、読んだ本です。

やっぱり、タイトルに惹かれて、借りました。

朝茶しながら、本をパラパラとめくって、これから始まる一日のことを考える。

そんな贅沢なひとときを過ごせたら・・と思いますが、実際のところ、私は朝に茶は飲みませんし、本を読ん

でいたら、無邪気な人たちに何やってんだって感じで囲まれて、本を取り上げられ、投げ捨てられるのがオチだと思います。


ですので、私の場合は、「朝は水飲んで、家事・育児」というタイトルになるんでしょうか。

一気に売れなさそうなタイトルになりました。

でも、これが現実・・・。

さて、この本を読んでいる時、私は、とある方が浮かびました。

それは一体誰なのでしょうか。

興味がありましたら、是非、探ってみましょうか。

「空しうするなかれ」というエッセイにて、著者は子供の頃、村で詩吟が大はやりだったそうで、もれなく

著者も詩吟を教わっていたわけですが、先生の好みだったのか、吉田松陰の詩をずいぶん吟じさせられたそうです。


その際、先生は、松陰の人となりについても語っていたそう。

「松陰は幼少のころより、一切の遊び事をせず、常に机に向かって本を読むか、書くかしていた。成人となっ

ても、それは変わらなかった。萩の野山獄に入れられた時の、読書記録が残されている。一年間で、およそ五百冊の本を読破

している」


一年間で、五百冊!

わーー、何て、読書家なんだ!!

す、素晴らしい・・。

でもですね、本を読んでいる場所が獄中なんですよね。

それは気の毒なことです。

これ程、書をたしなむ松陰でも、松陰に教えを乞う者に対して、「学者になってはいけない、人は実行するこ

とが第一です。心がけさえすれば書は誰でも自然に読めるようになる」と諭したのだそうです。


この、本を読むことと、実行することのバランスについて言及されていた、ある方が浮かんだのですけど、

それはどなただったかしら・・。


たしかメガネを掛けていて、まるっとした可愛い猫ちゃんを飼われていたような。。

うーん、もっと探ってみましょうか。

「虫けらと言われ」というエッセイでは、今年(1996年当時)九十三歳、十七歳で昆虫標本店に奉公してから

ずっとこの業を継いでいる志賀夘助氏の「日本一の昆虫屋」という本が紹介されていました。


戦前の話ですが、志賀氏が長野の山中で夜間、虫捕りに励んでいた時のこと、お化けと間違えられて、地元の

青年団に追われたことがあったそうです。


「闇にアセチレンを灯し、その明かりに吸い寄せられてくる蛾を集めていたのだった。志賀氏はなまじ昆虫屋

と名乗ると誤解されると判断し、とっさに森林の害虫を退治している、と嘘をついた。そのため袋だたきにあわないですん

だ。標本のために昆虫を採集している、と答えたら、恐らく許してくれなかったろう。そのくらい当時の、特に地元の人たち

には昆虫商売の認識が薄い」


志賀氏は、こう言うのでした。

「つくづく世間の人は、何かの役に立つかどうかでしかものを判断しないものだ、と身にしみてわかったので

した。いま思うと、趣味を持つということを許さない、またそういう余裕がまだない時代だったのでしょう」


昆虫採集・・何かの役に立つかどうかでしかものを判断しない・・、ああ、だんだんある方の姿が明確になっ

てきました。


本棚には、スティーヴン・キングの本があると思います。

その方は、その方とは、、養老先生だー!!

というわけで、「朝茶と一冊」を読んで浮かんだ方とは、養老先生のことでした。